初授業③
「そこまで」
アキとバスティアン君の試合は、一分ほどで待ったがあった。なんだろう?
まず先手はアキ。手にする武器は弓だっていうのに、矢を取り出し、構えて、打つ。という剣相手には不利な動作が、目にも留まらぬ速さだった。
先手こそバスティアン君に譲ったものの、小柄な体躯に素早い身のこなしで初撃を躱したかと思えば。次の瞬間にはもう矢が放たれていた。
狙いは足。流石に矢じりは木製で、致死性は少ないけど、額なんかに当たれば相当に痛いだろう。それに、人間顔面に向けられた攻撃は、反射的に避けてしまう。幼子だって、大人だって。きちんと訓練を積んできたであろう大学校生ならなおさらだ。なので、かどうかは判らないけど、まずアキが狙ったのは足で、次いで手だった。
うん、全て命中。衣服の上からでも、かなり痛いに違いない。
バスティアン君は痛みに若干表情を歪ませたものの、そこは我慢して突進。
まあ、ここで痛みを我慢しきれず、攻撃の手を鈍らせようものなら、その隙に針ネズミだ。彼としては行くしかあるまい。
結局のところアキの放った矢は百発百中。動く相手に、矢の続く限り攻撃を必中させた。
バスティアン君は何度も痛みに顔をしかめながらも、剣を振り、アキに肉薄せんとする。
すぐにアキの扱う矢がなくなった。
いや、正確にはまだ一本、残されていた。
最終的にアキは、弓を棄て、矢だけ持って相手と対した。矢をさながら短剣か短槍にして。もちろん剣と打ち合うことはない。所詮は木製の細い矢だ。相手が木剣といっても、切り合うには脆すぎる。
アキが狙うはバスティアン君の顔面。もはや弓の戦いではない。殴り合いの喧嘩だ。木剣の攻撃を悉く躱して、鏃を顔面めがけ突く。
もはや、アキが弓を選んだ意味がなくなっているんだけど。
そう思い始めたときに、トウヤ先生から待ったの合図が聴かれた。
「バスティアン=ジャドゥバイツ君。きみは何度、身体に矢を受けただろうか」
「数えていない」
トウヤ先生の合図に、一度終戦。お互いに訝しがりながらも、矛を納め、話を聴く。
アキは平然としていたけど、剣を振る手を少しも休ませなかったバスティアン君は、肩で息をしながらの返答だった。
「アキ=ベースライン、さん。何本の矢を、彼に当てたかな」
「――観ていただろう、先生。最初に矢は30本あった。残るは手に持つ一本のみ。29本を、彼に当てた」
トウヤ先生の問に、どこか非難めいた言葉を返すアキ。そこに息苦しさや乱れはない。
まあ、本当に観ていれば判る問い掛けではあるんだけどさ。実の兄、というのはともかくとして。教師に対する返事ではないよねえ。
「確かにこれは試合だけどね、バスティアン=ジャドゥバイツ君。もしきみに向けられる矢が本物だったとしたら。きみはどうなっていただろう? もし矢が顔面を向いていたら、きみはここに立っていられるのかな?」
「いえ。とてもでないが、堪えられない――でも先生。その仮定は、いまのこの試合形式で話をしても栓のないことだ。矢は本物ではないし、アキ=ベースラインの矢は一度も顔を狙っていない。この試合の条件の下では、先生の話は意味がない」
あらら。トウヤ先生の問い掛けに、非難めいた声を上げるバスティアン君。それもそのはず、彼の言うところは尤もだ。試合の形式が確立されている以上、もしも、の仮定の話はない。そんなことを言い出してはキリがないよね。
「きみの言う通りだ。
さて本題に入るけど――アキ=ベースラインさん。あなたが自身で得意と思われる武器はなんだろう」
「弓だ。生来より小柄な体躯で育ったから、重く大きな剣や槍では扱いに難い」
「じゃあ、この試合でも、この制限が多い闘技場内でも弓を選んだのは?」
「無論。私の得物は弓だからだ。不利な条件は挑むところ、どんな状況下でも戦えるのかどうか、試すには良い機会だ」
入学のときの武術試験の前にも言っていたよね、アキ。
アキは小柄で平べったい体つきだ。小柄な体格は、正面切っての殴り合いの喧嘩では不利にしかならない。結局力負けしてしまう。だから、本来なら弓を得手とするのは当然だ。弓ならば、小さな身体はそのまま有利となる。
それを理解しているからこそ、ここで彼女が選んだのは弓。まあ、結局最後は、ほとんど殴り合いの喧嘩になったんだけどね。
ぼくがアキの身体を凝凝と見て、うんうんと彼女の正論に頷いていると。
あれ、アキってばこっちを睨み付けているよ?
