第二十三話 リント地下迷宮 その2
評価設定ありがとうございました。
うーん、やっぱりここが鼠の巣でよかったみたいだ。
ゴミを片付けていると、鼠の糞らしきものも出てきたし、数は少ないけど鼠の死骸もあった。
それらを黙々と袋に詰めて行く。
結構あるなぁ~。
依頼の内容としては、鼠を退治してその巣を撤去すること。鼠の死骸と巣の残骸は持ち帰ること、となっている。
つまり、袋詰めしたゴミは持ち帰らなきゃならない。
でも、結構大きな麻袋にいっぱいのゴミが、既に十袋ほどあるんだよ~。
一人二袋ずつ持ったとしても一度に全部持ち帰ることができない。
普通なら手間でも何往復かすればいいだけだけど、今回は謎の大きな生き物に襲われる危険があるからその警戒もしなきゃならない。
全員が両手を塞ぐわけにもいかないから、一度に運べる量はさらに減る。つまり何回も往復しなければならない。その分襲われる危険性も高くなる。
ずーと警戒しながら下水道を何往復もするのは結構辛いものがある。臭いし。
依頼のランクが上がって、その分報酬も増えたけど、労力に見合うかと言ったら微妙だ。
受ける依頼を間違えたね、ジョン!
まあ、反省会は後でやるとして、今は依頼を終わらせよう。
――シャァーーー!
ん? 今何か物音がしなかったか?
咄嗟に振り向くが、何も無い。
……気のせいか?
などと言って油断したとたんに襲われるのがホラーの定番!
ぼくはセルフブーストで強化した視覚聴覚をフル活用して念入りに調べる。
何度も言うけど、嗅覚は強化しないよ! だいぶ鼻がマヒしてきたとはいえ、ここで嗅覚を強化したら間違いなく悶絶する!
ここは視覚と聴覚だけで異常がないかを丹念に調べて……え?
「い、いた! 上だ!」
通路の天井近くの暗がり、こちらを見下ろす一対の目。壁の凹凸を利用してそいつはそこにいた。
いつの間に忍び寄ったのか、かなり近い!
「「「ヒィ! 出たぁ!」」」
ジョン達も気が付き、ワンテンポ遅れて悲鳴を上げる。くっ、やっぱり近くで叫ばれると五月蠅い。聴覚強化、オフ!
――ドサ!
ジョン達の叫び声に驚いたのか、そいつは地面に落ちてきた。
それは一匹の蛇だった。
大きい! 鎌首を持ち上げると、ぼくたちの頭より上から見下ろしてくる。全長で十メートルくらいあるんじゃないだろうか。それに胴も太い。少なくとも片手で掴める太さではない。
うわぁ、来たぁ!
大蛇は予想以上の素早さで、一番近くにいたぼくに向かって来た。
咄嗟にセルフプロテクションの鎧を強化したからダメージはないけど、うわ、巻き付いてきた!
……大丈夫、魔力の鎧の防御力が勝っているから締付も効いていないし、牙も通らない。
でも困った。なんか身動きが取れない。
「ウオォー!」
と、そこへジョンが剣を振り上げながら走ってきた。
クックックッ、こうなると身動きが取れないのは大蛇の方だな。
なんか、ぼくごと蛇を斬ろうとしているようにも見えるけど、ジョンの一撃くらいなら鎧モードでも受けきれる!
……念のため、もうちょっと鎧を強化しておこう。
さあジョン、一思いにやっておしまい!
――ペシ!
「「「あ!」」」
ジョンが蛇の尻尾に横薙ぎにひっぱたかれた。
そのまま吹っ飛んで行くジョン。
――ドポン!
そして下水に落ちた。合掌。
「クソー! ジョンの仇!」
激高したハリーが矢を放つ! いや、ジョン、死んでないけど。
相変わらず正確なハリーの矢は真直ぐに蛇の頭に向かい――
――ペシ!
蛇の尻尾が叩き落とした!?
「炎の矢!」
だがそこでマークが追撃の魔法を放つ!
