第三十一話 マリー、襲来
「リョウヘイ、お前に客だぞ!」
今日は朝からおっさんに呼び出された。
でもぼくに客って誰だろう? こっちの世界に知り合いなんてほとんどいないよ。
まあ、日本に戻れば友達たくさんってわけでもないんだけどな! はっはっはっはぁ。
こっちの世界での知り合いというと、一部の冒険者とギルドの職員でしょ、レイモンドさんとテイラー商会の人でしょ、後は依頼でやり取りした人たちでしょ……。
どうしよう、親しい人の数で言うと既に日本の友達を超えている気がするんだけど!
友人というより、お世話になった人が多いけど、この世界親切な人多くない!?
おっさんに連れて行かれた先で待っていたのは、冒険者ギルドには不似合いな可愛い女の子だった。
そう言うと喜ぶべき場面に思えるかもしれないけど、ぼくはあんまり嬉しくない。
可愛いのは確かだけど、どう見ても小学生くらいの小さな子だよ。
その小さな子が猫を抱えて立っていた。あれ、この猫どこかで……。
この時間はまだそこそこいる荒くれ者の冒険者たちが、何だか和んじゃっているよ。
心なしか、おっさんも目じりが下がっている。
別に冒険者たちがほっこりしようと、実はロリコンだったとしても、ぼくには関係ない。
でも、この子だれ~?
「こんにちは! 私はマリアベル。マリーって呼んでください! 先日はミーちゃんを助けていただいてありがとうございました!」
ペコリ、と女の子が猫ともども頭を下げる。それを見た周囲の荒くれ者に、受付のおねーさんも含めて、「よくできました」という顔でほっこりしているよ。
えーと、女の子はマリーちゃんね。それと、猫がミーちゃん……?
ああっ!
確か領主の娘さん!
どーしよう? 回避したはずの死亡フラグが向こうからやって来た!?
気が付くと別室でマリーちゃんと二人っきりになっていた。
ぼくにちっちゃな女の子相手に何を話せと?
正確には三毛猫のミーちゃんもいるけど。今はマリーちゃんの抱っこから解放されて、マリーちゃんの頭の上によじ登っている。
『俺っちもいるっス。』
そうそう、阪元さんもこの世界の様子を見てみたいというので、普段からポーチの蓋をちょっとだけ開けている。ただし阪元さんの声はぼくの頭に直接響く感じで他の人には聞こえないようにしている。
阪元さんもミーちゃんも会話に加わることはできないんだよね。(元)悪魔の阪元さんを気楽に紹介するわけにいかないし。ミーちゃんは喋れないし。
……この世界の猫は喋ったりしないよね?
「で、ワタラセ・リョウヘイ。てめーは日本から来た『渡り人』だな。」
ほへ?
ここにはぼくとマリーちゃんの二人しかいないはず。今の台詞はいったいどこから?
思わずきょろきょろと見まわしてしまうが、もちろん他に誰もいない。
「どこを見ている、おい! オレだよ、マリアベルだ! 現実を見ろよ!」
………………。
マリーちゃんだった。
「仏説摩訶般若波羅蜜多心経……」
「いや、落ち着け、悪魔憑きじゃないから! というか、どーして般若心経?」
『悪魔憑きはストレスとかで奇行に走っただけなのに悪魔のせいにされているっス。風評被害っス。本当に悪魔が操ったらもっとわからないようにやるっス。』
なんか、パニックになった。
い~や~! 可愛い女の子の声と姿で、台詞と表情だけガサツなの、凄く違和感あるよ~。
ミーちゃんが喋ったって方がまだよかったよ~。
「オレは転生者だ。前世では男だったんだが、事故で死んだと思ったらこんな姿に生まれ変わっていた。最初は驚いたぜ。」
――なるほど、転移者がいるならば転生者がいてもおかしくないというわけか。
あ、転生したら黒歴史だった件さん。
――転生したら美少女になった者が目の前に居るな。
うぐ、認めたくない現実がぁ!
『魂だけで世界を渡ったっスか。珍しいっスね。』
珍しいの?
