第二十八話 マジックアイテムを作ろう! その1
テイラー商会から帰ってきた翌日。
今日はアイテムボックスの魔術の練習をすることにした。
正確に言えば、レイモンドさんにもらったウエストポーチを魔法倉庫に偽装する練習だ。
やることはそう難しくはない。
アイテムボックスの出入口を、ウエストポーチの口に合わせて作るだけだ。
ただ、このポーチは口が大きく広がるし、ポーチを持ったまま移動することもある。
アイテムボックスの魔法では、一度作った出入口は消すまで同じ場所に留まるそうだ。
ポーチの動きに追従してアイテムボックスの出入口を移動、変形できないと、このポーチの使い方にも制限が出てしまう。
……などと心配していたんだけど、あっさりとできたよ。
セルフプロテクションで魔力の鎧を作る時と同じ要領で行けた。
魔力の鎧は中に入っているぼくの動きに合わせて位置を変えたり変形したりしなくちゃならない。そうしないとぼくが動けなくなる。けれども、自分の動きに合わせて意識して変形させていたら面倒で仕方ない。
そこで手や足の特定の部分を基準にして鎧を構成する魔力の防壁の位置を調整しているのだ。
ちなみに一番大変だったのが手の部分だった。指の一本一本に合わせて動かすようにすると細かすぎて大変なんで、手全体を覆うように魔力の鎧を展開するのだけど、これだと剣が握れない。
仕方がないんで、最初は手の部分を魔力の鎧で覆わずにいたんだけど、そうするとルークさんは的確に小手を狙ってくるんだよね。
だから最近は剣を握った後に拳全体を覆うように魔力の鎧を展開している。これをやると手に剣を固定する役にも立つんだよね。
その気になれば、握り拳の先に魔力の鎧で剣を固定して振ることもできるよ。やらないけれど。
それはともかく、アイテムボックスの出入口にも同じ方法が使えた。ポーチの口の何ヵ所かを基準点にしてそこに合わせて出入口を構築する。
これで大きく開いても小さく開いても、ポーチの口にアイテムボックスの亜空間が繋がった状態だ。ポーチを移動してもポーチの口とアイテムボックスの出入口はちゃんと一致する。
でもこれも原始魔術だから、ぼくから一定距離離すと消えてしまうんだよね、アイテムボックスの出入口。
まあ、ぼくがポーチを身に着けていればいいだけだし、他に人には使えない設定だから、ぼくから離れたところで使えなくても問題ない。
こんなものかな。
このポーチの口は横長なこともあって、最小の状態でも結構いろんなものを出し入れできる。細長い剣なんかもそのまま出し入れできる。
これならポーチを腰に着けたままでも、たいていのものは格納したり取り出したり出来るだろう。
便利なんだけど……なんかこう、絵的にちょっと……うーん。
よし、このポーチを「四次元ポシェット」と呼ぶことにしよう!
……ごめん、やっぱ今のなしで!
さて、アイテムボックスの魔術を使う目途が立ったところで、ぼくの私物はみんなアイテムボックスにしまっちゃうか。
と言ってもたいしたものはないんだけどね。
着替えと、魔法の勉強に使ったノートとペン、空間魔法の本と、プチプチ。冒険者の身分証はひもを通して首から下げているからしまわなくていい。
後は解体用のナイフと、冒険用のリュック。
リュックはもういらないかなぁ。
それからついつい買っちまったどぶさらい用のマイスコップ!
これ側溝の幅に合わせて作られているから、凄く使いやすいんだよ。どぶさらいの仕事も早く終わるから費用対効果抜群だよ。
アイテムボックスの魔術があれば台車は要らないから、あとはバケツとデッキブラシを買えば、冒険者ギルドで道具を借りずに済むよ。
いやそれよりも、いいかげん武器とか防具とかも買わないとなぁ。
まあ、とりあえずあるものはアイテムボックスに詰め込んでおこう。整理は阪元さんがやってくれる。
『お兄さん、お兄さん。』
ん? 阪元さん?
『せっかくだからこのポーチを魔法倉庫にしてしまうっス。兄さんくらいアイテムボックスの魔法を使いこなしていればきっとできるっス。』
魔法じゃなくて、魔術だけどね。簡単な魔法なら魔術で何とかなると思うけど、そもそもぼくは魔道具の作り方を知らないんだよね。
『これを使うっス。』
アイテムボックスの出入口から、何やら本が一冊、にゅっと出てきた。
えーと、本のタイトルは「付与魔法と魔道具」?