なにか気に障ることでもあったのかな?
「ありがとう。では次に、バスティアン=ジャドゥバイツ君。きみがこの試合で剣を選んだのは、なぜだろう?」
「――弓相手ならば、剣が有利と思ったからだ」
「勝ち負けは成績に影響しない、と言ったと思うけど。勝つために、剣を選んだのかな」
「そうだ」
「実は自分が、あまり剣には自信がないと思っていても、剣を選ばずにはいられなかった?」
「――――ッ!」
あれ。雲行きが怪しくなってきたのかな。
バスティアン君は図星を指されたのか、言葉に詰まってしまったよ。
トウヤ先生、表情は相変わらず愛想の良い笑顔だけど。眼は笑っていない。
怒っているの、かな?
「――みんなにも言っておこう。さっきの試合もそうだったけどね。相手の選んだ武器を見て、『これなら勝てる』なんて幻想は止めてくれ。将来に国を背負って立つ人間がそれでは困る。
いざ戦争になれば、敵は寡兵を装って油断を誘い。実は陽動かもしれないし、兵をどこかに伏せているのかもしれない。相手の様子を隈なく観察し、対策を取ることは肝要だけど――いま君たちが知るべきは、自分の本当の実力だ」
なるほどその通りかもしれない。
他の生徒がどうかは知らないけれど、聴いた限りでは、15歳になるまでは能力測定なんてしない。
大学校に入るまで、みんなあらゆる努力はしてきたはず。でもその方向性が正解かどうかを確かめる術はないんだからね。
まずは自分自身を知ることが大事なわけだ。
「――とはいえ、『勝ちたい』という功名心は大切だね。功名心と向上心は表裏一体だと思う。相手より劣っていても構わない、なんて考えでは、なおのことこの国を背負って立つ人間足り得ない。まあ、そんな生徒はいないと思うけどね」
ただ。と付け加えてトウヤ先生は話を続ける。
いつの間にか、その表情の険は失せ、にこにことした愛想の良い笑顔に戻っている。
「忘れないでいて欲しいのは、君たちが本当に必要な勝利は、もっと将来の別なところにあるということだ。軍属になり、兵を率いて敵地に入って首魁を潰す、それも勝利。良い奥さんを他のどの男よりも早く射止めて、幸せな家庭を築くのも勝利。こんな授業のほんのひとコマで獲られる勝利なんて、大した価値はない。
君たちはこの最初の教育課程で、2年間で百度負けることを覚悟して欲しい。その経験はきっと、役に立つはずだ。大切なのは、将来のそのときを逃さず、勝ち抜くことだ」
ご高説、ありがとうございます。トウヤ先生。
ただ、敵国との戦争と円満な家庭とでは、例え話の落差が激しくないですか? 仰る意味は解りますが。
あと、どの勝利も獲られなかった前世の経験を持つぼくには、とても辛い話に聞かれます。
ああ。前世でもこんな話を聴けたら、少しはぼくの結末も変わっていたのかしら。
「では、先生の考える本当の負け、とはどんなものでしょうか」
――誰か。まだ名も知らない誰かが、そんなことを訊いた。
「それは考えるまでもなく決まっている。本当の敗北とは、死だ。死んでしまっては、なんにもならない。ただそれは、死ななければ敗北にならないということ。みんなはそのことを、決して忘れないでくれ」
つまり。
前世でのぼくは。自らの手で人生に引導を渡したぼくは、この上のない敗北者なのだろう。
解ってはいたんだけど。改めて他人の口から聴くと、胸が狭と締め付けられる思いがした。
アキ=ベースライン 適正
剣 ~ 62
槍 ~ 70
弓 ~ 93
杖 ~ 88
盾 ~ 35
体術 ~ 79
その他 ~ 35