『むき出しの魂だけだと、世界を渡った衝撃で壊れやすいっス。神様の介入でも無ければ、断片的な記憶や人格の一部だけ現れることが多いっス。』
――すると、転生者特典のチート能力等はどうなるのだ?
『お兄さんに魔力を与えたシステムに引っかかったんだったら、何か与えられている可能性はあるっス。でも生身で渡った場合よりも弱くなるっス。』
ふーん、そうなのか。でもまあ、変な能力がなくても、過保護なお父さんがいるからそこそこ裕福に生活しているみたいだけどね。
「ボーっとしているんじゃねえぞ。せっかく見つけた日本からの『渡り人』だ。色々とオレの死んだ後のことを聞かせてもらうぞ!」
え?
その後三十分ほど、ぼくはマリーちゃんから質問攻めにあった。
マリーちゃんの前世は、日本で大学生やっていた男子だったそうだ。
仲間と共にロックバンドを結成し、――え、違う? デスメタル? ごめん、何が違うのか判らない。――将来はプロデビューしようと頑張っていた矢先に事故で死んでしまったのだそうだ。
残されたメンバーがプロデビューできたのかが気になっていたとのこと。
でもぼくそういうの詳しくないんだよね。
「力になれなくてごめん。」
「いや、いいさ。本来知り得ないことなんだし。それにあいつらが知らぬ者のいない大スターになれなかったってことだけは分かった。」
なんかすごい漢っぷりだった。見た目は十歳の女の子なのに!
まてよ、前世も含めたら精神年齢は三十歳前後になるはず。これはマリーちゃんじゃなくてマリーさんと呼ばなければダメかな?
「それに久しぶりに地に戻って羽を伸ばせたぜ。猫を被り続けるのも結構疲れるもんだ。」
その代わり、今はミーちゃんを頭に被っているけどね。
「それって、親の前でも猫を被っているの?」
「ああ、親の前でこそ猫を被ってないと、怪しげな悪魔祓いを呼ばれちまうぜ。」
確かにそれはありそう。
『悪魔祓いは悪魔より危険っス。』
「結構苦労してるんだからね、お兄ちゃん♪」
マリーさんは一瞬で猫を被ると笑顔で言って見せた。
「あ、あざとい! しかも笑顔が妙に自然で手慣れている!」
「これが今のオレの唯一の武器だからな。」
この漢、女の武器を磨いています!?
「特に過保護親父を説得するのには苦労したぜ。あいつ、オレを貴族の令嬢として手元に置きたがっていたんだよ。」
なんか余人には窺い知れぬ親子の戦いがあったみたいです。
マリーさんが平民なのは、自分で望んだからだったのか。
「貴族の令嬢なんかやってたら、どっかの貴族か下手すると王族に嫁がされるぜ。一生猫被り続けていられるかってーの。」
それは大変そうだ。
「確かに、貴族に嫁いでうっかり今みたいな地が出たら大惨事になりそうだね。」
「我が夫となるものはさらにおぞましきものを見るだろう。」
これ以上の何があるの!?
「オレはこっちの世界でも音楽をやるつもりだ。せっかく女に生まれたんだし、今度はアイドルでも目指そうかな。」
あれ、こっちの世界にアイドルなんていたっけ?
絶対にいないと言い切れないのが怖い。
こうしてマリーさんとの面会は終わった。
なんか短いけれど濃い時間だったなぁ。
「それじゃあ、リョウヘイお兄ちゃん、またねー!」
マリーさんは可愛らしい笑顔を残して去って行った。
……え? また来るつもりなの~!!
すみません、つい出来心で登場させてしまいました。本作のヒロイン(?)候補のマリー嬢です。
齢十歳と幼いですが、ただ可愛いだけではない芯の強さを持っています。
亮平「ただ可愛いだけならどれほどよかったか。」
ナウシカネタは前々作の『聖女無双』でもやって見たかったのですが、あの世界のBL文化は男子禁制で頑張っているので、「さらにおぞましきもの(=かなりハードな18禁BL本)」は夫になったくらいで見ることはありません。あと「腐ってやがる」も含めて言うことのできる人間が限られてしまうので断念しました。




