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王都観光⑤

だらだら長くなってしまいましたm(_ _)m


「――クリウス。あんたが男だってのは解ったわ。

 いっつもなよなよしてるから、キ〇タマついてるのか疑問だったけど、認識を改める。あんたは男だった(・・・)



 (くだん)の湖とやらは、それはそれは美しかった。

 時刻は昼を過ぎていたけれど、まだ夕刻とまでいかない時間。

 穏やかな陽射しが湖面に差し、やや緑色掛かった水色に、白いコントラストを加える。

 アキの話によると、夕暮れ時には宝石を思わせるような、綺綺(きらきら)とした美しい光景となるらしい。

 ぼくらは近くの丘の上から、()に跨がりつつも、そんな説明を聞く。

 良いなあ。そんなところにボートでも浮かべて、可愛い女の子とおしゃべりなんかしてたら、一日がもし48時間あっても足りるものじゃない。

 ぼくが農家を継いで、将来の伴侶となるべくひとを見つけたら、絶対にここに来よう。



 で。

 そんな感動的な風景を目にした数時間後。なにやらモエの殺伐とした台詞が聞かれるここは、いつもの盛場(バール)でない。

 王都の中心部のやや東に位置する、ちょっとお高めの店という話だ。

 高い、とはいえ、大したものではないとはアキの談である。

 無理矢理に例えてみるなら、いつもは鳥〇族で、今日は白〇屋くらいの違いなのかな?

 衆人の目に触れる場所でなくて、今日は個室が用意されていた。


「ただ、節操なさすぎよ。あたしたちと一緒にいながら、他の年上の女におべっか(・・・・)使って!

 ――アキ。クリウス(こいつ)の去勢を提案するわ。

 このままだと、絶っっ対に、将来ろくでもない女に引っ掛かって、泣き喚いた挙げ句、大変な借金こさえて、あたしたちにすり寄ってくるわよ」

「許可しよう」

「そんなの勝手に許可しないでよ!?」


 つい数時間前の幻想的(ロマンテイツク)な光景を忘れてしまうようなモエの発言。それにぼくは、悲鳴にも似た叫びを上げて反論した。

 ――まあ、そりゃ。前世の経験だと、確かにろくでもない女に引っ掛かって、財産を持ち逃げされて、泣き喚いたけどさ。

 借金はなかった。けど、絶望のあまりに自ら命を絶った。

 モエの言い分に、なんら反論の余地はない。

 ――はずもない。


 ねえ、止めてよ、モエ。ぼくは充分に前世で後悔して反省したのだから。誓って、同じ過ちを繰り返したりなんかしない。

 だから、そんな般若のような顔して、にじり寄ってこないでもらえるかな。


「観念なさい、クリウス。あんたの去勢は決議されたのよ、賛成多数で。さっさとズボン下ろして、チ〇コ出しなさい。優しーく、捻り切ってあげるから」


 完全な酔っ払いと化したモエから、ぼくは男としての尊厳を保つため、股間を押さえながら、狭い個室の中を逃げ惑う。

 いや、まあ。女子からこんな格好で逃げている時点で、尊厳なんてないも同然なんだけど。

 あと、ミモザさんとシェーラさんとパティエラさんの票を取ってないよ。

 ああ、あれか。主人(アキ)の意見と同じだから、訊く必要なんてないのか。


「料理をお持ちしました。海里竜(ル・ベト・エルビス)の香草煮で――あら?」


 ぼくの絶体絶命の危機を救ってくれたのは、給仕のお姉さんだった。

 6人で食べるにしても大き過ぎるのではないか。と思えるくらいの大皿を配膳車に載せてきた彼女は、やや目を細めて、訝るようにこちらを見る。

 そりゃまあ、15歳とはいえ大の大人が、自分の股間を押さえて、個室の中を走り回っていたら、誰でも不審に思うよね。

 けど違うんだ。ぼくは凶悪な酔っ払い(モエ=クルガン)から逃れるために。男としての男を守るべく行動していたのだ。

 見てくれよ、このモエの狂暴な様を。いまにもぼくを去勢せんとばかりに近寄る姿を!


「うわあ、大きい! あたしも海里竜は食べたことなかったのよね。こういう料理があるのは知っていたけど、地元じゃなかなか獲れなくてねえ。みんなは食べたことあるの?」

「ある。というか、ここでしか食べたことはないな。祖母の祖母の時代から続くこの店の名物だ。祖母も、亡父も、幼い頃は祝い事の度にこれを食べたそうだ」


 ――あれ?

 先ほどまでぼくを追い回していたモエは、いつの間にやら椅子に(しやん)と座っている。

 しかもグラスを片手に、なんとなくお上品な装いで、女子みたいな会話をアキとしていた。

 席を立っているのはぼくだけ。

 話を聞いていない第三者から観れば、様子のおかしいのは明らかにぼくだった。


「――こほん」


 ぼくはどこか冷ややかな視線を感じながらも、自分の席に座る。

 思えば昨日も一昨日も、なんでこの席なんだろう。なんでよりによって、モエの隣ばかりなんだ? 


