合格発表後のいろいろ②
「だめよ、こんなところ! 風呂トイレ共同、三人部屋、女人禁制、門限あり、外泊許可制!? 安けりゃいいてもんじゃないわ!」
学生の新生活において、重要なのは家だ。
食費や光熱費は、頑張ればある程度まで削ることができる。けれど家賃は、最初に削っておかないと、後から節約できるものじゃない。
できるだけ安く。というのは、特にお金のないぼくには、最も重要な命題に違いない。
――で。
ぼくらが現在いるのは、大学校の程近くに設えられた、国営の男子学生寮。
年々合格者が減っており、空き部屋はたくさんある。三人部屋の仕様だけれども、必ずしもそうなるとは限らない。
風呂トイレ共同は、ぼくにとってなんの障害にはならないよ。刑務所の中が丸見えのお風呂やトイレでないんだから。
門限だって、課外授業や兵役、ギルドでの仕事という理由があるのなら、きちんと申請すればオーケー。やはりなんの問題もない。
さらに有り難いことに、朝夕の食事付。炊事は勿論できるけど、やって貰えるなんて大変に嬉しい。
築100年超という、最早前世なら文化財級の建物だなんて、些細な瑕だ。
それで家賃は、光熱費食費込みで、なんと驚きの月々2万統一貨幣!
東京だったらよっぽど怖い幽霊が出るとか、猟奇殺人の現場でした、みたいな超弩級の事故物件でないと有り得ないよ。
「次に行きましょう、次!」
うん。即決だよねえ。こんなにぼくにぴったりの物件なんて、王都中どころか、国中掻き分けても存在しない。
だって言うのに。
契約の印を押そうとしたぼくは、ずるずると廊下を引き摺られている。なぜか。
「ねえ、モエ。ぼくはどうして、いま、こんな仕打ちを受けているのかな?」
堪らずに訊く。ぼくの首根っこを掴んで離さない人物に。
すると、
「あんたに少しでも任せようとしたあたしが愚かだったわ! こんなところに住んだら、遊びにもお酒を飲みにも行けないじゃないの! そんなの牢獄とおんなじよ!」
そんな答えがあった。
モエ、きみは牢獄を甘く見ているね? 牢獄はこんなものでは済まされないよ? この世界の牢屋は知らないけどさ。
あと、この寮の管理人さんと思わしきひとの視線も気になる。色々と案内してくれた、筋骨逞しい壮年の男性だ。
彼は残念そうに、かつ哀れみの情も含めてこちらを見ている。
そりゃそうだ。ここ最近は合格者が少ないと聞いているから、入居者がなく悲しく思うのは当然だ。
またモエに引き摺られるぼくの様を見て、尻に敷かれる亭主を想い起こし、哀れむのも無理はない。
だけどさあ。そんな顔して、その手はなに? 管理人さん。
握り拳から親指だけ出して、下に向ける仕草。それって、前世では地獄に落ちろと同義なんだけど。
ああ。アキとモエと、三姉妹と一緒に内見なんてしていたら、そう見られるのかな? 三姉妹が姉妹かどうか見分けられるのは別として。
「学生の本分は勉強だよ? そりゃ少しは遊びにも飲みにも行きたいときがあるかもしれないけど」
「――ねえ、アキ。クリウスたら、こんな尤もらしいことを言っているけど。あたしたちのこれからの誘いは受けずに、学業に打ち込むんですって。もっと学業に専念できるように、不必要なものは去勢しちゃっていいかしら?」
「許可しよう」
「許可しないでよ!?」
そんなこんなで、大学校お墨付きの寮の内見は終了。
学園都市内唯一らしい、不動産屋に向かう。本来ならこの時期は大忙しなんだろうけど、あまりにも合格者が少なくて、ぼくに構うくらいの時間はあるらしい。
ぼくの心はすっかり学生寮に決まっているけれども、ふたりの反対があっては致し方ない。
どうせ不動産の見学なんて無料なんだから、色々と見て回ろう。
そして、やっぱりお金と利便性の観点から、学生寮が一番だと理解して貰うのだ。
――だからさ、アキ。ぼくを差し置いて、ぼくの住む家を選ばないでもらって良いかな?
モエも。 これがいい! とか言わないでよ。
3LDKの部屋なんて、学生が独りで住んでいて良いところじゃないよ。
え? 全くの無言だった黒服護衛三姉妹が、口を開いたぞ? なになに、ここが理想的? どれどれ――て、新築一軒家じゃないか! 月々支払20万ノートだなんて、阿呆か!
