続・チビでぽっちゃりで絶妙に不細工な国王陛下の政略結婚
◇前作のネタバレを含む登場人物紹介を「後書き」に付けています。出来れば前作から読んでいただけると嬉しいですが、こちらだけを読みたい方、また前作を忘れてしまった方は、ご確認用にどうぞ!◇
……困った事になった。
俺は目の前で途方に暮れる、ぽっちゃり陛下を見つめ、溜息を吐いた。
本当に……どうしよう???
逃げた双子の姉のオリビアになりすまして、男ながらに隣国の妃の座に就いた俺こと、オリバーだったが、旦那様……つまり、この国の王であるヴィクターもまた、病弱であった兄になりすましていた、妹のヴィクトリアで、お互い性別を偽っていた為に、晴れて無事?俺たちは夫婦となれた……の、だが……。
とりあえず、子供ができて隠せなくなるまでは、混乱を避ける為にも、黙っておこうとか言う事になっていたのだが……ここに来て、大問題が発生してしまったのだ。
◇◇◇
「……相性が悪いにも、程があるよな。」
溜息混じりに出た言葉に、ヴィクトリアもコクコクと頷く。
「はい。……オリバーが大きすぎるんです。」
「いや、ヴィクトリアが小さすぎるのが問題なんじゃないか?」
お互いに睨み合いながそう言ったが、どうしようも無い事で争っても無意味だと気づく。……そう、体の大きさは、どうにもならない事だ。
「オリバーがその……もっと上手くリードして下されば、違うと思うんですけどね……。」
ヴィクトリアの言葉に、なんだかカチンとくる。
いや、リードすべきは俺じゃないだろ?!
……てかさ、そもそも散々足を引っ張ってんのは、ヴィクトリアだ。
「……陛下が下手過ぎなんじゃないか?」
さっきまでの陛下のカクカクした動きを思い出し、溜息を漏らす。あのさ……こう、さ、もっと滑らには動けないものだろうか?いくら何でも、あれは下手すぎだろ……。
……俺は、自分がそう下手だとは思わない。いや、むしろ今までの経験では、上手いと褒められる事が多かった筈。
なのに、この惨憺たる状況……これは絶対にヴィクトリアが悪いよ、な???
陛下は相変わらずの、ペルシャ猫みたいな潰れているのに、妙に愛嬌と品がある顔で、俺を見返す。キョトンとしていて、なんだか癖になる可愛さがあるが……可愛いから許せるかと言うと、それは違う。
これは、俺たちに夫婦に与えられたミッションなのだ。
可愛いから良いや……では済まされないんだろ、ヴィクトリア?!
「……私は体が固いのです。」
ヴィクトリアは暫く悩んだ後に、思い切ったかのようにそう俺に告げた。
深夜を回った寝室に、沈黙が訪れる。
……。
……。
「えーっと……こんなにプニっとしていてか?」
「はい。カッチカチのバッキバキです。」
思わず、やらやわの腕を掴む。
うーん……安定の柔らかさだ。さすが、俺のぽっちゃり陛下。腕にも関わらず、いい感じにモチッとしており、揉み応えがありそうだ。
……こんなんで、固い場所などあったのか???
だとしたら、驚きだ。
「私は……前屈しても、手が床に突きません。そのくらいの固さなのです!驚くほどに、カッチカチなです!」
なんだか自慢げに言ってるが、それはあまり褒められた事じゃないだろう。カッチカチが自慢できるのは筋肉であって、体の固さではない筈だ。
思わず、嫌味な言葉が飛び出してしまう。
「……腹の肉が邪魔なんだろ?」
「さ、さすがにそこまで太ってませんよ?!」
……。
ジトッと睨んでやると、ヴィクトリアは気まずそうな顔で俯いた。
自分では「丸顔なだけで、意外とスタイルが良い」とか言っていたが、まぁ……そんな事は無かった。必死で腹を凹ませてはいたが、余裕でお肉が掴めちゃうって言うね……。指摘したら、「そ、それは……元々は胸にいたお肉なんですよ?!じゅ、重力に負けて、今はお腹にいるんですが、いわば胸……なんですよ?!」なんて言ってたっけ……。
そんな訳あるか。そもそも、そのお肉は生まれも育ちも腹だろうよ……。
屈むのに邪魔になる程では無いと思うが、妙な所ばかり自己評価が高いのはいかがなものかと、俺は思うぜ、ヴィクトリアよ……。
俺の言葉を受けると、ヴィクトリアは立ち上がり、前屈を始めた。
ヴィクトリアの前屈は、床から遥か遠くに手があり、まるで、届く様子がない……。
は……?!
「ヴィクトリア、……ふざけてる?」
思わず、突っ込む。
ヴィクトリアは若干の天然気味だが、残念ながら、おふざけが大好きというタイプじゃない。どっちかって言うと、真面目ちゃんだ。
女性は、体が柔らかいと聞いたが……???
「ほら、カッチカチなんです!」
真っ赤な顔でプルプルとしながら床に手を伸ばすヴィクトリア……。ふざけている様にしか見えないが、どうやら本気でやっており、体が固いのは嘘ではないらしい。
思わず、俺も隣に並んで、同じように前屈してみる。
……そんなに屈むのってキツかったっけ???
体を折ると、俺の指先は簡単に床に突いた。手のひらをペタリと突くのは無理そうだが……まあ、男だしこんなもん???男にしては、やや柔らかいのかな、俺???
