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合格発表後のいろいろ①


 いつまでも抱き合って、泣きながら喜びを分かち合っている場合ではない。

 個人的には、凹凸には幾分か不足しているけれど、年相応に柔らかなモエの触感は、いつまでも味わっていたいところだ。

 ただ、そうもいかない。ぼくが変態ぽくなっちゃうしね。

 何より、合格者は速やかに(・・・・)手続きをしなければならないのだ。

 ぼくらは喜び合うのもほどほどに(それでも10分は泣いて抱き合っていた)、お互いの手続きを行うことにした。


 特待生のアキと、一般合格者のモエの窓口は同じ。

 ふたりは仲良く並んで、受付に向かっていったよ。

 で。奨学生は違う。手続きの窓口は別だった。

 それも当然。モエは授業料をきちんと納めていれば、なんの不審もなく大学校生だ。彼女と彼女のお家柄から考えても、遅滞なんてありえない。

 アキは特待生だからね。入学金やら授業料は、その全てが免除される、はず。

 ふたりとも今後の予定やら説明やらを聞いて、契約書類にサインだかなんだかすればオーケーだろう。

 ただ奨学生は違う。

 授業料に補助が充てられるのは、なにも『ただであげる』てわけではない。貸し付けられるのだ。だからいつかは返さなければならない。

 前世でも、大学は出たけれど、奨学金の返済に苦労するやつらの姿を多少なりとも見たことがあった。まさかぼくもそうなるとは。


 手続きはアキやモエとは別の棟で行われた。

 奨学生の定義から始まり、入学までのスケジュールの説明。また入学時に必要な費用の説明の後で、奨学金の返済について説明があり――重要そうな書類に、サインと押印が求められた。

 この世界では15歳は立派な成人だ。前世では両親の許可や同意もなしに、と思われるかもしれないが、この世界ではまかり通る。

 それにサインし拇印を押すと、今度は奨学金の返済方法についての説明。

 返済方法は大きくわけてふたつあった。

 短く太く返すか、細く長く返すか。いろいろプランみたいなのは種類があったけれど、要約すればそのふたつに収まる。

 前世と同じで、早く多く返済すれば利息は少なくて、長いほど結果的にはたくさんのお金を払うことになる。

 返済が開始されるのは卒業してからの翌月だ。そのときにぼくがどうなっているかなんて、判らない。

 取り敢えずは細く長くを選択しておく。まとまったお金ができたときに一気に返済すれば、利息額は少なくなるらしいからね。

 また一定以上の軍属、村町長なんかになれば、返済額は減免されるらしい。国のお仕事だからね。国が経営する大学校なら当然か。ぼくは村や町のお医者様志望だから、いまのところは関係がないけれど。


 そんなこんなで、たっぷり一時間を使ってぼくの手続きは終了。

 モエと喜び合っていた、ついさっきまでの時間が嘘のように、シビアで現実的な時間を過ごしましたよ。

 ちなみに。

 手続きをしている途中に、何人か受験生らしき人間が押し掛けてきた。

 何事か喚いていたので、たぶん不合格だった輩だろう。で、不服の余り事務所に殴り込んできたのだ。

 まあ、すぐに衛兵に取り押さえられて御用。

 馬鹿だねえ。文句を言ったところで合格になるわけでもなし。不合格に加えて、不法侵入、傷害なんかの烙印(レツテル)まで貼られてしまうよ。

 ぼくは努めて冷静に、手続きをしてくれている事務員さんの説明を聞きながら、そんなことを思った。

 

