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さあ入学③ マナ=ゴルベローザ


「私があなたたちの担任兼学術主任となる、マナ=ゴルベローザよ。取り敢えずはこれから二年間、よろしくね」


 将来の軍属となるべく人材を育成する機関、大学校。その担任ともなれば、鬼のように恐ろしく、逞しい人間であろう。

 男女を問わず筋骨隆々な人間が多く、『力』が強い人材が豊富であると言われる(アカ)の国だ。教師にもそれは当てはまるはず。

 そう思い、少しばかり緊張して指定された教室で待機していたら。

 やってきたのは、随分と小柄な、黒髪の少女だった。

 ぱっとした見た目では、10歳くらいの印象だ。二つに結んだ長い髪も、その印象に拍車をかけている。

 というか。彼女はあのとき――能力測定の際に、説明をしてくれたひとだ。アキよりも小柄な体躯は、この世界の大人としては大変に目立つ。間違いようがない。


「ひとつ断っておくけど、私はこれ(・・)でもあなたたちよりはずっと歳上。甘く見ないこと。なんでも外見で判断するような生徒はここにいないと思うけど、もしいたならその態度は成績で反映させるのでそのつもりでいてね。

 あと、交際の申込もお断りよ。もう先約(こんやく)が入っているから。

 なにか質問はある?」


 ――なんか、色々と突っ込みどころがある自己紹介だったけど。

 特にこれといって質問が出たりはしない。

 能力測定のときのようにゆっくりな口調ではなく、やや早口だった。それに、下手なことを訊くと、そのまま減点対象なんだよね、きっと。なら質問はしない方が良い。

 個人的には、先約(・・)が凄く気になるけれども。

 ちなみに、アキとモエもだんまりだ。

 ぼくらは席順に特に指定がなかったから、教室の最前列に三人並んで座っていたけど。

 横を見れば、アキは相変わらずの無表情。ただ()っと担任だという少女を見ている。

 反対側を向くとモエがいるんだけど――彼女はどこか呆気に取られたような、驚いたような、そんな顔をしていた。

 いやね、ぼくだって驚いてはいるんだ。

 実際の年齢はこの際は置いておいて。こんな見た目が幼い少女が担任で、しかも恋人持ち。

 相手はどんなロリ〇ンか! とは思うよ。たぶんこのクラスの男子は、みんなそう思っている。お相手のことを詮索する勇気はないけれど。


「――――よろしい。

 まあ、二年間は嫌でも担任だから、判らないことがあったら、その都度訊いて頂戴」


 結局、質問の手は挙がらなかった。

 前世の中学とか高校なら、面白半分で質問が飛び交いそうだけれど。

 そこはさすがの最高学府たる王立大学校。に受かった生徒たち。気になるけど成績に影響する可能性があるのなら、気にしない方が良い。

 またちらりと横を覗くと、モエがウズウズとしている様子があった。

 ――たぶん、なにか質問をしたいのだろう。けど、きっとその内容は禄でもないものだから、手を挙げるのを躊躇させている。

 まあ、後で訊いてみればいいんじゃない?



  ※



「早速だけど――ここにいるみんなは、あの(ふざ)けた学力試験を通過してきたのよね。

 どうだった、あれ?

 ――えっと、ベルクラウゼ=リン=ゴゴルンジェーナさん」

「はい。問題は簡単なものがほとんどでしたが、数が多くて苦労しました」


 暫しの沈黙を明けて、マナ先生が喋り出したのは。学力試験のことだった。

 ぼくにとっては、あんまりいい記憶ではない。かなり苦戦したからね。

 まあ、ここに奨学生として座れているのだから、一定以上の点数だったとは思うけど。

 なんにしても。担任の先生が戯けた(・・・)試験と称するくらいだ。やっぱりあの学力試験は、かなりの難易度だったのだろう。

 感想を求められた――えっと。ベルクラウゼ=リン=ゴゴルンジェーナさんとやらも、困惑の顔で答えていた。


「よろしい。

 確かにあの試験は、今年は過去最多の出題数だったわ。得点になる(・・・・・)問題だけで238問あったからね。

 でも、あなたたちはそれを乗り越えたから、いまここに座っている。誇りを持っていいわよ?

 ――さて。次に訊くけど、あの試験。何点満点だったと思う?

