06 恋愛力 #とは
迫りくる炎を、真っ向からまとめて叩き切る。
不思議な話だが、この剣は魔法を切り裂けるらしい。ゲーム主人公の能力に近いものを感じるが、あちらはもっと絶対的な能力だ。切った炎の火の粉があちこちに飛び散って、時折肌を焼いたりはしない。
魔法力0という特別な力を持つ主人公には、いくつか能力があるが、そのうちひとつが魔法の無効だ。コレ自体はよくある能力らしいが、ともかくそれとは毛色が違うようだ。
アスモダイオスの力……ということなのだろうが、僕の記憶にあるアスモダイオスとは、いささか力の使い方が異なるように思える。
――当然、アスモダイオス……長いのでアスモと呼ぶが、彼女はゲームにおける重要人物だ。ラスボス……とまでは行かないまでも、場合によっては敵対する。
『いいかよく聞けアリン。お前が手にした力は恋愛力と呼ばれる力だ。お前はそれを魔法力に変換し戦っている』
「何言ってるんだ!?」
とはいえ、今は一応味方……でいいのだろう。しかし、言っていることはトンチンカン極まりないことだった。恋愛力? そんなものゲームで一度も聞いたことがない。
『声に出さなくていい。私に伝えたいと念じながら思考すればそれが伝わる。口の中で声をだすよう意識しろ!』
「この状況でできるわけないだろ!」
できるだけ声を潜めて、話をするのが精一杯だ。とはいえ、今はすごい音をたてながら炎が飛んできている上に、弾かれたそれが着弾してこれまたすごい音をたてているから問題はないだろう。
『お前を愛している人間がお前をどれだけ思っているか、そしてお前をどれだけ愛しているかで恋愛力が決まる』
「そのまま進める気かあ……」
とはいえ、聞くしか無いだろう。
カエランは今は様子を見ているのか、ただ炎を放ってくるだけだ。長い狩りの経験で、これを弾くこと自体は難しくない。
問題は、向こうが動いた時だな。
『お前をどれだけ意識しているかの度合いが基礎力。お前をどれだけ愛しているかが倍率だ。ロゼの場合は今はお前のことだけを考えてるから100、お前を他人の3.12倍愛しているから倍率は3.12。わかったな?』
「じゃあ、こっちの基礎力だけのやつは?」
『それはお前がそいつの存在を認識していないからそうなっているんだ。だから、倍率はすでに計算済み。その割合はわからない、ということだな』
「よくわからないが……とにかくいま気にしても意味がないことはわかった」
つまり僕のことを人一倍愛している少女がロゼの他に二人もいるということか? いやいや、僕はそんな大した人間ではないし、そもそも誰かに好かれるような生き方をしてきただろうか。
ということを気にしている暇はなく、カエランが動いた。
「ハッ、気味の悪ぃ剣だ!」
叫びながら、突っ込んでくる。ただ放つだけではキリがないと判断したか。
「――ロゼ! その場を絶対に動かないで!」
「わかってる!」
僕もまた、対応するべく動く。
カエランは僕を侮っている、恋愛力を魔法力へ変換したとしても、僕は一向にカエランに勝っていないのだから。
だが、僕はそれをひっくり返す手段がある。
<爆雷、地に満ちて我が敵の足を止めよ>
「――!」
僕の詠唱。
直後、カエランの足元が爆発した。
「よし!」
『まだだ!』
爆発の右側からカエランが飛び出してくる。その体は炎を纏っていた。爆発を炎で抑え、更に炎を炸裂させてその勢いで飛び出したのか。
構わない。
僕は次の詠唱に入る。
<閃光よ、雷槍となれ>
雷撃の槍。正面から放てば魔法力の差でカエランには軽く弾き飛ばされるが、カエランは動揺していた。
「な――」
爆発の魔法と全く異なる魔法が見舞われたことで、カエランの足が止まった。ありえないことだからだ。そこに僕は剣を振りかぶり斬りかかる。
しかし、カエランも上手だ。即座に炎を生み出し、剣とそれを拮抗させた。
「――どうなってやがる。魔法力ゴミカスのてめぇに、複数の属性は扱えないはずだ!」
『ククク、扱えないのではないさ。理解できないだけだ』
この世界の魔法の原則。魔術師は扱える魔法の属性が決まっている。多くの場合は一つ、優秀な基礎魔法力を有するものが、極稀に複数。
なぜなら、魔術師は自身が扱える属性以外の詠唱を理解できないからだ。
『炎属性を扱えないものが、炎属性の詠唱を聞いても、何を言っているかはっきりしないというのがこの世界の常識だ。だが、こいつは違う』
何度も炎と剣をぶつけ合いながら、僕は続けて詠唱に入る。
<霧よ、爆熱の蒸気となって現出しろ>
「こいつ……!」
先程ロゼが使用した魔法を行使する。正確には先程の詠唱が何を言っているかは理解できていないが、内容は同じだ。
『こいつには前世の記憶がある。その中で、こいつはあらゆる詠唱をこいつの理解できる言語で把握しているのだよ!』
「……そこまで知ってるのか」
『ははは。そうだ気をつけろ、その剣が切れるのは魔法だけだ。壁や人は切れない。先程炎と拮抗したのも、炎が人の手に触れていたからだ』
露骨に話を逸らされたが、ともかく逸らされた内容は有用だった。
霧の中を駆けながら、ロゼの位置だけを気にしつつ次に移る。――この状況、ロゼを狙うだけなら最高の状況だろう。だが、だからこそこちらが完全に警戒していて、下手に踏み込めば逆にやられる。
ロゼの隙を晒すことなるが、カエランは絶対にロゼを攻撃できない状況だった。
その上で――
「……アスモ、一つ聞きたいことがある」
『何だ?』
僕は、一つだけアスモに確認すると、霧の中から強襲を仕掛ける!
