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王都観光③

まただらだらと、ちょっとした世界観の話。


「うわっ!」


 名前と住所を受付で記入し、盛場(バール)と同じく、器械(エーテライト)に軽く指を押し付けて。軽く受付は完了した。

 それからやや重厚な扉を開けて、中に入ると。

 いきなり、絵本らしきものを持った子どもたち二人が、ぼくらの方に飛び込んできた。

 アキ、モエ。なんでまた君たち、図書館初心者のぼくを先頭にしたのさ?


「危ないよ、君たち? 怪我はないかい?」

「だいじょーぶ」


 ぼくは咄嗟に身を翻して、突撃してくる子どもたちから逃れたけれど。

 子どものひとり、小さい五歳くらいの男の子は、避けようとしてか前のめりに転んでしまった。

 本を持っていたから、受け身も取れずびたーん、て感じで。

 でも、ぼくが手を差し伸べると、彼はすぐに笑顔になった。

 危ないなあ。図書館では走り回ったり騒いだりしてはいけない。教えてもらってないの?

 ぼくは苦笑しながら、駆けていくやんちゃなこども二人を見送っていた。

 が。その視線の端々で、同じくやんちゃに遊ぶ姿が見られた。

 この図書館に踏み込んだときに、一瞬なれど違和感はあったんだ。突撃してきた子どもで頭から飛んでたけれど。


「ここは遊び場かなにか?」


 ぼくは周囲の光景に、首を捻った。

 遊具こそないものの、そこは広い空間に、大きめのソファがいくらか置いてある。

 休日の6の日ということもあるだろうが、たくさんの子どもたちや、その保護者と見られる男女の姿があった。

 よく見れば、部屋の奥の方には、前世の記憶よりは幾分か低いものの、本棚もあった。


「当たり前だが、図書館の一階だ。ここには幼小児向けの本が置かれている。まだ足の短い子どもたちは、上の階だと昇るのが大変だ。故に、入口の傍が子ども向けの蔵書となっている」


 見れば、飛んだり跳ねたり。友だちと走り回っている子どもの姿がたくさんある。

 それらは、ここが図書館だという認識を忘れるくらいには、騒がしく楽しそうだった。

 まるで遊具のある公園みたいな雰囲気だ。


「――一階はこんな感じ?」

「そうだ。小学校に通い始める前の年代向けの本がここにある。きちんと製本されたものというよりは、司書や一般人が書いた本が多いな。

 故に汚そうが破こうが、特に咎めはない。二階からは、販売されている書籍が取り揃えてある」


 確かに、この階で見られる限りには、本としての体裁を一応保っているものの、ほとんどが紐で括ってある。

 糊付けして、表紙背表紙を付けて、という感じではない。

 そもそも製紙業も製本業もあまり発達していない世界だ。本は貴重で高価な代物である。

 そんなのを振り回したり、持ちながら走り回ったりなんて、普通の本なら恐ろしくて出来やしない。


「二階はどんな感じかしら?」

「ここよりは子どもが少ないな。書籍は販売されているものが大多数を占める。破いたりしたら大変だから、なかなか小さな子どもには立ち入らせられない」


 言いながら、二階へと歩を進めるアキとモエ。

 ぼくはそれについて歩く。時折、突撃してくる子どもたちを避けながら。

 にしても、元気だね、君ら。二日酔いのお兄さんには、君らのテンションに付き合う気力はないよ。

 え、本を読んで欲しい? お母さんに頼みなさい。

 今度は、ここになんて書いてあるのか教えて? 文字の読み書きを教えるのは親の義務だよ。お父さんに教えてもらいなさい。


「――クリウスは、子どもにもモテるのね」

「うーん。村では確かに、子どもたちの面倒を見ることがあったけど。面識のない、他所(よそ)の子どもに、こんなに懐かれたことはないなあ」


 ぼくは苦笑しながらもモエの言葉に答え、丁重に子どもたちの申し出を断りながら、上の階へ昇っていった。

 前世でも子どもなんて持たなかったから、奥さん、なんてのもいなかったから、なかなか子どもって苦手なんだよね。

 親になったら、違うのかな?



