さあ入学⑥ マグマ=リン=ウィングルド
「こんにちは、みなさん。そろって入学、おめでとうございます」
ミサキ先生の挨拶のあと、軽く昼食を摂り。次なるスケジュールは、在校生との交流会である。
ぼくらは他に知り合いもいないので、仲良く6人でランチを共にしていた。
試験中には見当たらなかった食堂だったけど――案内してもらえば、なんてことはない。単純に食堂のある棟は独立していて、他の学舎と違う場所にあったのだ。
そりゃまあ、何千人と学生がいるなかで、各学舎にこじんまりと店を開いていたら、そこにひとが殺到する。
食堂棟の一ヶ所に多くのお店を集中させることで、大変な混雑を回避しているわけだ。
ぼくらは軽くサンドウィッチ(のようなもの)を食べて、混雑する食堂棟を後にする。
やっぱり新入学生だけでなく、在校生も昼食するからね。入学生だけなら大した混雑はしないけれど、彼らが加わると大変な人数だ。混雑は免れない。ここは早々に退散をしておこう。
そうして次なるスケジュールの会場に向かっていると。
「ありがとうございます。マグマ=リン殿下」
うん。ここ数日は姿を見なかった、友人のひとりが声をかけてきた。
ひときわ小柄で、愛くるしい赤い大きな瞳。栗色のさらさらな髪。どこか、少年か少女か判断がつきにくい人物である。
話し掛けてくる声も、変声期を前にした少年のように、高く軽く浮わついていた。
「クリウスくん、減点3」
「ええーっ」
挨拶をしたぼくに、リンは冷ややかな視線で、冷ややかな裁定を下す。
まあ、澄まし顔を取り繕っている風で、目はどこか笑っていたから、本気で言っているわけではないだろうけど。
「出てきたわね、リン。ここ最近は姿を見ていなかったけど、なにをしていたの?」
畏まるぼくに対して、モエは訝しい視線を向けながら、そんなことを言った。
ぼくよりおそらくは彼のことで思い悩み、一悶着も二悶着もあったはずなのに、モエの言葉は素っ気ない。
まあ、対等な友人関係で。とはリン殿下の命令だ。忠実に守っていれば、そういう態度になるのだろうか。
それにしても、ぼくには無理だなあ。モエみたいな口を利くのは。
「ぼくも無駄に王族ですから。いろいろと忙しいんですよ。この時期は發も活発になりますし、大学校の管理にも一役買っているもので――」
そりゃそうだ。王族だよ? ぼくらの知らない業務が山とあるはずなんだから。
大体にしてね、モエ。前世では王族あるいは皇族なんて、滅多にお目見えできなかったんだ。
この世界というか、目の前にいるリンが、異常なだけだよ。
ちなみに。
彼は王族であることを、この大学校では隠していない様子だ。
ここのOBなんだから、顔は割れているはずだし。
だから、彼も公然と『王族』なんて言葉を吐くのだ。
「そんなお忙しいリンが、なんでまたこんなところに?」
「ぼくはここの卒業生ですから。入学式みたいに堅苦しい式典で、ありがた迷惑な長たらしい講説を垂れるのは他に譲っておいて。空気の緩めな在校生交流会くらいには、一言二言喋っても構わないでしよう?」
確かにそうかもしれない。大学校としても、輩出した生徒に王族がいるなら、士気向上のために呼んでいてもおかしくはないだろう。
ただ、在校生との交流会だと喧伝しているのに、卒業生がなにごとか宣うのも、それはそれで違うんじゃないかなあ?
「ところで。みなさんは部活動に入るんですか?」
「さんく?」
ぼくが首を捻っていると、リンは唐突に話題を変えて言った。
間抜けにもぼくは、さらに首を傾げる角度を深くして、おうむ返しする。
するとアキが助け船を出してくれた。
「部活動とは、健全で強靭な心身を構築するという名目で、授業の終わった放課後に行われる有志同士の課外活動のことだ。
大学校ではどうしても同じ組の中で一緒にいる機会が多いからな。個人の才能は平均化され、埋没しがちだ。
上級生や顧問との交流の場になるし、大規模な部活動となれば、他校との試合もある。
――軟弱なクリウスには、他者に揉まれて強く逞しい心と身体を手に入れて欲しいものだな」
説明ありがとうございます。
ただ、助け船ではなかった。軟弱な、て酷い言い種じゃない?
