第三十三話 強制依頼 その2
翌朝、朝から冒険者ギルドは騒がしかった。
いつもならルークさんと訓練している時間なんだけど、もちろん今日は中止だ。
そう言えば、ルークさんの都合で朝の訓練が中止になったことも何回かあったなぁ。確か猿の解体をやらされた日も……。
今回はぼくも当事者だ。
出発はまだ先だけど、今は冒険者ギルドの職員の人が忙しく準備をしている。
裏方の人は事前準備の段階が忙しい。ぼくもその作業に加わることになる。
おっさんに連れてこられたのはギルド裏の練習場。そこには既にたくさんの荷物が置かれていた。
これ、全部持っていくの~?
「前回は持ち込む物資を厳選する必要があったが、今回は余裕を持って戦いに挑めるぞ!」
おい~!
後でおっさんに聞いたところでは、持ち込む荷物を制限するのは確保できる馬車の数に限りがあるからなんだそうだ。
たくさんの物資を持って行くにはたくさんの馬車が要る。近場だからピストン輸送してもいいけど、何往復もしていると時間がかかる。
強制依頼で集めた高ランク冒険者を馬車の護衛や荷物番で何日も留めておくのは割に合わないのだそうだ。
冒険者ギルドは軍隊じゃないから、多くの人員を長期間に渡って送り込むような作戦に向いていないのと言うことらしい。
「だが今回は予備の食糧に替えの武器、防具、医薬品も余裕を持って持ち込める。これなら一日と言わず、状況によっては数日にわたって魔物の間引きを続けることができる!」
戦闘で何日もかかるのはいいらしい。
「魔物の素材も大量に持ち帰れるから、予算面でも余裕があるぞ。はっはっはっ!」
おっさんが上機嫌なのはそれが理由か!
「ともかく、リョウヘイはこの荷物を全て魔法倉庫に仕舞ってくれ。ハンス、後は任せたぞ!」
「はい!」
おっさんは、荷物を整理していた職員に声をかけて去って行った。
「それでは確認しながら荷物を魔法倉庫に格納してください。」
この人はハンスさん。
冒険者ギルドの職員の中でも事務処理とか裏方の仕事をやっている人だった。
窓口にはあまり出てこないし、元冒険者でもないので冒険者にはあまり馴染みのない人だ。
けれども、冒険者ギルドの予算や物資の遣り繰りを一手に引き受けている、ギルドになくてはならない人なのだそうだ。
おっさんが面倒な仕事を丸投げしているだけかもしれないけど。
ともかく、ぼくはハンスさんと一緒に、リストにチェックを付けながら荷物をアイテムボックスに格納して行った。
「あれ? この大きく名前の書いてある荷物は?」
「ああ、それは冒険者の方から預かったものです。自分で取りに来てもらいますから、扱いは他の荷物と同じで結構です。」
へー、冒険者の荷物も預かっているんだ。まあ、予備の武具とか消耗品とかだと思うけど。
さすがに自分の装備一式を預けて丸腰で現地に向かう冒険者はいないよねぇ。
……あ、ぼくは丸腰のままだった。防具は魔力の鎧で済ませているし、攻撃は物理で殴るをやっているし。
間合いを伸ばすために棒の一本でも持っておくかな。
『お兄さん、お兄さん。いい感じの長さの棒ならいっぱいあるっスよ。』
そう言えば、小石、葉っぱに次いで多かったよね、木の棒。
握った棒ごと魔力の鎧で包めばそこそこの強度にはなるし、セルフブーストで筋力を底上げすれば木の棒一本でも結構な攻撃力になる。
問題は、どう見ても一般人にしか見えないことなんだよね。
治安の悪いところでは丸腰だと狙われるとか、冒険者ギルドでは装備を見て格下だと判断した冒険者に絡まれるとか色々聞くし、いいかげん格好だけでもどうにかしないと。
……などと思ったのも何回目だっけ? この依頼が終わったら、荷物持ちでもそれなりに報酬が入るから、今度こそレイモンドさんにでも相談しよう。
そんなことを考えているうちにも作業は進み、あれだけあった荷物もほとんどがアイテムボックスの中に入ってしまった。
ほんと便利だよね、アイテムボックスって。まあ、今は魔法倉庫に偽装しているからポーチの口から入るものしか格納できないという制限があるんだけど。
そう言えば、ポーチの口から入らなかった荷物はなかったなぁ。
まるで計ったようにポーチの口に収まるサイズにまとめられていた。
もしかして本当にポーチの口から入るように計って荷造りした!?
