初授業②
開始の合図と共に、まず先を打ったのはモエだった。
稲妻のように鋭い突きが、一直線にベルクラウゼさんの喉元に向けられる。
突ッて乾いた木の音が、だだっ広い体育館に木霊する。
それはベルクラウゼさんが、剣で槍先をいなした音だ。真正面から迎え撃つのではなく、斜め前方から攻撃を受け、槍の軌道を反らしている。かと思えば、ここが一瞬の隙。と見てか、懐に潜り込まんとする。
やはりリーチの長い、些かこの闘技場には長すぎるモエの槍だ。一度突出した矛先を、すぐに切り返して防御に回るには、遅い。
と思いきや。モエときたら、ベルクラウゼさんが懐に飛び込もうとしているのを見、槍を横凪ぎに振った。脇腹めがけて。
懐に潜り込まんとしていた身体は、一転、防御の姿勢となる。流石に相手がどんな力持ちか解らない以上、まともに受けるには抵抗があろう。点で迎えるにはいくらか透かし方もあるだろうけれど、槍の矛先でなく、長い柄の部分での面に近い攻撃だった。
打ッていう鈍い音と共に、防御せんと剣の腹で打撃を止めるベルクラウゼさん。
しかし。肉体強化でいくら筋力を増強していようとも、体重だけは変えられない。つまり、彼女の剣はモエの槍を止めようとしたものの。彼女の身体は踏ん張りきれず、木っ端のごとく場外へと吹き飛ばされていた。
「――――ッ!」
直撃は避けたものの、モエのフルスイングだ。見ているこちらも、想像すればぞっとする光景である。もし剣で受けていなかったらどうなっていたか――怪我をするな、させるな。という規定は、最初の試合で破られることになったであろう。
ベルクラウゼさんの身体は二度三度と床を打ち、それでも勢いが止まらず、四度目で静止した。
きちんと受け身を取り、静止した先ではすぐに立ち上がって、構え直すベルクラウゼさん。
でもそこは、誰がどう見たって、闘技場の円の外だ。
「先生! 場外の場合はどうなりますか?」
「うん。俺としたことが、説明を忘れていたかな――場外は負けだね。この試合、モエ=クルガンさんの勝ちだ」
おおっ、なんて声がクラスメイトから上がる。
トウヤ先生の勝負ありの判定に、モエは勝ち誇って笑い、握り拳を上に掲げた。
ただ、相対するベルクラウゼさんは納得がいかないような表情だ。
「場外は負けだなんて、聴いていません」
そりゃそうだ。成績に関係ないといえ、ついうっかりで勝敗を分ける条件を言い忘れるなんてあんまりだよね。
――まあ、入学試験とほとんど規定が一緒なんだから、あえて言うようなことではない。とは思うけどねえ。
ただベルクラウゼさん。どうやら負けず嫌いな性格のようだ。闘技場の真ん中に立つモエの姿を、思い切り睨み付けている。
「それはすまなかった。謝るよ。でも、ベルクラウゼ=リン=ゴゴルンジェーナさん。その位置から試合を再開するとして――君に勝機はあるのかい?」
「――ありません」
「よろしい」
トウヤ先生の言葉に、呆気なく自身に勝ち目がないことを告白するベルクラウゼさん。
まあ、前世の剣道の試合ではないんだ。一度場外になったからといって、仕切り直して互いに開始線から。なんてことにはならない。
そのままの位置から再開となれば、普通に考えてモエの有利となろう。槍の長さを活かせるからね。
「まず試合の論評として。
ベルクラウゼ=リン=ゴゴルンジェーナさん。槍に対し剣で対抗したのは、この条件下では正しいと思う。初撃の反応も間違いじゃない。ただ、相手が次にどんな手を出すか。それは常に念頭に入れておいて、いざというときに身体が反応できるようにしておかないといけないね。
モエ=クルガンさん。確かに場外にはさせたけれど、戦場ではこうはいかない。実際の戦場には、当然ながら闘技場なんてないからね。だいぶ試合には慣れているみたいだけど、戦争となると勝手が違う。相手を遠くに弾き飛ばしたとしても、相手が戦意を失っていなければ、余計に戦わなくてはいけない。闘技場の真ん中で勝ち誇っている場合ではないよ」
「はい」
「わかりました」
ふたりの試合を見てから、淡々と感想を宣うトウヤ先生。
なるほどこんな感じで試合を進めていくわけか。
ただ、ちょっと短すぎじゃないかな。試合自体も、指導も。
試合で3分、指導で5分か6分使うって言っていたよね?
