第十話 プチプチ魔法使い
今日は魔法の練習をすることにした。
と言うか、指パッチンの練習だ。いいかげん魔法が使いたい!
オリジナルの原始魔術もいいけど、攻撃手段がセルフブーストして物理で殴るか自爆技の二択しかないのはちょっと。
それに、たまにはルークさんじゃなくてエリーザさんと訓練したいしね。
それでは、例によって光の魔法文字を書いてっと。
今日こそは、やるぞー!
――スカッ!
――スカッ!
――スカッ!
くっ……、だがこの程度想定内! まだまだ行くぞー!
――スカッ! スカッ! スカッ! スカッ! スカッ!
――スカッ! スカッ! スカッ! スカッ! スカッ!
――スカッ! スカッ! スカッ! スカッ! スカッ!
――スカッ! スカッ! スカッ! スカッ! スカッ!
ハア、ハアッ、ハア。
これだけやっても、まだ届かないのか。
――苦戦しているようだな。
あ、さまよえる黒歴史さん。久しぶり~。
――いいかげん黒歴史から離れんかい! いやそれよりも、汝は雑念が多すぎるのだ。
雑……念……?
――汝は余計なことばかり考えているから、上手くいくものもいかないのだ! このままいくら続けても無駄であろう。
確かにそうだ。ぼくは今、一度も成功したことのない挑戦をしているんだ。雑念に捕らわれている余裕なんかない。
――そこで、呪文を詠唱するのだ。思い出すがいい、人目も気にせずオリジナル呪文をブツブツ唱えていたあの頃の集中力を!
そうだ、ぼくには中二病時代の黒歴史に構っている暇などない!
――へ?
今はただ、指パッチンを成功することだけを考えるんだ。
――こら、汝の半身である我を雑念扱いするでな……プチン。
指パッチンに全・集・中!
――スカッ! スカッ! スカッ! スカッ! スカッ!
――スカッ! スカッ! スカッ! スカッ! スカッ!
――スカッ! スカッ! スカッ! スカッ! スカッ!
――スカッ! スカッ! スカッ! スカッ! スカッ!
ま、まだだ! 魔法だって魔術だってイメージで補える。エリーザさんの指パッチンをイメージするんだ!
――スカッ! スカッ! スカッ! スカッ! スカッ!
――スカッ! スカッ! スカッ! ペシッ! スカッ!
――スカッ! スカッ! スカッ! スカッ! スカッ!
――スカッ! スカッ! スカッ! スカッ! スカッ!
………………。
………………。
………………。
…………。
……。
うー、指が痛い。
一時間くらい頑張ったけど、全然音が出る気配がない。
ちょっと休憩。
指パッチンだけでも一時間も続けるとさすがに疲れたよ。
セルフヒーリングで回復するけど、疲れるものは疲れるんだよ。
それに、同じことをいくら続けてもダメな気がする。黒歴史さんを犠牲にしてまで練習を続けたのに、音の出る気配もなかった。
――我は滅びぬぞ! あと、黒歴史言うなー!
正しいやり方とか、練習方法とかを教わるのが一番なんだけど、教えてくれそうな人がいないんだよ。
仲良くなったギルドの職員の人とか冒険者とかにも聞いてみたけど、みんな指パッチンできるのが当たり前でやり方とか意識していないんだよね。
指パッチンできない人は、種族的に手の形が違うから無理とかで、こちらは指パッチンを最初からあきらめているし。
獣人族と呼ばれる人たちの手には、肉球があったりなかったりするんだよね。毛深い手の人もいれば、人の手とほとんど変わらない人もいる。不思議だな~。
ふう。
…………。
…………。
それより、これからどうするか?
地面に座り込んでボーっと空を見上げてみる。
あっ、さっき書いた魔法文字がまだ光っている。ぼくが書くと、十分くらい光っているんだよね。
今は指パッチンの練習だから問題なかったけど、実際に魔法が使えるようになったら邪魔にならないのかな?
前の魔法術式が残っているうちに次の魔法を発動したらどうなるんだろう?
今度エリーザさんに聞いてみよう。
ふう。
…………。
…………。
ん? ポケットに何か入っている。
今着ている服はこの世界に来て最初に着ていたもの、つまり日本から持ち込んだ服を久しぶりに持ち出したんだ。
つまり、ポケットの中に入っているのは日本から持ち込んだもの。何か入れてたっけ?
あっ、プチプチだぁ。物を梱包する時なんかに使う緩衝材の一種なんだけど、プチプチって言った方が通りがいいよね。
これをプチプチすると落ち着くんだよね。
落ち込んだ時なんか、校舎の屋上とか中庭の片隅とか人気のないところでよくプチプチしていたなぁ。
よーし、久しぶりにプチプチしまくるぞ~。
……考えてみたら、もう二度と手に入らないんだよなぁ、プチプチ。一個ずつ丁寧にプチろう。
それでは、プチっとな!
――プチ。
――ピカァー!
え? え? 何が起きたの!?
見上げると、まだ消えていなかった魔法文字の隣に光の玉が浮かんでいた。
これって、もしかして……いや、あり得ない。
でも他に考えられない。何より、魔力を吸い出されたような感触があった。
ぼくは今、魔法を発動させた。
いやいや、ちょっと待て。まだそうと決まったわけではない。
落ち着け、落ち着くんだ。スーハー、スーハ―。
まずはもう一度やって確かめてみよう。
えーと、魔法文字はもう消えたから、最初から魔法術式を書いてみよう。
エリーザさんがよくやっていた、火の矢を飛ばすやつを書いてみる。
サラサラーっと。初級魔法は一通り勉強しているから、書くだけなら書けるんだよ。
この魔法はそのまま発動すると棒状の火が正面に真直ぐに飛ぶだけだ。正確に的に当てたかったら、イメージと魔力制御で軌道を調整する必要がある。
そーゆーのは得意だよ。原始魔術でさんざん練習したからね。
魔法術式がちゃんと書けていることを確認して、それではやってみよう!
