10 アリン(性別不明)
――結局ロゼは、手にしていたやたら露出度の高い服を元の場所に戻した。
代わりに別の、いかにもといった可愛らしい少女の服を手にすると、僕に押し付けてきた。なお、アミはそもそも僕が試着するという時点ですごい目で見てきた。
ともあれ、配慮されたということもあって、一応着てみることにしてみたのだが――
「…………どう?」
「…………うーん」
着替えてみて、多少恥ずかしくなりそうになりながらも、ロゼに問いかける。ああもう、なんで僕がこんな気分にならなくちゃいけないんだ……?
というか、僕はどうしてこんなことをしているんだろう……
ぐるぐるぐるぐる、思考は巡る中、ひたすら何かを考えていたロゼが、重い口を開いた。
「……かわいい」
「そっかぁ」
もうなんかそれでいいよ、と思っていると、しかしロゼは頭を振った。
「かわいい男の子ね」
「……そっかぁ」
つまるところ、どういうことか。思考を放棄してしまったので、僕は理解できなかったが、今の僕を端的に表現できる者がいた。
『うむ、実に可愛らしい女装少年だ』
「……えーと、つまり。女装は似合っているけど、女装が似合っている少年ってわかっちゃうってこと?」
「そういうことね」
いいながら、ロゼは僕をジロジロと眺めつつ近づいてくる。ううむ、言われたことはなんというか釈然としないというか、だったらしょうがないか、というか。
って感じなんだけれども、近づいてこられると妙にこそばゆい。
しかも……
「わっ、急になんだよ」
「ジッとしてて」
ロゼは僕のお腹に手を乗せた。そのまま、しばらく押したり撫でたりして、手を話す。……ところでロゼ、そのまま顎に手を当てたけど、それってニマニマしそうなのを堪えているからだよね?
「硬いわ」
「そりゃ、弄ばれたら笑顔も固くなるっていうか……」
「違うわ、腹筋よ。貴方、栄養不足みたいな身長してるのに、思った以上にしっかりしてるのよね、色々と」
「身長はいいだろ!?」
まだ僕を辱めたいのか。
さっきから脳内でアスモの高笑いが響いてしょうがないというのに、なんなんだよもう!
「いや、真面目な話よ。低めの身長と女顔で、女装すれば女で通せるかと思ったんだけど。ムリね、手足とかが男の子だわ」
「……ん? ああ、そういう? うん、確かにそれならそうだね。ここ数年、狩りで野原を走り回ってきたから、馬のお世話もあったし」
「ってことは身長はそういうものなのね……」
「掘り返さないでよ!」
悲しい事実であった。
複雑になりながら、ともかく理解する。顔と身長から問題ないと判断していたが、実際に着せてみると手とか足とかがしっかり男性のものだった、ということだろう。
『くくく……そのまま女装少年だが心は女ということにして押し通してみるのはどうだ? 大抵のやつは察して配慮するぞ』
『そういうのは後々ややこしくなるだろ!』
完全に外野から野次を飛ばすだけのトリックスターは放っておいて、これは流石に問題である。僕はとりあえず自分にとって最善の答えを引きずり出すべく交渉を開始する。
「だったら諦めようよ、別にいつも側にいなくていいでしょ? 側にいなくてもいい従者のための何かしらもあるって、昔聞いた覚えがあるよ」
「そっちは、一般の使用人として採用した上で、こっちに付けてもらうって形になるのよ。万が一でも魔法具で魔法力を測定されたら困るわ」
少し離れたところにアミがいるため、僕らはひそひそと話し合う。
「それは恋愛力が魔法力に変換できなかった場合でしょ?」
「今は恋愛力が固定されてるけど、変動しない理由がどこにあるのよ。基本的に、偽装した上で変換することで対応するわ」
「それでも、誤魔化しようはあると思うけど」
魔法力をわざと低く偽装する、ということは無いわけではないだろう。恋愛力220より低くすればいいのだ。
「たとえ低く偽装したのだとしても、偽装がバレた時点で大罪なのよ。バレないためには、完全にアンタをアタシの手元に置くしか無いの」
正確には――と、ロゼは続ける。
「正確には、手元に置いておけばたとえ偽装だとしても触れられなくなるのよ」
「……どうして?」
「魔法力300越えの天才がそんなことするのがありえないっていう常識があるからよ。もっと言えば……」
そこに、ふとアスモが告げた。
『先例があるからな』
「……先例? あっ」
――そこまで言われて、どうしてロゼが自分の手元に僕を起きたがるのか、そして、手元に置いておけば大丈夫という確信があるか、理解した。
確かにそれなら、手元に置いておけば触れられない。
「アスモになにか言われたの? とにかく、わかったならそういうことよ。近くに触れるともっとまずい例があったら、私に指摘することはできないってわけ」
暗黙の了解、というやつだろう。
