いざギルドへ①
最初の武術の授業は、その後はつつがなく終わった。
特筆するのは黒服護衛三姉妹がひとり、ミモザさんの試合だろうか。
大きな体躯に似合わず、小振りな短剣を手にしての試合。相手は弓。
しかし目を引いたのは、その俊敏な動きである。
弓矢の悉くを避け、距離を詰める。大きな身体なのに、矢はひとつも当たらない。
相手の男子は距離を詰められまいと、身体を引くのだが、残念なことに場が悪い。狭い闘技場なのだ。すぐに場外のラインギリギリに追い込まれてしまった。
あとは簡単。ミモザさんたら、剣での攻撃と見せ掛けて、足払いをした。
流石に相手は転ばなかったけれど、体勢は崩れる。そこを軽く突、と押すだけで場外。勝負ありだった。
得意なのは家事、とはアキの言だけれども、そこは護衛。最低限以上の戦力を持っているのだろう。では、剣とか槍が得意らしいパティエラさんは、一体どんな実力なの?
ベースライン家の、当代のアキを護る彼女らの実力を垣間見たひとときだったよ。
「なぜモエは、そんな男と一緒に阿に乗っている?」
で。現在ぼくをはじめとした仲良し(だよね?)6人組は、他の二名を加えて王都にいる。
もちろんギルド錬成会参加により、ギルドに入会するためだ。
え? 仲良し6人組は分かるとして、あとのふたりは誰か?
ひとりは当然、顧問のマナ先生である。
そして、もうひとりは――
「乗り心地が良いからだけど――そんなのあたしの勝手でしょう。ていうか、さっきから何度同じことを訊くの、ベラ?」
そう。ぼくらの一団についてくるのは、ベルクラウゼ=リン=ゴゴルンジェーナさん。なぜ一緒に来るのか、という問に対して、彼女からの返事はない。だんまりである。
「別に。気になっただけ」
そんな通称ベラさんの言葉は、これまた先ほどから何度も発しているものだった。
そりゃこちとら一介の農民で平民で、モエは将軍様のご息女だし。アキは由緒正しいベースラインのお家のひとだし、黒服護衛三姉妹はそこに勤めるひとたちなんだ。マナ先生は教師だし。
そんなお歴々と比較したら、どうしたってぼくは貧相で貧弱ですよーだ。
ん? なんで言い返してやらないのか?
もちろん来る途中で「ひどい」とは言ったよ。そしたら「あなたの発言は求めていない」だってさ。まじでひどい。
「あなたたち。じゃれるのはその辺にしておきなさい。もう着くんだから」
そう言うのは引率であるマナ先生。
ぼくらの中では一際小柄な体格だけれど、発言力は段違いだよね。さすがは大学校の教師なだけはある。みんなすぐに無駄な会話は止めてしまった。
ちなみに。
大学校からここまで、ぼくとモエはマリンに乗って。
他のみんなは、この国の数少ない公共交通機関である辻阿車で来た。
辻阿車は、前世でいうところのタクシーと似たようなものだ。ただ動力がエンジンでなくて阿なだけ。四輪の客室部分を、阿に引かせて目的地まで行き、運賃を取るというシステムだから、まあタクシーみたいなものだろう。
流石にマナ先生もこの面子を徒歩で一時間かけて王都まで連れていくつもりはなかったらしく、大学校の外れの停留所?みたいなところから、辻阿車を手配した。
ぼくはマリンがいるからパス。それに、女子だらけの客室に押し込まれて、王都までの道のりを進むなんてごめんだからね。それが20分かそこらしかかからなくとも。
あと、他に交通機関がないせいもあって、べらぼうに運賃が高い。ひとり頭片道3000統一貨幣なんて、普段使いに、平民で農民なぼくが払っていい額ではないよ。王都なんて、一時間歩けば到着するんだから。
――話が逸れました。
まあそんなわけで、先ほど王都まで着いて、ギルドはもう目の前。
あとは手続きをして、無事所属できれば今日の活動は終わりである。
そういや、ダウーさんとターヤさんは仕事らしい。てっきりあのふたりが引率してくれると思っていたんだけど。
え。当代ベースラインとその護衛、将軍家に加えて大領主のご息女までいるのだから、ダウーさんとターヤさんでは心配だった、なんて宣うマナ先生。
大領主のご息女って、もしかして――ベラさん?
「気付いていなかったのか、クリウス。ゴゴルンジェーナとは、南方の広大な大地を経営管理する家柄だ。それの長女なのだから、過去の栄光にぶら下がるわたしの家より、遥かに地位の高い家柄の子女になるぞ」
「――呆れた。本当にこの国の住人なの、クリウスは」
ぼくのふと漏らした疑問に、次々に答えてくれるアキとモエ。冷ややかな視線と一緒だけど。
いやさ、そんな大層な御方が、こんなに近くに、しかもぼくなんかと一緒に行動するなんてあり得ないでしょ。普通なら。
ああ。大領主というのは、前世の日本でいうところの知事みたいなものだ。国を構成する行政の単位、領地を治めるひとのことである。
受け持つ領土の広さや人口、産業商業の規模やらで小領主、領主、大領主と分けられる。
日本で無理矢理例えるなら、東京都知事や大阪府知事なんかが大領主。
その領土と接していて、広くて産業が豊かなのが領主で。
主要都市から離れていて領土も狭く、産業が少ないのが小領主。
ざっくりいうとそんな感じだ。ざっくり過ぎるかな?
――まあ、ひとつはっきりと分かっていることはといえば。
小領主だろうが大領主だろうが、農民のぼくにとってはみんなお偉いさんに違いない。
「ふんだ。どうせぼくは、世間知らずの田舎者ですよーだ」
冷ややかな周囲の視線を浴びながら、ぼくは前を向く。
本当に、もう間もなくギルドに到着なのだ。
「――はい、到着。あなたたち、大事な話もあるんだから、ちゃんと聴いていること。いいわね?」
少しだけ緊張を胸に抱きながら、マナ先生の言葉に頷くぼく。他のみんなは……あんまり緊張していないみたいだった。
そりゃあ、今後の生活のかかったぼくと。友人の付き添いみたいな気分とでは、心の持ちようも違うんだろうけどさ。
「さあ行くわよ、クリウス。大丈夫、あんたがだめでも、あたしたちが何とかしてあげるから」
ただこのときばかりは。
不敵に笑うモエが、大層に頼りに見えたのだった。