03 アリン・オータウスには死んでもらう
――気がつけば、僕は箱に詰められていた。
ガタガタと揺れる箱は非常に痛い。体中が悲鳴を上げていた。
ここはどこだろう、と思わずにはいられないが、そもそも状況が理解できない。
僕は昼にロゼと出会ってしまったことで過去を思い出し、彼女との思い出の場所へ足を進めていた。そして、どういうわけか彼女もその思い出の場所に居て、僕を見かけた彼女は僕に襲いかかってきたのだ。
いや、どういうことだろう。
楽観的な考えが浮かぶが、まずは悲観的な理由を考える。僕はこれから殺されるのだ。魔法力11のゴミは、ついにその生存すら許されず、せいぜいロゼのサンドバッグとしての役目を果たすことを強要される。
いや、流石にそれは無理筋過ぎる。楽観論のほうが自然な理由と思えるくらい、今の僕に彼女にこうされる理由がない。
ただでさえ、直ぐにでも死んでほしいだろうに、最低限の生存を許されていたというのが僕の立場で、それは今日も変わらなかっただろうに、どうしてかこうなっている。
単純に言って、事態が悪化する理由がないのだ。
逆に、好転していると言える理由はなくはない。
それまで一度として馬小屋に顔を出さなかったロゼが、僕と再会した。
そもそもロゼがあの約束の場所で待っていた。――そして、僕を見つけた時の反応と、言動。
まるで、それは――
そこまで考えて、しかし思考は打ち切られた。突如として、ガタガタと揺れる箱の天地がひっくり返ったのだ。
同時に、箱から放り出される。というか箱が壊れた。この世界の人間は丈夫だから問題ないが、前世ならきっと死んでいただろう。
慌てて周囲を見渡す。
――夜、月が天井に浮かんでいた。そろそろ、日が変わる頃だろうか。
混乱は終わらない。
続けざまに爆発が起きる。周囲で、何かと何かがぶつかっている。視線を巡らせて理解した。それは魔法の激突だ。そもそも、この世界に大きな爆発を起こす現象など魔法以外に存在しない。
だから、僕は慌ててその場から飛び上がる。
直後、
「バカ、頭伏せなさい!」
そんな罵倒とともに体が引かれ、直後僕の頭上を火球が通り過ぎた。
「……!」
危うく死んでいた。
いくら丈夫でも、あんなの直撃を受けたら死ぬ。そう思っている間に、僕を引っ張る力は更に強くなる。そちらに視線を向けた。
「逃げるわよ!」
ロゼが杖を構えながら、僕の手を引いていた。
「ロゼ……!」
「説明はあと、今はこの場から離れるの、いいわね!」
うなずく。訳はわからないが、どちらにせよそれを問いただしている時間はない、慌てて走り出し、僕は彼女の後に続いた。
そこは廃村だった。
朽ち果てた村の後、何かに襲われたのだろうか、人はいない。逆に好都合なのだろう、ロゼは所構わず魔法をぶっ放しながら、逃げ回る。
やがて、数分の間逃走劇を繰り広げ、僕たちは腰を落ち着けた。
「はぁ……はぁっ、一体、何がどうなって……!」
「――アリン!」
そして、ロゼが僕の方へ向き直った。数年ぶりに、彼女に名前を呼ばれた。少しだけ嬉しくなるが、今はそれどころではない。
「よく聞いて。アリン、いえアリン・オータウス」
「……何?」
困惑。
そもそも、言葉が出てこない、数年もの間、独り言と馬への声がけしかしてこなかった僕は、一体彼女になんと声をかければいいのだ?