うーむ……と考えてから、隣で屈むヴィクトリアの背中を、グッと押してやる。ヴィクトリアは「ウグッ」っと情けない声を出した。
……はぁ。
何やってんだろ、俺たち。
こんな時間に、並んで前屈とかさ……。こんな事してる場合じゃないのに……。
「とりあえず、もう一度チャレンジしてみよう。……ここはやっぱり、ヴィクトリアが頑張らないと。……俺がヴィクトリアに、なんとか合わせてみるから、もっと好きに動いてみたらどうだろうか?」
ヴィクトリアは顔を上げると、真剣な顔で頷く。根が真面目なヴィクトリアは、ちょっとやそっとでは挫けないのだ。
「……はい。痛くしたらごめんなさい。」
え……。痛いのは嫌だな、俺?
思わず、嫌そうな顔になり、身構えると、ヴィクトリアは慌てて取り成す。
「と、とりあえず頑張ってみますから、オリバーは力を抜くって言うか、リラックスするって言うか……。とにかくですね、私に委ねる感じでお願いします!……足も踏まないように、充分に気をつけますから。」
ヴィクトリアはそう言うと、トテトテと走って行って、部屋の片隅にあるレコードをセットする。レコードからは、優雅なワルツが流れ始めた。
……そう、俺たちが苦労しているのは……ダンス、だ。
別の事を想像してた奴、お前ら疲れてるか、心が汚れてるか、どっちかだぞ?
◇◇◇
……そう。
俺たちは今度、近隣の国で新たな王が誕生し、その即位の為の式典に参列する事になっているのだ。
晩餐会の翌日には、舞踏会まであるそうで……。
ヴィクトリア曰く、エロタヌキの宰相から、『どうぞ夫婦の睦じい様子を、ダンスで近隣諸国へアピールして来て下さい。』と言われているらしく、ここ数日、俺たちは夜な夜なダンスの猛練習に励んでいるのだ。
……今更ダンスを練習するのは、何故かって???
女顔な為に、いまだに何とか妃で通せている俺だが、身長は十分に伸びた。もはや180センチに届く勢いだ……。
一方のヴィクトリアは残念ながら、身長ではなくお肉に成長を取られたせいか、身長は160センチにも届かない。愛用のシークレットブーツを駆使したところで、頑張っても160センチちょっとだろう。
つまり、俺が陛下のリードで踊るのには、圧倒的に不都合な身長差ができてしまっているのである。その上、非力な陛下は、見た目より筋肉があって重い俺を抑えきれず、ヨロヨロとしてしまい、結果的にステップが乱れる。いや、下手すると転ぶのだ。……そして転倒の恐怖から、俺も陛下に体を委ねきれず……。
つまり、酷い出来なのだ。……俺たちのダンスは。
ついでに、陛下は一生懸命に取り組んでいるから、あまり言いたくは無いが、ガッカリするくらいリズム感も無い様だ。ヴィクトリアが、優雅どころかカクカクとした動きをする事からも、想像に難くないと思うが……。
賢い頭で記憶しているテキスト通りに足を動かし、音楽もブツブツと数えている様だが……本番はレコードじゃない。生演奏だ。アレンジだって変わるし、曲のスピードだって違う可能性がある……。
これはさ……いくらダンスが得意だった俺でも、陛下と上手く踊れる想像ができないんだけど……。
別に俺が男役を踊るなら良い……。俺がリードしてやれば、少しくらいヴィクトリアが下手くそでも、何とでも誤魔化してやれるだろう。そもそも、ぽっちゃりとは言え、陛下を支えられない程、俺は非力ではないからな。
……だが、俺は女役でリードされなきゃだし、陛下は男役だからリードぜねば、なのだ。……。しかも、この不安定すぎる身長差……。せめて同じか、ちょい低いくらいならまだしも、圧倒的にチビすぎて……溜息しか出ない。
これはかなりの難題なのである。
「オリバー、ちゃんとリードしますから!」
陛下は、キッと顔を引き締めると、柔らな手を俺に差し出した。その手を握ると、パンか何かで出来てるんじゃないかと思う程に、ふんわりとしており、腕には筋力をまるで感じない。
……こんな腕で……本当に……良くやってるよな。
不意に、感傷に浸りかけて、慌てて首を振る。
ヴィクトリアはグイッと俺を引き寄せ、腰に手を回した。……眉間にシワがよっている。多分、引き寄せるのですら、陛下には少し重かったのだろう。俺は低い位置にあるヴィクトリアの肩に手を乗せた。……実に不安定だ。
腹筋に力を入れ、できるだけ自重を自分で支えられる様にする。
転びませんように!!!