巧い! これなら矢を叩いたばかりの尾は間に合わない。
いつの間に連携の練習をしてたんだ?
――ひょい。
だがその魔法も、軽く頭を振って避けられてしまった。
何この蛇、強すぎない!?
あっさり躱されて、ハリーもマークも攻めあぐねている。
ぼくのセルフプロテクションも、地下道に入ってから張りっぱなしだったから、あと五分くらいで切れる。
セルフプロテクションは魔力を追加して後から防御力を強化とかできるんだけど、効果時間の延長はできないんだよね。
攻撃食らって減った分の効果時間は魔力で補充できるみたいだけど、元々の効果時間は延長できない。
だからそろそろ何かしないと、セルフプロテクションをかけ直す前に一撃食らってしまいかねない。
やっぱりここは、ぼくも攻めよう。
今ぼくは体に大蛇が巻き付いた状態で、ダメージはないけれども腕も動かせない。でも、指先が動くから魔法文字くらいは書ける。
警戒用に感覚強化に使っていたセルフブーストもそろそろ切れる時間だから、改めて強化の魔法文字を書いて、筋力を中心に身体強化を行う。
セルフプロテクションをかけ直すには、一度蛇を引っぺがす必要がある。
あっそうだ、ついでにこれも試してみよう。
鎧、変形!
――ズン!
セルフプロテクションの鎧を変形して、無数の突起を突き出した。食らえ、ハリセンボン!
突起の先に火を纏わせればファイヤーファランクスだけど、そこまでする必要はないだろう。
鎧を変形させただけだから、突き刺さるほどの威力はないけれど、それでも驚いたのかぼくに巻き付いている大蛇の力が弱まった。
よし、今だ!
セルフブーストで強化した腕力で大蛇を振りほどく。
そのままセルフプロテクションを鎧モードでかけ直すと、今度はこちらから大蛇につかみかかる。
「おりゃぁ!」
右腕で大蛇の首をがっちりとホールド、ヘッドロックの体勢でで固定する。
大蛇はじたばたと暴れるけれど、セルフブーストで底上げした腕力で締め上げて離さない。
――ザッバーン!
と、そこに下水に落とされたジョンが自力で這い上がってきた。
しかも、剣もちゃんと手放さずに持っている。えらい、えらい。
「コノヤロー、よくも俺を突き飛ばしてくれたな!」
そして、剣を振り上げて、真直ぐにこちらに突っ込で来る~!?
いや、大蛇の首を狙っているんだろうけど、やっぱり怖いよ~!
ぼくは大蛇を逃がさないように注意しながら、のけぞるようにしてギリギリまで体を逸らす。
そして――
――斬!
振り下ろされたジョンの剣は、見事に大蛇の首を斬り落とした。
「こいつが例の『大きな生き物』の正体か。確かに大きいな……って、なんでみんな逃げるの!?」
それはね、ジョンが下水まみれで臭いからだよ。
この後ジョンは、ぼくが魔術で出した大量の水で丸洗いされました。
ずーっと汚水まみれのままよりはましでしょ?
一応火と風を併用すれば温風を作ることもできるんだけど、まだ練習中で温度調節が難しいし、何より水洗いしたくらいじゃ落ちきれない臭いがぼくに向かって来てしまう!
そんなわけでジョンには服を絞っただけの生乾きで我慢してもらう。
大蛇を退治しても、仕事はまだ終わっていないのだ。
鼠の巣の残骸はあらかた片付け終わって、生きた鼠どころか死骸もほとんどないことは確認した。たぶん鼠は大蛇の腹の中なのだろう。
この場で行う作業はだいたい終わったわけだけど、たくさんあるゴミ袋を持ち帰らなければならない。これ、重さはともかく、凄く嵩張る。
それに大蛇の死骸も持ち帰らないといけない。
こちらは目撃情報だけでも報酬は出るけれど、死骸を持ち帰った方が当然より多くの報酬が出る。
ジョンが身を呈してまでして倒してのだ、持ち帰らない選択はない。
しかし、いくら大蛇を倒したからと言って、全員が両手をゴミ袋で塞いだ状態で移動するのは不用心だ。そう考えると一度に運べる量はさらに減る。
やっぱり下水道を何度も往復するのは嫌だなぁ。
……などと考えていたけど、マークの一言で全て解決した。
「さっきやった魔力の棘をいっぱい生やすやつ、あの棘に袋をひっかければまとめて運べるんじゃない?」
おい、こら!
