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01 アリン・オータウスの魔法力はゴミである。

「お祖母様、見ていてくださいね!」


 遠い記憶、そう、これは過去の記憶だ。

 夢を見ている。そう自覚して、けれども僕はその夢を、ただ眺めていることしかできなかった。ここまで共に来てくれた祖母に手を降って、過去の僕は走り出す。

 その胸には希望が満ちていた。


 やがて、僕の側を駆け抜けて、彼は一人の少女の横に立つ。


「おまたせ! ロゼ!」


「待ってないわよ! ほら、行くわよ!」


「うん!」


 赤髪の、苛烈な少女だった。

 肩まで伸びた髪をポニーテールにして、服装は装飾の多いドレスだが、靴は厚底の動きやすさを重視したブーツ。可憐さと活動的な雰囲気を同時に併せ持つ可愛らしい少女である。


 ロゼ、それが少女の名前だった。


「楽しみだね、ロゼ。僕たちの魔法力はどれくらいあるかな」


「当然、300は越えてくるでしょ。アタシはグリンゲン家の人間で、貴方はあのリマ様の孫なのよ?」


「うん! ああ、どんな魔法が僕には使えるのかな……」


 周囲には、僕たちのように興奮を抑えきれず、今にも走り出しそうな子どもたちが大勢いる。

 しかし、全員が行儀よく、流れに沿って進んでいるのは、これから行われる儀式の意味を子どもたちは誰もが理解しているからだろう。

 神聖な場で悪目立ちすることが、どれだけ悪であるかを、皆よくわかっていたのだ。


 そして、列は順調に進んでいく。やがて、僕たちと反対方向、つまり列から戻ってくる子どもたちの姿も増えてきた。その様子は様々だ。安堵に胸をなでおろすもの。興奮にあてられて、どこか現実感を失っているもの。そして、沈み込み、絶望しきっているモノ。


 そのどれもが、僕たちにとっては当たり前の光景だった。


 やがて、僕たちの番がやってくる。先に挑戦するのはロゼの方だ。緊張した面持ちで、彼女は儀式を行う。魔法力を測る儀式。

 この世界において、人の一生の全てを決める儀式に、彼女は臨んだのだ。


 そして、


「魔法力341! 魔法力341!」


 驚愕に満ちた声が響く。

 周囲がざわめいた。これまでの誰よりも高い魔法力、彼女の天才性と、それからこれからの人生を想像させる、祝福とも言える数字だ。


 そして、戻ってきた彼女は僕にピースサインを送った。


 やってやったと。


 次は僕の番だと、彼女はそういった。

 僕はそれにうなずいて、そして。



「魔法力11! 魔法力11!」



 ――この時の儀式、どころか歴代の儀式の中でも、最低値の魔法力を叩き出し。僕の人生は終わった。



 それと同時のことだった、僕に前世の記憶が蘇ったのは。



 ◆◆◆



 ――風、肌寒いそれに当てられて、僕は目を覚ます。

 ざわつくような、嫌な肌触り。藁のベッドには、数年経っても慣れそうにない。それと同時に、鼻につく匂いが僕を襲う。


 馬の糞の匂いだ。確かめるまでもない。


 起き上がり、周囲を見渡して状況が何一つ変わっていないことを理解する。ずっとこうだ。あの時、僕の魔法力が11しかないことが判明してから。

 ずっと。



 この世界は、魔法力が人の全てを決める世界である。



 魔法力の高い人間が低い人間を支配して、魔法力で世界を運営する。そんな世界で、僕は魔法力を11しか持たずに生まれてきた。

 それが判明した時から、僕の生活は馬小屋ぐらしが決定した。

 人としては見てもらえず、馬の世話をしながら、外に出ることも許されずに生活する。そんな生活は数年続き、十歳だった僕は今年で十四になった。

 ――生きていることが奇跡、と言えるだろう。


 それもこれも、魔法力が判明した時に、前世の記憶を取り戻したからこそと言える。

 多少なりともサバイバルの知識があった僕は、夜に馬小屋を抜け出して動物を狩って暮らした。一日一食は食事が提供されるから、それを合わせてなんとか二食確保して、生き延びてきた。


 本当に、辛い生活だった。


 馬の世話をするのは、僕がしなければ誰もしないからだ。

 僕が死ねば、きっと別の誰かが世話をするのだろうが、僕が生きている以上、僕がそこにいるなら、生活のために馬の面倒は見なければならない。


 馬を使って逃げれば――と、思って計画はしていた。しかし、万が一失敗すれば死は免れない、計画は慎重に、かつ絶対の成功が保証される状態でしか許されない。

 そう思い、時期を狙い、準備を重ね、今に至る。


 結局、僕はまだ行動を起こせないままだ。正直、何時までこの生活が持つかはわからない。前世と違って体が丈夫なのか、冬も問題なく越すことのできることは幸いだが、何時病気にかかって死ぬかわからないのは変わらない。

