初授業①
「まずこの一ヶ月は、各々の得意不得意を見極める手段として、試合を行ってみてはどうかと思うんだ。一ヶ月のうちに、自分はどんな技量を持ち、どんな相手が得意で、どんな相手が苦手なのか。己を知るということは、戦において――いや、あらゆる場面で必要不可欠になる事柄だからね。
なにか意見のあるひとはいるかな?」
初日の大学校の授業は、全部武術だった。
前世の日本のように、90分とかで区切って、一日にいくつも授業を行う。なんて概念はない。
学生にしても、あれこれ授業毎に教室を移動したり、教材を用意したりする手間が省けてありがたいとは思うけど。実際に効果があるのだろうか?
まあ、入学して最初の2年間は、基礎教科の『武術』『学術』『魔術』の3つしか授業の項目にはない。らしい。
それしかないのなら、一日缶詰にして、徹底的に基礎から叩き込んだ方が、身になるんだろう。
で。武術の授業ということは、アキのお兄様たるトウヤ=ベースライン先生が教壇に立つわけだけど。
彼が言うには、いきなり試合だそうだ。
古語にもいう、彼を知り己を知れば百戦殆からず、を実践するつもりなのだろう。
彼は時々で変わってしまうから、まずは自分から知っていこうという話かな?
「それは成績に関係ありますか?」
トウヤ先生の問いかけに対して、まず口を開いたのは――えっと、誰でしたっけ?
「いい質問だね。ベルクラウゼ=リン=ゴゴルンジェーナさん。はっきり言ってしまうと、これは成績に関係しない。自分の実力を知るための試合だからね。成績の序列を決めるものではないよ。そこは安心して――というのも変かな? 勝っても負けても、成績にはなんら影響しない。ただ、試合が終わったら、アドバイスをさせて頂くよ」
「ありがとうございます」
そうそう。ベルクラウゼ=リン=ゴゴルンジェーナさん。
マナ先生の挨拶のときに、真っ先に質問をぶつけられていたひとだ。
男子が多い新入学生の中にあって、貴重な女子。
しかも筋骨隆々でなく、身長は高いけどすらりとした体躯をしている。髪は長い金色。それにでっかい赤いリボンを付けている。瞳は青。
かなり目立つし名前もこの辺りで聞かないイントネーションだから、すぐに覚えられるかな、と思ったんだけど。
そこまでぼくの脳は万能ではないらしい。
「一応、試合に使う武器はこちらで用意するけど、試験のときみたいにわざと苦手なもので、とかはしないよ。色々用意してあるから、どれでも自分に見合うと思ったものを使ってくれ。
あと、魔術は肉体強化のみを許可する。自身より外に魔素を放出する行為は反則だ。勝敗は成績に影響がないけど、この規定はしっかり守ってね」
トウヤ先生は、闘技場を模した、円の横を指差す。
最初ここに来たときから気になってはいたんだけど。
剣やら槍やら弓。それに見たこともないような棘棘のついた巨大な棍棒。テニスラケットみたいな、フライパンみたいな、先が丸い槍ぽいもの。どぎつい形をした投槍なんかもあるけど、誰が使うんだろう、あれ。
――とまあ、いきなり試合ですってよ。
朝一から教室に集まったと思ったら、体育館? みたいな場所にクラスの皆で連れてこられたから、たぶんそうなんだろうなー、とは考えていたけれど。
「くれぐれも、怪我はしないし、させないで。それは入学試験と同じだ。
例年何人も脱落者が出るけど、そのうちの半数は、授業中の怪我によるものだ。俺はこんなところで、将来を担う君たちを失いたくないからね。
――他に質問がなければ、早速始めたい。大丈夫かな?」
まあ、色々と思うところはあるんだけど。
質問をするほどではないよね。誰が対戦相手になるのか、どきどきではあるけど。
あと。何故か今もぼくを挟んで両隣に立つアキとモエ。だんまりを決め込んでいるのか、真剣な表情で、トウヤ先生を見ている。
なんか、質問したいんじゃないの、君ら?
「――よろしい。では試合の開始かな。試合時間は3分。で、試合の後に、5、6分を使って、個人に指導するよ。取り敢えず今日は一日使って全員が試合するようにするから、よろしく頼む」
34人のクラスで対戦するとなると、試合数は17。3分間だから、試合だけで51分。個人指導に100分強。昼過ぎには終わっちゃうかな?
まあ、そうならないから、一日全部を使う予定なんだよね、きっと。
「じゃあ、まずは――モエ=クルガンさんと、ベルクラウゼ=リン=ゴゴルンジェーナさんの試合といこうかな。
ふたりは入学試験で、共にトップクラスの成績だった。彼女らの戦い方が参考になるかは別として、一度は見ておいて欲しい」
なんと、記念すべき? 第一戦はモエの登場らしい。
トウヤ先生の言葉が本当なら、入学試験のときの、あのナンパ男との対戦は、かなりの実力あり、と認められたということだ。
加えて、先ほど質問していたベルクラウゼさん。武術試験の会場では一緒でなかったから、その実力を垣間見ることはなかったけど、かなりの使い手なのだろう。
というか。
どうしたって男子の割合が多い中で、成績上位者が女子というのはどうなんだろう?
