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アキの婚約者③


「ゴゥト=シメイヤは同性愛者だ」


 ぼくらは大学校を辞し、ようやく近くの川まで辿り着いた。

 モエは真っ青な顔をしたまま、川に飛び込むように、走り去っていった。

 そんな勢いで走り出したら、普通はいろいろ(・・・・)出ちゃいそうだけどねえ。

 ぼくがやれやれ、と溜め息をついて、モエの介抱に向かおうとしたとき。

 アキときたら、そんな爆弾発言をした。

 モエのところに歩み寄ろうとしていた足は、ピタリと動きを止める。

 一瞬、彼女がなにを(のたま)ったのか、理解できなかった。


「クリウスはあれ(・・)の好みではなかろうと油断していた。すまない。あれ(・・)は、筋骨逞しい、17~18歳の槍師(ランサ)が好きだったはずだが。

 ――君を見て、あれ(・・)もまた新しい嗜好に目覚めたらしい」


 アキは柄にもなく、(こうべ)を垂れて謝意を表してきた。

 いつも尊大な態度のアキが、当代(アクタル)ベースラインが、こうして下っ端農民に頭を下げるなんて、知らない人が見たらなんて思うのだろう。


「そんな――謝らないでよ、アキ」


 ゴゥト樣がぼくなんかにも興味を示すなんて、そんな彼女も預り知らない情報だったのだ。不快というか嫌悪というか、いい気はしないけれども、アキに謝罪を受けるほどではない。

 いやまあ、先に言っておいてくれても良かったんだよ? 同性愛者だって。

 でも、あれか。彼がぼくに興味を持たなければ、別に同性愛者と言わなくても結果は変わらないわけか。

 なら、言わない方が無難だよね。


 この世界での禁忌と云われる思想の中に、同性愛は含まれる。

 前世の世界では、LGBT――だったかな? 愛の多様性てやつ――が主張されていた。日本ではともかく、海外では同姓同士の結婚も許されていたりしたらしい。

 この世界ではどうか? 

 そんな思想は、大禁忌だった。


 理由は簡単。同性愛で子は産まれないから。

 戦争をしていて、魔物(モンスター)も出るような世界なんだ。人間の平均的な寿命もおよそ50年と、前世に比べて短い。一年が420日あるあるけれど、それにしたって短く儚いものだ。

 だから、子孫繁栄の生物的な命題により、子どもが産まれない同性愛は非難の対象になる。

 同性愛が公的に認められる世界なんてのは、随分と平和な環境でなければ、訪れないのだ。

 ――とはいえ。そりゃあゴゥト樣みたいなお金持ちだろう偉大なひとには関係ないよね。


「ああ――すっきりした。外の空気と川の水が、こんなに美味しいだなんて思わなかったわ」


 ぼくとアキが話をしていると。

 だいぶ顔色の良くなったモエが早々に戻ってきた。

 やや全体的に(やつ)れている雰囲気があるけれど、とりあえずは元気になってくれたみたいだ。


「おかえり、モエ」

「ただいま――あら、ありがとう」


 そんな彼女の様子を確認しながら、ぼくはハンカチを渡す。

 たぶんモエも持っているんだろうけど、口や手を拭ったりしていなかった。それだけ急いで出して(・・・)戻ってきたのだろう。

 モエはぼくからハンカチを受け取ると、やけに丁寧に手を拭き、口回りを拭った。

 ハンカチは返されなかった。

 曰く、洗ってから返す、とのこと。

 ぼくのお手洗いのときはどうすれば良いの、それ?

 間の悪いことに、一枚しかハンカチを持ってきていなかったんだよね。

 あ、ご心配なく。まだ使ってないやつだったよ。


「それはともかくとして――」


 ぼくがやや不満げな顔をしていると、モエはアキの顔を見遣った。かなり勢いよく。鋭い目付きをして。


あんなの(・・・・)が婚約者? アキ、そんな趣味だったの?」


 うわ。モエったらぶっこんでくるなあ。

 ぼくもちらりと思ったけどさ。もしかしたら、アキはとんでもなく下手物(ゲテモノ)好きなんじゃないかって。

 食べ物の好みも変わっているからし。

 もしかしたら、この世界でも『肥満は富の現れ』なんて言われているのかもしれないしね。

 ――モエの様子から、後者はないと解るんだけど。


「――私にだって、ユィを飼うような趣味はない」


 少し頭を捻らせながら、アキは答える。当然、その返事にモエは食らい付いた。


「だったらなんで! あんな魔物みたいなのと結婚するわけ?

 お祖母樣が決めたから? 相手が高貴な家柄で、魔力も高くて、きっと優秀な子どもが生まれるからって、そんな理由なの!?」

「――解っているではないか、モエ。君の推測する理由が全てだ」


 モエの言葉を受けてなお、アキの表情は変わらない。

 どこまでも平静を装っている。その顔からだけでは、彼女がなにを考えているかなんて、ひとつも伺い知れない。


「アキがあいつ(・・・)のことが好きって言うなら――百、いや、万歩譲って認めてあげるけど。そうでないなら、あたしは認めないわ。あれなら、クリウスの方が億倍はマシよ」


 おおっと! ここでまさかのぼくの出番?

 モエは(びし)ッなんて音が聞こえてきそうなくらいに、人差し指をこちらに向けてきた。

 一介の農民の息子が、由緒正しいシメイヤ家のお偉い樣と比べられるなんて、この先の生涯にはないだろう。

 ただ残念ながら、当然判っていることだけど、ぼくには高貴な血なんて一滴も流れていない。魔力の能力(ステイタス)だってたったの6。

 ゴゥト樣がどれだけ魔力が高いかは知らないけれど、アキのお祖母様のお眼鏡に(かな)ったのだろうから、低いはずがない。

 顔がやや普通なだけで比較に出されるのも、ちょっとねえ。男としては虚しさがあるよ。


「悪いことは言わないわ、アキ。止めておきなさい。きっと後悔するわ。クリウスで良いなら、貸してあげるから」


 うん?

