登録完了!のあとに
「以上で説明は終わります。書類に問題はなかったので――皆さまは晴れてギルド会員です。よろしくお願い致します」
結構細かな説明なんかもあったけど、これにて終了らしい。
他の規約やら規則やらは各自で確認し、疑問があればすぐに質問すること、とのお達しだ。
まあ、ちゃんと話を聴いていれば、世間一般的なマナーやルールをしっかりと守りましょうね、の一言に尽きるのはすぐ解る。
最低限のマナーとルールの範囲であれば、業務遂行のためには全力を惜しまず、なんでもしなさい。ということなのだ。解りやすくて助かります。
「ところで。いまはギルドにあまりひとがいないんですけど。依頼はないんですか?」
応接室から出てきたところ。ぼくは来たときから不思議に思っていたことを訊いた。
大学校が終わってから、そのままギルドまで来た。時刻は夕方。晩ごはんには少し早い。けど、早すぎるということもない。
現在ギルドにいるのはぼくらの一団だけ。あとは併設されている盛場に男四人が一組と、店主ぽいひと。以上である。
「依頼はあるにはありますが、この時間はあまりお薦めできないものが多いです。依頼が更新されるのは朝7時ですので、そのときにはかなり混雑してますよ?
あと、ギルドが斡旋している業務は夜に時報まで、というのが多くなっています。なので、あと半刻もすれば、報酬を受け取るひとでギルドも盛場も混み合いますね」
ぼくの質問に、丁寧に受け答えしてくれるお姉さん。良い人だ。まあ、当然なのかもしれないけど。
「聴いていなかったの、クリウス。ギルドでは早朝から次の日の依頼を受け付けている。て言っていた」
「――う。そりゃそうなんだけど。常に依頼があるのかな、と思ってさ」
ぼくに対して苦言を吐くのはベラさんだった。綺麗な顔して向けられる白眼視は、精神的にくるものがある。
「とはいえ、あたしは朝早いのはいやだなぁ。依頼を受けてから大学校に向かっても余裕で間に合う、ていうのは有り難いけど」
「この時間帯には、どんな依頼があるものだ?」
ぼくのフォローをしてくれているのか? モエとアキの質問が出てくる。
……まあ、このふたりに、ぼくを気遣う気概はないと思うけど。
すると、
「この時間帯は、突然のキャンセルになった依頼とか、難易度が高過ぎて誰も手を着けないものとか。初心者のあなたたちには荷が重いものばかりよ。大人しく朝早く来なさい」
受付のお姉さんでなく、マナ先生が口を出す。
引率だからかずっと黙りだったけれど、お姉さんが言い淀むところで素早く切り出した。
きっと受付のお姉さんも同じことを言いたかったはず。でも、流石に当代ベースラインと将軍家のモエに、『つべこべ言わずに朝早く来い』なんて言えないよね。
マナ先生は、それを代弁してくれたのだ――言い方はきついかもだけど。
「はぁい」
「まあ、明日も明後日も授業がある我々には、どんな依頼があろうが受けることは叶わないか」
「そういうこと。私もギルド錬成会の顧問ではあるけれど、同時にあなたたちの担任でもある――自分の生徒が、学期の開始早々にギルドで欠席なんて、認めないわ」
結局、ギルドの依頼を見るのも叶わず、解散となった。どんな感じなのか、少しでも知っておきたかったんだけれど。
マナ先生があんな感じだったので、仕方がない。また週末前、朝早くに来るとしよう。
基本的にギルドで斡旋しているのは翌日以降の仕事のみ。
当日なんてのはよっぽどの緊急事態らしい。竜が街に出たとか。發の奇襲攻撃だとか。国が対策を打つ前の時間稼ぎなのがほとんどとのこと。しかも強制されるやつ。
必要のないとき以外にあんまりギルドにいると、ごく稀に、厄介な依頼が舞い込んでくるらしい。で、『いますぐ動けるやつが他にいないから、そこにいるおまえ!』てな感じで仕事を振られる。拒否?
【二、ギルド会員は全員が国の管理と権限の下にある。国からの指示や依頼は、特別の事情がない限り受け付けなければならない。受けない場合には罰則がある】
規約の通り、国が絡んできたら拒否権なんてない。ただ、命の危険に晒されるようなことはないように配慮はしてくれるみたいだけど。でないと拒否義務が発生するから。
まあ、実際に当日依頼を受けてみないことには、なんとも言えないよねえ。
「では、帰りましょう。明日は魔術の授業ね。遅刻しないように――ミサキ先生は怒ると怖いわよ?」
その台詞を最後に、マナ先生は早々と場を後にした。ミサキ先生が怖い? という俄には信じられない言葉を残して。正直なところ、体格はともかく、性格だけならマナ先生の方が10倍はおっかないと思うけど。
そんな折り、夜の時報が鳴った。18時になったのである。世間一般にはこの時報で終業の合図になる。
あくまで世間一般――公務員や工場勤め、農家や商家など――だ。商店なんかはここからが最後の追い込み。一気に街にひとが繰り出す時間でもある。
いまから三時間、就寝の時報までが、王都で一番賑わう時間なのだ。
「ではわたしたちはこれで失礼するよ。明日もよろしくな。クリウス、モエ、ベルクラウゼ」
アキはそう言って、護衛三姉妹と共に家へ向かって歩き出す。
ベラさんもまた「じゃ」なんて短く告げて、大きいリボンを振振させながらその場を後にする。
今日の授業はほとんどが見学だったけれども、それなりに実入りのあるものだ。己の武術適正と、己に合った戦い方。そういうのは、少なくともぼくは小学校で教えられていない。だから、非常に勉強になった。勉強になったとはつまり、疲労もある程度は蓄積されたとのこと。
明日は初めての魔術の授業。我らが女神、ミサキ=ドルツ先生の授業なのだ。疲労なんて残しておけない。万全の体調で臨まなければならない――
「ねえクリウス。あたし、晩ごはんは魚が良いなあ。この辺はサハラザードと違って新鮮なものが多いし、種類も違うから、一度は普通に食べてみたいのよねえ」
「魚かあ。いまの時季は鰆が良いのかな。でも、ぼくも実家は農村だからね、魚料理はほとんどしたことないよ」
「むう。じゃあそこは練習しておきなさい、クリウス。機を逃すなんてこと、クルガンの家では恥ずべきことだわ」
「はいはい」
しかしながら残念、ぼくにはまだまだやることがある。
主に夕餉の支度だ。あとモエとの食事。
まあ、別に疲労が蓄積されるなんてことはないんだけどさ。お酒は勘弁して欲しいところはある。
――なんて。ぼくとモエがそんなやり取りをしていると。
「……なぜモエが、クリウスと夕餉の話題をしている?」
「……まさか、そんな男なんかと同棲――?」
さっさと解散を宣言したはずのアキとベラさんが、こちらに刺すような視線を向けている。
君ら、帰ったんじゃないの?