「い、いきますよ、オリバー……。」
真剣な顔で、踊り出そうとした瞬間……ヴィクトリアは自分の寝衣の裾を踏み、俺ごと盛大にコケた……。
……。
……。
イテテ……。
「大丈夫ですか?!……オリバー!」
ヴィクトリアは慌てて跳ね起きると、下敷きにしていた俺からパッと離れ、眉を下げて申し訳なさそうな顔で、俺を見つめる。
「い、いや。……その寝衣を着なよって言ったの俺だし……。仕方ない、それは少し、裾が長めなんだ。」
そう言って俺も、のそりと起き上がる。
そう……ヴィクトリアには、俺の所に来る夜くらいはこれを着ろと、女もののナイトウエアを着せているのだ。
レースやリボンがいっぱい付いた、ワンピース型のフリフリで、いかにも女の子って感じの可愛らしいやつ。
……。
……ヴィクトリアは一人で眠る夜は、いつも男物の軽装で眠っている。……何かあった時に、すぐに駆けつけ、対応できる様にする為にだ。
……ヴィクトリアは、伸ばしていたら豊かで美しかったろう、赤銅色の髪も、短く切り揃えている。……俺の姉のオリビアだったら、これが原因で自殺まがいの事をするだろう程に、それは短い。短髪とまではいかないが、カツラを取った俺よりも短いだろう。俺はカツラをしなくても、ギリ女に見える程度には、長さがあるから……。
……ヴィクトリアの髪型は、兄のヴィクターの髪型を真似ているそうだ。
そう、ヴィクトリアは常に、ヴィクターなのだ。
12歳で、ヴィクターになると決めてから、ヴィクトリアは昼夜問わず、男であり続けている。
……だから……俺といる間くらいは、女の子に戻してやりたかった。
『さすがに、夫婦が夜を共に過ごしているんだ。何かあったとしても、少し着替えに手間どって遅れるのは、不思議では無いんだ。……だから、俺といる時くらい、これを着ろ。』……そう言って着せているのが、この可愛らしい寝衣なのだ。
ヴィクトリアは最初は困惑した顔をしていたが、ナイトウエアに着替えると、嬉しそうに鏡を何度も覗いていたのを俺は知っている。……ヴィクトリアは外に気持ちを出さないだけで、女の子らしい格好をしたくない訳では無いのだ。
『……まだ、その時ではないから。……皆なは、ヴィクターに付いてきてくれているから……。』
そう言って、いつも陛下は、自分の事や自分の気持ちに蓋をしているだけなんだ……。
……まあ、その自制心を、何故か菓子を食わない事には回せないのが不思議ではあるが……。……お菓子好きのぽっちゃりさんとは、実に悲しい生き物である。
「オリバー……?痛かったですか?大丈夫?……寝衣とは言え、裾の長いワンピースなど着慣れなくて、転んでしまいました……。オリバーはどこも痛めてはいませんか?私は……重いですからね?すいません……。」
ヴィクトリアは困った顔でそう言って、心配そうに俺を見つめる。
俺がもっとしっかりしてたら、ヴィクトリアを楽にしてやれたのだろうか?……男のフリなど、させ続けずに済んでいたのだろうか?年下の、こんなに小さな体の女の子に(まあ太さはあるが。)我慢を強いてばかりいる俺は……こいつに本当に相応しいのだろうか……?
俺は……自分で自分に納得できているだろうか?
「……オリバー?どうしましたか?怒ってます?……本当にごめんなさい。」
考え込む俺を、ヴィクトリアが覗き込む。……すまなそうなその顔には、少し疲労が滲んでいた。
「……あのな、ヴィクトリア。国王たる者、そう簡単に謝ってはダメだろう?……俺こそ、すまない。少し眠くなってしまって、ボンヤリしてたんだ。……ヴィクトリアは、明日も朝議があるんだろう?ダンスは俺が攻略方法を考えておくから、そろそろ休まないか?……眠そうにしてると、またエロタヌキにニヤニヤされるぞ?」
「あ!!!……そ、そうですね。それはすごく嫌です。」
ヴィクトリアはハッとしてから、心底嫌そうな顔になる。
……俺の寝室を訪ねた翌日に、少しでも眠そうにしていると、エロタヌキは必ず『昨晩は随分とお楽しみになられたんですな。』などと、ニヤニヤと揶揄ってくるそうだ。エロいジェスチャーも添えて。
……さすが、お上品でおっとり気味のヴィクトリアに『エロタヌキ』と命名されるだけの事はある……。
「……そんなヤツ、宰相など、クビにしてしまえばイイのにさ。」
思わず、本心が漏れた。
ヴィクトリアが俺の元に来るようになってから、エロタヌキの愚痴を聞かない日はない。どうも話を聞く限り、ヴィクトリアとエロタヌキは考え方がまるで違う様なのだ。……アイツが居なきゃ、ちょっとはヴィクトリアも楽になるんじゃ無いか???
「そ、それはダメです。エロタヌキ……宰相は、私とはまるで意見が合わないからこそ、良いのです。そんなに意見が合わないのに、宰相も私もこの国を良くしたいと言う思いは一緒なんですよ?だから見方が違っても、意見が違っても、彼の意見には、いつも一理あるのです。……沢山の人が幸せになる為には、色々な意見が必要です。私と同じ意見の者だけでは、気付かない事に気付かせてくれるのが、彼なのです……。まあ、下品でエロい話が大好きな、タヌキオヤジですが……。」
ヴィクトリアは苦笑しながら、そう言うとベッドに潜り込んだ。
……こういうのが、決してヴィクトリアに敵わなない所だ。考え方が、やはり凡人の俺とは違う。……ヴィクトリアと話していると、俺は端々で格の違いを見せつけられる。
……俺がしっかりしていたらなんて、やはり、おこがましのだろうか?こんなに凄いコイツに寄り添ってやりたいなど、思うのは、俺の奢りや自己満足の域を出ないのだろうか……?
でも……俺は……。
そんな事を考えながら、ベッドに入ると、突然ヴィクトリアが背後からギュッと俺に抱きついてきた。
「……オリバー。側にいさせて下さい。」
自分から抱きついてくるなど、あまり無い事に驚き、思わずヴィクトリアに向き直る。
ヴィクトリアは、怯えたような悲しいような目で、俺を見つめていた。
……???
何故、いきなりそんな縋るような真似をしたのだろう?……ポカンとした顔で、ヴィクトリアを見つめる。
確かに、ヴィクトリアのダンスのリードは壊滅的だが、そんな事は些細な事だ。……なぜそんな目で俺を見るんだ?
