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さあ入学⑦ 部活動勧誘会


「ぜひ、我が栄えある剣闘(スウオード)(サンク)に!」

「いやいや、女子会員が多い槍心(ランセ・リンド)部の方が、居心地よく活動できるに違いない!」

「阿呆! 体格を見ろ体格を。彼女はきっと弓が得物だ。弓道(アーテリ)部が最適だ!」

「あなたたち、もっと彼女の本質を見抜きなさいよね。むさ苦しい男の多い部活動を、彼女が好んでやるものですか。私たち美の信仰(ヴイナス・フオス)会で、優雅な時間を過ごしましょう!」


 最初は部活動の紹介があるかと思っていたけど、それはぼくの認識の大きな不足だった。

 ミロさんの言葉の後に、すぐさま駆け寄ってくる在学生。

 目指す先は当代(アクタル)ベースラインにして、今年唯一の特待生待遇のアキだ。

 途端に小柄なアキは人波に周囲を囲まれて、姿が見えなくなる。護衛に就いている三姉妹の姿だけが、アキの所在地を認識できる唯一の手段となっていた。なんかもう、凄い。

 いやね、分からなくはないんだ。

 前世の中学高校、大学でも新規部員の獲得は重要だった。ぼくはほとんど部活動には参加したことがなかったけど、聞いただけの話、優秀と思われる新入生の勧誘には、諸先輩方は苦心していたよ。

 加えてアキは、3000人が受けて68人しか受からない大学校の試験をトップの成績で通過した生徒だ。

 何がなんでも、既存の部活動の先輩は欲しいに決まっている――けど、これはいき過ぎじゃないかなあ?

 アキの表情は見て取れないけど、盛大に顔を顰めて、溜め息を吐いている様子は想像するに難くない。


「――なんか凄いわね」


 モエの感想も然り。眼前の光景は、迫力と在学生の勢いの強さから、そう言って間違いのあるものではない。どこか呆れたような言葉のニュアンスも、人混みの輪の外にいるぼくらにとっては、当然だった。


「大人気なんだね、アキ」

「特待生だから当然なんだけど、少しはこっちに気を掛けても良くないかしら?」


 完全においてけぼりを食った形なぼくら。

 でもね、モエ。アキの勧誘が終わったら、きっと彼らはこちらにも来るよ?

 この世界の、この大学校の部活がどういう性質をしているか知らないけれど。

 まず一番に欲しい人材を落としたら、次は頭数が欲しくなるに決まっている。

 何度も言及するけど、68人しか合格者がいないのだ。ここで新入生を逃したら、来年以降の部活動の存続が危ぶまれるところもあろう。

 だから、アキがなんて言うかは全く解らないけど。特待生の次は、ぼくらがあの人混みの中に埋もれるんだよ、たぶん。


「入学おめでとう、クリウス」

「思った通りだ。やはり君は、合格に値する人間であった」


 ぼくとモエが呆気に取られていると。

 後ろから、そんな声が聞かれた。振り返ってみるとそこには、相変わらず難しい顔をしたダウーさんと。対照的ににこにこ笑顔なターヤさんがいた。


「ありがとうございます。色々苦戦しましたけど、なんとか入学できました」


 ふたりに対して、ぼくは笑顔で迎える。本当に色々と苦戦したが、ダウーさんとターヤさんは、この大学校での初めての知り合いだ。

 彼らが祝福してくれているのだ。こんな場所だけれども、どこにいたって、嬉しいに決まっている。


「そう謙遜するな、クリウス。君の合格は信じていた。採点をする機会は与えられなかったが、なんら疑念は沸かなかった。自分に自信を持て」

「いえいえ。これでもぼくにしては、自信を持っている方です。

 ――ところで、お二人はわざわざ、こんな大混雑のなか、お祝いの言葉を言いに来てくれたんですか?」

「もちろんそれもあるわ。命の恩人の晴れ舞台だもの、本当なら、もう真っ先にお祝いしたかったのよ。それはひとつの理由。もうひとつは、月並みだけど、部活動の勧誘ね」


 やはり。

 ぼくがわざとらしく問うたのは、彼らの目的を引き出すためだった。

 目的のひとつに、ぼくへの祝言があるのはありがたいけれど。

 そんな言葉を言う暇は、彼らにはないはずだ。

 

