さあ入学⑧ ギルド錬成会
「――なによ。なにか文句でもあるの?」
ぼくらがダウーさんとターヤさんに案内されて来た、ギルド錬成会の活動場所。
そこはこじんまりとした、数多く存在する教室のひとつだった。
黒板と机と椅子しかない、殺風景な場所。
そこには、ただひとり、教室のほとんど真ん中にぽつんと座る少女の姿があった。
うん、まあ、分かってはいるんだ。
一見にして年若い少女の姿形をしているけれど、それでもぼくらよりはずっと歳上な、マナ=ゴルベローザ先生だと言うことは。
「そうか。先生とクリウスらは知り合いか」
「知り合いもなにも――」
「担任の先生です」
ダウーさんの言葉に、モエとぼくとで返事をする。
担任兼学術主任。で合っているよね?
ぼくらがそう返答すると、
「――マナ先生が担任なのか?」
「はい」
「それは――不運としか言えないわね」
ダウーさんとターヤさんは、ぼくらの言葉にそんな回答をした。
その表情には驚きと共に、どこか憐憫の情が見えている。
なんていうの。マナ先生、見掛けに似合わず、あなたどんだけ恐ろしい教師なんですか。
「ダウー、ターヤ。ひとの風評を害するんじゃない。あと、あなたたちも。そんな顔して、私がここにいて不思議でもあるの?」
ぼくはマナ先生の言葉を受けて、モエを見る。なんとなく。
するとモエの方も、ほとんど同じタイミングでこちらを伺っていた。
アキは――特に表情を変えることなく、マナ先生を見据えていた。
「この子たち、入部希望?」
「ここにいるのは、そういうことです」
可愛らしい顔で、ぼくらの様子に盛大に眉を顰めるマナ先生。
訊かれたダウーさんは、ややたじたじといった具合が見て取れる。
ぼくらが入部希望だなんて、訊かなくても推測はつくだろうけれど。希望者にしてはあんまりな態度だったからか、マナ先生は不機嫌そうな表情である。
先ほどのホームルームで生徒みんなに向けていた、あの可愛らしい笑顔はどこにいったのだろう。
「――ふーん。まあ、あの少ない新入生の中から、当代ベースラインと、将軍家のモエさん含め、3人も連れてきたのは、ダウーにしては上出来だわ」
「お褒めに預かり恐縮です」
うーん。普通お褒めに預かったら光栄なんじゃないの? それが恐縮だって。そんなに畏れ多いひとなんだろうか、このマナ先生は。
「取り敢えず歓迎するわ、3人とも。改めて、解っているとは思うけど、私が顧問をしているマナよ。組の担任で、少なからず面識はあるけど、授業のときの私と思わないこと。びしびしいくから、そのつもりでね」
真剣な顔をして、立ち尽くすぼくらに視線を向けるマナ顧問。
ぼくら、というか。この3人の中で一番軟弱そうなぼくを見ている気がする。
――入る部活動、間違えたかな?
ぼくがそんな考えに囚われていると。
「それはともかく。クリウスとモエは説明を受けているかもしれないが、私は未だだ。全員が入部する方向で話は進んでいるが、話を詳しく聴いてからでないと、ここが良いのか悪いのか、判断がつかない」
アキが助け船を出してくれた。相変わらずの無表情で淡々と、て感じだけど。
「あたしもつい付いてきちゃったけど、どうにも腑に落ちないのよねえ。他の会員はどこかしら? 聴いたところによると、あと何人かいるみたいだけど。あと、会長はダウーで良いの?」
加えて、モエもぼくが気になっていたことを代弁した。そうなんだ、確か6人で活動している、というのに、ここには既会員がダウーさんとターヤさんのふたり、それにマナ顧問しかいない。
結構なイベントのはずだけど、他のひとたちはどこにいるのだろう?