「……どうした?ヴィクトリア?」
「……何でも無いです。こんな事、言ったらズルいですね。……おやすみなさい。」
ヴィクトリアはそう言うと、俺に背を向けてしまった。
俺はその、小さな丸い背中を……少しの間、眺めていた。
◇◇◇
近隣国への訪問の日は、俺たちのダンスが上達をしないまま、その日を迎える事となった。
だが、ダンスよりも気になるのは……あの日から、日に日にヴィクトリアの顔に翳りが見え始めた事である。……何があっても、輝きを失わなかったあの瞳に、だ。
「……なぁ、ダンスが上手くできなくても、仲の良さをアピールできたら良いのだろう?……そう、暗い顔をしなくても……。」
晩餐会の準備を終え、迎えを待つ間、二人きりになれた所で、俺はヴィクトリアにそう声をかけた。
「はい。オリビア。そうですね。」
ヴィクトリアはそう言って、微笑を浮かべると、エスコートをする為に、腕を差し出した。……なんだか二人きりだと言うのに、いつもとは違い、態度がよそよそしい。
……どうしたというのだろう?
「なぁ、陛下……どうしたんだ?」
「い、いえ。少し緊張しているのです。……あ、あの……オリビア……。いえ、オリバー……。」
掴まったヴィクトリアの腕が、少しだけ震えている。
緊張???
何だかんだでペースを乱さないコイツが???……それに、本当にどうしたと言うのだ?……寝室以外で、俺の本名を呼ぶなど……今まであっただろうか???
「……オリバーは……自分が良いと思う道を、選んで下さい。」
道???……なんだ、それ???
「私も、私が行く道を進む事しかできません。ですが、私は貴方の事を……。いえ。止めましょう。さあ、迎えが来ました。行きましょうか、オリビア。」
「陛下……?」
俺の疑問は、迎えの者達の登場で、答えを得る事は出来なかった……。
しかし、晩餐会後の歓談を行う席で……ヴィクトリアの言った言葉の意味を、俺は知る事となる。
◇◇◇
新しくこの国の王となった者は、少し年配で、野心的に見えるロナルド・ゴルドンという男だ。
混迷を極めていたこの国を、手中に収めただけの事はある方なのだろう、ギラついた目や、周りを圧倒する雰囲気が、俺は少し苦手だと思い、一定距離を取っていた。
だが、さすがに主催者を避ける事は出来ない……。
歓談の席となり、個人的に声をかけられ、俺は愛想笑いを浮かべた。
目の端には、少し離れた所で別の国からの招待客と談笑するヴィクトリアの様子が映る。……名君やら賢王との誉高い青年王たるヴィクターと、話してみたいと言う奴は多いのだ。
「こんばんは、オリビア妃。……噂にたがわず、お美しい方だ。」
ロナルド陛下は、にこやかな笑みを浮かべている。
「こんばんは。お招きいただきありがとうございます。ロナルド陛下にお褒めいただけるなど、幸いです。……素晴らしい晩餐会で、楽しませていだだいております。」
当たり障りのない会話でやり過ごそうとした、その時、ロナルド陛下は笑顔のまま、俺にスッと近寄ると、囁くように言った。
「……女の真似は疲れますね、オリバー王子。」
持っていたグラスを落としてしまいそうになる。
「……ロナルド陛下?……言っている意味が分かりかねます。」
同じように笑顔で返し、平静を装った顔を取り繕うが……ロナルド陛下は、肩を竦める。
……どういう事だ?何故この男が、知っている???
ヴィクトリアもだが、俺に関しても、本当の性別を知っているのは、側近中の側近や、身の回りの世話を任せている限られたメイドやら、常に控えさせている護衛など、ごく限られた者しか居ない。それらは全て、口の固い、信用のできる者だけだ。
それが何故???……しかも、近隣にあるとは言え、付き合いも少ない、この国の王が、何故それを知っている???
ロナルド陛下は、笑みを絶やさずに話を続ける。
「……私の知り合いにオリビアとフランシスという夫婦がおりましてね……。生活に困窮しており、現在は、私を頼ってくれているのですよ。……かわいらしいお子さんもおいででしてね。」
フランシス……?
フランシスは、オリビアを連れて逃げた騎士の名だ……。オリビアに子供が生まれたらしいと、噂では聞いていたが……。
なるほど……。そう言う事か……。
オリビア……一体お前は……何をしているんだ?!
生活に困窮したからと言って……王族として、祖国を思い、して良い事と悪い事ぐらいの分別を、持ち合わせていないのか?!
あまりの事に、思わずよろめくと、さっとロナルド陛下に支えられた。ヴィクトリアとは違い、がっしりとした逞しい腕だ……。男であり、王である、力強さを感じさせる腕だ。
俺は、弾かれたようにその腕から離れ、ロナルド陛下を見つめる。彼の瞳には暗い影が宿っていた。
「……そのオリビアがね、泣きながら私に訴えるのですよ。ヴィクター陛下に奪われた、自分の国を返して欲しいと。父と母の仇を討ちたいと……。そして、自分と間違われ連れ攫われた弟を取り戻したいとね……。」
……。
オリビア……すべてを、コイツに話したのか?
この国の王に即位したとは言え、得体の知れないこいつに……?
