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アキの婚約者②

閲覧注意?

げてもの苦手な方はご注意を。

そんな大したものではありませんが。


「だからあれは、陰謀か、(アオ)の攻撃だ。そうに決まっている! 魔力量(エーテライズ)11億? 原因不明? ならば当然、發の関与を考慮すべきだ! なんでおれ(・・)のところに、こんな話が舞い込んでくるのだ!」


 アキを先導に入った部屋で、まず最初に感じたのは、この怒号だった。

 部屋に複数人がいる気配はしない。

 広い研究室? みたいなところだから、もしかしたら物陰に誰か隠れているかもしれないけれど。

 ぱっと見た限りでは、この部屋にはぼくら以内にひとりしかいなかった。

 だからこの大きな怒鳴り声は、強烈な独り言なのだろう。


「大体、その時間のその場所には、タカノもいたのだろう! 奴はなにをしていたのだ! ああ、あの能なしが!」


 次に感じのは(にお)い。

 部屋の中には、ある程度の臭いが充満していた。

 汗臭さと生ゴミを混ぜ合わせて、締め切った部屋で5~6時間置いといたような臭気だ。

 ぼくにも、前世で記憶にある。死ぬ少し前に、何日も風呂に入らず部屋に籠り、コンビニ弁当なんかを食い散らかして、ろくに換気もせずに10時間くらい外出した。夏の暑い日だったかな。

 で。家に帰ってきたら、いろんなものが熱で蒸し返されて、およそ生理的に、全て自分の出したものにも関わらず、受け入れがたい臭いを発していたんだ。

 そのときは吐き気を抑えながら、窓という窓を開けて換気して、生ゴミは全部捨てて、風呂に入って、ようやく臭いを感じなくなった。

 人間は自分とその周りから出る臭気には鈍感だ。

 アキの婚約者のゴゥト樣も同じだろう。研究に熱中してしまえば、きっと気にならない。一度外に出て、新鮮な空気を味わわない限りは。


「ただこれを發の攻撃だとして、被害はなかった。攻撃に気付く人間もなかった――では超自然現象なのか!? そんなはずはない! ああ、もう! こんな分析は国がやれば善かろうに! どれだけ無能な連中を揃えているのだ、この国は!」


 ぼくはちらりと横にいる、モエの顔色を伺う。

 健康な男子であり、前世の記憶で僅かに経験したぼくでさえ、この臭いには吐き気を覚えるものだ。

 多感な時期と思われるモエは、どんな反応を見せているのか?


「――――――」


 見れば、頬を引きつらせたまま、笑顔を取り繕って固まっている。

 友人の彼氏に会うのだから、無愛想な面ではいられないからね。モエには感心するよ。

 ただ服の袖の先から僅かに見える、白い肌した腕は、毛を(むし)られた鶏と見間違うばかりに、鳥肌が立っていた。

 やっぱりね。多感な年頃であるモエには、これ(・・)は堪え難いだろう。


「失礼する、ユィ殿(・・・)。今日は私の友人を連れてきた」


 アキは言った。

 そうでもないと、たぶん独りで、大声で独り言を喚く婚約者に気付いてもらえないと感じたのだろう。

 ――取り込み中みたいだから、いいんじゃない、無理して顔合わせしなくても? 

 ぼくは構いませんよ? 

 また後日、日を改めて、洗濯してお風呂に入ってから、どこか綺麗な空気の公園にでも待ち合わせてさ。

 その後日が訪れることは、大学校に落ちる気満々のぼくにはないんだろうけど。


「――なんだあ、おまえら?」


 すると。アキの声に、今まで椅子に座ってそっぽを臨んでいたご尊顔が、こちらに向けられた。

 部屋に入ったときから、彼はこちらを向いていなかったので、その顔はうかがい知れなかった。

 ただ、椅子の背凭れから垣間見れる肉らしきものに、なんとなく、大層な肥満体質なのかな、とは感じていた。

 ――解ってはいたんだ。心構えも、あったはずだ。どんな(なり)をしていようが、相手はアキの婚約者。失礼のない対応をしなければなるまい、と。


「ひっ――」


 ぼくの声ではない。隣から、つまりモエから、そんな悲鳴に似た小さな音が聴かれた。

 振り向かれた顔は、話に聞く、実際に見たことのない魔物(モンスター)を想起させるものだった。


 かなりの肥満体型。

 頑丈な椅子でなければ、壊れるんじゃないかと心配するほどには太っている。

 またその顔には、たくさんの小豆みたいなできもの(・・・・)があった。

 この世界でたまに見られる皮膚病の一種であろう。不衛生な環境で、不摂生な生活を送っていると、目から鼻から口から雑菌が入りやすくなる。免疫力が低下していると、体内の雑菌が繁殖して、まず顔に(いぼ)として現れるのだ。

 ゴゥト樣のご尊顔は、魔物のようであった。

 無理に例えるなら、眼光の鋭い蝦蟇(がまがえる)

 そんなのが目の前にいたら、老若男女を問わず、誰だって驚きの声を上げるだろう。


「友人を連れてきた、と言っただろう。ユィ殿(・・・)は耳まで悪くなったのか?」


 でもアキは、物怖じせず、嫌悪感もなさそうに、至って平静に言葉を繋ぐ。

 そりゃあ婚約者なんだし、今日が初めての邂逅でもないはず。だからその様子は当然なんだけど。

 ――当然、と言えるのだろうか、本当に?

