さあ入学⑥ 在校生交流会
『新入学生のみなさん。入学おめでとうございます。この王立大学校の卒業生のひとりとして、まずはお祝い申し上げます。
さて今年は、不作と言われた去年より、ずっと合格者が少ない状態でありますが、例年にない粒揃いの、精鋭であると聞き及んでおります。
敵国發のここ最近の攻勢は苛烈を極めており、新入学生だけでなく、在校生のみなさんにも、充分に注視して欲しい状況でありますが――』
在校生交流会の会場は、先程と同じ場所。だだっ広い体育館みたいな場所だった。
たださっきと違うのは。どこから湧いてきたのか、と思うくらいに、たくさんの生徒が会場にいることだ。
縦横共に200立寸ほどはある正方形型の会場に、ぎちぎちにひとが入っている。
ぼくは身長が低いから、人垣の向こう側は見ることができないけれど。
それでも、優に千を超える人数がいるのは見てとれた。
まあ、今年と去年は新入生が少なかったが。その前は500人はいた。6年制の学校だから、ざっと計算しても3000人近い生徒が、ここに集まっているのだろう。
そこに教師やOB、残念ながら留年した生徒なんかも入れれば。さらに人数は膨れ上がるよねえ。
前世では新宿や渋谷によく行っていた時期があったから、この程度の人数はどうってことない。と思うけど。
全員が同じ方向を見て、同じ話を聴いている、という風景は、やはり圧巻だ。
それにしても。
いつもにこにこ営業スマイルのリン殿下は、こんな場面でも相変わらずだ。
いまは壇上にあり、ありがたいご高説を垂れている。
なんだかんだ、彼もやはり王族なのだ。民衆の前で演説するときに、いちいち緊張してまごついていては話にならない。
その点はやはり、さすが、の一言に尽きる。
ただ、どうしても。
リンのあの容姿だと、どんなに壇上でいい話をしても、前世で言うところの小学校の、児童会長挨拶。みたいな感じだった。
「あ――」
意外に長く続くリンの話の合間。
ぼくが周囲の状況を見回していると。
知った顔が、こちらに向けて手を振ってくれているのが見えた。
あれはターヤさんだ。隣にはダウーさんもいる。
二人も在校生だから当然だけど、この式典に参加してくれていて。
ぼくに見易く、人垣の最前列にいた。
久しぶりにお目見えするけど、二人とも元気そうだった。
『――新入生と共に、大学校がさらなる繁栄を築くことを願います。既卒生代表、マグマ=リン=ウィングルド』
ありゃ。あんまり聞いていないうちに、リン殿下のお話は終わってしまったよ。
『この後は、在校生代表の挨拶と、皆さまお楽しみの部活動紹介があります。私の言葉はさておいて、そちらを楽しんでくださいね』
壇上を降りる前に、リンは笑いながらそう言った。
自分でも、こういうときのこういう話は、退屈なものだと解っているのかもしれない。それでも話をしなければいけない辺り、お偉いさんは大変だと思うよ、ぼくは。
「アキは挨拶しないの?」
「――止してくれ。ああいうのは苦手なんだ。打診はあったが、全て固辞したよ。あんな演説は、好きな人間か得意な人間がやってくれればいいだろう。私は御免だ」
すぐ隣で、アキとモエの小声が聴かれる。
アキは今期の新入学生で唯一の特待生なのだ。
ぼくの勝手なイメージだけど、そういうひともまた、壇上で挨拶するものだと思っていた。
彼女、意外に人前とか苦手なのかな? いつもの口調で何事か軽く話すだけでも、充分荘厳でありがたい話になるだろうに。
そうしてくれたら、副学長やリンよりも、真面目に話を聴くんだけどなあ。
『在校生代表、ミロ=フィジータです。みなさん、この度は入学おめでとうございます。みなさんもかつての我々同様、あの厳しく理不尽な入学試験を経て、選抜された優秀なひとたちであります。
――まあ、堅苦しいのはここまでにしておいて――』
ミロさん、とは前世の日本でいうところの生徒会長みたいな立ち位置だろうか。アキには及ばないまでも、大変に凛々しい顔つきである。切れ長の目に、高い鼻、薄いながらもしっかりと口紅をしている。
