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合格発表後のいろいろ⑤


 なにはともあれ。

 ごめんで済むなら警察は要らない。

 このまま彼らを放置して家に帰ってしまおうかとも思ったけれど、それは憚られた。

 いつまた襲ってくるか判らない。

 実家について一息入れた途端、家族や知人を盾に取り、再び牙を向くことも有り得るのだ。

 なのでぼくは、彼らを拘束してしょっぴく(・・・・・)ことにした。

 最寄りの村か、王都に逆戻りか。時間は掛かるけれど、自身の安全のためだ。致し方あるまい。

 

 でもまあ、勿論大学校の受験生が、こんな場面で都合よくロープとか持っているはずはなかった。

 大の男三人を逃がすことなく拘束するには、どうしたら良いのだろう。

 え? 魔法で捕縛できないのかって? 

 そんな便利なものを習得しているのなら、とっくにやってるいよ。というか、魔法はそこまで万能ではないからね。

 考え付いたものをすぐに具現化できるとしたら、この世界から道具という道具が全てなくなってしまうよ。


「おい。これは捕虜の扱いとして不当ではないのか」


 で。考えた結果。

 光の魔法で地面に穴を開け。そこにひとりずつ埋めることにしたのだ。

 地の魔法が使えるなら良かったけれども、生憎とぼくは使えないのだから仕方ない。

 できた穴に襲ってきた彼らを足から入れ、土を被せて埋める。手作業だから大変だった。

 あと、三人のうちふたりは気を失っているが、早々に降参したひとりは起きている。地面に埋めるなんて、大変な抵抗を予想していたけど――そんなことはなかった。

 まあ、光の魔法で地面に穴を開けたのだ。下手に抵抗なんてしたら、お前に穴が開くぞ、と言っているようなものだよね。大人しく、自分から穴に入ってくれました。

 物物(ぶつぶつ)文句は言っているけど。


「逃がしたら危ないですし。三人を運ぶのも手間なので。人通りが全くない場所でもないですから、その内に商人か旅行者が通りかかるでしょう。それまで、すいませんが大人しくしていて下さいね」



 幸いにして、通行人はすぐに現れた。

 二人の護衛を引き連れた、小規模な商隊だ。

 二羽立ての大きな荷阿車(・・・)に、これでもかと米を満載している。それが三台。

 野盗か魔物(モンスター)に襲われたら守りきれないような人数だけど?

