第5話 一目惚れ
「好きな子ができた? ほんとかよ」
春季は口に運ぼうとしていたスプーンを止めて、俺をまじまじと見つめる。
時間は昼過ぎ。大学内の食堂で俺達は昼食をとっていた。
「ほんとのほんと。本当と書いてマジと読むやつだ」
「それ別の字だった気がするけど、とにかくめでたいな」
「だろ? そこで、春季に折り入ってお願いがある。恋愛相談させてくれ」
「は?」
春季とはよくお互いの好きな女の子の好みについて話していた。
時折春季の恋人の話を聞いたりすることもあったけど、俺が恋愛相談をするのははじめてだったから春季も驚いていた。
男のままじゃ女の子とまともに話せない俺が真剣に恋愛相談だよ?
誰だってびっくりするだろうよ。
「恋愛相談っていってもちゃんと答えられるかわからないぞ?」
「頼む! 春季しか頼れる奴がいないんだ! 友達を助けると思って、お願い!!」
俺はテーブルに額をぶつける勢いで頭を下げる。
俺の男友達の中で恋愛に関して気軽に相談でき、更に容姿や性格的な意味で説得力のありそうな奴は春季しかいない。
「うーん、わかった。その代わり、俺が困った時は真っ先に助けてくれよ」
「当ったり前だ!! 春季の頼みなら、いの一番に駆けつけるからな!!」
まぁ仮にそんなことになったら、春季が困るくらいの案件を俺になんとかできるか不安だけど。
「よし、契約成立だ」
「ありがとう! 春季大明神様ぁ!!」
お前は主人公キャラだけじゃなく友人キャラまでこなすのかよ。
もう敵なしじゃん。
「ふっ、そういうのはいいから。で、どういう子に惚れたのさ?」
「お、おう。一言で言うと、クール美女だな」
「クール系。なるほど、何のきっかけで知り合ったんだ」
「いや、まだ話してない。俺が一方的に見かけただけ」
なんかいつもバカな恋バナで盛り上がっている分、本気の相談をしてると恥ずかしくなってくる。
背中がじっとり暑くなってきた。
けれど春季は真剣な顔で俺の話に耳を傾けていた。
無表情なのはいつもと変わらないけど、お前は本当に良い奴だよ。
「これ、一目惚れっていうのかな……。昨日たまたま通りかかったカフェにいた人なんだけどさ」
「ああ、聞かせてくれ」
はじめて彼女にあったのは二日前。
公園で公衆トイレ出待ちおじさんとの戦いを終え、ピクチャングラマーゆい☆として街をぷらぷら歩いていた時のことだ。
その時俺は、最近できたお洒落な喫茶店やカフェを視察していたんだ。
ピクチャンに投稿できそうなネタ探し……というと聞こえが悪いけど、個人的にゆったりできそうなお店探しも兼ねている。
堂々と公私混同できるのも、この活動の魅力だな。
とりあえず、今日行くお店を何軒かピックアップしてから歩き出した。
ピクチャングラマーとしてのこだわりは、一日でピックアップした全てのお店に入ることはしないようにしていることだ。
講義が終わってからだと時間も限られている。
全てのお店で注文していたら慌ただしくなるし、なによりお金が持たない。
まずは外からさりげなく下見をする。外観、中の内装、くつろげそうな雰囲気かとか、内装はどうなっているかとか。
そして良さそうなお店があれば、日を改めてゆっくり来ればいい。
たとえメニューの実物が見られなくてもホームページに写真を出している所もあるし、ネットを駆使すれば簡単に出てくる。
正体を隠したって、ゆい☆としてフォロワーへの期待には応えないとね。
俺が本当にいいなと思えるお店じゃないと、ピクチャンでおすすめもできない。
おっと、話を戻そう。
そうやっていつものように、ある雰囲気の良さそうなカフェの下見をしていた時だ。
そのカフェはテーブルごとに間仕切りが置いてあって、他の客の目を気にせず半個室的な雰囲気を味わえる隠れ家をコンセプトにしたお店だった。
なかなかいい感じのお店だな、出してくれるケーキも美味しいって評判だし、今度ちゃんと時間作って来よう。
そう思っていたら、ふと窓際の席に座っている黒髪の女性が目に入った。
『っ!?』
体に電流が走ったような気がした。
心臓の鼓動が早くなっていく。息も荒い。
手が震える。慌てて押さえるが、静まりそうにない。
体調でも崩したかと思ったけど、そんな感じじゃない。
周りの他のものが視界から消えていく。
実際にはそこにちゃんとある。車も鳥も、草花も、道行く人達も確かにそこにいる。
だけど今は、彼女から目が離せない。
なんて、綺麗な女性だろう。
今まで、いろんな女の人を見てきた。
女装の完成度を上げるために、いろんな人のメイクを参考にしてきたし、自分の分身であるゆい☆もかなり可愛い方だと思う。
でも、こんな感覚は……はじめてだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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