第二十話 魔術の修行をしてみた テイク3
あの後しばらく、ぼくは一人で活動していた。
一応、ジョン達三人とはまたパーティーを組んで冒険しようと言っているのだけれど、今のところ実現していない。
新人冒険者向けに手ごろな外の依頼というのは、あんまりないみたいだ。
特にこのところ南の森を中心に中心に魔物の動きが活発で、森の中での仕事は難易度が上がっているそうだ。
だから、なぜいきなり東の森での薬草採取の仕事をさせた!?
時期によっては畑を荒らすウサギやネズミ型の魔物を退治するという、森に入らなくてよい討伐依頼がたくさん出るんだそうだ。今は無いけど。
そんなわけで、三人は生活のために街中の依頼を受けていた。その仕事の合間に冒険者ギルドでルークさん達に指導されて修行もしていた。
ジョンはルークさんの指導を受けているから、たまに朝の訓練で一緒になることがある。二人がかりでもルークさんには軽くあしらわれてしまうんだけどね。
三人が森の中で仕事ができるようになるのは何時の日か?
一般的な新人冒険者の生活はこんなものらしい。特にリントではおっさんが新人の育成に熱心だから、新人に対する指導や訓練は充実している方なのだそうだ。
ぼくは今、冒険者ギルドで保護されているから、そのあたり普通の新人冒険者よりはよほど余裕がある。
さて、今日は新しい魔術に挑戦してみようと思う。
いや、本当は魔法が使いたいんだけど、相変わらず指パッチンができる気配がないんだよ。
でも冒険者の仕事をやっていればこの前みたいな危険な目に何時遭うか分からない。いや、冒険者の仕事に限らず、いつなんどき命の危機に見舞われるか分からない。ここはそんな危険な世界だった。
だから、できることは増やしておくべきだ。
糸口もつかめていない魔法と違って、原始魔術はちゃんと発動するし。しかも予想以上というか、予想外の効果を発揮したりするし。
ぼくの原始魔術は、無限の可能性を秘めているのだ!
さて、今日のお題は……サラサラっと風の魔法文字を書く。
風系はこの前空気爆弾を開発したけど、攻撃魔術だけが魔術ではない!
ということで、今日はちょっと別方向から攻めてみたいと思う。
経験的に、原始魔術は自分自身しか対象にできない。そのせいでぼくの攻撃手段が接近戦に偏っているのだけど、自分を対象にする分には原始魔術は結構融通が利く。
それでは、ちょっと試してみよう。背後から強風!
――ブウォオォォー!
同時に軽く一歩踏み出すと――ワオ! セルフブーストも使っていないのに五メートルくらい一気に進んだよ。
風で吹っ飛ばされただけだけどね!
これぞ、風の原始魔術「どこでも追い風!」。
……名前は後でまた考えよう。
ともかく、これは移動系の魔術として使える!
その気になれば台風並みの強風を吹かせることもできるし、セルフブーストも組み合わせればかなりの高速移動ができるんじゃないかな。
それではちょっと、走ってみようか。
強風に押されてぼくは走りだす。
おー、速い速い。これなら百メートル五秒台も夢じゃない。
ぼくは今、風になった!
あっという間に練習場の端まで来たよ……って、ストップ、ストップ、あわわ間に合わない! ぶつかる~!
――ペシン!
「……痛ひ。」
セルフヒーリング~。ふう。
とっさにセルフプロテクションの防壁を作ったけど、自分の出した防壁に激突してしまったよ。
うーん、失敗、失敗。速い分、ちゃんと制御しないと危ない。
あ、そうか。止まるときは逆風にすればいいんだ。
左右から吹き付ければ、方向転換もできるかな。
自分に向けて吹かせる分には前後左右思いのままなんだよ。
よーし、適当に二、三回方向転換する経路を考えて、何処でどの方向から風を吹かせるかを決めて、っと。
高機動リョウヘイ、いっきまーす。
うぎゃあ!
あぎゃあ!
ぐぎゃあ!
あばばばば!
ゼイゼイゼイ、セルフヒーリング~。
何気にきついよ、これ。Gが~、Gがぁ~。
うーん、セルフブーストで強化すれば耐えられるかな?
いや、でも、それだとセルフブーストして走り回ればいいような……、うーん。
さて、高速移動に関しては課題を見つけたということにして、次行ってみよう。
原始魔術は自分自身しか対象にできないけど、自分自身を対象にしていればかなり融通が利く。
そのことを利用して、前後左右から風を吹き付けて高速移動をしようとしたのだけど、実は前後左右だけではなく上下からも吹き付けることができるのだ。
真下から強い風を吹き付けたらどうなるか?
ふ、ふ、ふ。これこそが本日のメイン。
アイ、キャン、フライ!
飛ぶぞ~!
……怖いから最初は弱めから行こう。
――ブウォー!
よし、ちゃんと真下から風が吹き上がって来る。
これを少しずつ強くして行って……
――ゴオォー!
おお、強力だ。もう少しで浮かび上がりそう。
よーし、このまま……あ、ちょっとまずいかもしれない。のわぁ! ちょっ、ちょっと待って~。
あー、驚いた。まさか風にあおられて服が飛ばされるとは思わなかったよ。
真下から強風を吹きつけると、シャツが吹き飛ばされる。今後は気を付けよう。
あ、ひょっとして、真上から吹き付けるとズボンが落ちる? ベルトを締めておけば大丈夫だと思うけど……試すのはやめておこう。
あと、追い風で加速する場合、相手まで加速してしまうことが分かった。逃げる相手を追いかける時には使わない方が良さそうだ。
逆風にしてセルフブーストで強化した脚力でようやく捕まえたよ、服。
うーん、風圧に耐えらるように、ライダースーツみたいな服を着るべきなのか? でもそんな服は売っていないし、特注で作ってもらうとすごく高いらしいんだよね。
そう言えば、この前の冒険、普段着のまま行っちゃったんだよな。まああの時はジョンが簡単な革鎧を着けていただけで、あとはみんな軽装だったけどね。
まあぼくはセルフプロテクションで魔力の鎧を纏えば下手な防具よりもよっぽど頑丈だしね。森の中でも邪魔な木の枝とかにも引っかからずにガンガン進めたよ。
……あ、そうか。風も魔力の鎧で受ければいいのか。
よーし、さっそくセルフプロテクションで魔力の鎧を作って。ついでに風を受けやすいように形を加工して。……スカート付き?
次に風を真下から吹かせて。……よしよし、上手くいった。これなら服がはためくことも、髪が逆立つこともないぞ。
後は風力を強めて、軽ーく地面を蹴ると……
――ふわり。
おおー! 十メートルくらい一気に浮かび上がった。そして落ちない!
ハハハハハ、ついにやったぞ! ぼくは今、空を制した!
今度こそ本当に、アイ、キャン、フラ~イ!
ハハハハハ、ハハ……はれ?
これ、意外と、バランスが、難しい!?
ちょっと傾くと前後左右に流されるし、制御が難しいよ、これ。
あれ、ちょっと、回る~、あ~れ~。
ハッ、上はどっちだ?
――ひゅるるる~、ズドーン!
セ、セルフヒーリング~。
あー、死ぬかと思った。
魔力の鎧じゃ落下ダメージを吸収しきれないんだよ。とっさにセルフブーストで肉体の耐久力を強化して何とか助かったよ。
やっぱり、空は危険だ。もうちょっと安全対策して練習もしないと飛べそうにない。
でも、諦めないよ!