その3
「す、すいま…、せん……」
股の下から声がする。男子が逃げるのを目で追っていたから気がつかなかったが、女子の上に乗っかっていたんだ。
それにこの姿勢って、いわゆるシックスナ……
おおっとアブナイアブナイ、今の無し、今の無し、清らかな乙女のあたしにはそんな事知らない、知らないぞー。
これはそう、あれだ、柔道の寝技のひとつ、上四方固めだ、うん、それ以外なにものでもない。
「ご、ごめん。すぐ降りるから」
おおい被さった姿勢から、起き上がろうとしたら、隠していたところが見えた。わあ、このコのお尻が少し出ている。
慌ててスカートごとパンツを掴むと、両手を思い切り引き上げる。
「きゃああああっ」
勢いが良すぎたらしく、どうもくい込んだらしい。
「ご、ごめんなさい。つい妹のつもりで……。とにかく下りるわね」
座り込んだ姿勢のままずり下がると、重しが無くなった女子は起き上がろうとする。
すると女子の後頭部があたしのスカートにひっかかって、今度はあたしがスカートを押さえる。
ひっかかったスカートを外して、ようやく対面した。
いったい何が起きたのだろうと、分けがわからないという表情のこのコは、なかなかの美少女だった。
「大丈夫? 落ち着いて聞いてくれる? あなたさっき、スカートを下ろされかけたの。それを見かけたあたしが止めようとしたら、押し倒すかたちになっちゃって、それでまきぞえで倒れちゃったの」
あたしも少し興奮気味だったので、早口になってしまったけど、どうやら何があったか理解してくれたようだ。
すると、ぽろぽろと涙が落ちはじめ、えっえっと泣きはじめる。
うわうわうわうわうわうわ泣くなこら
ここで泣いたら、2年のあたしが下級生を泣かしたみたいじゃないか。いやまあ半分そうなんだけど。
「と、とにかくここから離れましょう。お昼は食べた? あ、いや、落ち着くためにコーヒーでも飲みましょう」
抱え込むように立ち上がらせると、階段に戻りお弁当を片手に、本来の目的である化学予備室に向かった。
「落ち着いた?」
化学予備室にある作業台をテーブル代わりに、あたしの弁当を半分コして食べたあと、究は珍しく3人分のコーヒーを淹れてくれて、あたし達は飲んでいた。
「おいしいですぅ」
少し微笑んで、こちらを見てくれた。うん、どうやら落ち着いたようだ。
このコの名前は、廿日舞。1年3組のコで、文芸部だそうだ。とりあえず、はっちゃんと呼ぶことにした。
ここにくるまで泣き通しだったけど、究のコーヒーを飲んだら泣きやんで、笑顔になり、話してくれるようになった。
究のコーヒーも役に立つじゃん。