04 魔法力 #とは
――後に聞いた話。
ロゼは僕を救出し、二人で魔法学院に行く計画を立てた。
この時、御者や警備兵を抱き込んで、金を握らせて利用したわけだけど、当然ながら人の口に戸は立てられぬ、どこからかその情報が漏れてしまったらしい。
しかし、だとしても周囲の反応はそれを一笑に付すだろう。魔力のない人間をわざわざ手元に置く理由はない。ましてやロゼはエリート魔術師、一般的な感性をしていればなおのことそれはありえない話だ。
そこまでいけば、もはや彼女の行動は酔狂としか映らない。そもそも、ロゼがしらばっくれてしまえばそこで話はおしまいだ。僕はこの世界においては、そもそもいなくても同じなのだから。
唯一困るとすれば、彼女の親族。彼女は良い家柄の娘で、当然ながら政略結婚など、政治の道具としての立場が望まれる。
それが昔の許嫁を自分のものにした、というのは外聞が悪い。
ロゼとしては、そんなこと一切きにしないのだろうけど。さらに言えば、彼女がエリートとして、魔術師として超一流の実力を有すれば、そんなことはちょっとした欠点として流される。
この世界では魔法力の高さが全てなのだから。魔法力を高めてしまえば、それより低い魔法力しか持たない人間はなんの文句も言えなくなってしまうのである。
そして、そこで更に困るのがロゼの実家である、ということ。
ロゼの実家にとって、ロゼとは頭の痛い存在なのだそうだ。ロゼの実家、グリンゲン家は古くから男系の家系。女性が当主となることはありえない。しかし、魔法力が著しく高いものを当主にしないのは、社会的にもっとありえない。
だから魔法力の高い女性は愚かになるようグリンゲン家は教育してきた。
そこに、ロゼという例外が現れれば――
――彼らは、それを秘密裏に排除しなければ、プライドを保てなかったのである。
かくして、ロゼの策をロゼの実家は利用した。僕がどうこうというのは、どうでもいい。要するにロゼの狂言、野盗の襲撃を狂言でなくしてしまえばいい。
ロゼを殺してしまえるほどの魔術師を派遣し、ロゼを始末する。
これがロゼの計画に乗っかったグリンゲン家の狙いであり、ロゼが父親をくそオヤジ呼ばわりする理由でもあった。
◆◆◆
<火炎、逆しまに燃え上がり、眼前の敵を焼き尽くせ!>
<紅蓮、氷結と交わり、全ての敵を溶かして壊せ!>
カエランとロゼ。二人の炎使いが魔法の詠唱を行う。それにより、周囲には魔法が浮かび上がり、現実に干渉する。それぞれ、カエランは純粋な炎、ロゼは氷をまとわりつかせた炎だ。
前者は文字通り。後者にはぶつかったものを急激に冷凍させ、それを焼いて砕く力がある。
「ふきとべやぁ!」
「そっちこそ、消え去りなさい!」
正面から打ち合った魔法は、最終的にカエランが勝利する。
カエランの素の魔法力は221、これは絶対的にカエランがロゼに敵わないことを示す。しかし、この世界の総合的な魔法力を決めるのは基礎力と、そして倍率だ。
この世界で、基礎魔法力が向上することはない。だが、魔法倍率と呼ばれる倍率を鍛えることはできる。基礎魔法力×魔法倍率による総合魔法力こそが、魔法の威力を決める最終的なステータスとなるのだ。
一般的に優秀とされるのは四桁以上の魔法力を有する存在。世界最高峰が五桁、伝説上の存在として、六桁の魔法力の持ち主が語られることもある。
今回はカエランが三倍以上の魔法倍率を有し、低い基礎魔法力をひっくり返している。
ロゼも倍率は二倍だが、結果として総合力は劣る。決して戦略でひっくり返せない差ではないが、直接対決では絶対にこれに勝利することはできないのである。
「……チッ」
「く、ははははは! そら、どうしたどうした!」
一度発動した魔法は、長い間効力を発揮する。現在、生み出した火球をカエランがロゼにぶつけている状況だ。それをロゼは直接受けることなく流しているが、やりにくそうにしていた。
理由はもちろん僕だが……かといって、弾幕が激しくて逃げようにも逃げ出せない。
一応、狩りを続けたことで瞬発力には自信がある。一瞬でも隙を見せれば、そこからこの場を離脱するのだが――
「はっ、逃がすかよ!」
生まれた隙間を、更に火球を生み出すことで塞がれる。カエランは僕を逃してくれそうにない、僕としては、何時でも逃げれるようにして、少しでもカエランの注意を引くことしかできなかった。
「ごめん、ロゼ!」
「ふん、アンタは私が守るっていってるでしょ! だったらそれを信じて待てばいいのよ! アンタを傷つけさせはしないんだから!」
「でも……!」
――カエランの狙いはロゼのハズだ。
だから、僕が逃げてしまえばわざわざそれを追うことはしないだろう。だが、だとしてもそもそも逃げられないのでは意味がないし、下手に逃げようとすればロゼの荷物になる。
歯噛みした。
僕は結局、これじゃあゴミのままじゃないか。
「――クク、若いね。だが、甘い! そいつを見捨ててでも生き残ろうとしなけりゃ、お前はここで死ぬしか無いぜ、お嬢ちゃん!」
「誰が! こいつを見捨てるくらいなら、それで生き残るくらいなら、ここで自分を燃やして死んでやる!」
「おいおい……死んだやつを相手するのは趣味じゃねぇんだ、それだけはやめてくれよ?」
「――こいつ!」
思わず、頭に血が上りそうになる。
こいつ、ロゼをどうするつもりだ? 知識でしか知らないけれど、お前のようなゲスがろくでもないことは、僕だってわかってるんだぞ?
