第2話 自慢の友人と、俺の秘密
講堂に終業のベルが鳴り響く。
「終わったぁ~。今日の俺、お疲れ様!!」
九十分ずっと同じ姿勢で座っていたせいで固まった体を大きく伸ばす。
そしておもむろにスマホを取り出し、ロック画面をチラ見する。
通知欄はっと……よしよし、いい調子だ。
「毎回言うけど、そのお疲れ様って自分に言うの何なの」
唐突に横の席から声をかけられる。
耳が隠れるくらい伸びたサラサラの金髪に整った顔、歩けば誰もが振り返るイケメン君だ。
「いやいや、頑張った自分への労いの言葉は必要だろ?」
「別に結太は頑張ってないだろ。ほとんど講義聞いてなかったくせに」
「あの教授の念仏みたいな話聞いて真面目に聞いてられるのはお前くらいだよ!」
淡白な物言いのコイツの名前は春季。
大学に入ってから知り合った奴だけど、なんやかんや気が合うので、いつもつるんでいる。
テンションだけ高くて不真面目な俺と、クールで真面目な春季。
全然正反対なのに、ほんと不思議だ。
「はいはい。お疲れさーんお疲れさん」
「その変なリズムに乗せて言われるとバカにされてるようにしか思えんのだが?」
「講義は終わったんだから、早く帰ろう」
「あーもう、わかったよ」
春季が早々に席を立ったので、俺もノートをリュックにサッとしまい立ち上がる。
「この後はどうすんだ。何か用事とかあったか?」
「悪い。これからバイトなんだ」
「あー、そうか。ならしょうがねえ。コンビニだっけか、覗きに行ってもいい?」
「言い方……。というか来んな、気が散る」
「へいへい」
また遊べないのか。つれないな。
まあ、今日は俺も一人で行きたい所があったし、丁度いいか。
とりあえず大学の正門前までは一緒に歩くことにしよう。
春季とは大学の外ではあまり絡まない。
大学にいる間はほぼ一緒に行動してるし、普通に好きなゲームの話とか好みの女の子の話で盛り上がってる。
嫌われてるわけじゃないから、単に忙しいんだろう。
というか、男から見てもほんとに綺麗な顔してる。
中性的な顔立ちっていうのかな。まつ毛は長いし、肌もすべすべ。
どこかの国の王子様みたいだ。
まあ、この顔なら美人な彼女の一人や二人いてもおかしくないよね。
プライベートもさぞ忙しかろう。
あれ、なんかムカついてきたな。
「……何。じろじろ人の顔見て」
「別になんでもねえよ。こんなコンビニ店員がいたら女の子が寄ってたかって、商売繁盛間違いなしだなあと思ってさ」
「ふっ、なんだそりゃ。結太だって顔は悪くないし、良いところもあるんだから、女の子の前で緊張しちゃう不器用な性格さえなんとかすればいけるよ、きっと」
「お前、遠回しに無理難題突きつけてんだろ!! さりげなく自分の顔の良さ自覚してるし!!」
春季は堪えきれなくなったように吹き出した。
普段無表情の春季でも、笑った顔はとても柔らかい。
「ふふふふ……、努力してんだよ、これでも」
「努力する所あるか? 筋トレとか?」
「あー。まあ、そんなところ。そろそろ行くわ」
「おう、またな」
正門を出て駅の方へ歩いていく春季を見送る。
「ま、イケメンでも努力はするよな。世の中残酷だあ」
ボソリと呟き、俺は春季とは反対方向に歩き始めた。
男らしいとはとても言えない華奢な体つきで、顔面偏差値で平均点叩きだしそうな地味な俺が、なんで春季みたいな王子様系イケメンと入学してすぐに友達になって、二年に上がってからも一緒につるんでいられてるか未だにわからない。
ぶっちゃけ、春季はめちゃめちゃ良い奴だ。
会話は淡白だけど、人の言動を良く見てる。大学生の男子同士の下世話な恋バナにも普通についてくるし、相手が傷つかない程度に抑えた冗談だって言える。
俺には勿体ないくらいの最高の友達だと思う。
ギャルゲーでいえば主人公ポジションだろうな。
ひょっとして好感度パラメータとか会話コマンドとか見えてるのかな。
あり得る。
さしずめ俺は友人キャラかな。
主人公と仲が良くて、いろいろお役立ち情報を教えて、結局女の子はみんな主人公に吸い寄せられていく。
そりゃモテるわけだ。
一人くらいおこぼれはないんですか!?