――プチ。
――ヒュン。
やった、成功だ! 指パッチンの代わりに、プチプチで魔法が発動した!
――ドゴーン!
あ、やばっ! 強すぎた!
練習場に置いてある的は分厚い鉄製なんだけど……うわっ、表面ちょっと溶けかけているよ。
こ、壊れてはいないからギリギリセーフ!
とにかく、魔法ができたんだ。報告しなくちゃ。
エリーザさ~ん!
なぜだろう? エリーザさんを呼びに行ったのに、おっさんとルークさんまで付いてきた。
暇なの? ギルドマスター。
ルークさんは、……本当に暇なのかもしれない。今はぼくを鍛えることが仕事らしくて、冒険者の仕事はあんまりやっていないみたいだ。
まあいいや。エリーザさんに促されて、魔法の実演を始める。
さっきと同じく火の矢を飛ばす魔法術式を書く。それからしっかりと狙いを定めて、威力を最低限に絞ることも忘れずに。
それでは、行っきまーす。
――プチ。
――ヒュン……プシュッ。
よし、成功。今度はちゃんと威力を落としたから、的に当たっても間の抜けた音がしただけで被害は無し!
「本当に発動子無しで魔法が発動したわ……。ちょっと見せてくれる?」
ぼくが渡したプチプチをエリーザさんはまじまじと見た。
「一回試してみていいかしら?」
ぼくが頷くと、エリーザさんはサラサラと魔法術式を書き上げる。
うーん、やっぱりエリーザさんの方がぼくより速くて奇麗に魔法術式を書くなぁ。動きに無駄や躊躇いがないと言うか。
そして、エリーザさんはプチプチを一個指で押し潰した。
――プチ。
……あれ? 何も起こらない。
――パチン!
――ヒュン。
次いでエリーザさんが指を鳴らすと、今度は火の矢が飛び出て的に当たった。魔法術式には問題ないみたいだ。
エリーザさんは何だか納得したような顔をして、ルークさんとおっさんと三人で協議を始めてしまった。
ぼくの話しているんだよねぇ~、おーい。
あ、終わったみたいだ。
「結論から言う。リョウヘイ、こいつは可能な限り使うな。特に人前ではな。」
おっさんがプチプチをぼくに返しながら、何時になく真剣な顔でそう言った。
厳つい顔が真剣になると、恐さ倍増なんですけど。
「以前に、重罪を犯した魔法使いが両手の親指を切り落とされる話はしたな。実はあれは温情で、本来死罪になるべき魔法使いが、罪一等減じられて魔法を封印されるのだ。」
……え? それって、指パッチンできなくても魔法が使えるようになったら、死刑になっちゃう人もいるってこと?
「そして温情によって生き長らえたにもかかわらず、それを不満に思い犯罪組織に身を投じる者もいる。そんな連中にとって指を鳴らさずに魔法を使うことのできる道具は、どんな代償を支払ってでも手に入れたいものだろう。」
それってかなりヤバくないですか? 主にぼくの身の安全という点で。
「お前が変な道具を使って魔法を使うと知られたら、強引に奪ってでもそいつ手に入れようとするだろう。それどころか、お前ごと攫って使い方を聞き出そうとするかもしれん。」
いやー! 本気で身の危険だよ~! ヤバい! プチプチなのに、ヤバい!
「これ、ぼくが持っていていいんですか?」
なんだか国とかが厳重に管理しなければならない危険物に思えてきた。プチプチなのに!
「いいえ、それ自体は問題はないのよ。リョウヘイ君にしか使えないから。」
へ、そうなの? そう言えば、さっきエリーザさんプチっとしても魔法は出なかったっけ……
「たぶん、リョウヘイ君と一緒に世界を渡ったことで同じ魔力を帯びたのね。同じものを作ったとしても、魔法を発動することはないはずよ。」
そうか、このプチプチも日本からやって来た唯一無二の存在。『渡り人』ならぬ『渡りプチプチ』だったんだ。特別な力が宿っていても不思議はない……のか?
あ、でもそうすると、このプチプチを使い果たしたらもう代わりはないのか。こっちで同じものを作れたとしても、世界を渡っていないから魔法を発動させることはできないと。
「そいつはお前にとって切り札になるだろう。いざという時のために持っておけ。ただし、不要な誤解を招かないように、人目のあるところでは極力使わないようにな。」
うーん、使い切ったらそれで終わりとなると、簡単には使えないよ。
ぼくは、ボス戦までエリクサーを取っておいて、結局最後まで使わないタチだ!
プチプチはたぶん百個以上あるだろうけど、魔法を使いこなすためには練習も必要だし、やっぱりあまり気楽に使えない。
やっぱり、指パッチンの練習は続けよう。
指を鳴らせるようになって分かったのですが、あれって弾いた中指を親指の付け根辺りに叩きつけることで音を出していたのですね。だから、親指の付け根を薬指で押さえることが重要だったりします。
亮平はこの辺りのことを知らず、親指と中指を擦り合わせることに気を取られています。特に集中すると小指を立ててしまう癖があるので、いくら練習しても音が出ません。
 