あと。ベラさんはともかく、アキのその口ぶり。まるでモエと一緒に住んでます、て知らないようだ。
確かにぼくは言っていない。別にアキに断りを入れる必要はないし――モエが既に教えていると思ったからだだった。
「あれれ、言ってなかったっけ?」
横にいる同居人は、なんとも白々しい笑顔を取り繕っていた。これは絶対、確信犯だ。
アキに教えていなかったぼくも悪いけどさ。なんでまた、モエは内緒にしてたのだろう。そんなこと友だちにしたら、へそ曲げちゃうんじゃないの?
「――抜け駆けは感心しないぞ、モエ」
ほらやっぱり。普段は全然感情を表さない顔の全面に、『不愉快です』と書いてあるようだ。そりゃあ、友だちだって約束しているのに、隠しごとがあるのはいけないよ。
「ぐぬぬ。モエと一緒の食事。風呂。同衾――」
ベラさんもまた、真っ赤な顔でこちらを睨み付けてくる。そしてなにやら不穏当な言葉を吐いているようだ。
違うよ? 決してあなたが考えているようなことはありませんよ? まだ。
「なんだ。みんな帰ったんじゃなかったの?」
対するモエは、なにをそんなに喜んでいるのか? まるで勝ち誇るかのように笑みを浮かべている。それは、彼女らが本当に友だち同士なのかと疑う程度には、邪悪な気配があった。
あと、ベラさんはもう友だちリストに追加で良いのだろうか? 良いよね。すっかり同じギルド錬成会のメンバーだし。
「そのつもりだったのたがな。なにやら友人から怪しげな言葉が聴こえた気がして足を止めたのだ」
「モエは、そんな弱々しい男が好みなのか?」
足を止めたふたりは、片や剣呑な雰囲気を身体中から出し。片やなぜか脆脆としている。
前者はアキで、後者はベラさんである。
確かに、ぼくらの年代の男女がひとつ屋根の下、なんてシチュエーションは、世間的にあまり感心されないのかもしれない。
それに、ぼくらがそういう仲なのか、と勘違いされても、当然で仕方のないことだった。
「あのね、ふたりとも。あたしは不幸にも、男が出来たからっていう姉の理不尽な理由で住むはずだった別邸を追い出され。路頭に迷う寸前だったところを、実家を離れて寂しそうにしていたクリウスに拾ってもらったの。だからクリウスに疚しい気持ちはひとつもないわ」
モエってば芝居じみた仕草で目を閉じ、右手を胸に当て、左手を空に掲げて言う。実際その言葉に嘘はない。全て真実だった。
けれど。なんでぼくの名前を強調して、疚しい気持ちを否定するのだろう。
「心配なら、あなたたちも泊まるかしら。クリウスの家」
にやり、と悪い笑みを浮かべるモエ。
その顔を見て、アキとベラさんは、強っと歯を噛み締めるようにした。
「――アキさま。無断での外泊は、先代に叱られます」
「分かっている、パティエラ。分かってはいる!」
「外泊の許可を貰うのは、すぐには無理――! おのれ、クリウス。田舎者の根性なしと思って油断していた――」
アキ陣営とベラさんは、当然、すぐに外泊の許可なんて貰えない様子だ。どちらも身分のあるお偉いさんなのだ。ぼくのような、どこの馬の骨かも判らないやつの場所に外泊させるなんて、絶対に許さないはず。モエのお姉さんが異常なのだ。
「じゃあ、もういいかしら? あたしはお腹空いたし、クリウスも疲れてるんだから。先に失礼するわね」
「ちょ、ちょっとモエ?」
「仕方ないから、肉で良いわよ、今日は。でも魚は食べたいから、明日までに勉強しておきなさい」
「えぇっー!?」
モエは唖然とする友人たちに手を振って、ぼくの手を引いて歩き出した。
相変わらず力が強いから、非力な身としては引き摺られるようになってしまうぼく。
そして背後からは、本当になんでか理解できないけれど、怨嗟の視線を敏敏と感じるのだった。
「そういや。モエがぼくの家に住むのが問題なら、アキかベラさんのお家に住んだ方が良くないかな」
「しっ――! クリウスはそんなところに気を回さないでも良いのよ!」
ごくごく当たり前だと思って口にしたぼくの提案は、モエに全力で諌められてしまった。
こんな感じで、明日からの授業、大丈夫なのかなぁ?