王都観光②
「あたし、しばらくは糖分いらないわ」
結局果実飴も買って食べた。
やっぱりすんごく甘かった。夏祭りの屋台でよく見るあれ。リンゴ飴とかイチゴ飴。あれの甘さを、もっとどぎつくさせたようなやつ。
この世界での砂糖は、別に貴重品というわけではない。ただ、原料が違う。甜菜とか砂糖黍じゃない。もっともっと甘い木の実だ。
灰汁が強すぎて生のままでは食べられないし、きちんと管理していないと鳥だの虫だのがいっぱい寄ってくる。
でも、丁寧に皮を剥き、果汁を搾り出し、そいつを煮詰めると。とんでもなく甘い砂糖が完成するのだ。
「口に合わなかったか?」
「あたしは、もうちょっと甘さを抑えて貰った方が好きかな」
モエは腹の底から沸き上がってくる何かを抑えるように、苦しい表情で言った。ぼくのように二日酔いをしている雰囲気ではなかったけど、それにしてもあの甘味は堪えるらしい。
「それはすまん。次は控えめな甘物にしておこう。ちょうどこの先に、蒸しパンの名店がある。昨日までの盛場にのものに比べると、それ自体の甘さは控えめだ。その代わり、乾燥させた季節の果実をふんだんに入れてあって――」
「ごめん、アキ。あたしの言い方が悪かったわ。甘いのはいい。食べるのなら、しょっぱいの頂戴。しょっぱいの」
アキの言葉に、モエは顔色を悪くして言った。流石にこれ以上甘いものを食べ続けると、なにか出てきちゃうかもしれないよね。
ぼくもその意見には、大いに賛成できる。
でもさあ。ぼくとしては、もう食べ物は要らないかなあ?
「それより、アキ。次はどこを案内してくれるの?」
「ああ。次は――」
なんとか食べ物の話題から逸らして。さくさくと案内してもらおう。もう昼に近い時間だ。
王都は広いらしいから、限られた時間に、普段村では見られないものを見ておかないと、損だよね。
※
その日にアキが案内してくれたのは、王都の東側だった。
今朝の集合場所を真ん中にして、この都市は東西に分かれるらしい。
東側は、どちらかと言えば住宅街。
先ほどのような大規模な商店街があったかと思えば、少し先からは、大学校の生徒が多く住むというアパートメントが建ち並んでいる。
やや大きな川を渡ると、そこからは閑静な住宅街の装いだ。
アキが言うのには、商店を経営する者、大学校関係者、家族住まいのひとはこちら側に。
学生は商店街近く。
軍属や政治家、医者などの高給取りは、西側に住むことが多いらしい。アキの家も西側とのこと。
どういう経緯でそんな住み分けができたかは分からない。けれど、かなりの昔から、そういう傾向があるらしい。
で。そんな閑静な住宅街のほとんど真ん中と思える位置に。
大きな建物があった。
一面が白い外壁で、窓は少ない。高さはビル10階建くらい。周りの家のほとんどは平屋か、精々が3階建てだから、大変に目立つ。
その入口と思われる門扉の前には、大仰に槍を携えた警備員の姿があった。
「ここは?」
「図書館だ」
「サハラザードにも図書館はあるけど、ここはそれよりも大きいのね。話には聞いたことがあったけど、ここが王立図書館?」
「そうだ」
ぼくもその名と外観には覚えがあった。
何年か前に父と王都に来たとき、ここは余りに目立つ建物だったから。ぼくが『あれはなに?』と訊いたら、父は図書館だ、と短く答えた。
前世での記憶が残るぼくだから、当然にして図書館=入場無料だと思い、行きたいとねだった。
返事は、NO。なんでも、こちらの世界では、図書館は入るだけで金を取るらしい。そんなところ、守銭奴の父が許容するはずがない。
「入ってみるか?」
「もちろん! やっぱり、本の品揃えは、図書館によって違うのかしら?」
「私もサハラザードの図書館は知らないが。ただ、話では世界最大の蔵書数だそうだ」
「――え、図書館行くの? みんな?」
ノリノリなアキとモエに対し。ぼくはやや引いた反応をする。
そりゃ当然。だって、有料なんでしょ? 本を少し読むだけでお金取られるなんて、父じゃないけど、農家の出身としては敷居が高い。
それに、男一人の女5人で、初めてのデートが図書館て、とんでもない陰キャでしょう。
――違った。デートではない。観光だった。
いやいや。観光にしても、築地かアメ横行ってスイーツを堪能した、その次に行くのが国立国会図書館なんて、そんなプラン存在しないよ。
「クリウスは嫌なのか?」
「だって、お金取られるんでしょう? どうせお金払うなら、もっと良いところが――」
「あんたねえ。まだそんなこと気にしてるの? 大した金額じゃないだろうから、あたしが出してあげるわよ」
「いや。それはそれで」
ぼくとモエが押し問答を始めると、アキが呆れ顔をする。
まだ出会って数日しか経っていないけど、ぼくらの為人は充分に彼女に伝わっているようだ。
「――王都は、地方都市から出てくる学徒が多い。最初の一回だけは、短い時間だが無料で入ることができる」
うん。そんな制度があるのは初めて聞いたよ。
ただ、お金の問題じゃないんだ。すっかりぼくの懸念が金だけと思われているようだけどさ。
それだけじゃない。
「だって、図書館でしょう? アキとミモザさんたちならともかく、ぼくやモエなんかが入ったりしたら、五月蝿くなりそうで」
「なにそれ。あたしが五月蠅いて言いたいの?」
ぼくが当然の懸念を口にすると、やはりモエが突っ掛かってくる。途端に目付きが鋭くなった。怖い。
でも、そう思うのも当然じゃない? 大丈夫だとは思うけどさあ。またモエが下ネタ発言したら、今度こそ叩き出されちゃうよ。
「なんだ、クリウス。君は『図書館は静かであるべき』と宣う論者だったのか?」
「別にそういうことはないけれど――図書館てそういうものかな、と思ってさ」
「――なら、やはり一度は入っておけ」
こちらの言葉を聞くとすぐ、アキはそんなことを言って歩を進めてしまう。
行き先は勿論図書館の中だ。
「ほら、行くわよ。クリウス」
モエにも促される。これで行かなかったりしたら、もはやただのだだっ子だ。
気乗りはしないけど。ぼくは渋々と後に続いた。
どうせなら、もっとたくさんお喋りができる場所が良いよなあ。
長くなりそうなので、一度ここまでにしますm(_ _)m