さあ入学①
私生活でばたはだして、更新が遅れましたm(_ _)m
さて。
今日は入学式である。
途中にもやはりいろいろあったけれども、ここは盛大に端折らせてもらおう。
まあなんでかと言うと――正直記憶が薄いし、思い出したくもないこともある。
大袈裟に、三日三晩に渡る大宴会を開いたあと、ぼくは二日酔いというか三日酔いというか、とにかく丸二日間はまともに出歩けなかった。完全なる飲みすぎだ。
それは父が悪い、とぼくは他人のせいにする。
また蒸溜酒が出てくるのかな、と思いきや、供されたのは米の酒だった。
うん。前世の日本酒とほとんど同じ。やや濁りがあったので、濁醪に近いかもしれない。
それがまた美味しかったのだ。
前世では日本人だった。なのでこの味わいは馴染みが深い。甘口だったのも加わって、非常に美味しく感じられた。
こんなお酒を隠しておくとは――父め。独りで楽しんでいたのだろうか?
とにかく。村中のみんなを巻き込んでの宴会が、三日も続いた。今にして思えば、正気の沙汰ではない。飲み過ぎもしようがない。
ぼく? ぼくももちろん三日間ぶっ通しで参加したよ。主役だからね。主役が席を離れるのを許可されるのは、トイレと寝るときだけだった。
でもさあ。ぼくが寝ている間も、誰かしら騒いでいたでしょう。別にぼくはいなくても良かったんじゃない?
2日目にマリアさんとユーリが帰ってきた。
どんよりと暗い顔をしていた。
商売が上手くいかなかったのか? と思い訊いてみると、商売自体は大成功だったそう。例のぼくを襲った三人とは示談も成立し、50万統一貨幣で手を打ったとのこと。被害者のぼくが不在だったのに。やっぱりマリアさんは凄いなあ。
暗い顔は、どうやらこの国、近々大きな作戦でもあるみたいで、兵糧やら木材やらがたくさん欲しい、と取引先から言われたかららしい。
戦時特需てやつじゃない? 取引が多くなるからよかろうなものだと思うけど。
なんて言ったら、戦争を喜ぶようなことではいけない、て怒られた。マリアさんも、いろいろ考えているんだな。商人の鑑です。
ただ。一口お酒を飲んだら、マリアさんは豹変した。豹変してそれまでの理知的な話なんて忘れるくらいだった。
ぼくにやたらと酒を飲ませて、酔い潰して、夜の寝室まで一緒に来たときは、ぼくも覚悟したよ。いろいろと。
でも、絶体絶命の危機のときに部屋に現れたのはユーリだった。ぼくは助けられた。
マリアさんはユーリに連行された。『既成事実を!』などと叫ぶ彼女を見ながら、ぼくは安堵と共に眠りに落ちたのだ。
けれど。朝起きると、なぜか裸で、同じく裸のユーリと抱き合って寝ていた。
――なにがあったのか? 覚えていないし、思い出したくもない。
以来、ユーリの視線が妙に熱っぽかった。目を合わせると顔を赤らめた。筋骨隆々の男が、ぼくに対して。
あなおそろしき。
そんのこんなで、ぼくは酔いが覚めると共に、早々に村を後にした。
やっぱり盛大なお見送りを受けたけど、そこも端折らせてもらおう。
新しい生活への期待感から、逸る気持ちがあったのは勿論だけど。
笑顔で見送る両親の影に。マリアさんの悔しがる顔と。顔を赤く染めたユーリの視線があった。これはもう、そそくさと出発するより他はあるまい。
マリンに跨がるぼくは、少しばかりお尻の様子を気にしながら、学園都市へと向かったのだった。
※
「久しぶり、クリウス」
入学式のために大学校に来て、会場に案内されて。
まず初めにかけられた声に、ぼくは振り返った。
そこには、ややおめかしをしたモエの姿があった。
服もこの世界で言うところの晴れ着である。真っ黒いスーツみたいなものだ。
無駄に前世の記憶がある身としては、なんだかリクルートスーツか、悪くすれば喪服な感じだけど。
ぼく? ぼくは普通の格好だよ。茶色の作業着――元の世界ならジーンズと呼ばれるもの――に、同じく茶色の上着。シャツだけは一応、黒にした。
別に入学式に服装の指定はなかったし。制服もこの後で配布されるらしい。
ただ、周りを見ると、こんな普通の格好をしているのはぼくだけである。完全に浮いてるよ。
仕方ないじゃない。貧乏性で守銭奴な父を持っているんだ。一日しか着ないような服に、お金なんてかけるわけがない。
「久しぶり、モエ。二週間ぶりかな?」
「すぐに判ったわよ、遠目からでもあんただって。もっとましな服はなかったの?」
やっぱり彼女も、このハレの日のためにお化粧はしていたし、全身は黒の盛装で固めていた。