なんで阪元さんがこんな本を持っているの!?
『俺っちは封印されていて異空間の外にはほとんど干渉できないっス。でもどことも結びついていない異空間が近くを通れば中身を取り込めるっス。そうやって集めた品の一つっス。』
つまりこの本もどこかの誰かの遺品……。
『古い物っスから、元の持ち主は故人だと思うっス。でも魔法倉庫や魔法鞄が壊れても持ち主のいない異空間が生まれるっス。』
ああ、そういうパターンもあるのか。
まあ、とにかく読んでみよう。
………………。
…………。
……。
……寝ないよ!!
いくら難しい本だからって、そうそう寝てたまるか!
ちょっと危なかったけど。
いくら魔法の本だからって、睡眠の魔法を仕込まないで欲しい。
……いや、まあ、ぼくには難しいだけだってわかっているけど。
よし、理論を飛ばして実践だ!
『実践編は九十七頁からっス。』
理論編だけで百ページ近く使っているのか。読むだけで大変だなぁ。
と言うか、阪元さん読んだの!?
『封印中は暇なんっス。電話帳だろうと聖書だろうと、暗記するまで読んだっス。』
阪元さん、スゲー。
悪魔が聖書とか読んで大丈夫なの?
『平気だったっス。善行にもカウントされなかったっス。』
ああ、そう……。
とにかく、実践編を読んでみよう。
フムフム。
これは魔道具作成の練習用かな?
小石を光らせるのか。
『はい、小石っス。小石と葉っぱには不自由していないっス。』
……そらまあ、不自由しないよね。
阪元さんが出してくれた十個くらいの小石の一個を手に取る。
えーと、魔道具を作るには、まずアイテムに付与する魔法の魔法術式を書く。ここでは光を一文字っと。
次に、刻印の魔法で魔法術式を対象に刻印する。この魔法は初級か。なら魔術でできるかな。
刻印の魔法文字を書いて、対象はイメージと魔力制御で指定すれば。えい!
おお、小石に光の魔法文字が印刷された!
へー、魔法で刻印するのではなく、直接手で聞いてもいいのか。魔力を通しやすい特別なインクが必要みたいだけど。
それから、最後は刻印された魔法術式が機能するように魔力と魔法効果を付与する。これも初級の魔法だから、魔術でやってみよう。
付与の魔法文字を書いてっと。付与!
おお、小石が光り出した!
でもまあ、これだけなら原始魔術でも同じことができるんだけどね。
ぼくはもう一個小石を取って、原始魔術で光を纏わせる。
はい、光る小石の出来上がり。
一見すると同じように光る小石だけど……。
ぼくは二つの小石を置いて、少し離れた。
すると一方の小石から光が消えた。原始魔術で光を纏わせた方の小石だ。原始魔術は術者から一定以上離れると効果が失せる。
つまり、光っている方の小石は原始魔術の効果ではなく、魔道具の効果で光っているのだ。
魔道具の作成、大成功!
結構簡単だったなぁ。こんなに簡単でいいんだろうか?
『難しいのはこれからっス。』
本の中身を全部読んでいる阪元さんがそんなことを言う。
まあそうだよね。最初は基礎の基礎の練習用。魔道具と言っても実用性のないものだし。
ここから順々に難しい魔道具に挑戦して、必要な魔法を覚えて行くのだろう。
『いえいえ、覚える魔法はあれだけっス。最低でも付与の魔法だけ使えれば魔道具は作れるっス。』
え、そうなの?
『難しいのは、魔法術式に含まれない部分っス。刻印か付与の際に、魔法術式に記載されていない作用を含めてアイテムに刻み付ける必要があるっス。』
イメージと魔力操作の部分のことかな? アイテムボックスの魔法を使えないと魔法鞄を作れないという話だし。
『魔法を発動させずに、魔法を発動する時と同じことをして、同時に刻印か付与の魔法を使う必要があるっス。これが難しいらしいっス。』
うーん、確かにややこしいことをするんだなぁ。まあ、ぼくは出来ると思うけど。
『いつも普通に多重発動しているお兄さんなら楽勝っス。でも、魔法術式に記されていない部分の付与は不安定で失敗しやすいっス。』
アイテムボックスの魔法はイメージと魔力制御で補っている部分が結構大きかったから、魔道具にするのは難しいのかな?