 そして、逃げたとしても、今の生活と果たして何が変わるのか、という思いもある。


 そうやって、ズルズルと先延ばしにした計画も合わさって、ここまで来た。

 結局の所僕は逃げ出す意志をもちながらも、それを実行に移せないのだから、僕はこの場所に囚われたままなのだろう。


 第一、あと一年もすれば、この状況は変わるのだろうから。だから最悪、それまで生き残ればいい。そうやって問題を棚上げする。


 今日も、いつものように悩みながら変わらない日が過ぎていく。

 そう、思っていた。


 馬小屋の掃除を終えて、一息つく。窓から周囲を伺って、警備の人間がいないことを確認してから外に出ようかと思って、やめた。

 ちょうど、警備の人間が巡回していたからだ。


 この馬小屋を監視する人間はいないが、警備の巡回ルートには入っている。だからその目を盗んで外に出なければ行けないわけだが、今日は間が悪かった。


「……はぁ、運が悪いな」


 ため息をつく。

 いやそもそも、運が悪いかどうかでいえば、人として生きられない魔法力で生まれて来てしまった時点で、悪いもクソもないのだが。


「本当なら、ちょうど今頃は、魔法学院に入学するために、準備をしていたんだろうな」


 そろそろ、また冬があける。

 春が近づいてきたのを肌で感じながら、僕は本来なら待っていただろう生活に思いを馳せる。あの時、魔法力がゴミ以下であると判明するまで。

 ――僕が、前世の記憶を思い出すまで。


「なんで、あの時だったんだろうな」


 せめて、あと少し早ければ。一瞬でも、一日でも早ければ、また違う未来もあっただろうに。あんなタイミングで思い出しても、それをどうこうする力が当時十歳の子供にあるはずもないのに。


 ああけれど、一番の後悔は――


「……いや、そういえばこの時間にここに警備が来るのはおかしいな」


 と、そこで思考が逸れる。

 警備兵には巡回ルートが存在し、決まった時間にそこを巡回するので、基本的にそれ以外の時間にやって来ることはありえない。

 考えられる理由としては――


「ここに用がある?」


 馬を取りに来た、という理由だ。


「……まぁ、抜け出してる最中に来られたわけじゃないから、大丈夫か」


 彼らは僕を蔑むだろうが、こちらはそもそもいないものとして扱われている存在なのだから、無視してしまえばいい。わざわざ向こうも僕をどうこうしようとはしないだろう。

 そうやって、できるだけ端の方で目立たないようにしよう。僕がいる場所と馬がいる場所は壁で阻まれているから、隠れていれば見つからない。


 ああ、早く嵐よ過ぎ去ってくれ。そう思いながら、



 僕が出入りする入り口が、突如として開け放たれた。



「お嬢様、そちらに馬はおりません」


「……そう、間違えたわ」


 懐かしい、声がした。


 思わず、視線を向けてしまう。すがるような目をしているだろうか、懇願するような目をしているだろうか。それでも僕は、僕を止められない。


 目があった。



「……まだ生きてたの」



 見下ろす少女は、僕になんの感情も持たない目を向けていた。


 ロゼ・グリンゲン。


 赤毛の少女は、僕を見てそれだけ言って、背を向ける。


「急ぎましょう、約束の時間に遅れちゃうわ」


「かしこまりました」


 遠く、警備の人間の声がする。

 ああそうだ、僕は人間ではない、彼女が意識を向けるはずがない。


「私、約束を忘れる人間が世界で一番嫌いなのよ」


 そう言って、彼女は扉を閉めると、その場を去っていった。


 ああ、どうしてこうなってしまったのだろう。

 かつて、僕と彼女は幼馴染だった。そして――婚約者だったのだ。


 僕、アリン・オータウスは偉大なる魔女リマ・オータウスの孫であり、ロゼは古くから王家に仕える魔術師を排出するグリンゲン家の娘。

 政略結婚というやつだが、幼い僕らは仲がよく、そんなことは関係なかった。


 ああ、もし過去に戻れるなら――



 僕は、彼女にあんな顔をさせないだろうに。



 しかし。


 あと一年だ。そうすれば、この世界の状況は一変する。この、魔法力が全てを決める世界で、それを変革する『本編』がようやく始まるのだ。


 そう、この世界はゲームの世界である。

 前世の記憶を思い出した僕は知っていた。



 この世界は『Magister's(マギステルス)』というエロゲーの世界だ。魔法力が全てを決めるという、いかにも創作らしい歪んだ世界で、僕は生きている。



 その世界で、生きるゴミとして――ゴミが救われるその時を、待っていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔法の設定が斬新で面白かったです。
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