「……何を……おっしゃりたいのです……?」
「オリバー王子。……ヴィクター陛下を討ち、ご自分の国を取り戻されよ。あの国は、貴方の物であり、オリビア姫の物だ……。私は、その為の支援を惜しまない。」
ロナルド陛下は薄い笑みを湛えているが……その目はとても暗い。
しかし……周りからは、俺たちは他愛も無い話で談笑している様にも見えるだろう。
「私を支援し、ヴィクター陛下を討たす事で、ロナルド陛下には何のメリットがあるのです?……狙いは、オリビアなのでしょうか?」
「いや、まさか。……私はね、子持ちの人妻などに興味は無い。……そうだな、私には、特にメリットなど無いな……。あえて言うなら、気晴らし……だろうか?」
ロナルド陛下はフフッと笑う。
……陛下は少し年配ではあるが、大変に精悍な顔立ちをしている……。潰れた様な顔のヴィクトリアなんかとは違い、誰もが認める、大変な美形でもあるのだ。
でも……何故、こんなにも、この笑顔は……おぞましく見えるのだろう???
「正直に言うとね……私は、あのヴィクターというチビでデブのガキが気に入らないんだよ。……お前に寝首を掻かれたら、さぞや良い気分になるだろうなと思ってね。……この国でヴィクターに何が起きても、私が不幸な事故で片付けてやろう……。」
ゾクリと背中に寒いものを感じる。……こいつは、ヤバいやつだ。
「……ヴィクターは、陛下に二心など、持ってはおりません。」
俺は、必死でヴィクトリアを庇う。
ヴィクトリアは、この国を狙ったりなど、絶対にしないし、ロナルド陛下の失脚だって望みはしないだろう。
……ヴィクトリアにとって大切なのは、自国民の安寧だ。余所の国には興味も無いし、まして余所の国の王になど……うまく付き合っていきたいとは思ってはいるだろうが、それ以外には関心すら寄せないのでは無いだろうか?
なのに何故、こいつがヴィクトリアにこんな歪な思いをぶつける?……何故、俺にそんな事を言うのだ???
「……だろうな。あの男は私になど、何の関心も抱かないだろう。だからだよ。……だからこそ、私はあのガキが気に入らない。……お前は奴の側に居て、何も感じないのか?あの男には決して勝てないという事や、引目を感じて苦しくはならないのか?悔しくならないのか?……あいつを引きずり下ろしてやりたいと、暗い思いは抱かぬのか?」
……。
何も言えずに、俺はロナルド陛下を見つめる。
「俺は這い上がって、ここまで来た。……この歳でやっと、だ。……だがどうだ?あのチビデブは?生まれが良かったとは言え、たった12歳の少年でありながら、自分の国とお前の国を和平へと導き、まとめ上げた。……今や名君との誉高き王だ。……私が名君と呼ばれる頃にはもう、私に寿命など幾ばくも残されていないだろう。いや?そもそも、そんな日が来るかさえ、分からぬではないか。……私はね、面白くないんだよ、あんなのに負けているのがね。……なあ、オリバー……お前はどうだ?王子なのに性別を偽り、女のフリをして、今は夫婦仲良いフリ?……自分を情けないとは思わないのか?お前にはプライドが無いのか?……あいつに一泡喰わしてやりたいとは……思わないか?」
ロナルド陛下の淡々と語る声に、軽い目眩を覚える。……これはまるで、悪魔の囁きだ。
「……私は……ヴィクター陛下を……。」
確かに俺は、ヴィクトリアに邪な気持ちを抱いてきた。
だが……。
……。
今や、俺は知っている。
ヴィクトリアがどれ程、自分を犠牲にして、今の位置にいるのかを……。
目を閉じると浮かぶのは、可愛らしいナイトウエアにこっそりと喜んだヴィクトリアの顔だ。……ドレスなんかじゃない……あれは、ただの寝衣だ。
あいつは……12歳から、すべてを犠牲にして国に尽くしてきたんだ。だからこそ、この今がある。……才覚も確かにはあったのだろう。……だが、そこまで出来る奴が、どれ程いるだろうか……?
……きっと、こいつはヴィクトリアが女だと知ったら、更に憎むのだろう。チビでデブでガキで……しかも女のくせに……と。
だからこそ、こんな奴らがいるからこそ、彼女はヴィクターであり続けている。自分のせいで、やっと落ち着いた国に混乱を招かない為に……。
俺は唇を噛み締める。
俺は……こいつとは違う。俺は俺のやり方がある。そして、俺には俺なりのプライドも。
……ヴィクトリアも、二つの国も俺なりのやり方で守る……!
「……私は、ロナルド陛下とは違い、小物ですので、その様な大層な事はできそうもありません。せいぜい、ヴィクター陛下の元で、贅沢をして、好きにさせていただくのが、関の山です。……男とは言え、オリビアと、そう変わらない、何も出来ない、臆病者なのですよ……。」
そう言って儚く笑うと、ロナルド陛下は蔑んだ様な、哀れんだような、呆れた顔で俺を見つめた。
俺の事など……好きに笑えば良い。
だが、俺はヴィクトリアに寄り添っていくと、決めたのだ。……この、俺が。
そう、この決意は、やはり揺るが無い!