そう言えば最近ポーチをしている冒険者をよく見るようになったし、ギルドの職員にもポーチを付けている人もいる。レイモンドさん、頑張って売りまくっているね。
ポーチそのものは同じものだから、ぼくの魔法倉庫に入れられる荷物の大きさも分かるわけか。
でもこんなにぴったりのサイズで荷造りするのって、いったいいつからぼくの魔法倉庫を使う気でいたの!?
「はい、これで最後です。」
よし、全部入った。あれだけあった荷物が全部入るんだから、やっぱりアイテムボックスは凄い。重さも感じないしね。
劣化版の魔法鞄だとここまで入らないらしい。阪元さんのいる亜空間は規格外の大きさみたいだけど、普通の魔法倉庫の容量は超えていないよね?
『よく見かけた中身のある異空間の大きさの範囲にまとめたっスけど、まだ余裕っス。それにその数倍の大きさの異空間も普通にあるっスから、多少オーバーしても誤差の内っス。』
まあ、そこまで気にしなくて良さそうだ。
「これが今回の荷物のリストになります。ここからここまでは現地に到着後、ギルマスと確認しながら出してください。これ以降は要請があったら出せばよいです。魔法倉庫から出した荷物はここにチェックをしてください。再度格納した場合はこちらにチェックしてください。」
……そっか、荷物の管理もしなきゃならないんだ。荷物持ちの仕事って、結構大変じゃない?
『俺っちも手伝うっス。』
うん、頼りにしてるよ、阪元さん。
ぼくは受け取ったチェックリストの用紙もアイテムボックスに仕舞った。
荷物を片付け終わった後、しばらくすると冒険者が集まってきた。
リントの冒険者のほとんどに声をかけたらしいから、結構な人数になる。まあ、Fランクは対象外なのでジョン達は来ていないけどね。
パーティーの中には経験を積ませるためにFランクの冒険者を連れてきている場合もあるそうだけど、Fランクのみのパーティーにはそもそも声がかからない。
例外は魔法倉庫を持ったぼくだけ! あんまりうれしくない特例だよ!
さて、集まって来た冒険者は、来た端から馬車に詰め込まれて順次出発して行った。
馬車と言っても大型の荷馬車の荷台に空の木箱を並べて椅子代わりにして、そこに冒険者を詰め込んだだけだ。
中には自分の荷物を下ろして腰掛ける者や、馬車の中で仁王立ちしたままの剛の者もいる。もっと剛の者は馬車も使わず歩いて現地集合する。
……まあ、現地集合は遅刻して馬車に乗り遅れた人の話だけど。
ぼくはおっさんと一緒に最初の馬車で一番乗りだよ。
一番最初に現地入りして、ぼくの持って来た荷物で野営地――ベースキャンプを作らなくちゃならない。
今回はベースキャンプの先に前線基地を作るわけでもないんだけど、持ち込んだ資材の置き場になるからベースキャンプと呼ぶらしい。
おっさんが一番乗りなのは、今回の作戦の総指揮で、ベースキャンプ設営の指揮もおっさんがやるからだ。
ギルドマスター自ら最前線に出ていいのか、という気もするけど、ギルドマスターの役割は冒険者のまとめ役であり、大きな作戦で多数の冒険者たちに言うことを聞かせられるのはおっさんしかいない、ということらしい。
……大半の冒険者が出払っている今、おっさんがギルドにいても邪魔なだけ、とかじゃないよね?