 こうして、ぼくの入学は決定した。




「あれ、待っていてくれたの? ふたりとも」


 ぼくが堅苦しい話を聞いて凝った肩を鳴らし、棟を出ると。

 アキとモエの姿があった。

 どうやらふたり揃って、ぼくを待っていたらしい。


「ああ、勿論だとも。私は、モエにはもう言ってしまったが、友人としてクリウスに言わなければならないことが、もうひとつだけあるのだ」

「え――なんだい、それは?」

おめでとう(・・・・・)。私たちはこれからも友人だ」


 頬を掻きながら、やや照れた様子で言うアキ。

 照れるくらいなら言わなきゃいいのに――なんてことは、このときばかりは思わなかった。


「ありがとう。こうして合格できて、本当に良かった」


 やば。またちょっとウルッときちゃったよ。やだねえ、精神年齢が中年て言うのは。涙もろいたらありはしない。


「――そういえば、ミモザさんとシェーラさんとパティエラさんはどうだったの?」


 ぼくは相変わらず無表情で、アキの後ろに立ち構える三人に視線を向ける。

 彼女らも大学校を受けた受験生のはずだ。


「おかげさまで」

「三人とも」

「合格しました」


 こちらの問い掛けに、淀みなく三人揃って返事があった。

 それまで無表情だった彼女らも、そのときばかりは、やや顔に変化があった。

 ――見間違いではない、笑顔だった。ほんの僅かだったと思うけど。


「良かったじゃない! これでアキの護衛の心配はしなくて済むね」

「私としては、やや過保護な感があるがな――彼女らがそうしたいなら、拒否することはしないが」


 アキは苦笑を含めながらに言った。

 まあ当代(アクタル)ベースラインだし、彼女自身も武術よし、魔法もかなりな使い手だ。正直護衛なんて、過剰防衛だよね。

 友だちという関係に執着している風なアキには、ただの友だちとして接したいのかもしれない。


「――それよりも。クリウスは手続きが終わったのか? この後はどうする?」

「どうせ今晩も暇してるんでしょ? 今日くらいは付き合いなさいよ」


 それぞれアキとモエの言である。

 アキは平静な顔をしながら、散散(ちらちら)とこちらに視線を送っている。これはおそらく、みんなでお祝いしないか? の誘いだ。大変に光栄だよね、ぼくとしては。

 対してモエの言葉。たぶんニュアンス的にはアキと同じことを言っているのだろうけれど、言い方でこうも違うのか。

 大体において、一緒に晩御飯しなかったのは昨日だけじゃないか。なにが今日くらいは(・・・・・・)、だ。

 ――まあ、どちらにせよ断るつもりはないんだけどさ。

 でも。


「今日はこれからまた宿の手配をして、これから住む家を見て――かな? まあ、夜は空いていると思うけど」


 これでも予定はある。

 まさか受かると思っていなかったし。こんなに素晴らしい友人に恵まれるとも思っていなかった。

 だから当初の、大学校に合格したと想定していた通り、さっさと家を決めて、一度家に帰る準備をしなければならない。


「それは難儀だな。住む家を決めていないのか?」


 いやいや、当然ですよね? 君らみたいに優秀でないぼくは、合格より先に賃貸契約を結ぶなんて冒険はできないよ。


「モエも家を決めるんじゃないの? まさかサハラザードから通えるわけはないし」

「あたしは都合良く父さん(パパ)の別邸が王都にあるから、そこに――いや、でも、クリウスが言うなら、部屋を借りても良いわよ?」

「ぼくはなにも言わないよ。おうちがあるなら、そこの方が良いに決まってるじゃない」


 ぼくはモエにも話を振った。もしかしたら、彼女も賃貸にするかもしれないからね。ただ、返事は予想と違ったけれど。

 もう家があるのに、改めて借りる必要なんて微塵もないよね?

 まさか将軍(ゼネラル)様の別邸か、そこらの学生向けの安貸家に劣るわけもないし。

 そう思って返事をしたら、そうね、なんて随分愛想のない答えがあった。僅かに頬を膨らませている。


「では、当面はクリウスの家を決めねばならないのか。モエ、祝杯はその後で構わないか?」

「――ええ、もちろん。クリウス(こいつ)優柔不断でなよなよ(・・・・)しいから、黙っていたらとんでもない家を押し付けられるに違いないし。きちんと見張っていなきゃ」


 ――ねえ、ちょっと待ってよ?

 もしかして君たち、ぼくの家の内見まで付き合うつもり?

 止してよ。ぼくはどこだって良いんだ。前世では刑務所なんていう、最低な集団生活を送ったこともあるんだ。

 どんな環境だって、それに比べれば大変にマシなものだ。だから一番安いところにしようと思っていたのに。

 女子なんかがいたら、ここはダメ、汚いとか。

 もっと可愛らしい内装でとか。

 ユニットバスなんてやだ! とか言うつもりでしょ?

 増してお嬢様ふたりだ。他人の家だってのに、あれこれ酷い文句をつけるに決まっている。

 ――まあ、ユニットバスなんて概念は、この世界にはないのだろうけれど。


「そうと決まれば、早速行きましょう。クリウスの部屋決め!」

「いやいや、なにも決まってないよ、モエ?」


 ぼくの言葉には耳を貸さず。モエはさっさと歩き出してしまった。


「心当たりはあるのか? もしないのなら、我が家の一室を間借りさせてもいいが――」

「それはだめよ! クリウス、いい歳して居候なんて、情けないと思わないの!?」


 ――と思っていたら、アキの申し出の途端に戻ってきたよ。

 なにが気にくわないのか、折角の提案を否定してくる。

 まあ、個人的にも、ルームシェアならともかく、間借はちょっとね。

 刑務所よりは比較にならず快適なんだろうけど、共同生活だ。しかも友人の家に。

 できればごめん蒙りたいよね。


「――まあ、モエがそう言うなら仕方あるまい」


 そして何故だか、ぼくより先に残念がるアキ。

 なんでだろう?


 まあ、そんなこんなで。

 ぼくの大学校生活は始まろうとしていた。

すいません。

まだ学園生活は始まりませんm(_ _)m

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