第二十七話 なんかやらかしたみたい
「儂らはまだ『渡り人』を甘く見ていたのかもしれないな。」
おっさんがしかめっ面でそんなことを言う。
おかしい。ぼくはただアイテムボックスの魔術が成功したことをエリーザさんに報告しただけなのに、どうしておっさんやルークさんまで出て来るの?
ぼくなんかやらかした?
「アイテムボックスの魔法はグラナック派と言う生産系の魔法使いの一派が独占しているの。魔法術式が記載された本が出回っていたのも驚きだけど、それだけで使えるようになるとは思わなかったわ。」
そう言えば、師匠から見せてもらって覚えるのが本来の姿だっけ。ぼくは漫画とかのイメージで使えるようになったけど。
「連中はアイテムボックスの魔法を付与した魔道具の生産を独占して大きな利権を得ている。自分たち以外にアイテムボックスの魔法を使えるものがいると知ったら何をしてくるか分からんぞ。」
おっさんが渋い顔のままそんなことを言う。
「え、魔法倉庫って作れるの?」
「ああ、ダンジョン産のものの劣化版で、魔法鞄と言う。儂も見たことないが、劣化版と言っても馬車二台分くらいの荷物が入るらしい。ダンジョン産のものよりは多少安くて入手しやすいものだ。」
アイテムボックスの魔術に使えそうな亜空間は直径百メートルくらいあるのが多かったから、それに比べると小さいけど、冒険者が持ち歩くには十分に便利だ。
でもその魔法鞄を使っている冒険者を見たことないし、おっさんも見たことないようだから相当高いんだろうなぁ。
「魔法を付与して魔道具を作るためには、作成者がその魔法を使えなければならないの。だからアイテムボックスの魔法なんかは門外不出扱いで秘匿されているのよ。」
つまり、アイテムボックスの魔法を使える魔法使いは、魔法鞄を作る所で囲い込んでいるから冒険者にはいないのかな?
「グラナック派の連中は自分たち以外の者が魔法鞄を作ることを恐れているから、アイテムボックスの魔法が使える魔法使いがいたら、全力で取り込もうとするだろう。」
「……ぼくも魔法鞄作りに誘われるってこと?」
「いや、それは微妙なところだな。」
なぜに?
「魔道具の作成は魔法使いの仕事だから、知識や素質がいくらあっても魔法が使えないと門前払いなのよ。」
え? ここでも指パッチンがいるの!?
「だが、実際にアイテムボックスを使っておいて、魔法が使えないとはだれも思わんだろうよ。どんなトラブルになるか分からんから、不用意に人に見せるなよ。」
うーん、せっかくアイテムボックスが使えるようになったのに、不便だ~。
「適当な鞄でも買って、魔法鞄のふりでもしておけ。魔法鞄も希少品だが、アイテムボックスの魔法よりはあり得ない話じゃない。」
おっさんの投げやりなアイデアだけど、たぶんできる。アイテムボックスの魔術はいっぱい試したから、出入口の大きさや場所は結構細かく調整できるようになった。
鞄とか袋とかの中にアイテムボックスの出入口を作ることもできると思う。
「魔法鞄か。冒険者やってても欲しいと思うことが多いんだが、だいたい豪商が買い占めるからこっちまで回ってこないんだよな。リントで持っているのはテイラー商会の会長ぐらいじゃないか?」
ルークさんも持っていないらしい。高ランクの冒険者は結構高収入らしいけど、高級な装備を使うから出費も多いし、あくまで個人の稼ぎだ。大きな商会が組織的に買占めに走ると手が出せないみたいだ。
……え? テイラー商会?
「レイモンドさんも持っているんですか、魔法鞄?」
テイラー商会の会長って、最初にぼくを拾ってくれたレイモンドさんのことだ。
「ん、知らなかったか? テイラー商会はフォルダム辺境伯領を中心に辺境一帯の商売を牛耳る大商会だぞ。魔法鞄くらい持っているだろう。」
し、知らなかったぁ~!
レイモンドさんって、自分で御者をやって行商に出かけるくらいフットワークの軽い人だよ!