とはいえ、彼女は説明すると言っているのだ。
それに耳を傾ける。
「アリン・オータウスには、死んでもらうわ」
――思考が停止した。
「今から数時間前、オータウス家の馬小屋から、馬が一頭逃げ出した。同時に馬小屋の管理をしていたアリン・オータウスが失踪。オータウス家はアリンが馬を持ち出して逃げたと考えるでしょうね」
「……え、っと」
――その説明は理解できないものだったが、現実との矛盾があまりにも大きすぎて――というか、先程まで考えてもみなかったが、グリンゲン家の人間であるロゼがオータウスの馬を取りに来る理由が意味不明すぎて、そこに意識が向いた。
「警備兵は何も知らないと言っているわ。まぁ、魔法力300のエリートから金を積まれたのだから、一般的な感覚から言って一介の人間が口を割れるわけがないわ」
「それって――」
「……同日、ロゼ・グリンゲンは魔法学院に入学するため馬車で移動中、野盗の襲撃を受ける。夜だったから、家紋が目に入らなかったのね、結果馬車は大破、馬も御者も逃げ出してしまったわ」
「……ロゼ」
「とはいえロゼ・グリンゲンが野盗ごときに遅れを取ることはない。野盗を撃退し、一人で魔法学院のある王都へ向かう。けど、ここで向こうでの生活を務めるはずだった従者が逃げ出してしまったから、新しい従者を雇う必要がある」
朗々と、ロゼは語る。
用意してきた台本を、暗唱するように。温め続けてきた秘策を、ようやく明かせると言わんばかりに。
自慢気に、少女は語った。
「その従者の名は、アリン。偶然にも、アリン・オータウスと同じ名前だけど、アリン・オータウスは死亡しているから同一人物じゃない」
彼女は――僕を迎えに来たのだ。
約束を守った、アリンという少年を。
救い出すために。
「あ、ああ、あああああ……! ロゼ、ロゼ!!」
前世の記憶があると言っても、所詮アリンは十四の少年。そもそも僕はアリンで、前世はただの記憶に過ぎない。だから、だから僕は弱かった。
涙だって流す、救われたことを感謝もする。
ロゼが、
――大好きな幼馴染が、僕を救いに来てくれた!
そのことに、僕はただただ涙を流した。
「ごめん、ごめんねアリン、こんなに待たせちゃって。私、私やっと迎えに来れたわ!」
「で、でも……ロゼ。いいの? 僕は――」
――ロゼ・グリンゲン。
ゲームにおいて、彼女は生粋の魔法力至上主義者だ。家柄からして魔法力が全てという思想が支配しており、ロゼもその影響を大いに受けていた。
だから主人公と敵対し、ゲームでは痛い目を見るのだが。
僕の知っているロゼは、違った。
いや、
「――そんなの、どうでもいいわ。私は魔法力なんてものより、貴方一人の方が大切なのよ!」
違う。
魔法力の無い僕だって肯定してくれて、
そして、救ってくれる。
ああ、それを幸せに思うと同時に、僕は、どこまでも申し訳なく思う。涙を流す僕を抱きしめてくれる彼女に、果たして僕は何を返せているというのだ?
僕の何が、彼女をここまでさせるのだ?
わからない、けれど、ああ――
彼女は僕から離れていく。それは、僕を嫌ってではない。
「だから、ちょっとだけ待っててね」
僕を、守るためだ。
「――ケッ、ガキのあおくせー恋愛なんて、お呼びじゃないんスよねぇ」
「ハッ、勝手に私の杖をぶんどって、それにあぐらをかいてる相手よ、それくらい待たせてもケチはつかないでしょ」
空に、男が立っていた。
見上げるロゼに、見下ろす男。
手には、魔法杖が握られていた。
「……あのクソ親父、そこまでして私を排除したかったの。魔法力が低いからって、こんな手段まで使って、プライドってもんがないのかしら」
「おいおい、親のことを悪く言うもんじゃないぜ。っつか、魔法力つったらそこのガキはゴミ以下じゃねぇか。11? そんな魔法力初めてみたぜ」
「――黙れ、私の家族はアリンと、リマ様だけよ。それ以外の家族なんて、アタシにはいらない」
互いに、杖を構えていた。
男のそれは完成されたフォルムであり、ロゼのそれは、携帯型の小さなものだ。
前者は大きな倍率を得られるだろうが、後者は倍率もなにもあったものではないだろう。
「ハッ、そいつの魔法力がゴミなのは変わらねぇだろうが。それに、解るだろ? 魔法力があれば、お前も俺の魔法力は読み取れるはずだ」
「……」
「改めて名乗ってやるよ」
男は、周囲に火球を浮かべて、下卑た笑みを浮かべる。
「俺の名はカエラン。炎使いのカエランだ」
<炎使いカエラン>
魔法力:221(x3.51) → 775
「……ロゼ、紅蓮と絶氷のロゼ・グリンゲン!」
<紅蓮と絶氷のロゼ・グリンゲン>
魔法力:341(x2.09) → 712
意識すれば、視界の端に互いの魔法力、倍率、総合力が映る。
僕だって、それくらいはできる。だからこそ――解る。
「俺のほうが、総合力は上だ。さて、どれだけ持つかな? お嬢ちゃん」
勝利を確信した笑みで、カエランは僕たちを見下ろしていた。