「せめて友人ルートでもいいから俺を救済してくれないかなーっと」
ぐちぐちと下らないことを考えているうちに、広めの公園に着いた。
都会の中にぽつんと佇む木々の多い公園で、土日には結構な数の親子が遊びに来る。
今は平日の午後二時過ぎ。学校も終わってないだろうから人は少ない。遠くの方で幼稚園児くらいのちびっこグループが遊んでいて、付き添いの大人は女性が一人いるくらいか。
「よし、人目はあまり気にしなくて良さそうだな」
そして公園の隅に設置されている公衆トイレへ向かう。
この時間、公衆トイレの周りはガランとしている。俺にとっては好都合だ。
おっと、危ないお兄さんになるつもりはないよ?
とりあえず男子トイレの個室に入ろう、と思って歩き始めた。
「ん?」
公衆トイレの陰に隠れるように小太りな男が立っていた。
しきりにモジモジしながら周りを見て、時折トイレの中をちらっと確認している。
もしかして個室全部使ってて並んでるのかな。
勘弁してくれよ、漏れそうなら他のトイレだってあるだろうが。
でもなんだか様子がおかしい。
男が覗き込んでいるのは女子トイレの方だぞ?
「まさかなぁ……」
嫌な予感がする。そしてこれが大体当たるんだ。
ゆっくりと、警戒されないように男に近づいていく。
違ったらごめん。でもこういうのは見過ごせない性格なんだ。
それに俺自身、そこのトイレに用があるんでな!
「すみません」
「ぶひゃっ!? な、な、なんだ君は!?」
「あのー、トイレ並んでたりします?」
まずはさりげなく声をかけよう。刺激したくないし。
「い、いや? な、並んでませんけど!?」
「あ、そうだったんですね。てっきり体調でも崩されたかと思いまして」
「だ、だ、大丈夫です。私は、ぜんぜん大丈夫だすからっ」
そう言って男は立ち去ろうとするが、俺はここで更に食い下がる。
「あ、もしかして何か落とし物ですか? 大変ですよね。ここらへん木が多くて、暗いとこ多いんで」
「えっ!? あ、ああ、そうなんですよぉ。ぜんぜん見つからなくて……」
食いついたな。逃がしゃあしないよ。
「俺も一緒に探しますよ」
「ひぇっ!? い、いや、いいですいいです! ご心配には及びません!!」
「大丈夫です! 俺、時間あるんで、困ってる人を放っておくわけにはいきませんから!! それで、何を落とされたんですか?」
男にずいっと近づき、純真無垢な若者の表情で食い気味に質問していく。
ボロを出すまで時間を稼ごう。
「あ、え、えっとぉ。小さめの、小物で……す、ストラップ? っていうんですかねぇ」
「ストラップですか、どんな形なんです? 色は? キャラクターとか解りますか?」
「えぇっとぉ、ですね……」
そんな問答をしばらく続けていると、女子トイレから小さな女の子が出てきた。
女の子は俺達二人の会話を不思議そうに眺めていたが、すぐに遠くにいる親子グループの方を向いた。
「ママー! おトイレ終わったー!」
「はーい、みんなそろそろ帰るよー!」
「はーい!」
子どもたちの号令を聞いて女の子もそこへ駆け出していく。
「あっ! あ、ゴホンゴホン!!」
男は小さく声を上げた。だがそれをごまかすように咳払いをすると、明らかに気落ちしたように肩をすくめる。
「あ……もしかしたら、別の所で落としたかもしれません。自分で探してみます……」
「そうですかー、わかりました。見つかると良いですねー!」
「ええ……、ご心配をおかけしました……」
男はトボトボと公園を離れていった。
ふう、なんとかなったな。やっぱりあのおっさんの目当ては小さい女の子だったらしい。
割とマジで危ない所だった。二度と来んなよー、おっさん。
もう一度親子グループの方を見ると、女の子が母親と手を繋いで公園を去って行く所だった。
あんまり公園のトイレに女の子一人で行かせるもんじゃないよ、お母さん?
「さて、これでやりたいことができるな」
一応周りに誰もいないことを確認しつつ、素早く個室に入る。
リュックの底から小さめの袋を取り出す。中身が見えないようにするために色は黒い。
その袋からさらにいくつか小袋やポーチを出す。
今度は淡いピンクや水色、花柄やレース地の男子大学生の荷物とは思えない物ばかりだ。
中には明るいグレーの毛束がこんもりと詰まった袋、チェック柄の布が見える袋まである。
「始めますか、顔面大改造工事を!!」
だいぶ時間を食ってしまったけど、ここからが俺のプライベートタイムだ。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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