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第10話 〝くん〟じゃなくて〝さん〟

「あんまり人のプロフィール見せるの気が引けるんだけど、結太だけには見せた方がいいよなって思って……」


 春季が見せてくれた画面には見慣れた女性の姿がアイコンとして映し出されていた。


 ウェーブがかったアッシュグレーの長髪、くりっとした大きな黒い瞳を輝かせながら、どこぞで買ったクレープを片手ににっこり微笑んでいる。


 名前欄には、新田ゆい、と確かに記されていた。


 はい、確定。

 間違いなく俺です。


 あのお店で、俺の目の前にいたのは春季だったんだ。


 春季が一目惚れしたの俺ってことだ。


 やっちまった……。

 こんなことってある?


 一目惚れして告白した相手が一年以上ずっと仲良かった友達って、どんな展開だよ。


「でも見た目と中身の違いで、変に思われてないかなって所は不安なんだよな」


 え、ってことはだよ?


 あの黒髪クールビューティーは春季ってこと?


 こいつも女装男子ってことなのか?


 いや、いやいや。


 確かにクールな見た目なのは共通してるけど、さすがに俺と春季が両方とも女装してたなんてそんなWebマンガみたいな展開があるわけ……。


「ほら、大学にいるときは一人称〝俺〟だし、男っぽい服装に合わせて声も低くしてるし。だから素の自分に戻ってもぶっきらぼうな所が出ちゃうんだよな。嫌われてないといいけど」


 おいおい、何顔赤くしてやがるんだよ。

 何を想像してるんだ。目の前に本人いますよー!?



 ん?


 っていうか今、素の自分に戻るって言った?


 あの時、目の前にいた春季は完全に女性の恰好をしていた。


 声も普通に高かったし、胸の膨らみもあった。

 詰め物してたにしてはそんなに大きくなかったような……いや、なんでもない。


 とにかく、女装している人特有の違和感は感じなかった。


 あれは完全に女性だった。


 ということは、


 あの恥ずかしがり屋で、コロコロ表情が変わるひなさんが。

 あれが春季の本来の姿……なのか。


 つまり、俺の大学生活でずっとつるんできた王子様系イケメンの〝春季くん〟は、


 〝春季さん〟だったってこと?


 そういう前提で改めて春季を見てみる。


 キリッとした眼、鼻や口の形、肌の白さ、肩幅……。

 髪型こそ違うけど、俺みたいにウィッグどうにかなる。


 だめだ、違ってほしいと思えば思うほど、ひなさんの外見の特徴とダブって見える。


 ワンチャン兄妹とかそういうオチは……ってこれ以上は見苦しくなるだけだ。


 なんてことだ。

 俺は今まで春季のことを男だと勘違いしていたのか。


 いや、そもそも春季が自分のこと男だって一言でも言ったことあったっけ?



 確かに春季の学生証なんて見たことないけど。


 確かに連れションなんて行ったことないけど!


 確かに着替えてる所とか見たことないけど!!



 というか、春季の苗字ってなんだっけ。

 なんか嫌な予感がする。


 慌ててスマホで春季の連絡先を調べる。



 朝比奈春季(あさひなはるき)



 朝比奈、あさひな……ひな。


『私、ぁ……ひな……です』


 唐突にひなさんが自己紹介した時の記憶が甦る。


「…………はあ~~」


 確かに聞き取り辛かった。

 けれどまったく気がつかないって俺はアホなのか?


「結太? さっきから黙ってたり溜め息ついたりしてるけど、大丈夫か?」

「え? あ、ああ大丈夫だよ。全っ然大丈夫。えっと、大学の外では普通の恰好してるんだっけ?」

「うん、さすがに一日中ずっと男装してるのも疲れちゃうから、外では着替えて普通に過ごしてたんだ。あれ、見せたことなかったっけ?」

「な、ないね。一度も……」


 一度でもあったらこんなことにはなってないよね。


 ずっと隣で講義受けたり飯食ったりしてて気づかなかった俺が悪いんだけど。


 全部わかった後なら、今までの会話も納得できる。


 女の子が好きな春季が、好きなタイプとかの話で女の子のことを話しても違和感はない。

 さらに男装した状態だったら、何も疑いようがないじゃないか。


 目の前に座ってる春季が女の子だってわかった途端、手の平にじんわり汗が滲んできた。


 落ち着けよ、俺。

 女の子だからなんだ。今まで普通に接してきたじゃないか。


 大丈夫、いつも通りだ。

 いつも通り、目の前にいるのは俺の親友だろ?


「結太。お前にしか頼めないんだ。なんとか俺の恋が成就するように、協力してくれ!」

「ああ、いや、でも……俺に何か出来るとは思えないし」


 ここはなんとか回避したい。これ以上ややこしくなるのは本当に勘弁してくれ。


「でもお前の恋愛相談もしただろ? 俺が困ったことがあったら真っ先に駆けつけるって言ってたじゃないか。その恩を今返すと思って、頼むよ」

「…………こ、」


 断れない。無理だ。


 仮に一目惚れ云々がなかったとしても、これまで俺と春季はそれなりに友情を築いてきた。

 それこそ、性別なんて関係ない本当の友情を。


 それを無下にできるわけがない。

 そこまで自分勝手にはなれない。なりたくない。


 しかしそれはずるいよ、春季。

 俺の最後の抵抗もあっさり跳ねのけられてしまった。


 俺が調子に乗って言った台詞をしっかり覚えていらっしゃいました。

 さすがです。


 けど、わかってるのか?

 今お前が恋してる相手は目の前にいて、その本人に協力しろって言ってるんだぞ?



 正直、過去の自分をぶん殴りたい。


 もっと早く女装していることを話しておけば良かった。

 もっと早く春季の性別について気づいておけば良かった。


 今更後悔しても、もう遅いけど。



 泥沼に漬かるとわかっていても、俺は春季の頼みに首を縦に振るしかなかった。


 第1章、完。次回、第2章スタート。


 ここまで読んでいただきありがとうございました。


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