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盲目の蛇女は幸せを嘆く  作者: 甘味処 雨
盲目の蛇女は無垢な心を揺らす
3/14

微かな譲受

扉の前で

眠っている男がいた。

こんな寒い冬の夕暮れに

小刻みに震えながら

深く扉の前の石壇に

腰掛けながら目を瞑っていた。

私は久しぶりに人の姿を見たから

一瞬気づかなかったけれど

きっと迷いこんだ末に

ここに辿り着いてきたのかと思った。


人に話し掛けることすら

久しぶりだ。

鳥や獣にもなれぬこの身は

何かと心を通わせることなぞ

出来なかったから、


だから一言一言が出しにくい。


「もし…、もし…、」


声は出ているだろうか。

こんな小さく声で起きるだろうか。


もう少し、もう少し、近付いてみようか。

私は腰を折りながら

彼の俯いた顔を見ながら


「起きてください…。もし…」


彼はむず痒がるように

身動ぎをしながらそっと目を開ける。

まるで動きを知らない動物が

世界を再認識するように

辺りを見渡し、私に照準が合う。


「あぁ…」


「やっと来てくれた。」


彼は鼻を啜りながら

からからと笑う。



「こんなところで眠っていたら

凍え死んでしまいます。」


私はそっと声をかける。


「いや…失敬。恥ずかしい所を見られたね。」

ずっと歩いてたものだから疲れて

寝てしまったよ。」


「この森は複雑だね。

そして、日が翳るのも早くて参った所で、」


そう言いながら立ち上がって

体の埃を払う。


少し私より小さいくらいで

上目遣いに私と目が合う。


私は戸惑う。

こんなに言葉を耳にしたのは、

人と目を合わせたのは、

本当に久し振りだったから

なんて返せばいいか

分からなくて


「そう…ですね」


こんな言葉しか返せない。


彼はからから笑って

一転、申し訳なさそうな

顔をしながら


「本当に申し訳ないんだが

帰れそうになくてね。

野宿をしようかと思ったが

お願いをしようかと思って

あなたを待っていたんだ。

どうか一晩泊めてくれないだろうかってね。」


私は困った。

私に近付きたいと思う人なぞ

そうそういるだろうか。

この悲しくも、穏やかな毎日が

変化することを畏れた。

だけれどこんなにも

穏やかな会話をしたことが

あるだろうか。

いつも投げられるのは石と暴言だけ

だったから、


彼は私を少し見上げながら


「どうだろう…?

無理ならば

雨風を凌げる場所でも

教えていただけたらいいんだが…」


私は…少し考えて、巻いたストールに

顔を埋めるように頷いた。


「一晩…一晩だけなら…」


彼はパァッと晴れたような顔をして


「ありがとう!

ほんとに助かるよ。

まさしく天の恵みだ。」


私はその顔を見てストールのなかで

顔を綻ばせた。

近くの村に行ったら

きっと私の事を厭うであろう

目の前の彼。

でも感謝を告げられた声と顔に

今はただ懐かしみを味わうことくらい

許されるだろうかと

頭の片隅では思っていた。












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