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第22話 従兄弟

「とにかく、びしょ濡れの服だけでもすぐになんとかしましょう!」

「なんとかと言われましても……」


 春季は俺の手を引こうとするが、全力でそれを制止する。


「どこかでシャワー借りるんです! コインランドリーも探しましょう」

「シャワーって言ってもどこが」

「どっ……どこでしょうかねぇ」


 なんとなく聞いてみただけだったのだが、春季は少し頬を赤らめて目線を反らす。


 ねえ、今何を考えたの?


「あー、もしかして……ほ、ホテル……とか?」

「ホ、ホテ……いやいやダメダメそういうのまだ早いですから!! 私とゆいさんは友達! まだそんな深い関係までいってないです!!」


 この反応、やっぱり考えてたのね……。


 顔を真っ赤にしてわちゃわちゃと慌ててる春季を見るのは今日のデートがはじめてだけど、見慣れてくるとなんか和むなぁ。


 しかし、実際問題どうしよう。


 こんな泥だらけな恰好で電車とか乗るわけにはいかないし。


 かといって、すぐにシャワーが借りれる場所なんてホテルくらいしかない。


 でもお金かけないで短時間利用するなんて、まさに〝そういうホテル〟に行くしか選択肢がなくなってしまう。


 あれ、ホントに恥ずかしくなってきたぞ?



 だけどそれは正体がバレる危険性がある。

 これが一番まずい。


 ここは恥を承知で服屋に駆け込んで、服だけでもどうにかするか。


 うん、それがいい。



 そんなことを考えていると、背後から大きな影が覆いかぶさってきた。


「あれー? こんなとこで何してんのー」

「え?」


 自分の頭の上から太めの声が聞こえる。

 男性らしいけど、背中に体重が乗っているので後ろが向けない。


 目の前に立っている春季が上を見上げて怖がっている。


 誰なんだ、一体。


 俺は無理矢理相手の体を押しのけて距離を取る。


 かなり長身のようで、顔を見るには首が痛くなるほど見上げなければならなかった。


「げっ」


 そこにいたのは、長身細身のくせっ毛、糸目でニコニコと笑っている青年。


 そして、俺をよく知っている人物だった。



「ち、チカ兄……」

「よお、久しぶりだな」

 青年が不敵な笑みでこちらを見下ろしている。


「ゆいさんの、お知り合いですか……」

「ゆい……? ほーん、なるほどぉ」


 彼は俺と春季を交互に見比べて、何かを察したように細い目を更に細めてにんまりと笑う。


 昔からこの笑みが苦手で仕方がない。


「オレは成瀬千佳(なるせちか)。北辰中央大学の三年で、この……ゆいとは、ガキの頃家が近所だったんだよ」

「あ、そうだったんですね。はじめまして、朝比奈春季です。同じ大学だったんですね、私二年です」

「春季……ってことは、荒崎結太の友達ってキミか」

「彼を知ってるんですか?」

「ウン。だって、従兄弟だもん」


 ゆい、つまり俺、荒崎結太の従兄弟にあたる一個上の先輩。


 ついでに言うと、俺が女装していることを知っている数少ない人物だ。


 子どもの頃は年に一度や二度会う程度だったけど、大学一年の頃にたまたま会って家に上げた際、すぐに女装していることを見抜かれた。


『ベッドの下に隠すとか、エロ本じゃないんだからさ……』


 みたいなことを当時言われた。

 ほんと、迂闊だったよ。


 洞察力もあり、この状況を見て即座に対応するほど機転が効く、めちゃめちゃすごい人だと思う。

 裏を返すと何を考えているか正直読めない、怖い奴でもある。


 その体格と人柄から何かと助けてくれるものの、貸しひとつねー、とニヤニヤしながらパシりに使うので、俺はあまり得意じゃない。


「ホント世間は狭いねー。結太の友達がゆいとデートとは、ねー?」


 こいつ、面白がってやがる……。

 そのにんまり顔やめろよ!


「チカ兄、長話したいところだけど、早く帰らなきゃならないんだ」

「あ、そうなの? てかその服どうしたんだよ」

「じ、実はそのことで……」


 春季がチカ兄にことの顛末を話した。


 二人でデートしていたこと、俺が川に落ちた買い物袋を取る為に泥に突っ込んで行ったこと、春季はそのことを深く感謝していることなども事細かく。


 恥ずかしいからそこまで話さなくていいんだよ?


 チカ兄はしばらく考えた後、こちらに顔を向けた。


「よし、わかった。とりあえずお前はウチに来い。シャワーくらい貸してやる」

「え、でも…」

「その格好で電車乗れないだろ。俺の家近いから行っとけ。この子は駅まで送っておくから」

「う、うん。わかった」


 何か裏がありそう、とか考えちゃうけど、そこまでは考えすぎかもしれない。

 こちらも緊急事態だし、頼るしかないか。


「朝比奈サンもそれでいいかな? デートの水さしちゃうことになるけど……」

「い、いえ。ありがとうございます! よろしくお願いします」

「オッケー、んじゃ送ってくるな」


 二人がゆっくり駅に向かって歩き始めた。


 余計なことを言わないといいけどな……。



 とにかく。はじめてのデートをなんとか乗り切れそうだ。


 これからどんな関係になったとしても、春季のことをもっと知りたい。


 そのための一歩は踏み出せたんじゃないだろうか。


 突然のデートだったけど、なんとか乗り切れたんだ。

 次何か問題が起きても大丈夫だろう。


 いや、しばらくは平穏でトラブルのないキャンパスライフでありますように。


 と、思った俺が浅はかだった。

 いや、もしかしたら既に避けられない所に来ていたのかもしれない。


「あ、そうだ。朝比奈サン。初対面で申し訳ないんだけど、ちょっち相談があるんだけどね……」

「え、はい。なんでしょう」


 チカ兄は春季に声をかける。


 俺もまだそこに状況にも関わらず、糸目先輩こと俺の従兄弟は言い放った。



「ねえ、オレと結婚を前提に付き合ってくれない?」



「「…………は?」」


 新たなトラブルは、すぐにやって来たんだ。


 第2章、完。

 次回、第3章、スタート。


 ここまで読んでいただきありがとうございました。


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