まあ。この世界、前世に比べて男女の差別は少ない。
男だから力仕事。女だから炊事。なんて決め付けることだってなかった。
もちろん傾向としては、男が強い。てのはあるけどね。
「異論がないなら、始めたいけど?」
「はい!」
「お願いします」
トウヤ先生の言葉に、モエと、ベルクラウゼさんがそれぞれ返す。
ふたりは前に出、闘技場を模した円に向かう。
それから武器を選んで、いざ対戦だ。
まずモエが選んだのは、1立寸半に迫るだろう長槍だ。1立寸は前世の1,5メートルに相当するから、軽く2メートル以上ある。突く、は勿論のこと強力だけど、その重さによって撲ることも可能な代物。
以前にモエは槍が得意、なんて言っていた記憶がある。それは真実らしい。
彼女自身も背が高く、背筋も正としているから、その有り様はとても凛々しい。ぼくなんかが持っても、とてもでないが絵にならないだろう。
対するベルクラウゼさんは、半立寸(約70センチメートル)ほどの、この世界での一般的な長さの剣。彼女は剣を得物としているらしい。
あ。当然だけど、どちらの武器も刃はない木製だ。一応それっぽい形はしているだけの、殺傷能力の低い模造品である。
けど――あれで殴られたり斬られたりしたら、絶対痛いよね。特にモエの槍は。打ち所が悪ければ死んじゃうよ?
まあ、こんな試合程度で再起不能になるような生徒は、そもそも大学校に受かってない、てことかな。
「――ふたりの試合、アキはどう思うかな?」
ぼくはふと、隣にいるアキに訊いた。やっぱり友だちの試合だから、気になるよね。モエ、その武器で本当に大丈夫?
同じく友だちのアキは、どう感じているのだろう?
「ふむ――槍は本来、平地などの戦場で用いられるものだ。森林や、建物の中のような、狭いところでは不利だろう。この試合も、狭い円形の闘技場。加えるに開始線が近すぎる。槍の泣き所は、懐に潜り込まれることだ。長い立寸も活かしきれない」
「モエは不利ってこと?」
「ああ。普通の使い手ならな」
大体にして、アキもぼくと同じ見解のようだ。
この世界のこの国は戦争をしているのだから、小学校でも習うこと。
剣、槍、弓。代表的な武器が、それぞれがどんな長所があって、短所があるか。
剣はリーチが短いから、器械や弓、魔術が普及しているこの国では出番が少ない。魔物相手ならともかく、平地で飛道具相手に斬りかかろうなんて、良い的にしかならないよね。
まあ、海戦で船に殴り込み、なんて状況もある。そんな白兵戦では、小回りの利く剣は有用だった。
では槍は? 槍は平地での合戦で威力を発揮する。その長い立寸は、いかに飛道具が発達しても消えることはない。
前世のようにボタンひとつで大量の犠牲者を出す、なんて兵器が登場しない限りは、結局戦場を駆け回るのは兵隊さんたち。そこで槍の出番がなくなることはなかった。
ただアキの言ったように、狭い場所、森林なんかの障害物がある場所では、長い立寸がかえって邪魔になり、長所を活かしきれない。振りかぶったら壁に当たる、木の枝に引っ掛かる、なんてよくある話だ。
まあ、モエがそんな間抜けを演じるとは到底思えないけどね。
そんな感じで、どんな武器にも一長一短がある。
いまこの場面では、剣に利があり、槍は不向き。大学生でなくとも、普通の教養があれば判断はつく。
それでもなお、モエは槍を選んだのだから――相当な自信が見られる。
「ちなみに。成績には関係ないから、敵わないと感じたら降参してくれても構わない。というか、無理に続けようとしないでくれ」
モエとベルクラウゼさんは、開始線に立ち、互いに向き合う。
相変わらずモエは僅かに笑みさえ見せる余裕ぶり。
ベルクラウゼさんは表情に色がなく、ただ凝っと、相手を見据えている。
考えてみれば。
モエの実力、入学試験ではほとんど見ていなかった。
本人いわく苦手な剣を持ち。最終的に決着では武器なんか使わず、しつこいナンパ男を投げ飛ばしたんだ。
これが彼女の実力を知る機会になるかもしれない。
「両者、構えて――」
トウヤ先生の言葉に、ふたりはそれぞれ構えを取る。
「――始め!」
そして、その合図と同時に、ふたりの対戦は始まった。