テイラー商会の店に行くと、レイモンドさん自ら出てきていろいろと教えてくれる気さくな人だよ!
そんな大物だと思うわけないじゃん!
「そうだ、せっかくだからレイモンドの奴も巻き込もう! 儂が一筆書くから、事情を話して手頃な鞄を見繕ってもらえ。」
そう言いうとおっさんは、何やら書状を書き始めた。
「レイモンドさんに話しちゃっていいんですか?」
「どうせ、リョウヘイがアイテムボックスを使い出せばすぐに奴の耳に入る。だったら最初から巻き込んだ方が色々と口裏を合わせてくれるだろう。」
まあ、レイモンドさんはぼくが『渡り人』だと言うことも知っているしね。
「ただ、一つ忠告をしておくと、あいつを頼りすぎるな。」
書き上がった書状を手渡しながら、おっさんは話を続けた。
「奴が若者に親切にするのは趣味みたいなものだ。奴に言わせると『人に投資』だそうだ。裏はないから気にしなくていい。」
そう言えばレイモンドさんは最初に会った時からずっと親切だった。あれ趣味だったのか。
「だが、将来性が無いと判断するときっぱりと手を引く。犯罪に手を染めたりすると一発だな。ついた二つ名が『損切りのレイモンド』だ。」
損切りって……。
まあ、確かにあのレイモンドさんに見限られたら終わりな気がする。
そんなこんなで、やってきましたテイラー商会。
あちこち飛び回って忙しいレイモンドさんだけど、幸い今日は店にいたようだ。
おっさんの書いた書状を見せると、即座に別室へと通された。
事情を話して手頃な鞄が無いか相談する。
「なるほど、アイテムボックスを習得されましたか。ゆくゆくは護衛を兼ねて行商の手伝いを依頼したいですな。」
レイモンドさんは落ち着いて話を聞いてくれた。
「分かりました。それならばちょうどよいものがありますよ。ちょっと待っていてください。」
そう言ってレイモンドさんは部屋を出て行った。
ほどなくして戻ってきたレイモンドさんの手には――
「ウエストポーチ?」
それは横に細長い、腰に巻くためのベルトの付いた小さなバッグだった。
「ええ、冒険者の方には、両手が空くものが便利でしょう。」
試しに着けてみる。
うん、特に邪魔にならない。
中が空っぽで重くもないし、べったんこだからということもあるけれど、アイテムボックスのダミー用で中に物を入れないから問題なし!
「このポーチには少々曰くがあるのですよ。」
なんか、レイモンドさんが語り出した。
「今から十年以上前、リントには魔法倉庫を持った冒険者がいたのです。」
え、魔法鞄じゃなくて、もっと希少な魔法倉庫の方?
「冒険者の場合はダンジョンで見つけた魔法倉庫を自分で使えばよいので、魔法鞄よりも可能性があるようですね。」
そうか、買おうと思ったら多少安い魔法鞄でも個人では手が出せないけど、魔法倉庫の方はダンジョンで手に入ることもあるんだ。
「しかし、ベテラン冒険者と共に数多くの冒険を潜り抜けてきた魔法倉庫は、機能に問題はなくても外見はボロボロでした。そのことで相談を受けたテイラー商会は魔法倉庫にこのポーチを被せることで修繕したのです。」
へー、魔法倉庫用として実績があるんだ、このポーチ。
「そして魔法倉庫と同じデザインのポーチとして大々的に売り出そうとした矢先に、魔物の大攻勢がありまして。件の冒険者はそれ以来行方不明。売り出すタイミングをすっかり逃してしまいました。」
おい~! それはなんか縁起が悪いよ~!
それに、『損切りのレイモンド』さんが十年前の不良在庫をいまだに抱えているの?