◇◇◇
晩餐会が終わり、宿泊する為に用意されている部屋に戻るまでの間、ヴィクトリアは何も言わなかった。いつものペルシャ猫みたいな顔で、穏やかに笑みを湛えているのみだ。
そして正装から着替えて、ゆったりとした服になると、周りの者を「疲れましたから、二人で休ませて下さい。」と、そう言って、全て下がらせた。
……部屋は沈黙に包まれる。
「……ヴィクトリアは、ロナルド陛下に俺が唆されると思っていたのか。……俺に寝首を掻かれる覚悟を決めていたのか?」
思わず、冷たい声が出てしまう。……この状況を見るに、そう言う事なのだろう。
「……。貴方がオリバーだと知って、オリビア姫の安否を秘密裏に調べました。すると、この国でお世話になっておられると……。ロナルド陛下は略奪によってこの国を手に入れられた方です。……もしかするとと思っていました。近隣にある国とはいえ、そこまで親しい国ではありませんのに、夫婦で招待されたのも……気になりました。」
ヴィクトリアはそう言って、項垂れる。
「で、ヴィクトリアは俺に殺される覚悟が出来たって訳?……こうしてわざわざ、この国で俺と二人きりになるなんて、そう言う事なのか?」
「……はい。」
意地悪で言った言葉に、ヴィクトリアは顔を上げる事も無く、肯定の言葉を返す。……丸っこいふっくらした手は、膝の上でグッと握りしめられている。
「5年で、だいぶ国も落ち着きました。……私が殺されても、宰相たちが頑張ってくださるでしょうし、貴方になら二つの国もお任せできます。……オリバー……私は貴方のお父上とお母上を殺した国の王です。私にはこの件について、責任があります。だから、貴方に恨まれるのは、仕方が無いと思っていました。……今や貴方の国をも、私が統治している。……これは、奪ったと言われても仕方ない事なのです……。」
「ヴィクトリア……お前。……話を聞いていたのか?」
ヴィクトリアは顔を上げずに絞り出す様に話す。小さな体を震わせながら。
「いえ。聞かなくとも、本物のオリビア姫のお気持ちは分かるつもりです。……むしろ、オリバー……5年も貴方は私を見逃して下さった。……感謝いたします。……できるなら、兄上は捨て置いてくださると嬉しいです。兄上は、そう長く生きられません。決してヴィクターとして、その姿は見せないと誓いました。兄上は……貴方の邪魔になどには、なりません。」
そこでヴィクトリアは、ペルシャ猫みたいな顔をやっとこ上げる。涙を隠して毅然と言い切ったその姿は、さすがとしか言えないが……。
えーと。……あのさ……。
俺の気持ちは……お前には、まるで通じてなかったのか?
俺がお前の側にいるのは、復讐の為だと?俺の言葉は、すべて偽りだと?……じゃあ、幸せだと思っていた、俺たちのあの時間は、ヴィクトリアにとっては何だったんだ???
俺の言葉に、嬉しそうにはにかんだお前も、全部ウソなのか???
「ヴィクトリアは、俺に殺されたいの?……抵抗も命乞いもしないの?兄上の心配だけ?……なぁ?」
「……私だって、死にたくなどありません。ですが、欲を張れば切りがないのです。和平など、簡単に終わります。どんな相手だろうと、王が安心してその座を譲る事など、永遠に出来はしないのです……。ですが、これは、いずれケリをつけねばならない問題でした……。貴方は、王に相応しい!」
必死で泣かない様にしているのか、ヴィクトリアは丸い目を見開き俺を見つめる。
だが俺が、その固く握り締めた手を取ると、ヴィクトリアはボロボロと涙を溢しはじめた……。
「……オリバー。兄上に姪や甥を見せてやろうと言ってくれた事、本当は嬉しかったです。和平の証なんかだけじゃなくて……私、子供が好きだし……私を心配し、憂う兄上に幸せな姿を見せられたら良いなって、そう思いました。……そ、それに……私は、こんな男の格好で、チビだしぽっちゃりだし、その上絶妙に不細工で……それなのに、いつもオリバーは優しくしてくれて、可愛い格好をさせてくれたり、ヴィクトリアとして褒めてくれたのも、すごく嬉しくて……例え、本当は憎まれていても、いつの間にか、私は貴方が大好きになってしまっていました……。」
「ヴィクトリア……。」
思わず漏れ出たヴィクトリアの言葉に、俺の胸は熱くなる。だってそうだろ?「大好き」って言われたんだ。やっとヴィクトリアの心まで、手に入ったのだ……。
「でも、オリバー……。貴方はすごい人なのです。こうして、私の妃のフリを続けるなど、貴方には勿体ない事です。……自分の国の為になるならと、遺恨を遺さぬよう、男ながら私に、嫁いでくれました。……そして、私の統治を許してくれた。……復興にあたり、官僚達にも恨み言よりも先に、国や民の為にすべき事をするよう、協力を要請してくれました。……私なんかの拙い政治に口も挟まず、王子である事も隠し通していてくれた。……貴方は……とても大きな方だ。……父上と母上を殺した将軍を討ち取ってなお、まだ彼を憎む私には、到底真似できようも無い事です……。」
ヴィクトリアはそう言って悲しげに笑う。
……。
確かに、俺が王子として生きていたと知れたなら、俺を擁立する動きはあったろう。
だけどさ……もうね、俺、そんなに王に向いてる気がしないんだよね。特にさ、こう間近でヴィクトリアを見てきちゃうとさ……。
こういうのってさ、適材適所、だろう???
誰も居なきゃさ、頑張って俺がやるしか無いけどさ……。すげー奴がいるんだ。そいつに任せた方が良くないか?
俺はヴィクトリア程に国には尽くせないし、そこまでの手腕は無い。だから、俺に出来る事は……恨まない事、幸せそうにしている事、たったそれだけだ。
俺が誰も恨まなければ、俺の国は素晴らしい王を得て、和平へと道を進める。そして禍根も残らない。……それが一番、民の為になるのなら、そうするのが良いに決まっているだろう???
