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盲目の蛇女は幸せを嘆く  作者: 甘味処 雨
盲目の蛇女は無垢な心を揺らす
5/14

喜びの裏腹に

肉を煮込み、野菜を切り

ゆっくりシチューの下拵えをする。


ゆっくり煮込んだ具材。

香りが立ち始め、

それは湯気となって

部屋に立ち込める。


私もこの時間だけは

とても好きだ。

とても少ない私の

笑顔が綻ぶ瞬間でもある。


ただ今日に限っては

その笑顔も強張っているのだが、


シチューを作り終わると

一皿に盛り付ける。


皿もスプーンも

椅子も1つしかない。


誰も招く客はいないし、

誰も招かれる事を喜ばないから、


こうしてみると

彼女が誰かに料理を振る舞うことなぞ

初めてだった。

温かい食事で、

味など考えたこともない。


彼女はハッと気付き

味見のスプーンに一杯

シチューを掬って、

口にいれる。

大丈夫かなと思いながら

野菜の風味と牛乳の味を

感じてみる。


けれどわからない。

いつもの味だ。

だけれど人に出すと考えてみると

どうなのだろうと感じつつも


シチューを皿に入れてみる。

見映えは良いはずだ。


あぁ、どうしよう。

湯気がたつシチューを前に

彼女は苦悶する。


意を決して彼女は彼の方に歩く。

心臓が張り裂けるほどに

鼓動してるのが分かる。


「どうぞ…」


彼はお茶を味わって目を瞑っていたが

声を聞くと私の方をハッと見て


「いや…ありがとう。

すごくお腹が空いていたんだ。

有り難く頂くよ。」


そう言った。

私は彼の方を見て

寝るところは私のベットを

使ってくださいと言おうと

思って口を開こうとする。

だけれどこの喉は

慣れない言葉を出すのに一苦労。

深呼吸をしながら出そうとした。


だけれど


「美味しいね!」


彼の言葉に掻き消された。

彼はスプーンを片手に

早々にシチューを口に入れる。

咀嚼の音とスプーンの擦れる音。

そして何より彼の満面に零れるような笑み。


彼女は口に出すことと

頭に浮かんだ言葉をすっかり忘れ


彼がシチューを平らげるまで彼女は

赤くなった頬を

隠すように下を向きながら

彼の横に立っていることしか

出来なかった。


彼は食事を食べ終わり、

彼女はまた居心地悪げに

彼の横に立ちこう告げる。


「おかわりは台所で

そしてお食事が済みましたら、

私のベットの方でお休みください。

奥にありますから…」


とだけ言い残し、

彼の問いかける言葉を振り切り

バタンっと扉を開け、

私は外にある牛舎のなかに走る。


干し草の中に私は

飛び込んで、

申し訳なさが襲うなか

喜ぶ彼の顔が頭に浮かぶ。


あぁ…堪えきれなかった。

喜色が浮かぶあの顔に

これから私は絶望も味わうのに

なんで、幸福を見せるのかって


明日はあの人の顔を見ずに

道だけを教えて

消えてしまおう。


ここまで来るのも

もうそれ限りだ。


当たり前を当たり前のように

享受するのは

私には許されないと分かっていたのに

結局感情は裏切るだけなのにと


叫ぶにも叫べない

彼が傍にいるこの身では

干し草のなかで泣きじゃくるのが

精一杯の抵抗だった。

















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