「次の試合は、バスティアン=ラル=ジャドゥバイツ君と、アキ=ベースライン。さん、にしようかな。
でもその前に、個別指導をさせてもらおう。まずはモエ=クルガンさん。悪いけどこちらに来てくれるかな?」
ぼくかそんなことを考えていると、トウヤ先生は言った。ちゃんと個別指導はあるらしい。
あと。やっぱり実の妹の名前を授業で呼ぶのは抵抗があるのかな。慌てて『さん』付けに直して呼んでいたよ。
「話が終わったら、すぐに試合を再開するから。それまでに、呼ばれたふたりは武器を選んで、闘技場で待機しておいてね
――じゃあ、モエ=クルガンさんはこっちに」
「はい」
まず呼ばれたのはモエ。みんなの前であれこれは言わず、少し離れた教壇みたいなところで指導を受ける。
トウヤ先生は何やら資料を見ながら、にこにこ顔で話をしているな。
それに対して、やはり笑顔のモエ。
「どんな話をしているのかなあ」
アキは既に武器を選び、闘技場に立っている。
対戦相手の、えっと、バスティアン=ラル=ジャドゥバイツさんは、まだ剣やら槍やら見ていた。
だから、ぼくの言葉は独り言である。だれもこちらの言葉を拾ってくれはしない。
はずだったが。
「才能の話ではないでしょうか」
なんとぼくの独語を拾ってくれるひとがあった。
アキの護衛三姉妹がひとり、ミモザさんである。
一対一で話をしたことなんて、いままで一度もなったけど。
案外彼女も、新しい環境で、知り合いが少なく寂しく思う性質かもしれない。
「才能の話?」
「はい。武術の得意不得意を進言していると思います。将来にどの武器を扱ったら良いか、などですね」
そういえば、トウヤ先生は言っていたよね、そんなこと。
個々の本当の素質を教える。とかなんとか。
試合の前に、早く教えてくれてもいいんじゃないの?
「次。ベルクラウゼ=リン=ゴゴルンジェーナさん」
「はい」
あ。モエの話は早々に終わったみたいだ。
トウヤ先生の声が聴かれる。
それからどこか勝ち誇ったような、自信に満ちた表情でこちらに戻ってくるモエ。手にはなにやら、渡されたらしい紙切れを持っている。
良い話が聞けたのだろうか?
「どんな話をしていたの?」
「武術の適正の話よ」
やはり。ミモザさんの言葉は当たっていた。
「どうなの、モエ。今のままで十分強いけどさ。適正はどんな感じ?」
「ふふん。これ見てよ、これ」
ぼくの問いかけに、自慢気に鼻を鳴らしながら、持っていた紙を見せてくれるモエ。
そこには、能力のような項目と数値が並んでいる。
モエ=クルガン 適正
剣 ~ 69
槍 ~ 112
弓 ~ 81
杖 ~ 75
盾 ~ 88
体術 ~ 103
その他 ~ 41
「凄い! のかパッと見では解らないんだけど――」
ぼくは素直に感想を漏らした。
いやね、なんとなくは勿論解るんだよ?
モエは自信ありそうな表情だから、この紙に書かれている数値は良いに決まっている。
入学試験のときのの能力測定では、80以上は天才、と言って過言でないほどの才能があると言われていた。低い数値もあるけど、ほとんどが秀才と呼ばれる60以上の水準である。
凄いとは思うんだけれども。ここは得意気な顔をしているモエに、ぜひ解説頂きたいな。
「どうせあとで先生から聴くんだから、詳しい説明はそれまで我慢してなさいな」
モエは粘とした目付きで溜め息を吐き、こちらを見ながら言った。
あれ。ぼく、変なこと言ったかな?
「――クリウス様。モエ様の言うことは尤もです。私もまだ先生より話を聴いたわけではありませんが、能力測定と同じ水準ならば、これはとんでもなく良い数値かと思われます。
それを説明しろ、とは、『あたしってば天才でしょ!』と吹いて回らせるのと同義。モエ様はそんなことを善しとする方ではなりません」
ぼくらふたりの状況を見て、声を掛けてくれたのはミモザさんである。
いや確かに。その論理は尤もだ。
どうせトウヤ先生から話を聴けるのだし、それまで待っていよう。
たださ。ひとつだけ言って良い?
ミモザさんのモエの声真似、めっちゃ似てた。
「お待たせをしたね。これから次の試合を始めよう」
ぼくら三人が話をしているうちに、ベルクラウゼさんの指導が終わったらしい。
再び体育館には、トウヤ先生の声が聴かれた。
ぼくは目線をモエとミモザさんから外し、闘技場を見る。
既にアキと、対戦相手の――えっと、バスティアン=ラル=ジャドゥバイツ君、だっけ? ふたりは準備万端、武器を選び終えて、開始線に立っている。
アキが選んだのは弓である。左手に小振りの弓を持ち、矢が入った籠を背負っている。
彼女曰く、小さな体躯のため、弓が得物であるらしい。けど、この狭くて障害物もない条件下では、弓はかなり不利だと思う。勝っても負けても成績に影響なんてしないみたいだから良いかもだけど。
対するバスティアン君は剣を持つ。俄然、弓相手にはこちらが有利に見える。
開始線から相手までは1立寸ほどしかない。
一歩踏み込めば、剣でもすぐに間合いに入る。
剣は狭いところでの白兵戦で力を発揮する武装だ。なにせ一振りで相手に届き、攻撃できる。
弓のように、矢を弓に宛がえ、狙いを定めてから、引き絞って放つ。なんて動作は必要ない。弓は外れれば次の攻撃に時間がかかるが、剣はたとえ躱されたとしても、次の動作へはスムーズに移行できる。
そう考えれば、アキは圧倒的に不利な状態なんだけど――どう試合を運ぶんだろうか。
ぼくは固唾を飲みながら、次のアキの試合に見入ることにした。




