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11 一目惚れという証明

『ククク、一目惚れ……一目惚れな』


『何がおかしいんだよ』


『いや? ああそうだ、あの小娘、主人とやらに手はつけられていないようだぞ。そういう匂いがする』


『……やめろよ、悪趣味だぞ』


『まぁまだあの年では成熟しているとはいい難い、後数年は置いておくつもりなのだろうなぁ。もしくは、動物との行為など反吐が出るという人種だったか――』


『やめろって言ってるだろ!!』


 ――こういう時、悪魔というのは本当に度し難い。だからなんだというのか、それの何が楽しいというのか、あの少女の過去を掘り返すことに、果たしてなんの意味がある?

 意味なんて無い、だからこそ、アスモダイオスは悪魔なのだ。


「……急にどうしたのよ、難しい顔をして」


「別に……アスモがろくでもない事を言ってるだけだ」


「ああ、そういうこと」


 僕の言葉で、なんとなく内容を察したらしいロゼも、嫌そうな顔をしてうなずいた。僕たちは今、あの店から少し離れた食堂で、夕食を取っている。

 今は恋愛力を魔法力に変換しているから、周囲の視線を集めることもない。強いて言うなら、場末の食堂にエリート魔術師がやってきたことのほうが、視線を集める原因にはなっていた。


 とはいえ、220は探せばいるレベルなので、この食堂にも他に何人かいる。300越えは、そういないだろうが。

 百人いれば数人はいる、というのが魔法力200、現実的な人類におけるエリートの割合がこれ。もっと言えば、魔法学院は魔法力が200あるか、特殊な魔法が使えるでもない限り入れないのだ。

 ともかく、僕たちは食事にありつきながら、先程のことと、これからのことについて話していた。


「にしても、美味しいけど味が濃いわね」


「大衆食堂ってそんなものじゃない?」


「まぁ安いからいいけど。……資金繰りも考えなきゃいけないわね、実家の支援とか期待できないし」


 そういう理由もあって、こうして安い食事で満足しているわけだが、しばらくは心配はいらないらしい。


「学費は入学前に全部払ってあるし、リマお祖母様からある程度の軍資金ももらってる。最悪、豪遊したりしなければ一年は持つくらいには手元にある」


「それを今、ロゼが持ち歩いてるのは逆に怖いけどね」


「まさか、私を襲うバカなんていないでしょ。……まぁ、一年もあれば学院で地盤を築けるでしょ。問題はそこからよ」


 実家のこと、これからやろうとしていること。そしてあと一年もすれば、ゲーム主人公が入学してくる。そうすれば、この世界は大きな変化に見舞われる。

 僕たちだけでなく、世界そのものが揺れ動くのだ。一年、というのは長いようであまりに短い準備期間である。


「それで――アミのことだけど」


 その上で、ロゼは現実的な、目の前の問題に回帰した。手にしたフォークを僕に突きつけて――


「行儀が悪いよ」


「ごめん」


 直ぐに引っ込めた。


「――あの子、どうするの?」


「どうする……って言われても、僕たちにはどうしようもなくない?」


 不幸な境遇ではある。ろくでもない事しか言わないアスモいわく、一線は越えていないそうだが、それもいつまで続くかわからない。いずれ、彼女は主人によって消費されてしまうことは想像するまでもなく、事実だ。

 けれど、それをどうにかする、というのは随分勝手な話である。


「確かに、あの子を救ったところで何かが変わるわけじゃない。同情だけで救ったところで、あの子が感謝するかもわからない。もし救うなら、私達が最後まで面倒を見る必要もある」


 僕たちがアミにできるのは、アミを救うことだけだ。彼女の代わりになったり、彼女の支えになることは、残念ながら僕たちの意志ではできない。

 アミがそう望まない限り。


「でも、それは救わなくたって同じことが言えるでしょ」


「それは……そうなんだけど」


 言葉にし難い問題であった。非常に上から目線な話だが、僕たちには力があって、それを震える場所がある。それを振るう理由もある。


「一応聞いておきたいんだけど、ロゼならアミを何とかできるの?」


 ――とはいえ、残念ながら僕一人ではアミをどうこうすることはできない。お金もなければ、立場もない。アミの保護者になることも、アミを養うことも、結局はロゼという僕の主人がやらなければならないのだ。