そりゃまあ、大っぴらに強靭な心身を持ってます、なんて言えないけどさ。
というか。この世界にもそんな概念があったのか。
小学校ではなかったからね。
まあ、ど田舎の小学校だ。部活動にかまけている暇があるなら、家の助けをしなさい、ということだったのかもしれない。
「そうねえ。あたしは特に決めていなかったけど、良いのがあるなら入ってもいいかなあ」
モエは顎に指を当てて、散散とぼくを見ながら言う。
ぼくは、前の人生では、特に部活動には所属していなかった。小中高と。
散発的に、何ヵ月間だけ、興味のあるところに入る感じ。
でも、興味のあるところは大抵練習が辛かったり、規律が厳しかったり、先輩がおっかないとかで、長続きはしなかった。
大学ではサークルに入っていたけどね、四年間。当時は無駄に顔が良かったから、飲みサー兼ヤリサーに。
流石にこの世界ではそんなのは存在しないだろうし。
なにより、ぼくは生活費と学費を稼がなければならないのだ。
実りのある学校生活より、まずはバイトですよ、バイト。お金がないとなにも始まらないんだから。
「ぼくは帰宅部でいいです」
「――きたくぶ? なにそれ、楽しいの?」
「あはは。モエさん。帰宅部というのは、なんにも入らない、無所属の学生ということですよ」
ぼくの発言に、聞き慣れない言葉だったのか、首を傾げるモエ。
リンはぼくらの様子を見ながら、笑って注釈を入れてくれた。
この世界――というか、この国では、『帰宅部』なんて言い方はしないのかな? モエの反応を見るに。
でも、リンは知っているしなあ。
「クリウスは、部活動やらないわけ?」
「みんなと違ってね、ぼくは農民の出身で、お金がないんだから。大学校の授業のないときは、少しでも仕事して、お金を貯めないといけないんです」
「うむむ。大変ねえ」
言いながらモエは、眉を顰める。
どこか心配な気持ちと、残念そうな気持ちが入り雑じったような面持ちだった。
「少し工面しましょうか?」
「断じてお断り致します」
モエに続くはリンの言葉。
王族がそんなこと言ってはダメでしょう。あなたの収入源て、大元は税金ですよね?
国民が一生懸命働いて納めたお金を、ぼくなんかに使わないでよ。
「冗談ですよ」
ぼくの返答に、やや驚いた顔をするリン殿下。
全然冗談でなかったような顔をしているけど――冗談でいいんですよね?
「おっと。そろそろ時間ですね。ぼくは一足早く会場に行ってます。また後で」
と。この世界では大変に珍しく貴重な腕時計を見、リンは足早に会場へと向かってしまった。
慌ただしいなあ。そんなに時間が押しているのに、ぼくらを構いに来てくれたんだろうか。
アキとモエはともかく、一庶民のぼくに。あと護衛三姉妹に。
「――なんだったのかしら。あのひと」
「リン殿下は変わり者と聴く。公の場では聡明で偉ぶらず、立派な王族なのだがな。こういうくだけた雰囲気では、ああなのだろう」
突然現れ、突然にいなくなった後ろ姿を、ぼくらは見送っていた。
「とはいえ。ぼくらものんびりはしてられないよね。たぶんもうすぐ始まっちゃうよ?」
「それもそうね。取り敢えずはあたしたちも会場に向かいますか。
――クリウスの部活動についての議論は、交流会が終わったあとにしましょう」
「うむ」
え?
あの話し、続くの?
ぼくは貧乏を理由に、きっぱりすっぱり拒否したはずなのだけど。
そんなぼくの言葉は、彼女らの耳に届いていなかった。
部活動についてのなにやらを会話しながら、アキとモエ、護衛三姉妹は先に進んでしまう。
――どうなることやら。なにか変な部活動に引っ掛からなければいいんだけど。