02 魔法力0は逆に特別。
『Magister's』、僕の記憶から遡って十年と少し前、当時のエロゲー全盛期に出た有名エロゲーの一つだ。そのシナリオは一言でいうと『魔法力0の主人公が魔法力が全ての歪んだ世界を変革する』王道シナリオである。
この世界は、これまで何度も述べた通り、魔法力で全てが決まる。
権力も、金も、魔法力さえあれば手に入るのだ。
それが、ゲームの主人公はなんと0だったのである。
しかし、この世界において魔法力が存在しないことはありえない、主人公という立場としてありがちなことに、魔法力が0というのは、落ちこぼれであると同時に他にはない特別な素質だった。
魔法力11のゴミが馬小屋に監禁され、遠回しに死ねと言われれているのと同様に、魔法力0の人間など、この世界においてはそもそも生きていないと同義。
下手をすると、生んでしまった親すら価値がないとレッテルを貼られかねない。事実、主人公の父親はそこそこ高い地位についていたのだが、お家を取り潰されて処刑された。
しかし、魔法力0という特別さに目をつけた人物が主人公と母親を逃し、生き延びた――というのがゲームのあらすじ。
そう、魔法力0は特別である。
だが、魔法力11はゴミだ。価値もない。見逃すことに意味すらない。
この世界の魔法力の平均はおよそ百。優秀であれば二百、天才とされるのが三百で歴代で最も魔力の高かった人間は千を越えたという。
五十で人権を剥奪される落ちこぼれ、七十、八十はギリギリ生存を許される。そういった文化である。
そのなかで11に価値はない。
これがもし、一桁ならばそれはそれで貴重だっただろう。少なくとも、歴史上に魔法力が一桁だったモノはいないのだ。
だが、11は複数人居た。それ以下は一人としていない。
つまり僕が一番の底辺なのだ。現実的にありうる底辺に、主人公という立場は与えられない。
ゲームに僕の居場所がないのは当たり前だ。
僕は、人間ではなかったのだから。
◆◆◆
――夜も更ける頃、僕は今日の夕飯を追いかけながら、昼のことを思い出していた。
ロゼと会った。かつての幼馴染、会うのは数年ぶりのことである。彼女は立派になっていた。幼かった背も人並み……には少し足りないくらいだけど、そこまで低くもないくらいになり、出るところも出ている……というのは下品な言い回しだが、プロポーションは悪くない。
まぁ、発育不足の僕はそれ以下の身長なのだが。というか、あの頃からほとんど伸びていない、栄養が足りないのだ。
そして、彼女は魔法学院に通うのだろう。
優秀な魔法力を有していた彼女は、当然のように学院に通う。もとより名家に生まれたのだから、必然だ。そんな彼女は魔法学院に通い――
才能を腐らせる。
ロゼ・グリンゲンは『マギステルス』の登場人物だ。ただし、エロシーンもないサブキャラ。シナリオ序盤で主人公にちょっかいを掛け、以降はフェードアウトする厭味なキャラ。
ルートによっては再登場するが、だいたいはヘイト役であり、主人公とろくな接点を築かない。
ファンディスクですらスルーされるのだから、相当だ。
ただ、やたらデザインが良かった。また、完全に才能を腐らせてはいるが、素の魔法力は学院でも十本の指に入るエリートであったことから、一部……いわゆる二次創作界隈で人気が出た。
二次創作小説では、彼女をヒロインとするのは定番と言ってもいい。
そんな彼女だが、この世界では僕の元許嫁である。僕が人間ではないことが判明し、立ち消えに成ってしまったが、もし共に魔法学院に通っていれば、僕は彼女と一緒に主人公を遠くから眺めていたのだろうな、と思わずには居られない。
ああ、けれど――僕はゴミだった。
だから、彼女と一緒にはいられないのだ。
『――一緒に、魔法学院に行きましょう』
ああ、そんな約束を、彼女と交わしたこともあったというのに。
少しだけ意識が散漫としていて、獲物を捉えるのに時間がかかった。少し、遠くまで来てしまった。結果、更に思い出してしまう。
そこはかつて、ロゼと二人で駆け回った野原だった。
幼い頃、世界には僕たち二人しかいなくて、僕たちは自由だった。
今とは正反対に。
どうして、こうなってしまったのだろう。
僕が、何をしたのだろう――そんな思いが駆け巡り、最終的に、あの儀式へと行き着いた。そして――その時のロゼの顔を思い出す。
あれは、そうだ……
あの時、馬小屋で僕を見下ろす視線と、同じ目をしていた。
そのことに、僕はどうしようもないむず痒さを覚える。悲しさと、寂しさと、それから……ああ、これはなんだろう。
――違和感?