「できる。ちょっと手間はかかるけど、直ぐにでもやろうと思えばとりかかれるわ」


 その上で、ロゼはどちらかと言えばアミに対して同情的だ。

 もし、やろうと決めたのなら、本当に彼女はやってしまうだろう。


『結局の所、必要なのは二つだ。お前達にアミの全てを背負う覚悟はあるか。――アミに救われる意志はあるか』


「私は――アンタがやりたいなら、それでいいと思う」


 その上で、ロゼは決定権を僕に委ねた。


 正直なところ、答えはほぼほぼ決まっている。僕が渋っているのは、自分がそれを決める立場だから。よく考えて選択しなければならないからだ。


「ロゼは……それでいいの?」


「…………」


 根本的な話、僕らがこうして話をしているのは、この問題における最も重要な課題を、解決できるかもしれないと僕たちが思っているからだ。

 つまり、アミがそれを望んでいるか。


 対して、僕たちはアミがまだ、他人に心を動かす余地があることを、恋愛力という形で知っている。


「確かに、僕は君に世界を変えようって言った。それに君は同意した。その矢先に、アミだ。あの子は僕と同じで、僕たちがこの世界を変えようと思った理由は、アミのような存在を、救いたいと思ったからだ」


 ――僕たちが救われたいと、思ったからだ。

 そのために、自分たちの幸せを願っているのに、同じ理由で不幸に成った誰かを見捨てることは、知ってしまった以上は許されない。


 これがまず、アミを救おうという僕たちの理由。


「とはいえ、アミが望んでいないことを押し付けることはできない。彼女が心の底から変化を望んでいないならともかく、彼女には心があった。救いを望む余地がある」


 それが、僕に対する一目惚れ。

 一目惚れという証明は、アミの現状を端的に表していた。

 けれども、逆に言えばそれは、アミの恋心を利用するということにほかならないのではないか。そして何より――



「何より、僕はその恋心に答えられない」



 本気でアミの恋に返せない。

 結局の所、最後に蓋になっているのはそこだった。


「……ねぇ、それってさ」


 ロゼは――


 とても、とてもつまらなそうな顔をしていた。



「結局、アンタの理由じゃない。私がいいのかって、それには関係ないでしょ」



「でも……」


「でもじゃない!」


 遮るように、再びロゼはフォークを突きつけた。


「あーもう、解ったわ。こっちがいくら言っても、アンタは納得しないでしょうね!」


 ふん、と彼女は鼻を鳴らした。

 ここまでロゼが不機嫌になることは珍しい。それくらい僕の迷いが彼女にとっては面倒くさいのだろうけど、でも、だからといって納得できる話ではないのだ。


 ――本当に、どこまで言っても自分勝手な話。


 堂々巡りな思考が嫌になる。


『ハハハ、本当に自分勝手極まりないな、お前たちは』


 こればかりは、アスモダイオスが正論である。

 救うだの、救わないだの、上から目線で、しかも躊躇う理由が非常に個人的な理由。悪いのは全部僕じゃないか。嫌な人間は、僕一人じゃないか。


「だったらそもそも根本的な問題。今のアンタじゃアミに救って欲しいとは思われないわよ!」


「それは……そうだね」


 一体全体、こんな勝手な僕のどこを、好きになる余地があるっていうんだ?


「だから、ダメで元々、挑戦してみればいいじゃない」


「……」


「そうやって、ためらって、状況の変化を待つつもりなら、絶対にあの子は救えない」


 ましてや――ロゼは続ける。



「この世界なんて変えられない」



 ざっくりと、僕の胸に、否定の言葉を突き刺した。


「私――アンタが好きよ。何があっても、アンタだけを愛し続ける。だから、どっちでもいいのよ、アンタがこれから逃げるなら、別に私はそれでも構わない」


「ロゼ……」



「でも、逃げないアンタの方が、私は好きよ」



 ――結局。

 僕の背を押すのは、そんな彼女の好きという気持ちなのだろう。


「……そうだね。少なくとも、何もせずに見捨てることはできない。声を、かけてみるよ」


 結果として、恋心を利用して少女を救おうという自分勝手極まりない行動に至るのだとしても、少なくとも今の僕は、ロゼの思いと、それからロゼに語った僕の願いを、裏切ることはできないのだ。

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