「勧誘だったら、ぼくに構っている暇はないんじゃないですか?」


 ぼくはちらり、とアキの方向を見る。残念ながらまだアキの姿は人混みに埋もれていて、三姉妹の頭が窺える程度である。

 ダウーさんとターヤさん。完全に出遅れているよね、これ。


(いや)。アキ=ベースラインは関係がない。無論、全く興味がない、といえば嘘にはなろう。ただ、俺たちにとって重要なのは、君の勧誘なのだ、クリウス」

「はい?」


 アキよりもぼくを優先して勧誘、て。

 ――まあ唯一の特待生なのだから、いま現在に見てわかる通り、半端のない競争率だ。どの部活動も獲得に躍起になっている。

 あの中に飛び込んでいき、言葉巧みにアキを口説く――おそらくは、ダウーさんには無理な芸当だ。


「ごめんね。彼、相変わらず口下手で。私たちは誰でもない、クリウス。あなたを勧誘したいの。命の恩人なのはもちろんある。けど、それ以上に、飛竜(フリイ・エルビス)と戦ったあなたの素質。あなたの謙虚な人間性が必要なのよ」


 うーん。

 正直ぼくとしては、大学校での生活を維持するためには、部活動をしている暇なんてない。

 父から貰った100万統一貨幣(ノート)だって、奨学生とはいえと、下手を打てば一年もしないうちになくなってしまうのだ。

 学費が払えないので退学なんて、そんな情けないことは考えたくもないよ。

 ただ。多分にお世辞が混ざっていると解ってはいても、ダウーさんやターヤさんに強く言われると、悪い気はしない。

 折角だ。二人が所属する部活動の話を、聞くだけは聞いておこう。


「えっと――お二人の所属する部活動は、どんなものですか?」

「ギルド錬成会(ステデインク)だ」

「ぎるどすてでぃんく?」

「要するに、大学校生のみんなで、一緒にギルドに所属して、一緒に働いて。それで得た知識や情報なんかを共有する部活動よ」


 おうむ返しをしたぼくに、ターヤさんは苦笑しながら答えてくれた。


「やっぱり、大学校に入学してから、学費や生活費を稼ぐためにギルドに所属する生徒は多いの。私たちもそうね。ただ、稀に特殊な仕事もあったりするわ。飛竜の件はかなりのイレギュラーだったけど」

「より安全に、より確実にギルドへ貢献をし、報酬を獲るために。みなでギルドの研究をし、時にはチームとなって作業に当たる。時には訓練もする。受けた仕事の内容を共有し、分析し、次の仕事に活かす。俺たちの錬成会とは、そういうものだ」


 それは。願ったり叶ったりではなかろうか。

 独りで仕事を受けるよりも、知り合い数名で受けた方がやり易い。判らないことがあったらすぐ訊けるからね。知らないひとばかりでは、なかなか訊けないこともあるのだ。

 さらには、分析して共有してくれるというのだ。やれあの仕事は割に合わないとか、あの仕事は簡単。なんて事前に解っているなら、より効率的にランクを上げられるし、作業にも身が入るだろう。

 ギルド錬成会。

 話を聴く限りでは、もはやぼくのような貧乏人のための部活動でなかろうか。


「助けてもらったあと、クリウスはきっとギルドに興味がある。とは思っていたの。どうかしら、一緒にやってみない?」


 返事は決まっている。

 まだ部活動の雰囲気とか、活動の様子とか、全然分かりはしないけど。

 ダウーさんとターヤさんがわざわざ誘いに来てくれたのだ。当然欲しい人材のアキを差し置いて、ぼくを真っ先に。

 大変な興味もある。これで断る理由なんて、ひとつもない。しかしながら――


「――ちょっと。あたしを差し置いて話を進めないでもらえるかしら?」


 問題があるとすれば、それは部活動のものではない。主にぼくを取り巻く環境(かのじよたち)の問題だ。

 あのさ、モエ。ぼくが納得して入部を希望するんだから、将軍(ゼネラル)家の裕福なひとは黙っていてもらえると嬉しいな。


「あたしも交ぜなさいよ! クリウスが――いや! そんな面白そうな部活動があるなんて、あたしも勧誘してよね!」


 なんだろう。なぜモエは、ぼくの名前を出しかけて、言い淀んだのだのか。

 ずっとぼくの傍にいて、黙って話を聴いていたと思ったら、突然に食いついてきた。

 そんなに自分が勧誘されないのが悔しいの、モエ?


「無論だ。クリウスの友人ならば、俺たちの友人である。興味があるなら、是非にでも入部を願いたい」

「でも、うちは創設から長いけど、いまは会員6人程度の活動よ? 幸いにして似たような部活動は他にないけど。クルガン家のご令嬢が、満足できるような環境ではないかも――」

「そんなの関係がないわ。あたしが進んで希望するんだから。

 ほら、そうと決まれば、部室にでも案内して、(ちやんと)説明してよね。ここの雰囲気は嫌いじゃないけど、さすがに騒がし過ぎるわ――あるわよね、部室?」


 ダウーさんとターヤさんは、モエが入会する気になったのを、かなり驚いている様子だった。そりゃあ、お金に困っていなさそうな将軍家のご令嬢が、ギルドでお仕事なんて、想像が結び付かない。