そして、俺が幸せそうにしている限り、誰もヴィクトリアたちを悪しく言えないのだ。悲しい事はあったが、国の象徴たる俺がそれを許し、幸せになったのだ。
それは、ヴィクトリアが戦犯ではないと言う意味に他ならないし、恨むのを止めて互いに協力し合い、前に進もうという、良いアピールになるからだ……。
『恨まない』、『幸せになる』……ただ、それだけの事だが、これは俺の国をヴィクトリアたちが治める上で、とても大きな意味を持つ。そして、それは俺が自分の国にしてやれる一番の事なのだ。
……時には俺だって、父上や母上を思いって、悲しみやら、やるせなさに暮れる事はある。だけど……それが何だと言うのだろう。
ヴィクトリアが女を捨てたのなら、俺は恨みを捨てた……ただ、それだけだ。
……それに俺はね、生来プライドが高いんだ。……多分、誰よりも。俺を馬鹿にしたロナルドなんて奴なんて、足元にも及ばないくらいに、ね。
だってさ、凄い奴を凄いと認められずに、ロナルドの様に拗らせ、足を引っ張るとしたら、それはたとえ自分の一時的な気晴らしになっても、そこまで落ちてしまった自分を、自分が知ってしまっているのだ……。
生憎俺は、そんな落ちた自分を許せるような、低いプライドなど、持ち合わせていないんだよ。
だから、なんとか自分で自分のご機嫌を取って、折り合いをつけていくのだ。凄い奴を凄いと認める。……いくら敵わないからって、そいつを羨ましいなんて、思ってなどやらない。考えてもみろ、羨ましいなんて思った時点で負けてんだよ。……だから、羨ましいんじゃない、凄い奴だって認めてやるんだ……俺がな。
他人ごときに馬鹿にされ、蔑まれたとして、簡単に傷つく様な表面的な物は、俺にとっては本当のプライドではない。
俺が、俺を認められなくなった時にこそ、この隠された俺の山のように高い本当のプライドが傷が付くのだ。
俺のプライドを傷をつけられるのは、俺だけだ。
だから俺は、そんな愚かな選択などしない!
「ヴィクトリア、俺さ……別にお前の事、憎んでないぜ?どっちかって言ったらさ、お前だって被害者だろ?……お前を敵とか、まして殺そうなんて思った事は無いしさ……。」
「で、ですが……。貴方は……王にふさわしいのです!……男性ですし……。私が居なければ、貴方は……。」
えーっと、だからさ、俺は別に王になりたいとかも思って無いんだけど???
それよりさっきから気になってんだか……。
「あのさ……俺はさ、何度も言ってるよな?……お前を愛してるって……。それは、信じてくれないのか?……お前に復讐する為に、いつか王座を奪う為に、俺が嘘で愛を囁いていたって、本気で思ってんのか?」
ヴィクトリアを睨み付ける。
……だとしたら、プライドも復讐も、そんなん関係なく、俺はムカつくし、傷つくんだが?
「い、いえ。すべて嘘だとまでは。……で、ですが……私が王で良い訳では……。」
あー……もう、面倒くせえなぁ。ぽっちゃり陛下はよ。
なら問題ないじゃねーか。俺たち相思相愛!俺よりヴィクトリアが王様向きで、俺が同意。……この話、他にまだ続くか???
俺はいまだに縮こまる、ヴィクトリアを抱き寄せる。
「あのさ、俺らの国で、正当に王位を継げるのは、俺とお前とヴィクターとオリビアだ。」
「はい。……私より兄上なら、もっとスムーズに事を進められたでしょう。……男性ですし。もちろん、貴方でもそうだと、思っております。」
……。
スタイル悪くないとか、この体型で言い張るくせに、なんで肝心な所になると、こうも自己評価が下がるのか、俺には甚だ疑問だよ、ヴィクトリア。
「……でもさ、体が弱いから、男でもヴィクターではここまで辿り着けなかったよな?オリビアは肝心な時に民を捨てて逃げたし、俺も男だけど何も出来なかった。やったのは恨まないって事くらいだろ?……つまりさ、ヴィクトリア、お前だからここまで来れたんだぞ?……民に一番必要なのは、お前なんだよ……。性別なんか関係ないだろ?……お前が王で合ってるんだ。」
「……オ、オリバー?」
まだ納得出来ない顔で俺を見つめているヴィクトリアに、俺はだんだんとイラついてくる。……こうなると、納得するまでグチグチと考えて長くなるのが、こいつの悪いとこだ。
「なあ、ヴィクトリアは俺が好きか?」
「は、はい……!……あ、あの?」
「ならさ、二心の無い妻を疑うのは、悪い夫だと思わないか?」
ヴィクトリアはハッとして、「……あっ……。す、すみません……。」そう言って、ペコリと俺に頭を下げる。
だからさ、国王陛下たるものはさ……簡単に謝ってはダメだろ?
……でもさ、そうやって咄嗟に謝ってくれたのは、まだ俺の夫でいたいからなんだって、自惚れて良いだろうか?