あと、ギルドの仕事を研究する、と言っていた割に、ダウーさんたちは思いきり油断して、下手を打てばあのときに命を落としていたのかもしれないのだ。少しばかりその顛末を聴いているモエとしては、およそ納得のいくことではあるまい。
モエが訝しい視線をダウーさんとターヤさん、それにマナ顧問に向けると。
「――よろしい。では、一から説明しましょう」
顧問の先生が自ら、この部活動についてせつめいしてくれるらしい。
盛大に眉間に皺を寄せて、不機嫌そうな顔ではあるけれど。
そしてその視線は、ダウーさんたちを見据えている。
まるで『ちゃんと説明してから連れてこいよ』みたいな非難の隠ったものだ。
――あのときの会場の雰囲気から、悠長に長ったらしい説明をしていられる状況ではなかったと思う。
でも、それを言うと、さらにこの気難しそうな担任はヘソを曲げそうな予感がして、言うに憚られた。
なぜこの場に既会員の姿が少ないのか、判った気がする。要は、皆してこの少女みたいな風貌の顧問の先生が苦手なのだ。
※
ギルド錬成会の歴史は、60年ほど。なんと先代の国王陛下――つまりリンの祖父が学生時代に、手ずから立ち上げた組織である。
大学校もギルドも国営事業だ。王族が両方の存続に尽力するのは当然。そしてまた、両方をより繁栄させるようにするのも、また当然だった。
錬成会により、ギルドの仕事が上手く消化されていけば、ギルドにとっては良いことだ。仕事が消化できなければ、金が回ってこないのだから。
大学校にとっても、錬成会の存在は有り難いものとなった。なにせ実践経験を積む機会は限られている。戦争の際の学徒出陣なんかもあるが、どうしたって最前線に配置すれば少なからず犠牲はあろう。とはいえ後方だと経験を重ねるにはやや足りない。
そこで錬成会である。ギルドの仕事はその大半が単純作業だが、中には魔物の討伐なんてのもある。対人戦でないにしろ、戦闘の経験が積める、という点においては、錬成会は上等な組織だった。なにせその特性上、何人も集まって仕事に当たるのだから、大人数で同時に実戦経験ができる。見ず知らずの人間同士でないから、連係した行動を採れる。結果として、より低いリスクで、ギルドの仕事を回すことができたのだ。
勿論、所属する会員にもメリットはある。知り合い同士、低いリスクで仕事ができるのだ。大学校に入る生徒の全てが裕福でないのだから、お金儲けにはこれ以上ない環境だろう。おまけに将来のための訓練までできるのだ。一聞ではデメリットなんてない。
ここまでの話を全て鵜呑みにすれば、一石二鳥どころか一石三鳥。誰も損をすることのない活動なはずなんだけど――
「じゃあ、どうして他に似たような部活動がないんですか? あと、なんでここの会員も6人しかいないんでしょう?」
どうしたって腑に落ちないよね、いまのこのギルド錬成会の状態を鑑みるに。
類似の活動がひとつもない。
入部にこれといって試験とかあるようにも見えないのに、会員が6人。
明らかに、なにかとんでもないデメリットがあるに違いないのだ。
ぼくと同じ考えを持ってか、アキとモエも、厳しい目付きでマナ顧問の言葉を待つ。
「いい質問ね。確かに、このギルド錬成会のメリットを話せば、さぞ理想の活動に聴こえるでしょう。ただ現実は違った。この活動は生半な気持ちで臨んではならないのよ」
続く話は以下の通りだ。
ギルド錬成会の発足当初は、創始者の目論見通りに上手く機能した。
が、十年二十年と経過し、会としての実績が増して、会員が増えてくるとその限りではなくなった。
まずギルド構成員にはランクがAからFまである。Fなんかは本当に小遣い程度の額しか稼げないけど、Aランクともなると同じ仕事でも三倍以上の給金となる。
人間ひとりが王都で最低限に生活をするとなると、月に必要な金額はおよそ15万統一貨幣。家賃も光熱燃料費、食費も込みで。
その時々の物価の変動はあるけれど、大体の平均はそんなものらしい。
で。問題はこの金額、Bランクともなると、週に二日の就業で楽々稼げてしまうらしい。
人間お金は稼げれば稼げるだけ、あればあるだけ使いたくなるのは、前世でも今世でも真理らしい。
学業を疎かにして、ギルドに入り浸る学生が急増したのだ。
様々な作業現場で経験を積み上げるのは良いとして、将来の軍属となる人材が落第するのは、大学校側からして面白いことではなかった。
さらに問題は、組織が大きくなればなるほど、意見の食い違いが発生する。結果、ギルド錬成会から分派し、独自の考えを持つ真・ギルド会なるものが発足する。
それ自体は問題がない。市場と同じで、独占状態の継続はよろしくないから。競い合うライバルがいれば、お互いに切磋琢磨し、より高みを目指して。結果的にギルドの仕事も効率的に消化されていく。
実際に、色々な類似の部活動が誕生して、ギルドの仕事をこなしていった。
うん。依頼主からすれば、大学校内のあれこれは関係ないからね。充分な結果が得られれば、文句をつけることもないだろう。