この会場で、入学者数が少ない中、ぼくを見つけるのはさぞ簡単だったであろう。
「将軍のお家と違って、ぼくは農家の息子だよ? これが精一杯の一帳羅さ。それより、モエ」
「なに?」
「似合っているよ」
ぼくはなんの気もなしに――とは言わないけど、モエの容姿を誉めた。実際に美女はなにを着たって美女なのだから、誉めて当然。
前の人生では夜の接客業をしていたんだからね。きちんとおめかしした女性がいるなら、それに言及するのは当たり前さ。
「――それ、誰にでも言ってるの?」
あれ? モエの反応が思ったものと違う。
こういうときは大抵、『お世辞ばっかり!』とか『当たり前でしょ』とか返されるのが常なはず。
思わず真顔で言ってしまったのがいけなかったのかな? なにせ前世の夜のお仕事をしていたときから今まで、何十年と経っているからね。誉め言葉が錆び付いていても無理はない。
「そんなことはないよ、マイハニー。ぼくの言葉は、君だけに向けられるものさ」
だから今度は、満面の笑みを浮かべながら言った。真顔で真剣に言われるよりは、彼女としては笑顔の、軽めの受け答えの方がしっくりくるかもしれない。
だと思ったのに。
「――なら許すけど。あたし以外の前でそんな顔したら、ぶん殴るわよ?」
不思議なことに、モエは額に青筋を浮かべて怒りを抑えている様子である。
なぜか? それがぴんと来ない辺り、やはりぼくのおべんちゃらはだいぶ錆び付いているようだった。
「そういえば、アキは?」
なにやらモエの得体の知れない剣呑な雰囲気を回避すべく、さっと視線を外す。
モエはまだ白眼視の装いをしている風だったが――
「あたしも探しているんだけど、いないのよねえ。やっぱり、今年ただひとりの特待生なんだから、忙しいんじゃないの?」
「みんなの前で演説とかするのかな?」
「もしそうなら、あたしたちと相手をしている場合ではないわね」
普通に受け答えが返ってきた。
彼女としても、アキが見当たらないことは気になっているらしい。
いたらすぐに判るはずなんだけどね。
今年も入学者はかなり少ない。50人とかそこらだ。
それに。アキは小柄ではあるけれど、あの鮮やかな赤い髪は、どこにいたって目立つのだから。
「大声で呼んでみようかしら?」
「――止めておいた方がいいと思う。モエの大声がどんなものかは知らないけどさ、きっとみんなびっくりしちゃうよ」
とは言うものの。
やはり大学校での数少ない友人なのだ、アキは。
アキと一緒に入学式に出られないとは、やはり画竜点睛を欠くというものだよね。
そろそろ式も始まる時間。
入学生50人にしては、馬鹿みたいに広い会場の中で、二人して途方にくれていると。
「誰か探しているのか、モエ。クリウス」
久しぶりに聴く、少女の声がした。真後ろから。
ぼくは驚いて振り返る。モエもだ。なんでまた、友人と会うのに気配を消して、背後に近寄ったりするのだろうか、この当代ベースライン様は。
「いつの間にいたのよ! ずっと探していたのに」
「それはすまない。やや準備に手間取ってな。無駄に格式張った家だと、やれこれを着ろだの、あれを付けろだの、五月蝿くてかなわない」
そう言いながら、やれやれと嘆息するアキ。でもその表情は、どこか嬉しそうだった。
いや、間違いなく、嬉しいのだろう。ぼくだって、モエだってたぶん、久しぶりに会ったのだから、嬉しいに決まっているよ。
それにしても。
護衛三姉妹も一緒なのに、どうやって近付けたのかな? できれば、心臓に悪いから今後は止めて欲しい。
あと。
アキもまた、ここぞというときの服装なのだろう。
張ッとした黒いスーツに、黒い外套という出で立ち。化粧気はなかったけれど、赤い髪には、小さな白い髪飾りを付けている。
――なんというか。美女もそうだけど。
美少女も何を着たって様になるものだ。
「アキ」
「なんだ、クリウス?」
「似合っているよ」
ぼくはやっぱり、真剣な顔して言ってしまう。
というか、ここでそんな言葉のひとつも出ないようなら、それは男子失格であります。
なんて考えながら、凝っとアキに視線を向けていると。
「いっっったー!?」
突如として、ぼくの脳天に激しい痛みが走った。
目がちかちかするくらいには強い衝撃である。
なんだ? と思って横を見ると、そこには――
「ぶん殴る、て言ったわよね、クリウス?」
なにを怒り狂っているか、さっぱり解らない、憤怒の形相をしたモエがあった。




