第十五話 初めての冒険 その2
癒し草とかヒール草とか呼ばれる薬草――長ったらしい正式名称があるのだけど忘れた。たぶん憶えている冒険者はほとんどいない。――から作られる薬はとんでもなく便利だ。それだけに薬草の需要は高い。
それだけ需要のある薬草ならば、魔物の徘徊する森の中から採取するのではなく、畑で育てればよいではないかと思うかもしれない。
実際にそのように考え、畑で薬草を栽培しようとした人も大勢いたそうだ。ただし結果は全て失敗。どうやっても畑では育たなかったらしい。
南の森の奥深くに薬草の群生地があったなどという話もあって、薬草の育成に魔物が何らかの形でかかわっているのではないかと考えられているそうだ。
つまり、薬草のあるところ魔物もあり!
……実は何気に危険な依頼じゃないだろうか、これ?
まあ、冒険者の仕事に危険は付き物だけどさ。
高ランクの冒険者になると薬草の生え方から魔物の分布の見当をつけるとかするらしい。
そのくらい高ランクの冒険者になると、薬草を採るよりも魔物を倒した方が金になるから、薬草採取はあくまで小遣い稼ぎのおまけになる、ってルークさんが言っていた。
「そうか! 討伐の依頼じゃなくても途中で出会った魔物を倒して活躍すればいいんだ!」
「「おお、その手があったか!」」
ああ、気付いてしまったか! めんどくさいことになりそうだから黙っていたのに。
「そうと決まれば、さっそく魔物と出会いに……」
「ちょっと待った! それで依頼を失敗したらそれこそみっともないよ。せめて魔物の相手は帰りにしようよ。」
街道を外れて森の中へ突っ込もうとするジョン君を、ぼくは慌てて止めた。
森の中を無策のまま歩き回ってもろくな結果にならないだろう。道に迷ったりしたら大変だ。
肝心の薬草が見つからないまま強い魔物に出会って撤退、できればよい方で、下手をすれば命はない。
特に夜になると危険な魔物が活発に活動するようになるから、東の森であっても通常冒険者は夜には入らないらしい。
新人冒険者のぼくたちが夜の森で一晩過ごして無事でいられるとは思えない。
狩人の息子のハリー君が森の中を迷わず歩く技術を持っていればいいんだけど……、ジョン君と一緒になって調子に乗っている感じなんだよね。
「そっか、うーん……」
悩んでる、悩んでる。
そんな悩まなくても、どうせ薬草を探して森の中をうろついていたら魔物に遭遇すると思うんだよね。依頼書に書かれていた地図もおおざっぱだったし。
――ガサガサ
そんな時だった、森の方――ちょうどジョン君が分け入ろうとしていた辺り――から物音が聞こえてきた。
ぼくは咄嗟に身構えると、素早く守護と強化の魔法文字を書く。この反応の速さはルークさんとの訓練の賜物だ。それに、森の中では街道上であっても油断してはいけないと聞いていたからね。
一方、ジョン君達は――駄目だ、固まったままだ。魔物が出てきたらぼくが割って入って時間を稼ぐしかない。
緊張して見守る中、森の奥から出てきたのは――
「「「ヒィ! ゴブリン!」」」
小柄な体躯に、緑がかった皮膚。醜悪な顔をした人型の生物がそこにいた。
「……って、ニコライさんじゃないですか。お仕事ですか?」
ゴブリンのニコライさんはリントの冒険者の一人だ。
ゲームとか小説とかだとスライムと双璧を為す雑魚モンスターのゴブリンだけど、この世界では妖精族と呼ばれる知的な種族の一種だったりする。
特に人種差別の少ないこの国では、ちゃんと人権を持った国民の一人ということになる。
「おー、リョウヘイか。オラは森の調査で来たダ。リョウヘイも外の依頼か? 気を付けるダよ。」
そんなことを話しながら、ふと横を見ると三人はまだ固まったままだった。
ジョン君は、いつの間にか抜いた剣を構えて。
ハリー君は、弓を手に引かないまでも矢を番え。
マーク君は、左手に持った杖を突きだして。
なんだか恐怖にひきつったような顔をして、ニコライさんを見て固まっていた。
君たち、反応がワンテンポ遅いよ。それに先輩冒険者に武器を向けちゃって、失礼だよ。
「ハハハ、さてはこやつら、他国か地方の開拓村の出身ダな。」
「そう言えば、三人とも開拓村の出だって言っていたけど……」
「昔、悪しきゴブリンちゅうゴブリンの悪党が暴れたことがあってなぁ、ゴブリン全体が怖がられたことがあったんダ。」
へー、知らなかった。リントではニコライさんもごく自然に冒険者や街の人と接していたし。
「そんで、今でも亜人種嫌いの国や田舎の小さな村では、『悪いことするとゴブリンに連れ去られるぞ』って子供を躾とるっちゅう話ダ。」
あー、よくあるよね、そう言うの。ちょっと想像してみる。ニコライさんがナイフを持って「悪い子はいねーかー」……って、それじゃなまはげだよ。
「なに、オラは良きゴブリンダで、良い子にゃあなんも悪さぁせんよ。良い子にゃあな。」
「「「ヒィ!」」」
最後、ちょっと凄みを出したのはニコライさんの茶目っ気だろう。でも三人とも凄い反応だ。これ、トラウマになっていない?
