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第12話 ここにいますよ

 土曜日がやって来た。

 決戦の日。


 春季とのデートだ。

 言い間違いが起きたらまずいので、今日のところは女の子の格好をしている彼女を〝ひなさん〟呼びで固定にしよう。


 今日のゆい☆はモノトーンな衣装にしてみた。


 ボーダーの長袖、裾がふわりと広がった黒のスカートとグレーのスニーカー。


 頭には濃紺のベレー帽を被って、準備万端だ。


 男の骨格が浮き出ないから、やっぱり女装にスカートは本当に強い味方だな。

 最初は股下がスースーして気になってたけど、慣れてしまえば歩く度にスカートが揺れて楽しい。


 待ち合わせ場所は最寄り駅前の時計塔。


 早めに早めに、って動いていたら十五分以上前に来てしまった。


 目立つ所がいいかなと思って指定したけど、もっと別の所でも良かったような気もしてきた。


 だってなんか目立ちすぎて恥ずかしいんだもの!

 駅前の時計塔なんてザ・待ち合わせ場所って感じでソワソワするし!


「俺の方が楽しみにしてたのかな。このデート」



 しばらく待っているとひなさんもやって来た。

 走って来たのか、少し顔が赤い。


「お待たせしました! 遅れてごめんなさい!」

「いえいえ、私も今来た所です!」


 全然遅れてないよ。

 むしろ早いよ。集合時間八分前だもの。


 男装モードの時も待ち合わせより早い時間に来てるもんね、君は。


 ひなさんの服を見るのは二度目になるか。


 透け感のある白のブラウスに青のデニム。

 その上から茶系のカーディガンを羽織っていて、シンプルなネックレスやイヤリングが煌めいている。


「ひなさん、とってもお洒落ですね! お姉さんって感じです」

「あ、ありがとうございます。良かった、この日のために頑張って選んだ甲斐がありました……」


 ひなさんの普段の恰好がどういうのかはわからないけど、なんかこう、気合いが入っているように感じる。


 なんとなくだけど、はじめてひなさんと会う時の俺が服装選びにこだわっていたみたいな感覚に近いのかもしれない。


「え、それってもしかして、私のため……ですか?」

「あ、えぇっと、はい…………そうですぅ」


 ひなさんの顔がどんどん赤くなっていく。


 うん、なんか楽しくなってきたぞ。


「嬉しいです! 私も今日すごく楽しみで、いつもより早く目が覚めちゃいました」


 ちなみに目が覚めてしまったのは別の緊張もあったんだけどね。


「あ、あの、ひなさん」

「はい、なんでしょう」

「私の今日の格好、変じゃないですかね……?」

「い、いえいえっ!! すごく可愛い! めちゃめちゃ、か、可愛いと思います!! お人形さんみたいで、でもなんだか落ち着いてて、せ、清楚系? っていうんですかね? あ、あれ? うまく言えないですね!! えへへへへへ!! はー、はー……」


 よしよし、昨日事前に〝春季〟と打ち合わせした通り、相手の服装を褒める段階はクリアだな。

 ちょっとキャラ崩れかけてるけど、大丈夫かー?


「あ、ありがとうございます。ひなさんにそんなこと言ってもらえるなんて。今日のデート、たくさん楽しみましょうねっ!!」


 ちょっと出来心が働いた。

 ここでゆい☆秘伝ウィンク攻撃をしかけてみる。


「デ、デデデデデ、デート!! そ、そうですよね!! デート、デート……わ、私、今日はひなさんに楽しんでもらえるように頑張る……頑張ります!!」


 わお、予想以上の反応。めっちゃ動揺してる。


 もっと見たい気もするけど、既に顔から湯気が出そうなくらい真っ赤になってるからやめとこう。


「それじゃあ、まずはどこに行きます?」

「え、えっと、メッセージでも書いたんですけど、行きたかった雑貨屋さんがあるんです。ガラスで作った動物とかの小物が可愛くて、じっくり見てみたいなって思ってたんです」

「いいですね。私そういうの好きなんです!」

「よ、よかったです! では、行きましょう」

「はい!」


 歩き出すひなさんの隣をついていく。


 うん、掴みはいいと思うぞ。雑貨屋なら商品ごとにいろんなトークが繋げられるしな。

 相手の好みを聞いたり、お揃いの物を買ったり、デートスポットとしては上々なんじゃないかな?


 ……俺も誰かと行ったことないから、全部ネットの情報だけど。


 うまく誘導できればいいけど、なにせ女の子とのデートなんてはじめてだからテンパってしまわないようにしないと。


「…………デート……これはデート………ぶつぶつ」


 現に今、隣でひなさんがブツブツ言ってる。

 最初のお店に辿りつく前からテンパりかけてますよ!?


 とりあえず、彼女の緊張を解こう。


 さりげなく、なおかつデートっぽい方法で!


「……ひなさん」

「は、はい。なんでしょうっ」


 ひなさんは俺より頭半分くらい身長が高い。こういう身長差を利用した方法っていえば、アレしかないだろう?


「手、繋いでもいいですか?」

「へっ?」


 顔はそれほど上げずに目線だけひなさんの顔へ向ける。

 そしてゆっくり左手を差し出す。


 上目遣い、からの「手繋いでもいいですか」のコンボ。


 彼女の緊張具合から察するに、お店に行くまでに会話が続かず、二人とも黙ってしまう可能性があった。


 手でも繋げば何かアクションが起きるかと思ったけど、どうだ?


「よ、よよよよ、よろしいのでしょうか?」


 お嬢様口調になってますよ、ひなさん。


「はい、せっかくのデートなので……、嫌、でしたか?」

「ぜぜぜ全然嫌じゃないです! むしろありがとうございます!!」


 ひなさんは恐る恐る俺の手を取る。


「い、行きましょうか……」

「ふふふ、緊張してますか?」


 手を繋いだ瞬間、ひなさんの手は震えていた。


 はじめて握ったその震えに、なんとなく既視感があった。

 これはそうだ、たしか……。


 俺はその細く、滑らかな手をぎゅっと握り、右手をそっと重ねた。


「私、小さい頃に人の多い所が怖くて一人で行けなくて、よく母に連れて行ってもらってたんです。その度に母は私の手を握ってくれて、たったそれだけなのにすごく安心できた」


 俺が雑貨屋に一人で行けないからと、買い物ついでに連れていってくれた母親のこと。


 震えていた俺を、しかることなく付き添ってくれた。


 大丈夫、私がいるよ。


 いつも、そう言ってくれた。


 あの時の母さんも、こんな気持ちだったんだろうか。


「ひなさんがこの日を楽しみにしてくれたことも、私に楽しんで欲しいと思っていることもわかっています。だけど、一人で無理することはありません。一緒に楽しめばいいんですから」

「ゆいさん……」

「大丈夫、私はここにいますよ。だから、心配しなくていいんです」


 そう言うと、ひなさんの手の震えがおさまってきた。


「……ありがとうございます、ゆいさん」


 ゆいさんが微笑む。


 さっきより、自然に笑えているみたいだ。


 繋いだ手から彼女の体温が伝わってくる。

 誰かと一緒に歩くって。こういう気持ちなんだな。


 久しぶり過ぎて、ずいぶん忘れていたけど。



 なんだろうな。


 このデートをなんとか乗り切るという目的で挑んだ。


 それが今回の一番重要なことなのは間違いない。


 けど、それだけじゃなくても、いいのかもしれない。


 ここまで読んでいただきありがとうございました。


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