 ぼくにとっても、モエが何時間も工場で(だんま)りと単純作業をこなしている、なんて姿は想像できないなあ。

 まあ、ダウーさんとターヤさん。モエもぼくの知り合いだから、邪険にする様子はなかったけど。


「ああ。案内しよう。こじんまりとしていて申し訳ないが、部室はある。こちらだ」


 ダウーさんは、人混みを掻き分けながら歩き出した。

 やっとこの騒々しい会場を抜け出して、落ち着けそうな場所に行けるらしい。


「あ。アキはどうしよう?」


 だだ広い会場を後にするとき、ふと気になった。

 視線を人混み中心に向けると、まだ三姉妹は多数の在校生に取り囲まれている。

 小柄なアキの姿は、当然ながら伺い知ることはできない。


「――しょうがないんじゃない? あんな感じだしね。きっとアキはアキで、相応しい部活動を見つけるわよ」


 モエも視線を同じにしながら、そう言った。

 確かに。モエもそうなんだけど、アキは余計に、ギルドの仕事なんて似合わない。

 当代ベースラインが派遣される現場なんて、前世で言えば、町工場にアイドルが来るくらい、現実味のないものに違いないのだ。


「そうかなあ。ダウーさんたちは、アキはいいの?」

「先ほども言ったが、重要なのは君の勧誘だ、クリウス。モエには悪いがな。アキ=ベースラインはあの様子だ、すぐには抜け出すまい」

「どうせ他に部活動も決めちゃうでしょうからね。彼女を待っている時間が惜しいわ――さあ、行きましょう?」


 結構ドライだね、みんな。

 まあ本当にしょうがないことではある。あの人混みの中を割って入って、アキと三姉妹を連れ出す、なんてことは、豊穣の女神(カーム・ヴイナス)叡智の剣師(エリクス・ウオリア)も不可能に違いない。

 だからここは、彼女らに任せるとして。ぼくらは早々に、この騒がしい場を退散することとしよう。

 なんて思っていたら。


「友人を置いて、どこへ行こうというのかね、モエ」


 会場の正面、一番大きな出入口の前に。

 壁に寄り掛かりながら、腕組みし、ぼくら一団を待ち構える姿があった。


「え、あれ、うん?」


 ぼくはもう一度、アキを取り巻いているはずの混雑を見る。

 その様子は相変わらずだ。先ほどと変わらず、可哀想に三姉妹は混雑の渦中にあった。

 でも。さらにその渦の中心にあるべき人物は、その小柄な体躯を存分に偉そうにして、ぼくらの目の前に姿を現したのだ。


「あら、アキ。抜け出せたの?」

「ああ――ミモザたちには悪いことをしたがな。しかし、私としても、おいてけぼりを食うのはごめんだ。なにより――抜け駆け(・・・・)は許容できんぞ、モエ」

「ちぇー」


 アキはなにやらお怒りの様子である。

 それも当然、友人同士で勧誘会を見聞きしたいというのは、至極尤もな意見だ。

 それをハブ(・・)られては、決して良い気持ちにはならない。抜け駆けなんて言葉が聞かれるのも道理だろう。

 たださあ。何でモエ、そこで口をすぼめて悔しがるの? みんな一緒の方が良いに決まっているじゃない。


「まあまあ。私たちには願ってもないことだから、歓迎するわ、アキ。話を聴いて、良いなと思えば、後でお友だちにも紹介してね?」


 ターヤさんは何故だか苦笑しつつ、アキとモエを宥めている。

 なんだかんだ、大人なひとだ。彼女らの、ぼくには解り得ない意図を即座に汲み取ったらしい。


「さあ、改めて案内するわ。ついてきてね」


 言いながら、ダウーさん(こんやくしや)を差し置いて、さっさと歩き出すターヤさん。

 すぐ後ろに続くダウーさんは、なんだか難しい顔をしている。

 ――前まではあんまりこの先輩たちの関係はよく分からなかったけど。実はダウーさん、尻に敷かれるタイプなの?

 そして。

 やっぱりなんでか分からないけど、アキとモエはいつものように二人並んで歩くわけでなく。

 ぼくを挟んで、三人横並びで歩き始めた。

 彼女らの顔を(ちらり)、と覗き見ると、お互いに(つん)とした、いかにも不機嫌です。なんて顔色だった。

 ――なんで?

 前の人生の40年でも、女心を解った風で、結局は全然理解していなくて、騙された。

 まさかアキとモエがぼくを騙すとは思えないけど。

 どうやらこの人生でも、女心を解するには、よほどの永い時間が必要らしい。

 

 ぼくはそんなことを考えながら、嫌に長く感じる大学校の廊下を、みんなで一緒に歩いていった。

 少し後ろから『どこに行った!?』とか、『草の根分けても探し出せ‼』なんて物騒な声が聞こえたけどね。

 こんなスタートで、本当に大学校生活が上手くいくのかなあ?

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