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第二十二話 リント地下迷宮 その1

 今日は朝からジョン達に捕まっていた。

 どうやら、四人で行う依頼を見つけたらしい。三人とも朝からテンション高かった。

 「この依頼を受けたい!」


・下水道の害獣駆除


 おいおい。

 ぼくは一気にテンションが下がった。下水だよ~。

 それに、確かこれ、街中でできるFランクの仕事じゃなかった?

 「ああ、その依頼ね。それは受けた冒険者が下水道で何か大きな生き物に襲われたと言って逃げ帰ってきたために依頼のランクが上がったものよ。街中の仕事だからと言って舐めてかからないことね。」

 ……本当にいたよ、下水道の怪物! 一人で受けなくてよかった。

 「あなたたち四人ならば受けられるけど、失敗したらまたワンランク上がるわ。そのくらい危険な依頼のつもりでいなさい。」

 今日の窓口はレイチェルさん。相変わらずのツンデレぶりで、特に新人冒険者相手には心配性だ。

 「謎の生き物に出会わずに依頼を達成してもよし、出会っても目撃情報を持ち帰れば情報料は出るわ。無理に戦って怪我なんかするんじゃないわよ。」


 「よーし、訓練の成果を試すぞー!」

 「「おー!」」

 三人とも戦う気満々だ。

 でも、相手の正体は何も分かっていないんだよね。

 大きな猛獣が住み着いたのかもしれない。

 元々いた小動物が異常に成長して巨大化したのかもしれない。

 魔物が潜り込んだのかもしれない。

 犯罪者が下水を隠れ家にしている可能性もある。

 そのほかどんな怪物が現れるか分かったものではない。

 相手の強さも不明だけど、強くないからと言って平然と戦える相手とは限らない。

 例えば、巨大化したG……いや、考えるのは止めておこう。想像するだけで怖いよ~。

 そういった不安をまるで感じていないのか、三人はジョンを先頭に意気揚々とマンホールに入って行ったのだった。


 「「「臭い……」」」

 そして、一瞬で三人のテンションが急降下した。

 そりゃあ、臭いよ。下水だもん。

 「文句言ってないで、口と鼻をこの布で覆って。少しはましになるから。」

 そう言ってぼくは、三人に消臭液を染み込ませた布を渡す。

 この布は、依頼主である役所で詳しい説明を受けた際に渡されたものだ。簡易的なマスクのようなもので、下水での作業の必需品だそうだ。

 確かに、このくらいはしないと病気になりそうだよね。

 ぼくは下水に降りる前にちゃんと布を着けたよ。

 ただ、この布を使っても臭いを完全に遮断できるわけでもなく、あとは慣れるしかない。

 セルフプロテクションでも臭いを完全に遮断することはできない。本当はできなくもないんだけど、空気を完全に遮断すると窒息しちゃうから長時間は無理なんだよ。

 三人とも布を口に当て、頭の後ろで縛って準備完了。下水道を進み始めた。


 ぼくたちは地下の下水道を黙々と進んだ。

 下水道と言っても、地下に掘った水路にただ汚水を流しているだけではない。

 所々に水門があって下水の流れをコントロールしているし、簡易的な浄化槽もいくつかあってある程度汚水を奇麗にしてから流していたりするんだそうだ。

 そういった設備を管理したり、下水道を掃除したり補修したりするために、人が入れるようにできている。

 マンホールに入って下りて行くといきなり下水にドボン、なんてことはなく、水路の横にある歩道に降りる。

 歩道の位置は下水の水面よりも高いから、歩いているだけで跳ねた下水の飛沫を浴びたり、水溜まりを踏んだりする心配はない。

 ただ、大雨とかで増水すると歩道の部分まで下水が浸ることもあるらしいから、この通路自体は何度も汚水をかぶっている。

 ぱっと見きれいなのは掃除されているからだ。都市の重要な施設だけに、主要な通路はこまめに掃除されているらしい。

 それでも戦闘とかになって地面に転がるような真似は遠慮したい。いくらきれいに掃除されていても、トイレの床に寝そべりたくないのと同じだ。

 特に勢い余って下水に落ちるとかは論外! 汚れを落としに公衆浴場に行っても、入場拒否されかねない。

 ともかく、そんな通路をぼくたちは言葉少なく進んで行った。あんまり喋りたくないんだよ、臭いから。そのうち慣れると言っても、慣れるのもなんか嫌だ!

