合格発表後のいろいろ④
さて。3対1の非常に数的不利な状況だ。
相手は、ひとりは姿を現しているけど、他は見えない。
彼らの戦略としては、まず一人目をぶつからせておいて。夢中になっているところを上から、あるいは後方から攻撃する手はずだろう。
それで合っているのなら。この目の前の男と、馬鹿正直に剣劇を演じるのは危険だよね。
「マリン、眼ッ」
ぼくは短く視線を飛ばしながら、合言葉を発す。
ぼくが手塩にかけて大切に育てた阿のマリンだ。瞬時にこちらの意図を読み取って――目を瞑ってくれた。
その次の瞬間には、眩い光の玉が、襲い掛かる男の前で弾けた。
「ぬうっ‼」
裸眼にこの輝度はさぞ辛かろう。
ぼくの魔法だ。光の魔素を集め、少しだけ凝縮させたのち、一気に前方に向けて開放する。
すると、たちまちに閃光弾の完成だ。
大丈夫かな、彼。網膜が焼き切れていないことを願おう。
とはいえ。悠長にもしてはいられない。
ぼくは取り敢えずは目を覆い、身体をくの字に曲げて怯む最初の男はさておいて、次の目標に取り掛かる。
後ろだ。
「そこだっ!」
僅かながら、ぼくらの戦況に動揺したのか?
折角後方に潜んでいるくせに、がさりと草の揺れる音が聴こえたからね。大体の場所は魔素の流れで判っていたんだ。狙いを定めるには、それで充分である。
ぼくは剣の鞘を思い切りぶん投げた。右手に剣を持っているから、左手で。
前世のぼくなら、見えにくい的に、何立寸も先から、利き手でない左手で物を投げて当てる。そんな芸当は無理だった。
でもこの世界では違う。ファンタジーなんだ。いつなんどき、なにがあるか解らない。護身のためには、これくらいできるように練習するのは当然だ。
「ぎっ」
そして、見事に命中したらしい。鞘を投げた方向から、短い呻き声が聴かれたよ。
失神とか気を失っていてくれたらありがたいけれど、そう上手くはいくまい。向こうも、最初の男の口上を信じるなら、結構な手練れだ。
不意を打たれて怯んでも、まさか気絶なんて間抜けはしないはず。
けれど、少しでも次手が遅れてくれるなら、万々歳。
ぼくは魔素を自分の身体の内に疾らせる。筋力強化だ。
思い切り大地を踏み締め、蹴り出す。一気に、それまで後方に潜んでいた相手に近付く。
上からの攻撃も厄介だけど、やっぱり目の更に届かない後ろは、早めに潰しておきたいよね。
――なんて思っていたら。
「うおおおぉ!」
樹の上から来たよ。ご丁寧に掛け声まで上げて。
このひとたち、本当にこんなことを生業にしているのかな?
どう考えても素人なんだけど。
「危ない!」
ぼくは咄嗟に叫ぶ。反射的に光子盾を展開しながら。
ちなみにこの場合、危険なのはぼくではなく、頭の上から降ってくる相手だ。
光子盾は、光の魔素を凝凝に集めて固めている。光でも、圧縮すれば盾になるのだ。前世では昭和生まれだからね、ぼく。なんとかフィールドには憧れていたんだよ。
ただ、アニメと違うのは。
光はそれ自体がエネルギーだ。だから必然として、凝縮させたりなんかしたら、とんでもない熱量になる。
小学校に入りたての時分、熊に襲われたときにやってみたけど――噛みついてきた方の熊の頭が、瞬時に消し炭になったね。
剣や槍で殴られる分には良いけど、取っ組み合いの殴り合いなんかになったら、相手が大変だ。
襲撃されたので相手を不可抗力でバーベキューにしちゃいました、なんて冗談でも言い訳できないよ。
え? 剣を持っているなら、それで防げって?
いやいや。相手がどんな武装をしているか判らない以上、こちらは最大限の備えをしなければならないよね。
剣なんてお手製のなまくらだ。たとえ相手が切れ味の悪い剣とか、棍棒だったとしても、自由落下してくる体重を乗せた攻撃を防げるわけはない。ぽっきりいっちゃうよ。
そのために光子盾。だからぼくは、危ないと報せたんだ。
「ぐわぁっ!?」
果たして相手の武器は木剣だった。
ぼくは半歩ほど後ずさって、あわよくば剣を空振りさせようと思ったが。相手のリーチは、予想よりも僅か長かった。
結果として木剣は光子盾に触れ――炎を出す暇もなく、破ッ、なんて音を立てて、木炭になってしまった。
その衝撃に相手は弾き飛ばされる。落下のときの勢いそのままに、ごろころと地面を転がり。少し大きめの石に頭を打って止まった。
――良かった。無事のようだ。無傷ではないかもだけど、過剰防衛の謗りは受けなくて済む。
気絶した男の様子を確認すると、ぼくはすぐさま、先ほど鞘を当てた相手に近寄る。
攻撃する暇を与えてはいけない。彼らがどんな武器で攻撃してくるかは、相変わらず判らないのだから。
「――あれ?」
と、思っていたら。思わず声に出しちゃったよ。
だって、鞘を当てた男、すっかりのびていたんだもの。
よく見たら、男の眉間は赤く腫れ上がっている。
狙い澄ましてそこに鞘を投げたわけではないけれど、どうやら当たりどころが悪かったらしい。
なんて大変な間抜けなんだろう。
「――えっと。取り敢えずは残りあとひとりかな?」
ぼくは振り返る。視線が向くのは最初の男だ。あとのふたりは無力化したといって良いだろう。
いま現在、安全を脅かすのはひとりだけだ。
剣の甘くなった握りを改め、開けた場所に出る。
そろそろ相手も眼が元通りに慣れてきた頃合いだろう。
これから起こるであろう剣劇に、ぼくが緊張の眼差しでいると。
「参った。降参だ」
「えぇ?」
座り込んで掌をこちらに見えるように上向きにし、白旗を上げる男。
彼のポーズは、前世で言うところの土下座と同じような意味合いだ。
ぼくはまだまだ戦闘が続くと思っていたので、拍子抜けの状態である。
「どこへなりとも消えるがいい」
そんなことを言う最初の男。
降参するの、早すぎじゃない? ぼくらはまだ剣を合わせてもいないよ?
まあ、相手がそれで良いと言うなら、こちらも文句は言わないけどさあ。
ぼくは釈然としないまま、一応は警戒を解かずに、男に歩み寄ていった。
一歩一歩と近付く度に、彼の緊張の度合いが増していくのが判る。そんなに顔に出したら、刺客なんてできないよなあ。
結局、男は本当にそれ以上の抵抗を見せるでもなく、御用となった。
彼らは三人で寄ってかかって襲いかかってきた割りに、まさにぼくに対して指一本触れることも出来ずに敗れ去った。
いったい全体、なんだったのだろう、このひとたち。