しかしながら。やっぱり十数年間は上手く機能したものの、問題が発生するのは目に見えている。
部活動同士の嫌がらせや妨害が始まった。
人間、属する組織が大きくなるにつれ、他を排除したくなるらしい。
それも前世とおんなじ。だと思う。
とにかく、本来なら切磋琢磨し、お互いにより高みを目指すはずが、そうならないから、相手を貶める。
マナ顧問の話は、どんどんときな臭くなってきた。
「――――そんな状態でも、まだ互いの組織は機能していたわ。でも、18年前ね。まだ私が学生だったころ。うちとライバル関係だった真・ギルド会が没落しはじめた」
「なんでですか?」
「うちもそうだけど、会員はどうしたってまとまって活動する。特に割りのいい仕事は、上層部が行って、確実に達成しようとしていたの。高額な依頼を受けて、会長含め数十人が受けた仕事で――真・ギルド会はばばを引いたのよ」
禁断の森の先にある平原で、高純度の魔石が発掘される。
魔石とは、この世界でいうところの石油や石炭だ。器械の動力となるものである。普段は敵国發からの輸入に頼っていた。
魔石があれば、戦争が有利に進められる。国が直々にギルドを介して依頼を出し、広く人員を集めたのだが。それがジョーカーだった。
マナ顧問によると、強力な竜の魔物が突如出現。炎の魔術で真・ギルド会の歴々を生きたまま火葬してしまったらしい。
――そんな表現を使うあたり、個人的に真・ギルド会には嫌なところがあったのか。邪推してしまうけれど。
とにかく。ギルドの活動は、その特性上、仲間内で仕事に当たることが多くなる。それは効率的な作業を促進してくれる反面、有事の際には常に全滅の危険に晒される、ということだ。
ダウーさんとターヤさんが飛竜に襲われたときも、ぼくが助けなければ、似たような状況になったのかもしれない。
「――――それでもなお、多くの頭数を揃える真・ギルド会は、弱体化こそすれ、即座に潰滅することはなかったわ――彼らにトドメを刺したのは、10年前の襲撃事件ね」
「ふむ。悪魔の騎士の奇襲攻撃か」
「そうよ、アキさん。1000人を超す新入生の8割を死傷させた奇襲作戦は、真・ギルド会の若い連中をほとんど全員再起不能にさせた。相手もまるで、ギルド錬成会と真・ギルド会を狙ったように攻撃してきたの。うちが受けた損害も軽微でなかった。
新しい人材を多く失った真・ギルド会は、6年前に解散したわ。入学試験が厳しくなって、年々新規会員が少なくなっていったから。悪魔の騎士に全滅させられた、なんて誇張された話が出たものだから、新入生が集まらなかったのも無理はない。
うちにしても、いまこうして細々と活動しなければいけないくらいには、打撃があったわ」
「結局、どうやって悪魔の騎士は撃退されたんですか?」
「どうやって、を説明するのには、私も直接の目撃者でないから、無理があるけど――誰が、という問には答えられるわ」
「誰ですか?」
「マグマ=リン=ウィングルド王太子殿下よ」
※
「ここまで話を聴いて、どう? ギルドでお金を稼ぐのも、常に危険を伴うの。生半可な気持ちで入ると、痛い目を見る。少しの実力と、かなりの覚悟が必要ね。
ダウーとターヤみたいに、突然飛竜に襲われて。なんてこともあるわ。それでも入る気概が、あなたたちにはあって?」
マナ顧問の視線は鋭く、ぼくらを貫くようだ。
ダウーさんたちに連れてこられて、まさかこんなに複雑で重たい話をされるとは。
まあ、入会した後になって、こんな話を持ち出されるよりは、いま聴いてしまった方が良いには違いない。
ダウーさんとターヤさんは、なにやら心配そうな顔でぼくを見ている。
命の恩人を勧誘した手前、ここで断られては立つ瀬がないのかもしれない。
ただ。ぼくの返答は、説明を聴く前から決まっている。
「もちろん、入会します」
ギルド錬成会の、過去の悲惨な出来事は、美辞麗句で覆い隠すことなんかできやしない。
おんなじように、ぼくが貧乏でお金がない、という事実だって、隠すことはできないんだから。
「クリウスくん。あなたならそう言うと思ったわ。
アキさんとモエさんはどう? わけもわからず連れてこられたみたいだから、もうちょっと考えてからでも――」
「あたしは入るわよ。クリウスみたいになよっちいのがひとりで入るなんて、心配だから」
「私も入会希望だ。クリウスが心配というわけではないが」
うーん。なんでふたりとも、ぼくの名前を引き合いに出すのさ。
アキも、『心配というわけではないが』の後が続かないんだったら、どんな理由があるの?
とにもかくにも。
ぼくらのギルド錬成会への入会は決まった。
平民で平凡なぼくとしては、もちろん心強い仲間と一緒にギルドで仕事ができる、ていうのは有り難い。
たださ。
アキもモエも触れないけど。
ぼくにとっては、どうしても気になることがあるんだよねえ。
マナ=ゴルベローザ。
あなたは一体、何歳なの?