俺はヴィクトリアを抱きしめる腕に力を込める。
「……どうもヴィクトリアにはまだ俺の愛が、伝わりきって無いみたいだよな?……もっと身をもって、体験していただこうか。」
俺がそう言って笑うと、ヴィクトリアは焦った顔で、何か声を上げようとしたが、そんなの言わせねーよ。
……もう黙っとけ。
だから俺はヴィクトリアに口付けて、その声ごと飲み込んでやった。
……。
……なあ、陛下。
こうして抱き合っているとさ……成長して、ゴツゴツしてしまった俺の体が、柔らかな陛下の体で、隙間が埋まる様に……陛下のゴツゴツとしてしまった、その心を、俺の柔らかな心で、どうか埋めさせてはくれないだろうか……。
これからも、ずっと。
◇◇◇
「あの!?オリビア……良いアイデアがあると言ってましたが、こ、これはどうかと?!」
珍しく非難めいた口調で、ヴィクトリアが言うが、俺は無視を決め込む。
何故ヴィクトリアが怒っているかと言うと、舞踏会のフロアで向き合って立った俺が、まるでペンギンみたいに見える、黒い燕尾服を着たヴィクトリアの腰に手を回したからだ。
「……なあ、ヴィクター。女が王で、何が悪い?性別など関係無いだろう。善政を敷く者が最も王にふさわしいと、俺は思う。……ふさわしい人間が、ふさわしい事をすべきなのだ。つまり、ダンスも、だ。……分かるよな?」
ジッと目を見つめてそう語ると、ヴィクトリアは困った顔はしたが、それでも素直に頷いた。
「……それで、これ、なのですか?」
だけどまだ周りが気になるのだろう。ヴィクトリアは目を泳がせながら、そっと俺の肩に手を回す。
「ああ。そうだ。……ドレスを着ているが、俺が男性パートを踊る。言っておくが、俺はダンスは下手じゃないし、リードするなら得意だ。……ヴィクターは力を抜いて、ただ俺に委ねればいい。……昨日の夜、みたいにな。」
意地悪な笑みをうかべながらそう言ってやれば、ヴィクトリアは即座に真っ赤になる。
……夫婦なんだし、今更だろうと思うが、こういうところまで可愛く愛しく見えるのだから、思いが通じると言うのは、素晴らしい事だ。
……そして曲が始まると、俺はヴィクトリアをリードつつ、このフロアを中を踊り巡ってやった。
近隣諸国の奴らにも、ロナルド陛下にも、見せつける様に。……俺たちの、愛と絆ってやつを、ね?
いつか、ヴィクトリアにドレスを着せて踊らせてやろう。……いや、きっとそれはもう間もなくだ。……だけどまあ、このペンギンみたいな格好の陛下も、そう悪くないな……。なんだか癖になる可愛さがあるよな……。なんて、本当にどうしようも無い事を思いながら。
そんな俺に、不意に陛下が小さくポツリと腕の中で「……私も、オリバーを愛してますよ……。」と呟いたから……。
……まあね。嬉しかったし、正直たまらなかったね。
だってさ、小さな声だったけど、こんな公式の場で、あのヴィクトリアがそう言ったんだぜ?
……それはさ、覚悟を決めたって事なんだろう???
俺たちの男女逆転?のダンスは、喝采を浴びたし、エロタヌキご要望の仲良しアピールは、十分に出来た筈だ。最後に感激した俺が、つい陛下をリフトしちゃったしね。
そうして俺は、覚悟を決めたヴィクトリアを支えていくつもり……だったんだけど……。
覚悟も何もさ……。
実はさ、ちょっと浮かれすぎた俺が、ついついこの後、頑張りすぎちゃって、数ヶ月後にはヴィクトリアを、隠しようも無い程に、立派な妊婦さんにしてしまう事になっちゃったんだよねぇ……。
そうそう。
ちなみに「女である事を隠していた上に、ご懐妊など!!!どうするおつもりなのですか?!」とかって、怒りまくるだろーなって思っていたエロタヌキが、男泣きして、心の底から喜んで一番力になってくれたってのも、一応、伝えとく……。
まあ、相変わらず下ネタ好きの食えないオッサンではあって、ヴィクトリアの愚痴には欠かせない人物のまんま、だけどさ。
そうしてさ、俺とヴィクトリアの性別逆転政略結婚は、妻である俺と夫であるヴィクトリアから、ちゃんと夫である俺と、妻であるヴィクトリアに戻ったって訳だ。
だけどさ、もはやコレって、政略結婚なんかじゃなくって、大恋愛なんじゃ無いかって、俺は思ってしまってるんだけど……。
なあ、どう思う???
終
【前作からの登場人物の紹介】
●ヴィクター/ヴィクトリア(18歳)
体の弱い兄ヴィクターになり変わり、12歳で国王になったヒロイン。もちろん女の子。自称、チビでデブで絶妙に不細工だが、顔が丸いだけで、スタイルは悪くないとか言い張る。オリバー曰く、ペルシャ猫に似てる。
●オリビア/オリバー(19歳)
逃げた姉の代わりに、女のフリをして14歳の時に嫁いで来たヒーロー。もちろん男性。女顔で美形だが、ここ数年でかなりデカく育ってしまった。体を動かすのが好きで、暇な時は鍛えているらしく、結構な力持ち。
●エロタヌキ/宰相(52歳)
子沢山で下ネタとエロ話が大好きな宰相。こんなんだけど、やり手で切れ者。二人が性別を偽っている事は知らない。それ故に、トラブルの火付け役になっている。
●ヴィクター/本物(19歳)
優秀だが体の弱いヴィクトリアの兄。今は環境の良い場所で静養し、起き上がれるまでに回復した。
●オリビア/本物(19歳)
美姫と謳われたオリバーの双子の姉。見目の良い護衛騎士と逃げ、今や子供もいるらしい。