「リョウヘイさんには、これを東の森で拾ったことにしていただきたいのです。」
え、それって……
「魔法倉庫を持った冒険者は当時活躍していましたから、今でも言われれば思い出す者は多いでしょう。由来がはっきりしていれば、疑われることもありません。」
そっか、魔法鞄だと言い張っても、どうやって手に入れたんだと疑われるか。
「それにグラナック工房では自分たちの売った魔法鞄の所在を管理しています。出所不明の魔法鞄の噂を聞きつければ調べに来るかもしれません。魔法倉庫と言った方が安全なのですよ。」
皮肉なものだよね、より希少な魔法倉庫の方が目立たないというのだから。
「貴重な魔法倉庫を持っていると知られると、それを狙う不届き物が現れるので、『十年前の冒険者の魔法倉庫が見つかった』という噂と共に、『使用者が設定されてしまい他人には使えなくなった』という噂も流しておきましょう。ダンジョン産の魔道具ではよくあることです。」
ダンジョンで見つかる不思議な道具の中には、この手の謎のセキュリティーがかかっていることもあるんだそうだ。しかも、本人にも所有権を変更できなくて、売りたくても売れなくて困ることもあるとか。
そんなものを無理して奪っても骨折り損になるだけだ。さすがはレイモンドさん。配慮が行き届いています。
「さらにはこのポーチを大々的に売り出して多くの人に行き渡らせれば、リョウヘイさんが目立つこともなくなるでしょう。」
あ、さてはぼくを利用して不良在庫を一掃する気だな。さすがは大商人、抜け目がない!
「それから、そのポーチは魔法倉庫用に設計してありますから、かなり大きく口を開くことができるようになっていますよ。」
へー、そうなんだ。
試しにポーチの口を開いてめる。
この世界にはジッパーもマジックテープもないから、ポーチの蓋はベルトで止めるようになっている。まずはそのベルトを外して、蓋を開く。
この段階では外から見たままのポーチだ。けれどもそれだけでは終わらない。
開いた口をさらに引っ張ると、中に折りたたまれていた部分が展開して大きく広がる。
「おおー、こうなっているのか。」
ポーチの口は三段階に広げることができるようになっていた。
ちょっとした小物を出し入れするならば蓋を開けただけでも十分。一番大きく開けば、この前の猿や大蛇なんかも頭から突っ込んでしまうことができそうだ。
でも、魔法倉庫になっていないとこのギミックは意味がないよね!?
……あれ? 元通りに折りたたまなくても、大きく開いた口が閉じるぞ。そして腰に巻いたベルトを外して、ここに空いている穴に通せば、ウエストポーチからリュックに大変身!
よくできてるなぁ~。これなら冒険者以外にも需要があるかも。
ついでなので、開いた口に合わせてアイテムボックスの魔術を発動してみる。
原始魔術なら指を鳴らす必要が無いから、魔法文字をこっそり書けば他人に気付かれずに使うことができるのだ。
「ほう、これが……、確かに魔法を使っていないのにアイテムボックスが発動しているようですね。」
レイモンドさんが不思議そうに覗き込む。
エリーザさんによると、ぼくの原始魔術には魔法使いでなければ理解できない理不尽さがあるんだそうだ。まあ、そんなこととは関係なく、アイテムボックスの魔法なんか見る機会が無いから珍しいのだろう。
「魔法を使わずに魔法と同様のことを行っていると聞きましたが、凄いものですね。」
あれ? 何で知ってるの?
ぼくが原始魔術で色々とやっていることを知っているのは、ルークさんとエリーザさんとおっさん、あとはジョン達に少し見せたくらいだよ。
うーん、商人の情報収集能力、侮れない!
「そうだ、もしもリョウヘイさんが魔法鞄やその他の魔道具を作ることがあったら、是非ともテイラー商会に持ち込んでください。グラナック工房には知られないように売りさばいて見せましょう。」
レイモンドさんが、何だか危ない発言をする。
「大丈夫なんですか、それ?」
色々な意味で。
「ハハハ、商会としてグラナック工房とも取引させていただいていますが、魔法鞄を独占しているからと言って無茶な要求をしてくる相手に、これ以上便宜を図る義理はありません。協力していただける商人仲間にも大勢心当たりがありますよ。」
な、何かすごく嫌われているみたいだ、その何とか工房。レイモンドさんの周りに黒いオーラが見える気がするよ~!
どんだけ阿漕な商売やってるんだろう。アイテムボックスの魔法云々はともかくとして、関わらない方が良いことは確かみたいだ。