いや、できるよ。袋はそこまで重たくないから突起の強度でも問題ないし、セルフブーストかければ全部まとめて持ち運ぶくらいの力は出せるよ。
でも、見た目的にどうなの?
いや、やるけど。下水道を何往復もするのは嫌だから。
でも、他に方法ないの~!?
で、結局やりました。人間クリスマスツリー。
嫌なクリスマスツリーだねぇ~。
ぶら下がっているのはゴミの詰まった大きな袋がたくさん。
モールの代わりに首なし大蛇が巻き付いている。首は別の袋に入ってぶら下がっているよ。
しかも、魔力の鎧やその突起は魔法使いでない人には見えないから、ぼくは周囲に大きな袋や大蛇を浮かべた謎の人になってしまう!
ついでにジョンは全身びしょ濡れで異臭を放つ不審人物だ!
ええい、こうなったらハリーとマークもなんかやれ!
ハハハハハ……。
地下に潜っていた時はまだ人目がなかったからいいんだけど、マンホールから出た後、役所で指定された場所までもっていかないといけないんだよ。
しまったー、せめて台車だけでも借りておくんだった!
こうしてぼくたちは怪しげな一団となってリントの街を練り歩いた。
依頼は無事終了した。なんかすごーく疲れたよ、精神的に。
持ち帰ったゴミの山は役所の人に引き渡した。あとで専門家が調べるらしい。
鼠の死骸はほとんど持ち帰れなかったけど、既に鼠がいなかったこと説明して了承を得た。
大蛇の方は冒険者ギルドで引き取って調べることになった。街中に魔物が現れるとなると大事だから、魔物の専門である冒険者ギルドで調査するらしい。
役所での手続きが終わったら、あとは冒険者ギルドに戻って依頼終了の手続きと大蛇を引き渡して終わりだ。まだ昼を少し過ぎた位だけど、別の依頼を探す気にもならないのでそのまま解散することにした。
なんだか何日も地下に潜っていたような気分だよ~。
後、ジョンは少し残って体を洗っていくことにした。下水に落ちた人用に屋外の洗い場があるんだそうだ。下水に落ちる人、いるんだねぇ。
――後日
「え? あの蛇魔物じゃなかったの?」
おっさんから大蛇の死骸を調べた結果を聞いたのだけど、意外な答えだった。
「ああ、ずいぶんと大きいが魔物ではない。普通の動物だ。魔石も持っていなかった。」
あんなに強かったのに、普通の動物なの? この世界の魔物の基準が分からない。
「マダラオオニシキヘビとか言うらしい。この近くには生息しないはずなんだが、大方どこかの金持ちが持ち込んで、飼いきれずに捨てたんだろうよ。」
うーん、なんて迷惑な。動物は最後まで責任を持って飼いましょう!
……あの大蛇をちゃんと飼える人がいるとは思えないけど。
「この件はフォルダム辺境伯に報告しておく。辺境伯のことだから、全力で犯人を見つけ出すだろうよ。娘のいる都市の安全にかかわることだからな。」
ああ、確かマリーちゃんだっけ? あの大蛇が餌を求めて地上に出てきたら、特に子供は危ないからね。
「逆に犯人を捜そうともしなかったら、辺境伯が犯人だな。」
おいおい。
その後、リントにはかなり厳し目のペットに関する条例が制定された。
それから、フォルダム辺境伯邸に大蛇の剥製が飾られるようになったそうだ。
亮平はやらかすタイプの主人公と設定していたのですが、ジョン達三人と組ませると不思議とフォローしたり後始末したりする側になります。
人の言動は立場が作るものなんですねぇ。