 先頭を歩くのはぼくだ。

 地下の下水は真っ暗なのでランタンも借りてきたけど、今ぼくの頭上には魔術で出した光が浮かんでいる。こっちの方が明るいからね。

 ランタンは予備の明かりとして、ぼくの後ろを歩くハリーが持っている。最後尾を歩くジョンは前衛の剣士だから、戦闘になるとランタンを壊してしまう可能性が高い。

 ハリーの後ろを歩くマークに持たせても良かったんだけど、マークには地図の確認をしてもらっていた。

 今回の依頼の本来の目的は、下水道に住み着いた害獣の駆除だ。害獣と言っても鼠か場所によっては蝙蝠がいるくらいで、一般人の手に負えない猛獣がいるわけではない。ただ、小動物であっても大量に棲み付かれると病気を媒介したりするので駆除しなければならない。

 主要な通路にはちょくちょく人が立ち入るから、そういった小動物はあまり姿を現さない。けれども主要な通路から外れたあまり人の立ち入らない場所では、たまに巣を作って大繁殖することがある。

 何かの作業で下水道に入って害獣の大発生を見つけ、作業の片手間で退治できる規模でないと分かるとこの依頼が出されることになる。

 つまり、駆除すべき害獣の居場所は分かっているのだ。その場所に至るまでの最短ルートもまた判明している。

 マークは渡された地図を見ながら、正しい道を進んでいることを確認している。地下に広がる下水網は広くて複雑だから道を間違えると大変なことになる。

 下水道に長居したいとはだれも思っていないから、最短ルートで目的地まで行って、さっさと害獣――今回は鼠らしい――を駆除して、とっとと帰ってくる。この方針に誰も異存はない。

 途中で謎の怪物に遭遇して逃げ帰ればもっと早く帰れるけど、それはそれで避けたい。こんな場所で戦闘なんてやりたくないし。

 特訓の成果を見せてやる! と息巻いていたジョン達三人が、すっかり意気消沈しているぐらいだからね。

 何事もなく無事に帰れますように。


 「そこの角を右に曲がってまっすぐ行った先が目的地です!」

 地図を見て確認していたマークがそう言った。ようやく目的地に到着だ。

 まあ、実際にはそんなに時間はかかっていないんだけどね。

 臭いに耐え、謎の怪物の襲撃を警戒しながら歩いてきたから、ものすごく長く感じたよ。

 ぼくはセルフブーストで視覚と聴覚を強化して警戒していたからね。

 嗅覚? 絶対にやらん! あまりの臭さにのたうち回るに決まっている!

 セルフブーストの逆で、臭いを感じなくなる魔術はないのかな?

 頑張って警戒しながらここまで来たけど、怪物の襲撃どころか鼠一匹見かけなかった。あとは鼠の巣を片付けて帰れば依頼は終了だ。

 まあ、帰るまでは気を抜けないんだけどね。

 実録! 冒険者残酷物語!

 依頼を達成して喜んでいたら、帰り道で強い魔物に奇襲されてパーティーが全滅した。

 いや、全滅しちゃったらどうしてそんな話が伝わるんだよ! そこは一人くらい生き延びるんじゃないのか、おっさん。

 まあ、おっさんの作り話だとしても「家に帰るまでが冒険」なことには変わりないし、油断するつもりもないけどね。

 ぼくたちは警戒を緩めず、最後の角を曲がって目的地へと向かった。


 「……なあ、本当に場所ここで合っている?」

 「間違いなくここです。」

 自信をもって答えるマークもちょっと困惑気味だ。

 下水道は迷宮でもダンジョンでもないから、現在位置が分かるようにあちこちに番号とか記号とかが書き込まれている。

 地図と周囲に書かれた記号を確認しながら進んできたマークが間違えるはずがない。

 それでも疑ってしまう理由は唯一つ――

 「だったら、鼠はどこだ?」

 駆除すべき害獣の姿が見当たらないのだ。

 散在するゴミに隠れて潜んでいるとしても、それでは大した数はいないだろう。害獣駆除の依頼が出る状況とは思えなかった。

 「もしかして、誰かが先に駆除しちゃったとか?」

 言われてみれば、そんな風にも見える。

 この場に大量にいた鼠を蹴散らして、その鼠がせっせと作った巣を破壊し、その後片付けを手抜きしたらこんな感じになるんじゃないだろうか。

 散らばったゴミは鼠の巣の残骸で、鼠の死体は持ち去ったか、横を流れる下水にでも流したか……

 「でもぼくたちの前に依頼を受けた人はこの場所に着く前に襲われて帰ってきたという話だし、その後別の人がやったなら依頼は取り下げられているはず。」

 依頼も受けず、役所に報告もせず、勝手に鼠退治する人がいたら、それは不審者だよ。

 それに、人が退治したとは限らない。

 「ねえ、下水道に大きな生き物が棲んでいるとして、そいつは何を食べてそんなに大きくなったと思う?」

 「…………」

 「…………」

 「…………」

 前任者はこの場所まで来る途中で「大きな生き物」に襲われた。だったら、その「大きな生き物」がここにいた鼠を食い尽くしていても不思議ではない。

 問題は、鼠を食い尽くした後餌を求めてどこかに行ってしまったのか、それともこの辺りを縄張りとして徘徊しているのか。

 しかし、依頼を終わらせるには、散乱しているゴミを片付け、鼠がいなくなっていることを確認する必要がある。倒した鼠の死骸を持ち帰れないからそのくらいしなければならない。

 鼠が駆除済みだったからと言ってあんまり楽にはならないのだ。

 「それじゃ、周囲を警戒しながら鼠の巣の残骸を片付けようか。」

 ぼくたちは、テンション低いままに動き出した。


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