『それに、魔道具に付与する魔法は、普通に魔法を使う場合とは色々と変える必要があるっス。』
え、そのままじゃダメなの?
『まず、魔力の供給方法を指定する必要があるっス。魔力を供給しないと、最初に与えた魔力が尽きたらそれで終わりっス。』
あ、そうか。魔道具の場合何度も使うから、その度にどこかから魔力を持ってこなくちゃいけないのか。
『使用者の魔力をその都度吸収するか、周囲から魔力を少しずつ吸収して魔石に蓄えるかのどちらかみたいっス。』
なるほど。こんなところで魔石が使われるんだ。
さっきの光る小石はどちらもやっていないから付与した魔力が尽きたらそれで終わりだけど、魔力を流せば光る小石とかもできるわけだ。
そう言えば、さっきの小石は何時まで光っているんだろう?
『お兄さんの魔力は桁違いだから予想がつかないっス。俺っちが観測しておくっス。』
小石はアイテムボックスに入れて阪元さんに任せることにした。
『それともう一つ、魔法効果を発動する条件も設定する必要があるっス。』
そうだね。さっきの小石は光りっぱなしだったけど、明かりとして使うならオンオフできないと不便だ。
『魔法倉庫や魔法鞄の場合は、口を開けた場合に発動するのが簡単っス。でも、他人に勝手に使われないために、魔法的な鍵を用意する場合もあるみたいっス。』
魔法的な鍵?
『鍵として利用するアイテムを用意する場合もあれば、特定のキーワードを鍵として利用することもあるみたいっス。』
――つまり、呪文で起動する魔道具を作ることも可能なのであるな?
あ、いきなり出てきたな、黒歴史えもんさん。
――今そのキャラに近いのは汝であろうが!
ぎゃふん。
それは忘れていたかったのに~。
――それはともかく、強力な攻撃魔法を付与した魔道具を作り、呪文で発動するようにするのだ。魔法が強力ならば誤動作を避けるために長い呪文も許されるだろう。
『魔力の消費が大きい強力な魔法を発動する魔道具には大きな魔石が必要になるっス。さもなければ、必要な魔力をチャージするために何十年もかかったり、何百人もの魔法使いが魔力を供給することになるっス。』
そう言えば、特に強い魔物からとれる魔石はかなり大きくて、かなりの高額で取引されるらしい。そのんな魔石を使ったら無茶苦茶高い魔道具になるよ。
『それにしてもお兄さん、ずいぶんと呪文にこだわるっスね。』
――当然だ。我らの悲願は百篇魔導書の完成にある!
うぎゃあ~。やめて、それは本当に黒歴史だからぁ~!
――其は全てを呑み込む終焉の闇。漆黒の炎となりて顕現せよ。我が血肉を対価に、我らが敵を焼き尽くせ……
や~め~て~。
『凄いっスね。出だしだけでドラゴンクラスの魔石が要りそうな仰々しさっス。こんな呪文を百個も作ったっスか?』
いや、三十六篇まででネタ切れになった。
授業中に、右手で授業のノートを取りながら、左手で思いついた呪文を書いて行ったんだよなぁ。
『お兄さん、器用っスね。』
あの時の呪文ノートは古紙回収に出しました。今頃は再生紙として世の中の役に立っていることでしょう。
――まだ終わらぬぞ! 百篇魔導書は我が内にある! いずれはこの世界で完成させてみせようぞ!
『ドラゴン百体倒すっスか?』
「レ・サンチュリ(Les Centuries)」
ノストラダムスの大予言で有名になった予言集のこと。フランス語のサンチュリは「百の集まり」という意味で、各巻百篇の詩から構成されているためこのように呼ばれています。
このサンチュリを英語のCenturyと混同したためか、「諸世紀」という邦訳が有名ですが、これは誤訳です。
なかCenturiesはCenturieの複数形で、各巻百篇の詩がある予言集全体を表したものです。百の呪文を集めた魔導書一冊だけで「百篇魔導書」と名付けたのは少々名前負けしています。