第7話 クマ伯爵
こうして俺、もとい女装男子ゆい☆は例のカフェの前にいた。
さりげなく窓際の席を確認。
今日も黒髪の美女は同じ席に座っていた。
三日連続で同じ席にいるんだ。
彼女がこのお店の常連というのは間違いないだろう。
「き、緊張してきた……」
普段こういうカフェにはくつろぎと癒しを求めて来るのに、今回はまるで戦場に乗り込む気分だ。
落ち着け、深呼吸だ。すー、はー。
「よし、出陣!!」
決意を固め,俺は店の扉を開ける。
「いらっしゃいませー」
お洒落な制服を着た店員さんがささっと出てくる。
「お一人様ですか?」
「あ、はい」
「かしこまりました。ただいま大変混みあっていまして、相席という形になってしまうのですが……」
え、まじか。
彼女の近くの席に座って様子を伺おうと思ってたのに。
まあ少し離れてもお手洗いに行くとかで移動することはできるだろう。
「大丈夫ですよ」
「申し訳ありません。それではご案内いたします」
てきぱきと動く店員さんに連れられ、席に向かう。
窓際に近い席でありますように、という俺の願いが通じたのか、どんどん窓際のテーブルに近づいていく。
そして辿りついたのは。
「お客様、おくつろぎ中に大変申し訳ありません。ただいま店内が大変混みあっていまして、相席していただいてもよろしいでしょうか」
「え、ええ……構いませんよ」
あの黒髪の美女のいるテーブルだった。
よ、よし! ラッキーどころの話じゃないぞ、これ!
まさか黒髪さんと同じテーブル、向かい合わせで座れるなんて! ミラクルきたよ!
「あ、あの、失礼します……」
「はい、どうぞ」
思わずニヤつきそうになる顔を必死に抑えながら、静かに席に座る。
店員さんがおしぼりと水を置くと、にこにこと笑みを浮かべて注文を聞いてきた。
「えっと、カフェラテで……」
「かしこまりましたー。少々お待ちくださーい」
元気な店員さんだな。なかなか好印象。
店内はカラフルだけど色味を抑えて落ち着いた雰囲気だし。
テーブルごとの間隔は広い。
間仕切りも思ったより分厚く、よほど大声を出さない限り、隣のテーブルに話し声が漏れることはないようだ。
まさに隠れ家カフェにふさわしい。
ぜひ完全プライベートでまた来たいな。
おっと、今は目の前の彼女のことが先だ。
別の事を考えていないと、緊張してしまうな。
さっきから黒髪さんがこっちをチラチラとを見ている。
警戒してるのか?
しかし近くで見るとより整った顔立ちがよくわかる。
艶のある黒髪ストレート。キリッとした目に暗めの茶色がかった瞳、真っ白な肌。
綺麗とかっこいいが同居してる。
服装も、だぼっとした深緑のパーカーの裾から白いブラウスがちらりと覗き、下は黒のスキニージーンズを履いている。
まさに俺の中のクール系お姉さんの理想形だった。
運が良いなんてレベルじゃない。この機会を逃したら、もう一生巡り合えない。
そんな予感がした。
さて、どうやって話を切り出すか。
「お待たせしましたー、ごゆっくりお過ごしくださーい」
そう思っていたら、店員さんが俺の頼んだカフェラテを持ってきた。
「あ、くま」
カフェラテには可愛いクマのラテアートが描かれていた。
このクマ、どこかで見たことあるな。
「……それ、可愛いですよね」
「え」
ふと顔を上げると、黒髪さんが俺のカフェラテを覗き込んでいた。
向こうから話しかけてくれた。これはチャンス!
「ほんと、可愛いですよね。飲むのもったいないくらいです」
「このお店のマークらしいですよ、クマ伯爵って言うみたいです」
「へー! 伯爵さんなんですねぇ」
うん、名前はそんなに可愛くないな。
でも会話のきっかけを作ってくれたことに感謝するぞ、クマ伯爵。
「お姉さんはこのお店、よく来るんですか?」
「は、はい。ほぼ毎日通っちゃうんです……」
か細い声。モジモジしながら視線を泳がせ、俺を見たり天井を見たりを繰り返している。
見かけのクールな印象から一転、中身はシャイな恥ずかしがり屋さんと来た。
ギャップ萌えかよ、俺を何度殺す気ですか。
「私、ここ来るのはじめてなんです。おすすめとかってありますか?」
「そ、それなら、メイプルパンケーキです。ふわふわで……とっても美味しいんですよ」
「ふわふわ! いいですね。私そういうの大好きなんです」
「よ、よかった! それに付いてるシロップの器に描かれてるクマ伯爵が可愛くて……」
「やっぱりクマ伯爵いるんですね!」
やば、いつもの調子で突っ込んでしまった。
「ふふふ、ほんと、どこにでもいるんです。クマ伯爵、ふふふ……」
あ。
はじめて、彼女の笑った顔を見た。
この短い間に、クールな外見と恥ずかしがりな内面を知った。
そして、頬を赤らめながら柔らかな笑みを浮かべることも。
鼓動が早くなる。顔がまた暑くなってきた
やっぱり、あの衝撃は勘違いじゃない。
俺は、この人が好きになってしまったみたいだ。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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