前世の知識にもあった。そこに触れると、発生する問題があまりにも大きすぎて、誰も触れないもの。僕に関してもそうだと、ロゼは言う。
ということは、魔法力11の僕を連れて街を歩いたのも、ある程度は意図したものなのだろうか。
……こういうことが、ロゼは本当にうまくなった。
すくなくとも、この世界の常識を利用することにおいて、僕が彼女を説得することは不可能だと思った。とはいえ――
「……流石に、女装した男を無理してねじ込むのはやめておいたほうがいいと思うけど」
「まぁ、そうなのよねぇ。別に世間体とかどうでもいいし、家はそもそもこの間のあれで実質絶縁だし。でも、アリンを危ない人にするのはちょっと……」
「でも女装はさせたいんだよね?」
「させたい!」
――ロゼは叫んだ。
驚いたのか遠くでビクッとアミが震える。それに気がついたのか、ロゼがアミの方へ振り向いて、声をかける。
「……ねぇ。ちょっといいかしら」
「…………え? えっ? わ、私でしょうか……?」
まさか声を駆けられるとは思わなかったのか、アミはおっかなびっくり、といった様子で返す。自分の魔法力を誇示する主人より更に魔法力の高い相手は、そりゃ怖いだろう、と思うが。
「ええ。ああいえ、別に貴方を咎めるつもりはないの。どうでもいいし、ちょっと意見を聞きたくて」
「え……っと」
「保証する。なんと答えても私は怒らない。だから――彼を彼女にするには何がいいと思う?」
そう言って、僕を指さされ、僕は苦笑した。
いや、本当に無茶を言って申し訳ない。アミは困惑して、視線をあちこちにフラフラさせていたが。
――――やがて、その視線が一箇所に向いた。
なにかのスイッチが入ったかのように、アミは鋭い視線でそこを見ている。
「……ん?」
その後をロゼが視線で追う。アミはすたすたとそこへ歩いていくと、じっと服を眺め始めた。それから、少しだけ逡巡した後、アミは服を手にとって――
「……え? あ、はい!」
ふと、首輪に手を当てて、慌てたように視線をさまよわせた。
先程までの雰囲気が消えて、彼女は、怯えの混じった視線を向けながら、首輪に対して何事か声をかけている。通信機、というやつだろうか。
「……ゲイガン、ね」
ロゼが何やら反芻している。そして、アミは話を終えると、パタパタと僕に近づいてきて、手にしていた服をわたした。
「はい、どうぞ!」
「あ、ありがとう」
「すいません、申し訳ありませんが失礼いたします! お会計はあちらの魔法具まで!」
そう言って――いくら主人の呼び出しだろうと、この世界では魔法力の高い相手が優先だろうが、その相手が直々に何を言ってもいいと言ったのだから、遠慮はしないのだろう。
アミはパタパタと去っていった。
「とりあえず――」
そして、ロゼはそれを見送った後振り向いて。
「試着、してみましょうか」
また、僕の手を掴んだのだった。
◆◆◆
「おー」
『なるほどなぁ』
ロゼとアスモが感嘆していた。
僕も、鏡を見て納得する。アミが選んだ衣装、それは――異国の衣装だった。この辺りではめずらしいその衣装は、袖がゆったりとしていて、長い。
「見事にシルエットが隠れてるわね」
『女装をするのではなく、性別を隠すのか、男と思われてしまうなら――男かもしれないと思わせてしまえばいいということだな』
それを身にまとった僕は、一見して性別が読み取れなくなっていた。男性であるとも、女性であるとも言える。だから、僕を男性であると思うものはいないだろう。かといって、女性であるとも思えないのだが。
発想を転換させたのだ。
結果、僕は性別不明という極地に至っていた。
「よし、これを買いましょう。閉店にも間に合ったわ、一安心ね」
「間に合わなかったらどうするつもりだったの?」
「明日の人のいない時間帯に出直しね。流石に、あのまま学院にアンタを連れていくわけには行かないし」
「そろそろ入学式じゃなかったかなぁ」
なんてやり取りをしながら、店を出る。外に出る時に、恋愛力を魔法力に変換して――と行ったところで、ふと、気がついた。
違和感。
なぜ、抱いたのかもわからない違和感――の直後。
衝撃。
「……え?」
「どうしたの?」
『ククク』
驚いて足を止めた僕を、ロゼが不思議そうに眺めている。アスモは、それを理解しているのか、笑みを堪えきれない様子だ。
そして、僕はもう一度それを確かめた。
「――――アミからの恋愛力を獲得してる」
<恋愛力>
20(x8.77) ロゼ
50(x2.11) アミ
200 ???
10 ???
それは、即ち――
「一目惚れ……ね」
ロゼがつぶやく。
あの短い時間、アミは僕の存在に惹かれたのだ。ひと目見ただけで、ひと目みただけだからこそ。
かくして僕と彼女の間に、
細い細い、一本の線がつながった。