初授業④
ところで。
散々アキやモエの武術能力を見せてもらったけど。
入学試験で見なかった項目が並んでいるよね。
剣、槍、弓は職種でもあり良いとして。体術もまあ、きっと読んで字のごとくだろう。
でもさ。杖? 盾? 少なくとも、どちらもこの国でポピュラーな武器ではない。盾に至っては、前世の感覚では攻撃に使うものではなかったからね。なんで能力の項目にあるんだろう。
あとその他、てなに?
「クリウス。なに、あんた。もしかして、大学校を志しておいて、そんなことも調べずにきたわけ?」
ぼくはそんな疑問をつい口にすると。
隣に立つモエが、とても白けた眼差しでこちらを見る。
え。そんなに当たり前のことなの?
少なくとも小学校では教えられなかったよ。
「仕方ないじゃない。優秀な君らと違って、ぼくは入学するので手一杯だったんだから。入学試験で必要のないものは、覚えてられなかったよ」
「確かに、杖や盾の術は、人類が可学を取り戻しつつある昨今では失われつつある技術だ。この授業で使用されている器械もやはり先史文明の遺産だろうからな。必要がないと解っていても、計測されてしまうのだろう――まあ、クリウス以外のほとんどは、体得していなくとも、概念は知っているだろうが」
あれ。アキってば、フォローを入れてくれるかと思いきや、モエと同じ視線をこちらに向けてくる。
悪うございました。どうせぼくは、できの悪い奨学生ですよーだ。
「まあ、あたしも【その他】ていう項目は気になるけどね」
「そうそう。なに、その項目」
「試合が終われば、直接先生から説明がある――が、まあいい。簡潔に言えば、読んでの通り、これら項目に該当しない素養のある可能性を示唆しているな。器械を使った可学兵器や、特種な投擲武装が当たるらしい」
「らしい?」
「ああ。やはり説明があろうが、この国では【その他】に当てはまる技能を計測する器械は希少だ。余程のことがない限り、触れられるものではない」
「じゃあ、もし【その他】の数値が高くても、なにが得意か特定できないんだね」
そもそもどういう仕組みで、ひとの隠れた才能を計測しているのか、凄く気になるんだけど。
それは専門家でなければ解るまい。というか、未だに原理が解らないから、国宝級の扱いをされているんだよね、きっと。
「ただ、心配はないだろう。私やモエの数値を見て取れるように、この国は伝統的に【その他】の数値は低い傾向にある。埋もれた才覚をあれこれ試すよりも、目標が明確だ」
アキの言葉には首肯くところがある。
槍を始め、剣でも弓でも優秀で、武芸百般に通じていそうなモエでも。
おそらくはそれに負けず劣らず、様々な鍛練をしてきたであろうアキ。
その二人をして、【その他】という項目の数値は低い。
まあいくら訓練しても、生来からの才能は変えられないんだけど。
――ただ、なにか嫌な予感がするなあ。なんだろう、この胸騒ぎみたいな感覚。気のせいかな?
「では次は、ドルゴゴスヴェン=スミヤセベーゼル君と、クリウス=オルドカーム君。武器を選んで、待っていてくれ」
「うし!」
「はい」
そんなこんなアキやモエと話をしていたら、ようやくぼくの番らしい。
まあ、ようやくと言っても、全体で8番目。34人のクラスだから、全員が試合をするとなると、真ん中まで来たわけだ。
さっき時報の鐘が鳴ったから――いまは大体12時過ぎ。
やっぱり、思ったよりも時間が掛かるみたい。
「試合だからな、気楽に行け、クリウス」
「また鼻血噴いて倒れないように。あんたを介抱するの、大変なんだから」
トウヤ先生の指名に身を乗り出すと、頼もしい友人たちはそんなことを言ってくれた。
ただね、モエ。訊いていなかったけど、アキとの試験の後、なにかあったのかな、その言い方。介抱してくれたのは素直にお礼を述べたいけれど、ちょっと気になるなあ。
さて。
どんな武器を選ぶか、だ。
解ってはいる。これは成績に関係のない試合なんだから、自分が最も得意と思われる武器を選んでなんの差し支えがない。
先の試合のあと、トウヤ先生が言っていたように、これは自分の実力を知るための試合である。
功名心に囚われないで欲しい、というようなニュアンスがあった。
入学試験前なら、迷わず剣を採っていた。
槍や弓も扱えるけれども、より手軽に、自分で作って手入れして、管理するには、僕にとり剣が一番だったから。これまでは剣を扱う時間が最も長かった。
そこにきて大学校の武術試験である。
わざと苦手と思われる武器を持たせて戦わせるスタイル。そこでぼくに宛がわれたのは、剣だった。
もしかしたら槍とか弓が、ぼくの本当の適正なのかもしれない。
試験の後には、ほとんど実戦なんてしてないからね。
――ああ、ユィ殿の手先との戦闘? あれは実戦にカウントしていないよ。だって、武器を振るうことなく、自称手練れの他校生は打ち負かしてしまったから。
ぼくはうんと首を捻りながら、結構な数のある武器を眺める。
相手の、えっと、ドルゴゴスヴェン=スミヤセベーゼル君、だっけ? はもう選んだみたいだ。
彼、ミモザさんに勝るとも劣らない超筋肉質な体型だ。身長はミモザさんより高い。
その体躯を活かしてか、手に持つのは巨大な棍棒みたいなやつ。長さは前世で言うところの2メートルはある。
いやいや、それで顔面を撲られたら、即死しちゃうんじゃない? と思えるほどの大きさだ。木製とはいえ、それなりの重量はあるだろう。剣では――とりわけこの試験で使われる木剣では、攻撃を受け止めきれないかもしれない。
決めた。
ぼくはいつも使っているものと同じくらいの長さの剣を選んだ。
槍や弓は、所詮、一応人並みには使えますけど、くらいなんだ。それよりは、慣れ親しんだ武器が一番じゃない?