どうにもこうにも、女子の考えと男子では、齟齬をきたすらしい。
あと。なんで不動産屋は、こんな大それた物件ばかり推すの? 独り暮らしですよ、独り暮らし。こんなに広いスペースは要らないよ。
――ああ。なるほど。確かに。1男5女で、突然アポイントメントもなしに押し掛けたら、『みんなで住む家を探してる』なんて思われても無理はないのかな。
どんな部屋を探しているのか、訊かれる前から案内受けてたしね。
「違うんです。ぼくは独り暮らし用の部屋を探していて。別にこのみんなで住むわけではありません」
あらぬ誤解を払拭せんと、声を大にして言う。
このままだととんでもない高額物件になりそうだったから、当然だ。
ぼくが言うと、不動産屋の担当の、少し痩せ身のお兄さんは、なぜか安堵の表情を見せた。
なんでだろう。不動産屋からして見れば、高い買い物をさせる方が絶対にありがたいはずなのに。
――まあ、そうか。美少女と美女に、護衛まで侍らせて部屋探しだなんて。
確かに、ぼくがこのお兄さんなら、舌打ちして内心で呪いの言葉を吐くかもしれない。爆発しろ、て。
※
で。結局決まったのは、学園都市の端っこ、大学校からはやや離れた、徒歩20分くらいの場所。
近くに大きな商店もなく、大学校生というよりは、学園都市内で働く家族向けの物件が集まるところだ。
そこの平屋3戸の集合住宅。
周囲は静かで、公園なんかもある。朝夜は出勤や帰宅でやや騒がしくなるものの、基本的には一日を通して閑静な住宅街の装いだ。
築60年。この世界は魔法があるから、結構容易に、石や樹木を扱えるのなら家の補修は行える。
全焼したりしたら話は別だけど、ちょっとやそっとの歪みは、わけなく直せるのだ。
だから前世では築60年は、できるなら避けたいレベルの年数だけど、ここではあまり問題にならなかった。新しくはないにしても、決して古くはないよ、て感じ。
間取りは3DK。広さはおよそ50平米。風呂トイレ別。家具備付。箪笥もベッドもある親切設計だ。
それで家賃は月3万ノート。格安だよねえ。流石に食事は付いていないけど。
買い物の便は若干難ありかもだが、男の独り暮らしで阿がいれば全く問題ない。
前世で無理矢理に表現するなら、大学から徒歩20分、駅や商店街は離れるけど、自転車あればオーケー。みたいなものだ。
――ただ。ちよっとお安過ぎじゃない?
住宅事情が前世と違うことは良く分かった。
何度も言うけど、安いに越したことはないんだ。でも、流石にちょっとな心配なところだよ。
「なんでこのお値段なんですか?」
「――少しばかり事情がありまして――」
やはり。わけあり物件らしい。
ぼくの問い掛けに、暗い顔をして担当のお兄さんは答えてくれた。
曰く。
ここは禁断の森に近い――とはいえ、1陸里以上は離れている。あまり懸念すべき事項では個人的にはないのだが、やっぱり気にするひとは気になるらしい。なので以前から、この近辺はあまり人気のない物件が多いとか。
――そもそも。そういう場所に住宅街を造っちゃだめじゃない? 学園都市の住宅事情はよく分からないけどさ。
「別に大丈夫でしょう、クリウス? おばけも幽霊も、存在なんてしないんだから」
ぼくだって詳しいわけじゃないよ、禁断の森のことは。小学校でそんな名前の場所がある、てだけ聞いたくらい。
ただモエが言うように、つまりは出る場所なのだ。
モエは霊魂否定派らしい。
前世でもその存在は科学で解明されていなかったけど、この世界の可学でも同様だった。
魔法が存在する世界に、おばけが出てもなんの不思議もないと思うけどね、ぼくは。
というか、霊魂が存在しなかったら、いま現在のぼくも存在しないことになるよね、たぶん。全力で肯定しますよ?
「大災害の際に亡くなった人々を埋葬したとされる禁断の森――確かに気色の良いものではないが、これだけ離れているのだ。問題はあるまい」
アキもひとつ頷いて、言葉を繋げた。
1陸里は大体2キロメートルほどもある。かなり大きな森らしいけど、この物件からではその姿を窺うことはできない。
結構な距離だからね、2キロメートルって。
ここで不安がっていたら、学園都市になんて住めないよ。
「じゃあ、ここに決定、と――モエ、なにかあったの?」
担当のお兄さんの説明をさらに聴き、新居の現状も確認をして、晴れて賃貸契約成立だ。署名と拇印を契約書に押して完了である。
が、なぜかモエは難しい顔で、一番南側の部屋にあった。
視線はドアノブを見ていて、時折扉を開けたり閉めたりしている。
「いや、ね。鍵付いてないんだな、て思っただけよ」
それは気になることだろうか?
まあ、将来ぼくにも彼女やお嫁さんができたら、鍵付の部屋は必要かな。プライバシーという概念は、もちろんこの世界にもあるものだ。
王都に着いた頃には、時刻はすっかりと夜になってしまった。
合格発表のときの緊張感や、新居選びで張り詰めた緊張感が一気に解けていく。
入学の手続きも、住む場所も決めた。もう王都でやり残すことは、ない。
明日こそ、村に帰ろう。
ぼくの吉報を心待ちにしているだろう、みんなのいる村に。
――まあ、当然のように、またみんなで盛場行ったんだけどね。
全員揃っての合格だ。祝杯をあげない、ていう選択肢は彼女らになかったらしい。
いいけどね、うん。でも、今日は疲れたから、早めに帰って寝ましょうね、みんな?
ぼくの諫言は聞き入れられることはなく。
「では。私たち6人の合格と――」
「永遠の友情を祝って――」
「かんぱーい!」
またもや、美味しくない蒸溜酒を飲むぼく。
というか。
この世界にも、乾杯なんていう習慣があったんだねえ。なんて妙に親近感を覚えながら。
王都での、一旦の最後の夜は更けていった。