 

「――ふん。赤髪樣(・・・)は大層お暇と見える。友人なんざ作って、連れてくる時間があるとはな。その時間を、将来の良夫(おつと)となるおれに費やしても良いのだぞ?」

「冗談は顔だけにするといい。ただ、将来の夫には、友人は紹介しておくものだろう」

「相変わらずの減らず口だ」


 二人の会話には、これっぽちの愛情も感じられない。

 アキは平然としている――いや、どこか冷めた視線を、目の前の魔物みたいな婚約者に向けていて。

 片やその婚約者は、怒りにも似た感情を灯した表情でいた。


 ちなみに、ユィ殿、なんて呼び名は、この世界の男性に対する最大限の侮蔑の表れだ。

 前世で言うなら、この豚野郎と変わらない。いや、それよりももしかしたら酷いのかもしれないな。

 汚ねえ油野郎てことなんだから。まだ豚とか、汚い花火とか言われた方がマシなんじゃないかな。


「――ただ、ほう。赤髪樣にしては気が利いている。そこな少年は貢ぎ物か? 丁度おれも、厄介な仕事が舞い込んできていてな。手が足らぬところだ」

「それこそ冗談。彼は私の友人だ。ユィ殿(・・・)の玩具にさせる気はない」


 しかも更に不可解なことに、そんな蔑称を受けてなお、ゴゥト樣の様子は変わらない。むしろ笑みさえ見られる。

 ぼくの方へちらちらと視線を送りながら、げへへ、なんて擬音が似合う程度には、下品な笑顔だった。

 ――なんだろう。背筋に悪寒が走るなあ。


「ふん。ならさっさと()ね。友人など怖気がする」

「怖気はこちらも同感だ。失礼をするぞ、ユィ殿(・・・)


 アキは吐き捨てるように言って、真っ先にその部屋を出ていってしまった。護衛三姉妹もすぐ後に続く。

 滞在時間はほんの数分。挨拶にも満たないような時間を過ごし、ゴゥト=シメイヤ樣の部屋を辞すことになった。

 名残惜しいとかは全然ない。むしろ一秒でも早く退散したかったから、アキの行動は十二分に称賛に値するだろう。

 ――欲を言えば。こんなことになるのなら、わざわざ紹介なんてしてくれなくても良かったんだけど。


「大丈夫、モエ?」


 部屋を出て、最短距離で建物の外に出る。

 扉を開けた瞬間、ぼくらを包み込む外気は。つい10分前まではなんにも感じなかったのに。

 いまは大変に美味しく感じる。新鮮な空気とは、こんなにもありがたいものだったのか!


「――だめ。吐きそう。昨日のものとか今朝のものとか出てきそうだわ。クリウス、ちょっとあんたのズボン貸してくれない?」

「いやだよ!?」


 モエはぼくの問い掛けに対し、真っ青な顔で、口許を押さえている。

 それでぼくのズボンのベルトを引っ張って、その中に吐こうとしているのだ。始末か悪い。

 少し来た道を戻れば川があるんだから、せめてそこまで我慢をしてよね!


「――不快な思いをさせてすまない。

 だが、二人には知っておいて欲しかったのだ。あれ(・・)が、私の婚約者なのだ」

「気難しいだけかと思っていたら、あれ(・・)だものね。もうちょっと、事前に注意をしてくれても良かったんじゃないかな」

「だが、あまりに情報を与えれば、君らは会おうとしなかっただろう?」


 そりゃ当然かな? アキの言葉に、ぼくは静かに首肯する。

 ぼくは良い。そりゃ流石に、高貴だろう人物を期待していて、あれ(・・)だったから、ショックは大きかった。

 でも、前世ではろくな人生を送れなかったぼくだ。

 あの程度の臭気であれば、10分で慣れよう。

 だけどモエは別だ。多感な年頃に、ゴゥト樣の相手はきつすぎる。

 ちなみに、ぼくとアキはずっとあれ(・・)なんて言っているけれど。

 ゴゥト樣に対して、具体的な表現をしたくないからだ。


「――ねえ、ふたりとも。あたし、もう出ちゃいそうだから――とにかく早く、ここから離れましょう――」


 足早に敷地の出入口まで行き。

 預けていた()を引き取って、それぞれ跨がる。

 ただ、大人しく待ってくれていたマリンは、ぼくらの身体の近くで鼻をすんすんと動かすと、途端に凄い顰め面になった。

 残り香だけでも、野生の、特に鼻の利く動物には堪える臭いなようだ。


「こら、暴れないで、マリン。お願いよ、お願い――今だけは、大人しくしていて――」


 相変わらずマリンの手綱を取ろうとするモエ。絶対に止めておいた方がいい。

 ぼくは今度こそ自分で手綱を握ると、モエを後ろに乗せて出発する。

 一刻を争う。

 早いところ川まで行って、出すもの出して、綺麗な水で口を(すす)いで。

 マリンもただならぬモエの雰囲気に気圧されたか。ぞんがいに大人しく、モエを乗せてくれた。

 やはり、マリンは賢いやつなのだ。





 ところで。

 隣を行くアキはどんな顔をしていたのだろう?

 そもそもどんな意図があって、彼女はぼくらを、あれ(・・)と引き合わせようと思ったのだろう?

 モエの介抱で忙しかったぼくは、そんな当然の疑問を忘れていた。


 近くの川に着いたとき。

 アキはほんの少し。聞き取れるか否かの小ささで、溜め息を吐いていた。

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