「――――待ってたぜ、クソガキ」
そこを、カエランは炎を構えて待ちわびていた。
「……!」
手には、炎。勝利を確信して、男は笑っていた。
「てめぇのその剣。魔法を切るとかいうわけの分からねぇブツみてぇだが。――魔法以外は切れねぇな?」
「何故……」
「カンだよ。俺のカンはよく当たる」
――見抜いていた。あの一瞬の攻防で、カエランは剣の特性を完全に。しかし、だがそれを確信することは不可能だろう。そこをカンなんてもので補われたら、僕としてはどうしようもないぞ!?
「ハッ、まだ甘いなぁ。複数属性を操り、魔法を切れる剣を持つ。お前あのロゼとかいうガキよりは数段強い。だが――素人に変わりはねぇ」
直後、カエランの炎が、青に染まった。
「倍率魔法を忘れる時点でなぁ!!」
<炎使いカエラン>
魔法力:221(x5.51) → 1217
『――まずいぞ、あの魔法力では拮抗できん。その剣が切れない魔法と打ち合えるのは、同じ桁の魔法力でなければならん』
つまり、今の僕の魔法力は三桁だから、四桁のカエランとぶつかると一方的に押し負けるということ。
だから、僕は思った。
「――悪いな、これでチェックメイトだ」
――――勝ったと。
「今だ! ロゼ!!」
「なっ――!?」
直後、詠唱が響く。
<霧よ、爆熱の蒸気となって現出しろ!!>
霧は爆熱となり。
僕に突き刺さって吹き飛ばす。この爆発は水蒸気を一気に噴出させることで起きる。だから、それをある程度一つにまとめてやれば、他者を傷つけずに吹き飛ばすことも可能だ。人体がやたら丈夫なこの世界ならではと言える。
「カエラン……そっちこそ、倍率魔法はこれで打ち止めだろ!」
「……!」
立ち上がり、僕は言う。
カエランの倍率魔法、先程ロゼに対して勝ち誇る際に言っていたそれは、しかし一つ疑問が浮かぶ。どうして使わなかった? 答えは単純、一瞬しか使えないからだ。
「だが、それがどうした! お前は魔法は切れても、俺の魔法力を越えられない! 最終的に、勝つのは俺だ!!」
「――私の魔法具をパクっといて、勝ち誇るなんて、随分といい御身分ね、カエラン」
カエランの叫びに、ロゼが待ったをかけた。
僕の隣で、寄り添うように。気丈にカエランを睨みつけている。
「ハッ……倍率魔法を使い果たしたお前に何ができる、クソガキ」
「そっくりそのまま返してあげる。ここで終わりよ、アンタは」
僕は、無言で剣を構えた。そこに魔法をまとわせる。
「――ロゼ。見てるかい?」
「……ええ」
「なら、もう安心していいんだよ。僕は戦える。あいつを倒して、君と未来を作る」
「…………ええ!」
――一つだけ、疑問があった。
ロゼの恋愛倍率……というべきだろうあの倍率のことだ。僕が言うのもなんだが、アレは低すぎないだろうか。僕のためにこれほどの大仕掛けをうつ少女が。
僕を殺してでも、僕を手元に置こうとする少女が、
僕をそれだけしか愛していないのか?
答えは――
『――一つ、聞きたいことがある。この倍率は、上下するのか?』
『当然だ。今のロゼはお前に負い目がある。数年の間、馬小屋に置き去りにしてしまった負い目が。――それをお前が払ってやらねば、そいつの心はその数年に囚われたままだ』
先程、アスモに僕は問いかけた。
一つ、聞きたいことがある。そこで僕は確信したのだ。
ロゼはまだ、恐れている。僕が、ロゼを嫌っていないか、と。
だから――一言、口にすればいい。
僕は、
「僕は、君が好きだ」
心の底から、彼女への想いを。
「――血迷ったか、クソ共がぁああ!」
カエランが、炎を差し向ける。それを、僕は剣から放つ魔法で迎え撃つ。
放つ魔法は、当然――
<紅蓮、氷結と交わり、全ての敵を溶かして壊せ!>
紅蓮と絶氷の魔法!
「これで終わりだ――」
「――カエラン!」
ロゼが、手を剣に添えてくれた。
それだけで、僕の魔法は、もっともっと強くなる。
<天魔アリン>
魔法力:100(x5.68) → 778
200
10
二人分の想いを重ね。
膨れ上がった炎と氷の二重奏。
「な、ば、ば、バカな――――!!」
迫る炎と、僕たちの魔法が激突する。
やがてそれは、カエランという障壁を打ち破り、天に赤と白の勝利を飾った。