 まあ、この道は本来治安の良い通りだ。東の辺境と王都を結ぶ唯一の通りなんだから、余程でないと危険はない。

 今回ぼくが襲撃されたのは、ゴゥト=シメイヤ様にとっては、余程のことだったからだろう。


「大学校受験の帰りに、急にこの三人に襲われまして……」


 ぼくは護衛のひとりに事情を説明する。

 護衛のわりに体躯が貧弱そうな彼は、首を傾げ、訝しんでこちらと、地面に埋められた三人を見比べていた。

 商隊を率いているであろう商人さんも、阿車を降りてきたけど――やっぱり不審な眼でいる。

 そりゃそうか。ぼくみたいな小柄でひ弱そうな、少年の見た目のやつが、屈強な男三人を倒す。なんて、実際に考えてみるとそうは有り得ない。

 いくら能力(ステイタス)に差があっても、ひとりの人間の力は、寄ってたかって襲い来る多勢には敵わないものだ。


 もしかして。ぼくが疑われているんじゃないかな、この状況。


「君みたいな少年が、こいつらを?」

「はい、そうです」

「にわかには信じられんなあ」


 やっぱりだ。

 端から見れば絶対に怪しい。こちら四人で徒党を組んで、この商隊に取り入り、悪さでもするんじゃないか――そんな風に思われても不思議はない。


「クリウス! クリウスじゃないか!」


 ぼくが困ってあたふたしていると。

 商隊の後方側からそんな声が聞かれた。

 誰だろう? ぼくが声の方に目を向けると、そこには――


「ユーリ!」

「なんだか騒がしいし、阿車が急に止まるからさ。何事かと思えば、クリウス。お前の仕業かよ」


 僅か一週間ばかり村を離れていただけなのに、凄く懐かしく感じるその声の主は、幼馴染のユーリだった。


「クリウスだって!?」


 さらに、最初の商人さんに次いで出てきた中に、知った顔があった。

 村で商家を営むマリアさんである。

 荷物が米のようだったから、ぼくの村の方角から来たのでは? と思っていたけれど、まさか本当にトンの3の村から来た商隊だったとは。

 渡りに船とはまさにこのこと。マリアさんと――なんで付いてきているか判らないけど――幼馴染のユーリがいれば、不審だとは思われまい。

 前世と違って、いまの世界の生まれた村では良い子だったからね。ぼく。

 今まで怪しんでいたひとたちも、この二人の知り合いとなれば、少しは話を聴いてくれるだろう。


「お久しぶりです、マリアさ――はぶっ」


 ぼくが挨拶の口上を吐く前に、マリアさんの抱擁があった。

 彼女はユーリよりも図体(がたい)が良い。アキやモエよりもずっと筋肉質だ。

 そんなのに抱き着かれたら、ぼくでなくとも変な声は出ちゃうよね?


「まさかこんなところで会うなんて! やはりあんたは婿に来るべき運命なんだ!」


 うん。王都とぼくらの村はそんなに遠く離れていないからね。あなたたちがなんの商売と用事でこの道を通りがかったかは知らないけれど、そんなに運命的な再会ではないと思うんだ。

 だから、あんまり強く抱き締めないでもらえるかな。折れるよ、このままだと? 主にぼくの背骨とか肋骨が。

 マリアさん。あなたは将来の婿と見こんだ人物を圧死させるつもりかな?


「おいおい、マリア。それじゃあクリウスが死んじまうぞ? 俺だって再会を喜びたいんだ。あんたも後にして、まずはこの有り様の経緯(いきさつ)を訊こう」


 やれやれ、なんて肩を(すく)めて言うユーリ。そんなことは良いんだ。死ぬのが解っているなら、早く止めてもらって良いかな?


「――ああ、ごめんよクリウス。つい、な」


 つい(・・)で人死にが出たらたまったもんじゃないよ。

 ぼくはマリアさんから解放されて咳き込む。能力(ステイタス)の力の値はかなり高いはずなんだけど。まさか、マリアさんはモエすら上回る力持ちなのだろうか。

 

「で。なにがあったんだ? あと、大学校はどうだったんだ、クリウス」

「実は――――」



  ※



 それから。

 改めて事情を説明した。

 襲撃してきた三人は、ゴゥト=シメイヤ様の手の者であること。またゴゥト様は同性愛者であること。さらには当代(アクタル)ベースラインや将軍(ゼネラル)家の令嬢と知り合ったこと。大学校には無事に合格したこと。

 一週間弱しか村を離れていなかったけれど、それでもぼくにとってはイベント盛り沢山だった。

 全てを語り尽くすには、いまいる場所と状況は不釣り合いすぎる。

 今回の事件のあらましを語ったところで、続きはみんなが村に帰ってから、ということになった。

 幸いにして商隊は、犯人の身体を拘束できるような荒縄を持ってきていたから、ぼくを襲った三人を再び掘り起こし、逃げたり暴れたりしないように括って、商隊に引き渡した。

 これから王宮に突き出してくれるらしい。

 本来なら、事件の被害者のぼくも行かなきゃいけないんだろうけど、後の処理はマリアさんがやってくれるらしい。

 曰く、


犯人たち(こいつら)もずいぶん従順だしね。問題ないだろうよ、こうなっては。犯罪者になりたくはないだろうから、示談金をたんまり(・・・・)頂いてから無罪放免さ。クリウスは早く家に帰って、吉報を届けたいだろう? 面倒なことはやっておくよ。早く帰りな。

