第3話 女装男子のつくりかた
「……カラコン良し、マスカラ良し、リップ良し。化粧乗り……ヨシ! あとはウィッグを被れば……」
俺は慣れた手つきで〝工事〟を進める。
こういう徐々に出来上がっていく様を見るのは我ながら楽しいな。
後は毛先を整えて……完成だ。
〝工事〟が終わったらすぐに道具を片づけ、リュックにしまう。
個室の扉をそおっと開け、外に誰かいないか確認しながら素早くトイレから出た。
「いない、な? …………ふうっ、毎度のことながら緊張するわー!」
スマホを取り出し、インカメを作動。
腕を斜め上に伸ばし、一番盛れるアングルに調整。
パシャッ!
撮れた写真を確認。大丈夫、かわいいかわいい。
ウェーブのかかったアッシュグレーの長髪、つぶらな瞳に薄いピンク色の唇。
白いブラウスとベージュのカットソーを着て、下はマスタードカラーのチェックスカート。
濃い茶色の肩掛けバッグを下げた女性がそこに映っていた。
うん、どこからどう見てもかわいい女の子。
上手くいったぜ!
「あ、あー。あー? あー……にゃんにゃん☆こんにちはー」
自分の口から、いつもより甘めな声が出てきた。
女声もだいぶ慣れてきたな。
ちょっと声が低めの女の子ってことにすればバレなくなってきたし。
地声もそんなに声低くなかったのも助かった。
というか、最初は女装なんてするつもりはなかったんだけど。
きっかけなんて些細なことだった。
元々手先が起用で母親の手芸や料理を手伝ったりしていた俺は、かわいい小物やスイーツを作るのが趣味になっていた。
作り始めると凝り性になるのが俺の悪い癖で、材料やアイデアを調達するために手芸雑貨屋に母親を連れて足しげく通った。
なんで母親を毎度連れて行ったかというと、答えは単純。
一人で店に入るのが恥ずかしかったからでして。
当時俺は小学校の高学年。いわゆる「お前まだ母ちゃんと風呂入ってんのかよー!!」と同級生にいびられる学年だ。
そんな歳の男子が一人、女の子女の子したキャピキャピの雑貨屋になんか入れるわけがない。メゾ〇アノやらマイ〇ロディなんて店頭に置かないで欲しかった。
そこで羞恥心多き結太少年は考えた。
母親を一緒に連れていけば、仮に同級生のクソガキどもに遭遇しても「お、お母さんの買い物の付き添いで来てるだけだしっ!?」と言い逃れが出来るのではないかと。
我ながら素直になれない奴だとも思うが、目論見は見事大成功。
クソガキどもの追及を躱し、俺は悠々とウィンドウショッピングに勤しむことが出来た。
母親にはたぶん見抜かれていたんだろうな。その上で毎回付き添ってくれた。
マジで感謝してます。
中学に上がる頃には制作する小物のクオリティはかなり上達した。
ビーズとワイヤーを使って動物や花のアクセサリーとかも作ってたっけ。
手芸雑貨屋のおばちゃん達とも顔なじみになっていて、学校帰りのオアシスと化していた。
ところがここでアクシデントが発生してしまう。
高校二年の春。小さな商店街にあって俺が行きつけにしていた手芸屋が廃業。
近くにあったのは女の子向けファッションなどの店が立ち並ぶ大通りにある一軒だけだったのだ。
ガッツリ思春期の俺にとって、母親と一緒に女の子達の群れに飛び込む勇気はない。
今までサンキュー、手芸雑貨屋。グッバイ、マイ・オアシス。
だが、天は俺を見放さなかった。
夜中に何気なしに見ていた深夜バラエティー番組で、当時の俺にとって目を疑う企画が流れていた。
「〝女装男子、男の娘大集合〟?」
そこには数人の女の子が映っていた。
その全員が男で、実際にメイド喫茶で働いている人までいるとか。
男がメイクしてこんなに可愛くなれるのか。どう見ても女の子じゃないか。
本当に驚いた、と同時にそこに光を見た気がした。
これだ、と。
思い立ったら行動に移すまで時間はかからなかった。
お小遣いの中で一式揃えるには安いものを選ばざるを得ない。
すぐに百円コスメを中心にメイク道具をかき集め、ウィッグと服を通販で購入。
……ウィッグって、意外に安いのね。
いろんな女装ブログを見漁り、メイクや肌の手入れ、女性らしい仕草を勉強した。
そして数か月の練習を経て、外に出た。
不安だったからマスクを着け、大通りを歩く。
いざ初陣へ! と意気揚々と出発したまでは良かったんだが。
イメージと現実は全く違っていた。
とにかく視線が熱い。道行く全ての人の注目が集まっているような気分だった。
バレていないか? どこか変な仕草になっていないか?
息が荒くなっていたが、マスクで余計に顔が熱い。
やばい、汗でメイクが落ちる! 急げ!
男走りにならないように気を付けながら、目当ての雑貨屋へ飛び込む。
店員さんにもバレるわけにもいかない。
急いで不足していた材料を手に取ると、レジに走る。
「あらあら、お嬢さん。そんなに急いでどうしたの?」
レジ担当のお姉さんは汗だくな俺を見て心配してくれたが、俺にそれに応える余裕はなかった。
精一杯の笑顔とジェスチャーで問題ないことを伝えると、お釣りをもらうや否や店を飛び出し、逃げるように家に帰った。
「生きてる……? なんとかなった……のか?」
息も絶え絶えに自分の部屋に入り、汗だくになった服やウィッグを脱ぐ。
ひどい有り様だった……。
何が初陣だ。焦りまくって完敗じゃないか。
クレンジングでメイクを落としながら、冷静に店でのこと思い返していると、
「…………そういえば店員さん、俺のことお嬢さんって言ってなかったか?」
つまり、あの人には俺が女の子に見えたわけだ。
いや、実は気づいていたけど気づかないふりをしていてくれたのかもしれない。
それでも、外の世界の洗礼を浴びながら、小さな達成感を得てしまった俺は女装という沼にドップリと漬かっていくことになる。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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