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初授業⑥


「悪いけど、もうちょっとこっちに来てくれるかい」

「はい」


 トウヤ先生に呼ばれ、彼の元まで小走りに寄るぼく。

 武術の能力(ステイタス)が解るのだ、若干緊張するよね。


 ただ、少し様子がおかしい。

 体育館みたいな広い建物のなかの端っこに、ぽつんとある机。

 ちょいちょい視界には入っていたけど、特に気に留めることはなかった机。

 そこに案内され、座らされた。


 あれ? アキもモエも、その後の生徒も、こんなところに呼び出されたりしてなかったよね?

 なんなんだろう。


「そう怪しまないでくれよ、クリウス=オルドカーム君。実は君の能力測定と武術試験の結果を見て、少し――いや、かなり。気になることがあったから」

「なんでしょう?」

「うん。それを話す前に、こいつに手を当ててくれないかな?」


 訝しんで見るぼくに、トウヤ先生は苦笑する。

 それから机の下にあった大きめの黒いバッグから、入学試験のときに見た、ボーリングの玉のような器械(エーテライト)を取り出した。

 丁寧に取り出したかと思うと、(どん)と机上に置く。

 国宝級の器械なんですよね? そんなに手荒で大丈夫? そもそもどこから借りてきたんですかね。話を聞いていた雰囲気では、そう易々と一授業で貸してくれるわけないはずだ。


「そんなに怪しいものではないよ。これは俺の――ベースラインの家から持ってきたものだ。性能的に劣るものではないし、危害を加えるものでもないから、安心して。単に、個人指導をするために必要だから、もう一度測定させて欲しいんだ」


 ぼくの顔色を見て、苦笑の色をさらに濃くして言うトウヤ先生。

 アキのおうちには、そんなものもあるの?

 ――まあ、大災害(ブラツクエンド)の際、世界の人々を導いたと言われるベースラインのお家柄。あって不思議なことはないけど。

 それって、あなたの妹君は、いつでも能力測定できてたってこと?


「――分かりました」


 色々思うところはあるけれど、ここで断る文句もないんだよね。

 気になることは、あとでアキに訊いてみよう。

 まずは、己の本当の能力が知りたいのだ。


 ぼくは手をかざす。

 今回の器械には、指を入れる穴はない。

 あの変な、ぐにょぐにょとした感覚がないだけ、入学試験のときよりマシだろうか。


 数秒後。果たして器械に表示されたのは――




 クリウス=オルドカーム 適正


 剣 ~ 12         億

 槍 ~ 37

 弓 ~ 21

 杖 ~ 54

 盾 ~ 19

 体術 ~ 65

 その他 ~ 1        兆



 とんでもない数値だった。

 低ッ!

 いやもう、予想を遥かに超える低さじゃない、これ。

 『剣』が12だなんて、じゃあぼくはいままでどうやって、小学校の授業のときや、魔物(モンスター)との邂逅や、アキとの武術試験を乗り越えられたっていうのさ。

 槍や弓はまだいいよ。今まで人並みに扱えるとは言っても、決して得意というわけでなかったから。

 杖も盾も、小学校で習う武具ではないしね。

 体術は、それなりに予想通りかな。身の軽さは自慢だけれど、決して直接的な殴り合いが得意なわけではないし。

 あと、『その他』。いや、いいんだ。伝統的に低い数値が出る、てアキも言っていた。

 でもさ。あれこれ模索する必要がないとは言っても、これって低すぎじゃありませんか?

 ぼくは出た数値に唖然として、きっと開いた口が塞がらない状態だったのだろう。

 トウヤ先生は笑って言う。


「まあ、数値が全てではないよ。問題はこれからどうやって努力していくのかさ。あんまり気落ちしていで」


 いやね。笑いごとじゃありませんよ、先生。

 気落ちしないなんて無理だし。

 割と自信を持って、これまで鍛練してきた剣術が、これ(・・)なんだもの。


「――とはいえ」


 ぼくががっくり肩を落としていると。

 急にトウヤ先生は声のトーンを落として続ける。

 見れば、彼は真剣な表情になり、鋭い眼光をこちらに向けていた。


「俺としても腑に落ちない。君の剣技は、たとえ低く見積もっても、50を下回ることはないように見えた。これは今日の試合でもそうだし、入学試験のときの試験官も同じ見解だった」


 ありゃ。きちんとあのときの試験官――リン王太子殿下とも擦り合わせてあったのね。

 まあ、ぼくだって、まさか50以下とは思っていなかったから、3人ともが同じ意見ということだ。


「で。ひとつ君に問いたい」

「なんでしょう?」

「君の側から見て、数値以外のなにか(・・・)が見えているかい?」

「――いえ。なに、も?」


 反射的に返答してしまったけれど。

 よーく目を凝らしてみれば。

 【剣】12の表示の端っこに、『億』と読める文字が認められた。

 同じく【その他】にも、『兆』なる文字がある。

 能力測定のときと同じだ。

 それはこの世界の文字ではなく、ぼくの前世の世界の文字である。


なにか(・・・)見えるかい?」

「気になるなら、こちらに回ってきて見てみればいいんじゃないですか」


 ぼくは肯定も否定もせずに言った。

 だってさ、この世界では意味のわからない文字だよ?

