乗せられた悶かしさ
頭の中の雑念を全て
涙に変換して、
私は眠っていた。
外から土を踏む音で
私は瞼を開き始める。
その音は扉の前で止まり、
静寂が一瞬流れる。
もう、来ないと思っていた。
ここにはただ雨露を凌ぎにきた
だけなのだから、
奇妙な女に用は取り立てて
あるわけでもない。
彼はそっと声をあげる。
「今日は、ありがとう。
本当に助かったんだ。
心遣いも声すらも
貴女からは優しさが溢れていたから
とても心地よかった。」
優しい声だった。
諭すような、頭を透いて
軽く触れられてるような
安心する声だった。
「僕には分からないが
君にはとても僕の反応が
気に障ってしまったんだと思う。
あなたの優しさに付けんこんで
甘えてしまったんだ。」
違う。違うの。
あなたの反応全てが
初々しくて、だけれど
その子供のようにはしゃぐ姿は
私が求めていたものだから
とても耐えられなかっただけなの。
だけれど掠れた喉は
出したい言語すら空気に漂わせる。
そして霧散するばかり、
「少し、少し、
明るくなるまでここに居てもいいかな。
この扉の前であなたに償いをしたい。
なにも話さなくて良いからさ。」
私は嗚咽を繰り返しながら
瞼に先程との意味合いの違った
涙を溢れさせながら
見えぬ彼に笑顔を差し出す。
久しく、表さなかった笑顔と共に
今度こそ言葉を乗せて
「は…い、」
それを聞いた彼は喜色を声に乗せて、
ぽつり…ぽつり…と言葉を
紡ぎ出す。
古い古いお話だった。
籠の鳥と言われて育った少年が
ある時隠れて中庭で唄っていた
奴隷の娘の歌に惚れ込み
娘は少年を気付いていながら
毎晩そこで唄うというお話。
彼は、そんな話を空が青白く光るまで
彼女は反対の扉の前で、
お互いに蕩ける恋人でもなく、
互いに信頼のもとの友人でもない。
これが恋愛と言われるのには、
あまりにも不十分で、
少し足りないものがある。
されど2人のなかには
友情、愛情にもない隔たりはあれど
心だけは通っていた。
全ての階段を外して、
世界が否定をしようと
この真実だけは揺るがない。