 ねえモエ。一体いつから、ぼくは君の所有物になったのだろう。

 しかもあげる(・・・)でなくて、貸す(・・)てことは、将来は返却しろてことだよね?

 裕福なおうちは、下っ端農民なんて物扱いするのが当然なんだろうか。


「それは興味深い提案だが――駄目だ。私がベースラインである以上は、婚約者は替えられない」


 ぼくが反論を口にする前に。

 アキはやっぱり平気な顔をして言った。

 興味深いなんて、少しも思っていないだろう。


「私が当代(アクタル)ベースラインであるのなら、私の使命は、お家の発展が最優先だ。そして次代に優秀な子孫を残すのは、最低限の義務だ。自由な恋愛やら婚姻など、望むべくもない」


 前世でも、大昔にはよくあったことだと思う。

 これは政略結婚だ。

 血筋を残し、家系の発展を願う者同士が行う結婚。

 まあ、シメイヤ家がどう思っているかは聞いていないから分からないけれど、ベースラインと血筋を結ぶという提案を断るはずもない。

 だとしたら、そこに愛情なんかは必要ない。きっと後から着いてくる。

 そういう考えで送り出された、政治の道具として扱われた男女は、前世にもこの世界にも、数知れず存在するのだ。


「でも――!」

「それを理解してなお、君たちは私の友人であってくれるだろうか?」


 食い下がろうとするモエの言葉を遮って、アキは問うた。

 表情は、真剣なものだった。いつも真剣なんだろうけど。でもこのときのアキの瞳には、いつもは見られない、ある種の強い感情があるようだった。


「なにも自分で決めることができないこの私と。

 祖母が決めたからといって、望まない結婚をする私と。

 新しい友人を作るのにも、賭け事を理由にしなければならなかった私と。

 モエとクリウスは、これからも友人でいてくれるだろうか?」


 そう問うアキの瞳は、僅かに潤んで見えた。

 きっと彼女は、過去に何度も似たような質問をして、普通の女の子なら当然できるはずの友人を無くしてきたのだろう。

 ベースラインという姓と、赤い髪。

 どちらもないぼくには、その苦悩や悲壮なんて、解るはずはない――解ったなんて、おくびにも出せない問題だ。

 そしてどうやら、ぼくの、試験前にちらりとした想像は当たっていたのだ。

 ぼくらと近付くにも、食事をするにも、賭けをした、なんて言わなければ許されない。

 そんな厳格な家庭環境を持つのが、アキ=ベースラインなのだろう。

 彼女に対して、よからぬ想像や同情なんて、何も知らない他人があれこれ考えるのは、烏滸(おこ)がましいことこの上ない。


 でも。


「絶っ対に、あんなのよりも良い男を探してあげるわ! それか、アキよりも良い(おとこ)と結婚して、悔しがらせてやるんだから!」


 モエはそんなことを言った。

 それは聞き方によれば宣戦布告に近い。ベースラインのお家の色々な(わだかま)りに、 石を投げるような発言だ。

 しかしともすれば。お互いに結婚して家庭を持っても友だちであり続ける、という宣言だ。


「ああ――そうだな。できるなら、祖母をぎゃふん(・・・・)と言わせられるような男を、探してくれるならありがたい」


 笑顔だった。アキはいつもの平静な顔の筋肉を弛ませて、笑顔であった。

 それからどちらともなく手を差し出し。

 がっちりと、友情の握手を取った。

 おそらく二人は、このときより、初めて友人同士となったのだ。

 ああ! 彼女らの友情のなんと美しいことか!

 精神年齢だけでいうと、もう還暦も近くなったぼく。

 涙脆いたら、ありはしない。


「ところでアキ」

「なんだいモエ」

「この友情に、まだ手を差し出さない不届きものがいるけど、どうする?」

「ふむ。股裂きにしてから、市中引き回しの刑だな」

「酷い!」


 ぼくはふたりと違って優秀でないし、家柄も良くない。本当にただの農民だ。これまでも、たぶんこれからも。

 ふたりに会う機会なんて、今日と明日を過ぎれば、次がいつになるのかさえも判らない。

 そんなぼくも、この友情の仲間に加えてくれるのか。

 大変に酷いことを言われ、慌てながらも、両手でふたりの手を握る。

 右手はアキ。左手はモエ。

 ああ、残念。

 両手が塞がってしまったから、流れ落ちる涙を、隠すことができないじゃないか!


「なんて顔、してんのよ、あんた――!」


 そう言うモエだって。

 ぐしゃぐしゃに泣いていたら、ひとに注意をしている場合じゃないよね?


「ありがとう、ふたりとも」


 アキは出会って今までの、ほんの少しの間だけど。その中で一番の笑顔だった。





 こうしてぼくらの短い、2日間の観光は終わった。

 まだまだ昼を過ぎた時間だったけど、お開き。

 こんなんでお酒なんて飲んだら、間違いなく暴走するよね。主にモエが。

 ぼくとしても、連日の飲み会で、休肝日が欲しいところだったから、ちょうど良い。

 それに――帰る支度も、そろそろしないとね。



 明日は運命の合格発表だ。

 既に落ちる気満々でいるけれども、その結果から、今度は逃げたりしない。

 真正面から向き合って、家に帰ろう。

 そして父と母に、素晴らしい出会いを報告しなければならない。

 ああ。

 大学校を受けられて、本当に良かった。

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