いや、何故違和感をおぼえるのだろう。
僕がロゼにあんな目を向けられたのは、あの時と、先程。その二回だけのはずで、だというのに、どうしてか僕は既視感を覚えてしまうのだ。
何故か、疑問は拭えない。
そのまま僕は足を進めていた。この辺りを散策する理由はもう無いというのに。どうしてだろう、懐かしんでしまったからだろうか。
そういえば、彼女と約束をしたのもここだった。広い広い草原に、一本だけ立っている大きな樹の下で、僕らは約束をした。
一緒に、魔法学院に行く。
その約束を、僕はどうしてか思い出していた。
そして、
信じられないものを見た。
僕らが約束をした樹の下に、一台の馬車が止まっていた。
そこには、覚えのある家紋が着いている。グリンゲン家のものだ。そして――
ロゼが立っていた。どうしてか、その場所に、何かを探しているのか、辺りを見渡している。
思わず隠れてしまった。隠れて様子を伺うと、彼女の話し声が聞こえてくる。
馬車を手繰る御者が、ロゼを急かしているのだろう。
「お嬢様、そろそろ出発いたしませんか?」
「……まだよ、もう少しだけ、待って頂戴」
そうやって御者を説得する彼女は、注意深く周囲を探していた。思わず隠れたが、ここが見つかるのも時間の問題に思えてならない。
僕は、慌ててその場をさろうとした。
彼女と、顔を合わせたくなかったのだ。
しかし、――そこで、違和感が少しだけつながった。
約束。
その言葉が、脳裏から離れなくなり。
僕はふと、草むらを揺らしてしまった。
「……!」
「な、何事ですか!?」
「そこでジっとしていなさい、離れてはダメよ!」
そう言って、ロゼは腰に挿していた杖を抜き放ち飛びさす。一目散に、こちらへ向かってくる。
――まずい。
僕は息を殺した。
見つからない事を祈った。
しかし、
約束という言葉が脳裏から離れない。
どこかで、今日。
そんな単語を聞いていたような――――
頭を振って、僕は逃げ出そうとした。
静かに、気配を殺せば彼女には見つからないはずだ。彼女には、僕を見つける魔法は使えないだろうし、逃げれば彼女に追いつく魔法は使えないはずだから。
しかし、
「みつ、けた」
――彼女は僕の目の前に居た。
「なっ――」
魔法で? どうやって? 才能にあぐらをかくゲームの中の彼女は、こんな魔法使えないはずだ。これは、間違いなく上位の魔法で、素の魔法力ではどうやっても彼女は扱えない。だから、
ありえない。
そう、思う暇もなかった。
「――――――バカ」
そうして、少女は。
「ロゼ――」
僕に、凄まじい勢いでげんこつを叩き込む。
直後、僕の意識は闇の中へと落ちていく。
その視界に、昼のときと同じ、感情を感じさせない瞳が移った。
ああけれど、今、その瞬間。
僕にはわかってしまった。
彼女のこの目は、泣き出すのをこらえる目だ。
――そして、同時に、
『私、約束を忘れる人間が世界で一番嫌いなのよ』
そんな言葉を、僕は思い出すのだった。