「こちらは当店の自慢の料理でございます。

 かつて炎帝(フレア・エンパラ)と称されたアズラーイル=ベースライン様が、海で暴れる海里竜を倒した折り、どうにか料理できないかと持ち込まれたのが発祥とされております。

 ご存知の通り、海里竜は全長200立寸(リーチ)は下らぬ巨体です。しかしながら当方が料理するまで、皮は厚く、包丁はおろか剣や槍も通さぬ硬さ。加えて肉質は筋張っており、文字通り歯が立たぬほどで、とても食用にはできないと思われておりました」

「そもそも、そんな巨大な竜を倒そうなんていう発想がないわよね、普通」

「アズラーイル様、て。アキのご先祖様?」


 給仕の説明を聴きながらも、モエとぼくはそれぞれに思ったことを口にした。

 アキはぼくらの言葉に頷きながら、


「ああ。アズラーイルは祖母の祖母、四代前のベースラインだ。剣師(ウオリア)としての才に加えて、炎を操る魔術師(エーテリスト)の中でも比類ない実力者であったらしい。

 ただそれ以上に、豪胆な性格だったようだ。海里竜を倒して食べるなんて発想は、当時はほとんどなかったようだからな」


 なんて返事をしてくれた。


 ちなみに海里竜とは、姿絵しか見たことはないけれど、見た目はまんま(・・・)鯨だ。前世の文明人のほとんどが知るであろうあの姿を、そのままでっっかくさせたのが海里竜。

 海里(ル・ベト)という距離の単位が、前の日本でいうとどれ程のものかは正直解らない。

 しかし、海の距離を示す単位なのだから、10メートルとかそんなものでないことは判断がつく。

 竜の名前に海里なんて入ってるってことは、それだけ大きい、ということだ。

 まあ、個体によって大きさもピンからキリまであるらしいけど。


「どうやって料理するの?」

「当方の秘匿事項です」


 居住まいを正し、きちんと席に着いてからぼくは訊く。が、あっけなくこちらの質問は却下された。


「あのねえ、クリウス。料理店に料理方法を訊くなんて、『お前の家の金庫の鍵はどこだ?』て訊いてるようなものよ。知っていても答えられるはずないじゃない。

 そんなのはね、舌で訊くのよ、舌で。直接味わってみないことには始まらないわ」


 ぼくの問いかけは、どうやらこの世界においては――いや、前世でもそうなのか?――NGワードだったらしい。

 確かに、美味しいと評判店の、それも人気料理のレシピなんざ、ひとによっては喉から手が出るほど欲しいに違いない。

 だからモエの例えは正しい。料理人にとってレシピは、自分と家族の命の次に大切なものだ。

 とはいえ。モエ、ぼくを嗜めるのはいいけどさ。早く食べたいだけじゃない?

 彼女はフォークを手に取り、給仕のお姉さんの説明が終わるのを待っている。

 表情こそお澄まし(・・・・)を気取っているけど、その手元は見逃さないよ。


「――では、引き続き料理をお楽しみください。

 飲み物の追加はよろしいですか? この煮物にぴったりの、辛口な蒸溜酒(ブーテイ)がございますが」

「じゃあそれ、三人分!」

「承りました」


 言いながら給仕さんは、ひとつ頭を下げて、部屋を辞す。

 あまり愛想が良いとは言えないけれど、しっかり追加の注文を取っていく辺り、教育はしっかりされているのだろう。


「――クリウスの去勢はさておいて――取り敢えず、食べましょうか」


 ああ、良かった。モエの興味は、一旦はぼくから離れて、目の前のでっかい料理皿に向けられたようだ。

 ――料理に負けるぼくとは一体、なんて気もするけれど、それは置いておこう。

 とにかく。眼前の料理は、それはそれはボリューミーな一品だった。

 皿の大きさは、ざっと半立寸はある。前世で換算するなら、70~80センチメートルは下らない。

 そんな皿の上に、はみ出んばかりに殿(でん)と盛り付けられた巨大な竜の肉。

 たくさんの香草と一緒に、見るからに長時間煮られただろうそれは、大変に食欲を(くすぐ)る香りを上げていた。


「では、いただきます」


 まずはモエがフォークを伸ばす。

 この世界では、あんまり取り皿に移すとかしない。大皿は大皿で、取り分けずにそのまま箸やらフォークやらで食べてしまう。

 不衛生とか、間接キッスやらの心配なんてしない。そんな心配するなら、料理店に来るな、というような考え方が主流である。

 だからモエも、なんにも気にせずフォークを突き刺す。

 流石に一枚肉で提供はされておらず、ある程度の大きさで予めカットされているようだ。

 ――それでもかなりの大きさだけど。


「美味しい! たっぷりな香草のスープが、血生臭いと言われる海里竜の肉と見事に調和してる! じっくり煮込まれていそうだから、もっとふんにゃりした噛み応えかと思ったけど、違うのね。凄い弾力! 噛めば噛むほど味わいが染み出てくるわ!」


 モエ。君てば、どこぞの美食家かなにか? そのコメント力はどうやって身に付けたのだろう。

 とはいえ大振りに切られた肉を次々と食べる様は、本当に美味しいのだろう。

 モエに倣い、ぼくも大口を開けて、一口。

 うーん?