 モエ=クルガンさん」


 おっと! ここで我らがモエに質問の矢が立った。

 隣に座る姿を見ると、彼女は一瞬驚いた顔をして、それから首を捻って考え込んで。やがて突然の質問に答えるべく口を開いた。


「――1000点くらいでしょうか」

「そう思う根拠は?」

「すごく簡単な問題と、難しいし時間の掛かる問題とで、点数配分は違うのでしょうから。簡単なのは1点、難しい問題で10点と考えると、そのくらいになるかと思います」

「よろしい」


 その回答は、ぼくとほとんど同じ意見だった。

 すごく簡単な問題と、一部の時間ばかり食う問題が、点数配分が異なるのは当然だ。

 しかし。マナ先生の次の言葉は、そういう考えを全く排除するものだった。


「ここで種明かしをしましょう。

 あの試験、満点は238点(・・・・)だったわ」


 ――え?

 ぼくは耳を疑った。

 マナ先生はなんと言ったのか。あの試験は、238問中238点満点?

 それはつまり、配点は全部1点だったということだろうか。


「ヒントはたくさん出ていたと思う。全部の試験が始まる前の副学長の長たらしい演説の中にも。学力試験の会場でも、最初の説明でしていたはずよ。

 あなたたちは見ず知らずの敵との戦いで、合格という目的遂行のために試験を受けた。敵は大勢いる。でもこちらは独り。孤軍奮闘、多勢に無勢なんて状況よ。命を取られる本当の戦場なら逃げるのも手。

 でも、今回ばかりは、あなたたちは目的(ごうかく)を果たさないわけにはいかなかった。逃げるわけにはいかない。

 エメンタリアノ=ゴーズロスくん。あなたはどう戦う?」

「……敵の首領を狙います」

「その通り。勝利(ごうかく)を手にするには、全てを倒すことはない。要点を抑えればいい。

 ただ、相手のことが判らない場合もあるわ。敵の首領の全部が、派手に着飾って、ふんぞり返っているわけじゃない。それは今回の試験も同じ。どれだけ問題数があるのか、どれが重要な配点の高い問題なのか、制限時間も残りが判らない――実戦で起こりうる全てを踏まえたものにしたつもりよ。

 まあ、今回の試験は、分かりやすく最後が肝だったんだけど。

 最後の問題に、何かしら答えを書いたひとはどのくらいいるかしら? 正解不正解、自信のあるなしは別として、最後のあの(ふざ)けた設問に、何かを記入したひとは、挙手してもらえる?」


 マナ先生の意図は判らない。その質問に、なにか裏があるのだろうか。

 ぼくは内心で首を傾げつつも、言われた通りに手を挙げた。

 正解の自信はない。というより、あんなアンケートみたいな、

『あなたは医者である。戦争で、不幸にもあなたの家族と、国の高官が大怪我を負った。どちらも直ちに施術しないと助からないが、両方を助けられる時間はない。怪我を治せるのはあなただけ。あなたはどちらを助けるのか。理由も記せ』なんて問題に、正しい答があるはずもないのだ。

 そう思いながら手を挙げると。ぼくやアキ、モエだけでなく、クラスの全員が挙手した。

 誰ひとりとして、反応しないものはなかった。


「――見ての通り。ここにいる全員は、なにかしらあの問題に回答(・・)している、ということね。

 それもそのはず。あの問題こそ、敵の首領たる問題だったのよ。あれに回答していない受験生は、多勢に飲まれ最後まで攻めきれなかった愚か者か。はたまた考えあぐねた挙げ句、大事を逃し小利を()る者か。大学校はそう判断して、あの問題に答えていない人間は全て不合格にしたの。

 だから、あれに答えていないひとは、ここにいない道理ね。

 他の問題は全部が配点1。

 絶対に誰かが言ったはずなのよね。あなたたちがどう考え、合格という目的を遂行しようとしたのかを判断する、て。それ、重大なヒントだったのよ」


 最初に言われたときはピンと来なかったけど。種明かしをしてみれば、至極簡単だ。

 副学長の試験前の言葉にも。

 あの女神のような肉体美を持つ女教師? も。

 彼らは一様に、確かに、ヒントを出してくれていたのだ。

 結局ぼくは気付かなかったわけだけど。


「さて――種明かしが終わったところで。

 あなたたちには、言わなければいけないことが、あとひとつだけあるのよ」


 はて。他にもまだ、なにかあの試験に隠された秘密があるのだろうか。種明かしは終わり、て言っていたよね?


「合格おめでとう。私たちは、あなたがたを歓迎するわ」


 マナ先生は、少女のような顔で。

 少女のような笑顔をして、ぼくらを祝福してくれた。

 なんかさ。その言葉を聴けただけで、大学校に受かって良かったな、と思える笑顔だった。

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