やはり真っ黒なスーツで全身を固め、真剣な表情で挨拶していた。
が。すごく中途半端なところで言葉を切って、後ろを向いてなにやらごそごそとし始めた。
なにをしているのだろう。
『――みなさーん! 入学おめでとうございまーす‼』
ワンテンポ後に、それまでの真剣な顔が嘘のように笑いながら、赤く文字の書かれた、大きな旗を掲げるミロさん。
それには【おめでとう!】なんて大大と書かれていた。
しかも結構な大きさだ。どこに隠し持っていたのだろう。
そして。ミロさんが旗を掲げた瞬間に、会場には盛大な歓声と拍手の音が聞かれた。
耳を傾けると、在校生の方々が、口々におめでとう、と言いながら手を打っている様子だった。
「なんか、凄いわね」
モエがぽつりと何か漏らしたが、歓声と拍手の音でてんで聞こえてはいない。
その口の動きから、なんとなくそう言ったのではないか、推測できる程度だ。
それくらいに、だだっ広い会場には在校生が犇めき合い。割れんばかりの大音響で、ぼくらの入学を喜んで迎えてくれた。
ぼくはちらりと、ダウーさんたちの方向を見る。
ターヤさんは満面の笑顔で、さも自分のことのように嬉しがって、手を叩いていた。彼女はこういう雰囲気が好きなのか、楽しんでいる風である。
対してダウーさんは。
――おおっ。笑っているよ。かなりな堅物のイメージだっけれど、きちんと口の端を吊り上げて、微笑んでいる。
たださあ。なんで目は笑っていないんだろう。強面が口だけ歪めて笑っているなんて、恐ろしくて仕方ない。なにか善からぬことを企んでいるんじゃない? と思うくらいには、不自然な笑顔をしていた。
『このまま、部活動勧誘会に移行しまーす! 新入生のみなさん! 大学校での授業はくそ厳しいものもあるので、部活動では楽しめるように、選ぶのは慎重にねー!
まあ、慎重にしていたら、片っ端から勧誘に行っちゃうから、気を付けてー!』
このまま。この熱気のまま、勧誘会なんてやるの?
こちとら68人しかいない少数なのに、相手は数千人単位だよ?
このままの勢いで在校生たちが殺到したら、新入生は全員圧死しちゃうんじゃないの?
「――凄い熱気ね」
「ああ。少しばかり話には聴いていたが。これほどとは思わなかったな」
アキとモエが、呆れにも似た溜め息を吐く。相変わらずなにを話しているのかは、全く聞き取れていないんだけどね。
ただ溜め息を吐いているわりには、ふたりの顔には喜色が見られた。
そりゃあ、こんなに歓迎されているのに、嫌がるなんてことはないはずだよね。
『さあ、心の準備は良いですかー!? 特に、特待生のあなた! あなたのところには勧誘の手先が殺到するから、覚悟しておいてねー!』
ミロさん、なんかノリノリ過ぎじゃないかな。普通こういうとき、場が混乱したり、怪我人なんか出ないように、注意するものではなかろうか。
この程度で怪我をする人間なら特待生に選ばれない? そりゃそうか。
ぼくは5人に気付かれないよう、そっと彼女らと距離を開けた。
アキに目掛けて在校生が殺到することは解っているのだ。巻添えを食うことはないだろう。
と、思っていたら。
「――どこへ行こうというの?」
この喧騒の中だ。モエが本当にそう言ったのかは解らない。
ただ。ぼくの手は、頑とモエに掴まれていた。
「いや。アキの周りにいたら、ぼくなんかは邪魔かなって――」
「はあっ!? なにを言っているのか全然聴こえないわよ」
そんなことないよね。たぶん。何を言っているか、音は聴こえなくても、ぼくの様子を見れば推測がつくんじゃないのかな。
ちなみに、モエの掴む手は全然振り解けなかった。こんなときでも、力強すぎではありませんかねえ?
『では、勧誘会スタート!』
そうこうしている間に、ミロさんの言葉があった。
瞬間。それまで新入生たちと一定の距離を開けて待機していた在学生が、堰を切ったようにこちらへ向けて突進してきた。
――みんな一概に、当然ぼくより大柄だったから。ぼくとしては、命の危険を感じる勢いだよねえ。
そうやってぼくらはもみくちゃにされながら、在校生から厚い歓待を受けたのだった。