 『兆』て表示されてます! なんて、どんな痛い子だと思われたって不思議じゃないよ。

 だからぼくは、そんなに気にするのなら、直接見てみれば良いのではないか、と提案したのだ。

 しかしトウヤ先生は首を横に振って言う。


「そちらの表示は、どういう原理か解らないけど、触れた本人しか見ることができないよ。俺には、誰でも見られるこちら側から見るしかないんだ」

「本当、どういう原理なんでしょうね」


 前世の携帯電話で言うところの、覗き見防止措置みたいなものだろうか。

 確かに、誰しもが己の能力を見られたいわけではないだろう。

 入学試験のときには、ひとりずつ案内されて測定したから、覗き見なんてされなかったけど。

 赤の他人に見られて気持ちのいいものではない。

 だから、そんな機能が付いているのかな?

 でも、先生の口ぶりだと、向こう側からは誰でも見ることが出来るらしい。

 うーん。いまいちよく解らない。

 なんだって先史文明の、この器械を発明したひとたちは、そんな中途半端な機能をつけたのだろう。


「――――まあ、なにもないなら仕方がないか。

 じゃあ、クリウス=オルドカーム君。早速で悪いが、君の適正は残念ながら剣にはない。ただ、今までに弛まぬ努力をし、人並みかあるいはそれ以上に剣を扱えるようになったというのは、才能だと思う。同じように研鑽を積めば、他の武器でもすぐに達人の域になるだろう」


 言いながらトウヤ先生は、はい、と紙切れを渡してくれた。

 なんのことはない。能力測定のときと同じ。

 ボーリングの玉みたいな器械から出てきた、武器の適正が記された紙だ。

 既に能力の表示は消えている。

 ぼくは紙切れを受け取って、今一度自分の能力を見つめる。

 そこにはやはり、『億』だの『兆』だのの文字はない。


 さっさとトウヤ先生に言えば良い?

 実は剣は12億で、その他は1兆なんですよって?

 いやいや。魔力の能力のときもそうだったけどさ。

 『12』と『12億』、どっちが冗談に聴こえるか、と言えば俄然後者でしょう。

 ぼくだって、自分のことながら『億』はあり得ないと思うもの。

 そりゃあショックだけど。だいぶ。


「あの、『杖』って?」

「杖術だね。杖は殺傷能力が他より低いことがほとんどだ。刃がないからね。ただ、君と試合をしたドルゴゴスヴェン=スミヤセベーゼル君。彼の使った棍棒は、実は杖に分類されるものだ。武器の性能や己の鍛え方では、ああいう戦い方もできるよ、という見本になるね」

「魔力を高めたりしないんですか?」

「? どうやって杖で魔力が高まるんだい?」


 ファンタジー世界やゲームでは、魔法使いの持つ杖とは、魔力を向上させる性能があった。非力な魔法使いでも、杖を装備して魔法を放てば、大きな戦力になる。

 この世界では、そんな概念はないらしい。

 まあ、ぼくも前世では(ちら)、と思ったよ。

 なんだってただの『かしの杖』で魔力が上がったりするんだろう、て。なんで『どうのつるぎ』では上がらないのかな、て。

 この現実(フアンタジー)世界では、どうやら杖すら、筋骨逞しい人間の扱うもののようだった。


「まあ、彼は特殊な部類に入るかな。本来の杖はその殺傷能力の低さが故に、相手を生け捕りにするときなんかに使われることが多い。相手を生かさず殺さず、殴り倒して屈伏させるんだ。

 あと、その昔の杖術が一般的だった頃では、女性や子どもの武器として持たされたみたいだね。剣や槍、弓なんかは、使い方を誤れば自分や味方も傷付ける可能性があるけど、杖はそれが低い。変に大きかったり、金具を付けたりしたら値が張るかもしれないけど、基本的には一番安価な武器だしね」


 いつの間にか、トウヤ先生は先ほどまでの鋭い視線を引っ込めていた。

 いまはいつもの(まだあんまりトウヤ先生のことは知らないけど)調子に戻っていた。


「では『盾』は?」

「たぶん想像はある程度付いていると思うけど――敵の攻撃を盾で防ぐことを主にしているね。ただ、接近戦もなかなかに強力らしい。重く頑丈な盾は、そのまま武器にもなる。盾の端の部分を刃にしてしまえば、さらに攻撃力は増すね――しかし」