 ――ただ、まあ、手数料として示談金の半分は頂くけどね」


 とのことだった。


 少しだけ話を聞いてみると、元々は盗賊でなくただの学生。親分たるゴゥト様の指示があったから、ぼくを襲ったのだと言う。生業どうのこうのは、嘘っぱちだったらしい。

 まあ、なんとなくは分かっていたけどね。あなたたちが素人だってことくらいは。

 彼らがここまで供述してくれて、証人も数名いる。加えてロープで雁字搦めに縛られたのだ。逃げおおせるわけもない。

 彼らにとっては、今後はいかに穏便に、自分たちの名前に泥を塗ることなくことを済ませられるかが重要なのだ。

 え、なんでそんなに従順で、あれもこれもペラペラと喋るのか?

 判らないけれど、ぼくが少しばかり睨みを効かせるだけで、降参したひとりは怯えていたからね。

 下手を話すと、命の危険があるとでも思っているのかもしれない。


「ありがとう、マリアさん。示談金なんて要らないよ。マリアさんの好きにしてね。ぼくはお言葉に甘えて、このまま村に帰るけど――道中お気をつけて」

「ああ。こちらも2日ほどで帰る。帰ったら、いろいろと聴かせて頂戴な」

「こいつらは任せておけ」


 マリアさんと、次いでユーリの言葉。

 ぼくはしっかりと頷いて、手を振ってその場を後にした。




 ――ああ、疲れた。

 あと少しで、家に着く。


 そう思うと、色んな疲労がどっと肩にのし掛かってきた。

 魔素(エーテル)の気配を探っていたけれど、どうやらこれ以上の襲撃はないようだ。魔物(モンスター)の気配もしない。

 こういう油断しているときが一番危ないんだけど――結局、村に着くまで、なんの問題も起きはしなかった。

 

 村の知り合いの何人かとすれ違った。

 こんにちは、なんて我ながら気の利かない言葉を吐きながら、家へと急ぐ。

 村のひとたちだって、ぼくか大学校受験に行ったことは当然知っている。だからきっと、結果がどうだったのか、知りたいに違いない。

 でも、そんな問い掛けはひとつもなかった。

 みんな解ってくれているのだ。

 こういうときに、ぼくが一番に報告したいのが誰なのかを。


 ――まあ、成り行きでマリアさんとユーリが先に結果を知ってしまったんだけどね。

 


「――ただいま。帰ったよ、父さん、母さん」


 家の玄関の扉を開けて、居間に入る。

 そこには待ち構えたように、ちょうど良く両親の姿があった。


「よく帰った、クリウス」

「あらあら。随分疲れている風じゃない。早く休みなさい。お風呂も準備してあげるから」


 なんにも変わらない、大学校受験のどうこうなんて関係ない、いつも通りの姿だった。


「父さん、母さん。ぼくは――」

「みなまで言うな。解っている。お前は俺の息子なのだ。お前の顔を見れば、大体は解る」

「ええ。本当にお疲れ様、クリウス」



「――なんか、いつも通りだね。安心したよ」

「当然だ。一週間かそこらで変わるものなどありはしない」

「そんなものなの?」

「当たり前だ。お前が大学校に受かろうが落ちようが、どんなに出世しようが路頭に迷おうが。俺とお前は父と子だ。そこだけは変えようがない」



「さあ、母さん。宴の準備をしよう。皆に触れ回ってくれ。クリウスが帰ってきたと」

「はいはい――あなたは今のうちに休んでなさいね、クリウス。暫くはお祝いよ?」



 ぼくが何事かを言う前に、両親は全てを理解してくれていたようだ。

 その上で、喜びを村中で分かち合おうと、宴会の準備までしてくれるらしい。

 なんとありがたく、嬉しいことか。


 ぼくは久しぶりの自室で、泥のように眠った。

 宴の始まるまでの僅かな時間だったけれど、王都の宿で寝たよりも、ずっと深く眠った。


 前世では感じたことがなかったんだ。

 帰る家があって。迎えてくれる家族がいるとは。こんなにも幸せなことだったのか。

次回からやっと学園篇です。たぶん。

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