「ハハハ! どっちも青いんだよ! てめぇらに足りねぇのは、経験だ! ベッドの上でも、戦場でもなぁ!」
「……くっ! 何言ってんのよ!」
両者の実力差は魔法力だけではない。
戦闘経験もまた、そうだ。ロゼが魔法を受け流す形になっているが、余裕があるのはカエランの方で、ロゼは攻撃を弾くので精一杯。
明らかに、戦闘の力量が違っていた。
しかも――
「はっ――強化切れだ!」
――限界は、思ったよりも早くやってくる。
それまで受け流すことが可能だったはずの魔法力の差が、変化した。
ロゼの魔法が拮抗すらできずに吹き飛ばされたのである。
「ぐ、あああああ!」
「ロゼ!」
その勢いでロゼが僕のすぐ側まで吹き飛ばされる。慌ててそれを支えたが、見るまでもなくわかった。ロゼの魔法力が落ちている。
――この世界で、魔法倍率を上げる方法は2つ。倍率魔法と呼ばれる、倍率を上昇させる魔法を使う。良い魔法具を使い、倍率を補助する。
そして前者は――特定のものを除き、時間制限がある。
ロゼの魔法力低下は、これが原因だった。
「アリン……」
憔悴した様子でロゼが言う。倍率魔法は基本的に魔法学院で習うもの、それ以外で習える倍率魔法は、大抵の場合時間制限がある上に、使用後大きく消耗する。
――詰んでいた。
この状況から、考えるまでもなくそれはわかった。
なにせ、
「おいおい、もうへばるのかよ。なぁ――」
カエランが笑う。
「俺はまだ倍率魔法を使ってないんだぜ?」
カエランの倍率は、優秀な魔法具によって強化されている。先程の会話から、おそらく都に送るはずだったロゼの荷物から拝借したのだ。
卑怯にも程がある。
「……逃げて」
ロゼが、僕に呼びかける。
彼女にとって、僕が生きていればそれでいいということか。
「嫌だ!」
でも、そんなのはゴメンだ。
「僕はロゼに与えてもらった。それを何も返せていない。なのに逃げるなんてできない!」
「……バカ」
「くっ、なら二人まとめてしねや――クソガキィ!」
直後放たれた火球から逃げるために、ロゼを抱えて僕は飛び退く。
直撃はしなかったものの、大きく吹き飛ばされた。
「があああああ!!」
痛い。
いくらなんでも、痛い。
耐えられない。
でも、同じだ。ロゼだって――だったら、ここで諦められない。
たとえ、もう一度避けることは叶わなくても――
『ぬああ、よく寝た。まったく騒々しい……お、ようやく来たのか』
その時だった。
ふと、声がした。
「……え?」
『待っていたぞ、アリン』
声は、響いて。
「…………?」
「はっ、死に晒せ!!」
僕以外には届いていなかった。
「ちょ、一体何が……」
『くく、死にかけているな』
「……! 耳ふさいでて!」
様子のおかしい僕を見て、ロゼは何を思ったか、僕の体を逆に抱き返す。混乱するまま、僕はロゼに促されるまま、耳を塞いだ。
「これで終わりだ――」
「――まだよ!」
直後、
<霧よ、爆熱の蒸気となって現出しろ!>
周囲一体を覆う霧が、凄まじい勢いと音を伴って、広がった。
「ぬ、おおお!」
「今のうちよ!」
ロゼが手を引いて走り出す。
――逃げ切れはしないだろう。一時しのぎにはならない。だが、時間は稼げる。まるで、僕に起きている状況を全て理解しているかのように、ロゼはそれを実行し、
『くくく……助かりたいのなら、私の力を使ってもらうぞ』
そんな声が、爆音の中でもハッキリと僕の耳に届いた。
――そんな僕の手には、一つのペンダントが握られていることに、この時僕はまだ、気づいてはいなかった。