「ここから二階だ。

 ――気を付けておけ。これより上の街の本は、正規に販売されているものだ。それを国が買い上げ、一般人に開放している。

 少しでも破いたり、汚したりして、見つかったのなら全額弁済だ。慎重に扱うように」


 二階に着くなりアキが言う。

 ただ、言葉と違い表情は明るい。まさかぼくらが、本を粗末に扱うなんて思っていないだろうからね。

 そんな弁済なんて心配はしていないだろう。

 とはいえ。この世界の本は、それのどこかに値段が書いてあるわけでない。

 市場みたいに、値札もない。

 ぱっとした見た目では、高価な本かそうでないかは判らないのだ。

 子ども向けの数頁しかない簡単な絵本が、実は10万統一貨幣(ノート)もするなんて、ざらにあるらしい。買ったことも何って貰ったこともないから、聴いた話だけど。


「――あれ、でも結構騒がしいんだね?」


 二階に着けば、前世の記憶の通りに、静かな図書館の雰囲気となるかな、と思っていたけれど。

 それは違った。

 まあ、明らかに利用している年代層は上がった。さっきまでは未就学生が多かった。でもここには、6歳から10歳くらいの年代が多いイメージだ。

 彼らは、流石に飛んだり跳ねたりしない。

 でも、静かに本を黙読する、という感じではなかった。

 友人同士で話し合いながら本を読んだり、音読してみたり、中にはよほど面白いのか、笑い声を上げながら読んでいるひともある。

 やはり前世では見なかった光景だ。


「解ったか、クリウス?」

「え?」

「君のように、『図書館は静かであるべき』と主張する論者がいることは知っているし、彼らの主張も解らないでもない。

 ただ言えるのは――読んだ本が面白可笑しいものだったとして、笑い声を上げてなにが悪い? 大変に物悲しいものだったとして、嗚咽を漏らしてなにがいけない?

 そういう感情を殺さなければならない図書館なんて、本を読むことができる牢屋と同じだ。

 静かに読書したいのなら、金を払って、自分の家ですれば良い」


 ――まあ、確かに。

 アキの言葉も頷けるところはあるよ?

 ぼくが前世で、ほとんど図書館なんてものに近寄らなかったのは、本が大して好きでなかったということもあるけど、静か過ぎる雰囲気があったからに違いない。

 娯楽の少ないこの世界では、本は貴重な存在だ。

 テレビもラジオもインターネットもないのだから。

 そんな数少ない娯楽に、抑圧なんてして良いわけがない。

 ただやっぱり。

 前世を知るぼくにとっては、なんか、違和感が拭いきれないよなあ。


「とはいえ。上の階に行けば行くほど、専門的な学術書が多くなる。最上階に至っては、大学校5年生以上か、軍属や専門職の一部の人間しか入られなくなっている。

 私も踏み入ったことはないが――そこはおそらく、静かなのだろう」


 アキは説明しながら、さっさと次の階へ向かう。

 もう行っちゃうの? なんて思ったけれど、曰く「小学生向けの本しかないから」とのこと。

 まあ、この上の階に行って、もし面白い本があったとして、読み込むわけにもいかない。勿論借りるはずもない。

 あくまで雰囲気を楽しむものだ。

 図書館だけど、一応は観光しにきてるんだからね、ぼくら。


「あたしのところでは、図書館はでえっかーい広間のある二階建てだったから、少しイメージと違うけど」


 階段を昇りながらモエが言う。


「それはそうだろう。地域によって、そこに住まう人々に合わせた造りになっているはずだ。まあ、サハラザードは知らないが」

「あそこも、良いところよ。ここからは遠いけどね。もし行くことがあったら、案内するわ」

「それは楽しみだ」


 先を行くアキとモエは、そんな感じの会話をしながら、和気藹々といった風だ。

 ぼく? ぼくはどうやら、図書館嫌いだと思われたらしく、蚊帳の外。折角の観光なんだけどなあ。


 なんて思いながら三階に着くと。

 そこは、先ほどまでとやや違った。

 子どもたちの喧騒ではなく、聴かれるのは大人たちの声。

 みんな、口々にこの本がお勧めとか、あれは駄目とか。そんなことを言っている。中には机で向かい合いながら、詩みたいなものを詠み合う、裕福そうな身形のご老女なんかもいた。

 不思議と、本に関すること以外の話は、されていない様子だ。


「あれ?」


 そんな中で。

 ふと、気になる姿が見られた。アキとモエは、まだ気付いていない。

 広い閲覧スペースの端っこ。小さな窓際で、独り静かに本を読む女性の姿。

 騒がしい雰囲気とは異質な、誰をも寄せ付けないような空気が、彼女の周りには満ちていた。


 あれ? その女性の姿には、見覚えがある。

 まず目を惹くのは、見事なまでに長く美しい銀髪。

 加齢による白髪とは違う。銀色なのだ。

 小さな窓から注ぐ太陽の光を反射するその様子は、まるで雪原のようだ。

 そして切れ長で、鋭利な刃物を思わせる、眉と瞳。

 その視線は、手元の本を一直線で射抜くように動かない。

 とんでもない猫背であることを除けば、凛とした雰囲気を醸し出す、美女(・・)

 そんな彼女の姿は、どこかで、見た記憶がある。どこだったかな。


「あら。クリウス――くんだっけ? こんにちは」


 ぼくたちとその美女との距離は、三立寸(リーチ)以上離れていたと思うけど。

 突然にして彼女は顔を上げて、一直線にこちらを向き。

 そう言ったように見えた。

 距離は離れていたし、周囲の声もあったから、定かではないけれど。


 そして、振り向いた顔で思い出した。

 あんな美女、ぼくが忘れるわけがなかったはずなのだ。


「あれ? 医務室のお姉さん?」


 ぼくが武術試験で、アキに敗けて血まみれになったとき。

 介抱してくれた女医さんが、そこにいたのだった。

次回は、新たな登場人物の話。

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