「それじゃあ、オラはもう行くで、お前らも頑張るダよ。」
そう言いながら、ニコライさんは再び森の中へと入って行った。
「そ、それじゃあ予定通り薬草を探しに行こうか。」
「「そ、そうだね。」」
活躍するために依頼を疎かにすることは悪いことだという認識はあったようだ。
ゴブリン、強い!
「おお、忘れるところじゃった。」
「「「ヒェッ!」」」
ひょっこり、という感じでニコライさんが再び森の中から顔を出した。ひょっとして三人の反応が面白いから遊んでいません?
「こン所、魔物の動きが怪しいでな。南ン森にゃあ絶対近付くでないぞ!」
一言忠告して、ニコライさんは今度こそ森の奥へと去って行った。
大丈夫。ぼくはわざわざ危険に近付こうとは思わないから。
「「「……。」」」
あっちの三人が無茶をしようとしたら、ニコライさんのことを思い出してもらえばいいかな?
……やっぱり、この世界のゴブリンはなまはげだな。
「それじゃ、ぼくたちも行こうか。」
依頼書の地図に書かれていた場所は、街道を通って東の森に入り、しばらく進んだ後に街道を離れて森の中に入って行ったところにある。
入って行くのは街道の北側の森だ。実は東の森と南の森は繋がっている。広大な南の森から少し突き出た部分、南の森のごく浅い所というのが東の森だった。
街道の南側に入り、迂闊に動き回ると南の森の危険地帯に迷い込む危険もあった。
「この辺りのはずなんだけど……」
ぼくは周囲を見回した。見通しは悪い。どちらを向いても、十メートルも進まないうちに木に遮られて視線が届かない。
街道から分け入ってそれほど進んだわけではないのだけど、そもそも東の森をぶち抜いて作られた街道だ。既に森の奥深くと呼べる場所だった。
地面を見ると、所々に草が生えているのだけれど、目的の薬草は見える範囲には無い。
ここから薬草を探して歩き回らなければならないのだけど、見晴らしは悪いし足元は歩きにくいし苦労しそうだ。
「それじゃ、手分けして薬草を探そうか。」
ジョン君が気楽にそんなことを言い出したので、慌てて止める。
「こんなところでバラバラになったら合流するのに一苦労だし、その間に魔物に襲われたらひとたまりもないよ!」
剣で戦えるジョン君と魔術で防御できるぼくはともかく、後衛のハリー君とマーク君が危ない。
「「「オー、そうか!」」」
戦闘能力は置いておくとしても、こういうところでこの三人はちょっと危うい。経験の無い新人冒険者だから仕方ないのだろうけど。
経験の無さはぼくも大差ないのだけど、ぼくの場合はおっさんや仲良くなった先輩冒険者から色々と聞いているからね。
パーティーで仕事をする場合、極力パーティーを分割してはいけない。どうしても別行動が必要な場合は、生存の可能性の最も高い組み合わせで分けろ。これが鉄則らしい。
ぼくたちの場合、四人一組でようやく外の仕事ができる初心者だ。仕事が終わってリントに変えるまでは絶対に分かれてはいけない。
この場で手分けをしてよいのは、ニコライさんのように単独で森の中を歩き回れるベテランがパーティーを組んだ場合くらいだろう。
「なまはげ」……秋田県の男鹿半島辺りに伝わる伝統行事。
秋田県出身の知人曰く、「秋田だからと言ってどこでも『なまはげ』をやっているわけではない。」