「しかし?」

「盾術はもう何百年も前に廃れてしまってね。満足に扱える人間はほとんどいない。一応、副学長がこの大学校で唯一の盾術指導者だ」


 うーん。盾に興味はないけど。能力値も低いし。

 それにしたって、あの話の長ーい副学長が、盾術の師範ねえ。教えを乞うたら、とんでもなく授業が長引きそうだ。


「とにかく君の場合は、ずばり言ってしまって申し訳ないけど、戦わない(・・・・)ことが一番だ」

「え?」

「俺は武術を教えている身だからね。ここは(はつきり)と言わせてもらう。クリウス=オルドカーム君、君は戦いに向いていない」


 また、真剣な顔をして言うトウヤ先生。

 ぼくは思わず疑問符を浮かべてしまった。


「誤解しないで貰いたいけど、相手を倒すことばかりが武術じゃない。身を守ることも立派な武だ。数値から見ても、性格から見ても、君は争いごとに向いていないよ」

「性格ですか?」

「うん。君も省みて欲しい。君は今までにいくらか実戦経験がありそうだけど、対人戦で、勝ちたいと思って、自分から戦いに臨んだことがあるだろうか」


 トウヤ先生の言葉に、はて、と考え込む。

 初授業で、初めてぼくの試合を観て、性格までも解るものだろうか。

 入学試験のときの様子を、リン王太子殿下から聞いていたとしても、判断材料少なすぎない?

 ただ。過去を振り返って思うには。

 確かに、対人という限定ならば、ぼくは自分から突っ掛かっていったことはない。

 小学校の授業でも、『授業だから』という理由付きだ。授業とはいえ、やるからには勝ちたい。でも、子どもにありがちな喧嘩なんかはしなかった。

 こちとら生まれたときから精神年齢40歳オーバーだからね。子どもらしい無邪気な、じゃれ合いの延長にある喧嘩なんて、するばずがなかった。

 

 入学試験のアキとの試合はどうか。

 やはり入学試験だから戦った。入学試験だから、勝ち気を起こして光子盾(バリア)を使ったけど。街中でアキに喧嘩を吹っ掛けたりなんか、普通に考えてしないよね?


 ゴゥト=シメイヤ様の手先に襲われたときは?

 あれも不可抗力だった。同性愛者に連れていかれるなんて、普通の男子ならば許容できる範囲を超えているよね。そりゃ抵抗はさせて貰いましたよ。

 しかしそれも、もちろん自分から進んで、ということはなかった。成り行きに他ならない。

今日の試合だってそうだ。授業の一環でなかったら、あの筋骨逞しいドルゴゴスヴェン君と争うなんて絶対にしないよ。


「思い当たったかな? つまりはそういうことさ。駆け引きはあれど、先手を取るのは重要なんだ。相手の出方を見ているばかりでは、勝ち続けることは難しい」


 あれ。そういうこと?

 まあ確かにさ、試験でも今日の試合でも、先手を譲っておいて、カウンター狙いをしていたのではあるけど。

 それが引っ込み思案な性格だと判断されたらしい。

 うーん。ゴゥト=シメイヤ様の手先とのやり合いのときは、自分から行ったんだけどねえ。それをトウヤ先生は知らないから、しょうがないんだけど。


「君の将来の目標は、なんだろうか。軍人かな」

「お医者様です」

「ならいまのスタイルで間違っているわけではないね。お医者様が戦って、余計に怪我人を増やすなんて、間抜けな話はない。クリウス=オルドカーム君。君には、己を護る術を教えていくことにするよ」


 どうやらこれで個人指導は終わりらしい。

 トウヤ先生は、器械を片付けて、席を立ち上がる。

 あ、でも待って。

 ぼくには、どうしても気になることがあるんだ。


「あの。トウヤ先生」

「なんだい?」

「どうして生徒の名前を呼ぶとき、姓名(フルネーム)なんですか?」


 トウヤ先生は笑って、


「いやね、この歳になると、物覚えが悪くてさ。いちいち顔を見て、声に姓名を出さないと、覚えられないんだ」


 そんなことを言っていた。

 前世ではなかなかフルネームで呼ばれることなんてほとんどなかった。

 呼ばれたのは――警察官や裁判長からくらいだと思う。

 だから、前世の名前ではないにしろ。

 フルネームを呼ばれるのには抵抗があるんだよね。アキやモエならともかく、歳上の男性には。


「嫌なら、なるべく早く覚えるようにするよ、クリウス君」


 これにてぼくの個人指導はおしまい。

 次があるからね。ぼくでばかり時間を取るわけにもいかないだろう。

 ただ、なにか。

 釈然としない気持ちが、もやもやと胸中に居座っていた。

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