 スープの味付けは、ビーフシチューに似ている気がする。それをもっと水気を多くしゃばしゃば(・・・・・・)にして、つんと鼻に抜ける、クセの強い芹みたいな香草が入っているみたい。

 肉の方は、前世でも鯨肉を食べたことがなかったぼくには、これが鯨と似ているかの判断は付かないけど。

 料理名を知らされず、黙って供されたら、やや血の臭いのある牛肉と気付かないかもしれない。

 モエの言うとおり弾力があって、噛むのにも結構顎の力が必要だ。

 ただ噛めば噛むほど、独特の香りのあるスープと肉汁が、口の中を満たしていった。

 美味しい、のかな? これは。

 まあ世界が変われば味覚も変わる。

 前世でだって、国が違えば、あっと驚くような料理が、大変なご馳走だったりしたのだから不思議はない。

 ぼくだってタコやイカを生で食べたり、発酵して糸を引くような大豆を有り難がって食していた国の出身だ。違和感はない。

 ――まあ、口に合って美味しいと感じるかどうかはともかくとして、ね。


「あら? アキもクリウスも、あんまり進んでないじゃない。あたしひとりで全部食べちゃうわよ?」


 ぼくはともかく、アキもこの料理はあまり得意でなさそうだった。

 曰く、甘い味付けならたくさん食べられるのに、とのこと。

 そんなことしたら、気持ち悪くない?

 ――あれ、でも。考えてみれば、肉じゃがとかすき焼きとおんなじ理屈なのかな?

 



「――さて。二人とも。明日は王都の西側を案内しようと思うのだが、どうか」


 ぼくが海里竜の煮込みを頬張りつつ、考えごとをしていると。

 アキがそう切り出した。

 明日は一週間のうちの7の日。前世で言うところの日曜日だ。

 観光名所なんか、きっと凄く混雑するんだろうな。


「なにか見所があるの?」


 モエの注意が料理に行き、そこから再びぼくの股間に戻ってこないように。

 ぼくはアキの言葉に食い付く。

 アキはフォークをやや空中で遊ばせながら言う。


「国営ではないが、金持ちの通う大学校がいくらかあるな」

「聴いたことはあったけど、そこはどうなの?」

「設備は少ないし、学費は国営のそれと比べて10倍以上だ。故に国営大学校に落ちた金持ちが通う場所だ」

「見所があるの、それ?」


 もしかしたらとても素晴らしい教師陣に囲まれた、良い環境かもしれないけれど。

 学費10倍てだけで、ぼくには一生の縁はないだろう。


「特に見所はないかもしれんが――私には、二人に会わせたい人間がある」

「会わせたいひと?」

「ああ。私の婚約者が勤務する場所が、大学校のひとつなのだ」


 はいい?

 なにを言ったのだろうか、この当代(アクタル)ベースラインは。

 15で婚約者?

 まあ法律上は結婚していたってなんら不思議も違法もないんだけどさ!

 それにしたって、吃驚だよね。アキに彼氏なんて、想像力が貧相なぼくには考えもつかないよ。

 モエはどうだろう? 最初はアキとすぐに打ち解けていた風だったから、既に聴いているのかな。

 そう思い、ふと横の顔を覗くと。


「――――――」


 大きく目を(みひら)き、あんぐり(・・・・)とだらしなく口を開ける姿があった。

 モエも知らなかったんだねえ。彼女もまた、ぼくと同じく、アキに彼氏というイメージが繋がらない手合いのひとりらしい。

 ていうか、口から鼻からブーティ出てるよ。汚いなあ。


「――なんだ、二人とも。私に婚約者がいるのは意外なのか?」


 少しばかり頬を膨らませ、拗ねた風を見せるアキの顔がある。

 おお。普段に無表情でクールな顔形のアキが、こんな表情をするとは。二重に驚きだった。





 今日はやや遅くまで飲み食いして、解散となった。

 婚約者話のおかげで、ぼくの股間はすっかり守られたのだ。

 よかったよかった。


 それにしても。

 結局明日は、アキの婚約者が勤務する大学校へ赴くこととなったが。

 気になる。

 あのアキ=ベースラインに認められた男性とは、一体どんなひとなのか。

 きっとぼくとは比べるべくもなく、伊達で頭の良い、大変な人格者なのだろう。

 ぼくは少しの期待と、やはり少しの残念感を胸に抱いて、その日の床に就いたのである。

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