たとえ適正が低いからといって、剣を選んでなにが悪い。
「――――お待たせをした。じゃあ、始めようかな。クリウス=オルドカーム君、ドルゴゴスヴェン=スミヤセベーゼル君」
「いつでもいいぜ!」
「大丈夫です」
こうして、ぼくの大学校生活最初の授業で、最初の試合が始まった。
――どうでもいいけどさ、ドルゴゴスヴェン君。返事までやたらと暑苦しいのはなんなのさ。
はじめ、の合図と共に、でかい棍棒が横一文字に振るわれた。
野球のバッターみたいなフォームは、そりゃあ球技ではいいだろうけど、対人戦の打ち合いではどうなんだろう。
ぼくは木剣で受け止めることをせず、身を屈めて初撃をやり過ごした。
リン殿下ほどではないにしろ、小柄なこの身体。ちょこまかと動き回り、相手を撹乱するには都合が良い。
大振りをしでかしたドルゴゴスヴェン君の懐に潜り込んで、剣で攻撃を――なんて思っていたら。
うわっ!
すぐさま次の手が振るわれた。
横凪ぎにした棍棒は、そのままの威力で宙空を経由し、今度は縦一文字にぼくを襲う。
間合いを詰めようとしていたぼくは、慌てて飛び退き回避した。
が。棍棒は地に着くこともなく、さらに勢いを増して、またもぼくの顔面めがけて襲い掛かる。
もちろんそれも躱す。
今度は突きか。やはり寸でに回避する。
こちらからも攻撃を――なんて思っていても、相手の攻撃の手が緩まない限りは、懐に飛び込むのは無理そうだ。矢継ぎ早に、次から次へ。棍棒が振り回される。
全部を躱してはいる。幸いにして、ドルゴゴスヴェン君の攻撃はアキほど迅いわけでない。筋力強化の魔法も、モエほど長けているようでない。ようく見て、魔素の流れを確認すれば、彼の攻撃を回避するのは不可能な話ではなかった。
けど、それじゃあいつまで経ってもこちらのターンにはなるまい。
攻撃を受け止める?
馬鹿を言え。手に持つ木剣はある程度には頑丈だろうけれど、あの巨体が振るう巨大な棍棒だ、耐える間もなく木っ端微塵になっちゃうよ。
たとえ耐えきれたとして、小柄なこの身。あんなのを真正面から受けたりなんかしたら、踏ん張りが効かずにそのまま場外ホームランだ。
とはいえこのままではジリ貧に違いない。流石に相手は厳しい入学試験を乗り越えてきた大学校生、大きな棍棒を振るってはいても、その重さに遊ばれることはなかった。
正確に制御され、一撃でも当たれば即負けが決まるようなドルゴゴスヴェン君の攻勢。まともにぶつかり合うには、ややこちらの攻撃力というか、体重が足りていない。
さてどうしよう。
ぼくはすべての攻撃を紙一重で躱しながら、戦略を練る。
アキと同じように光子盾を使ってみるか? ほんの一瞬の隙さえできれば懐に入り込めそうなのだ。
ただ問題はある。この暴風のような攻勢が、僅かな衝撃で止まるだろうか。勢いそのままに押し切られる可能性もある。
そうなれば負けは確定的だ。
――まあ、勝ち負けは成績に影響ないんだけどさ。でもここで、はいそうですか、なんて言って負けを受け入れられるほど、ぼくは老練していない。
ここは。あれを試してみよう。
あれだよあれ、魔法剣てやつだ。